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第一章

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 「クライ伯爵夫人、ご無沙汰しております」

 「えぇ。本当ね。まだ男漁りをやめてなかったのねぇ。そうやって純真なふりをして、こんな女に騙される馬鹿な男が多くて、うんざりするわ」

 「私は男性を騙したことなどございませんわ」

 「嘘おっしゃい。あちこちの男性があなたにたぶらかされているじゃないのよ」

 「そのようにおっしゃるのはやめてください。以前から申し上げていますが、私は婚約者以外の男性とはファーストダンスしか踊ったことがありません」

 この国のマナーでは、ファーストダンスは断れない。そのため、エスコートのいない私は申し入れのある男性から選んで踊っている。しかし、同じ男性と踊るとその男性に気があると思われたら困るので、毎回違う相手を選んでいるのだが、それをたぶらかしているとクライ伯爵夫人はいつも難癖を付けてくるのだ。

 「ファーストダンスを踊っただけで、あんなにも多くの令息が目をギラギラさせるものかしらねぇ?」

 呆れて話にもならない。その時、夫人の後ろから声が掛かる。

 「ヨネッタ、やめるんだ」

 名前を呼ばれた夫人は焦り出し、しゅんと一回り小さくなった。

 「いつも私の妻が突っかかるような真似をしているようだね。申し訳ない」

 副宰相はそう言って困ったように笑った。

 この人はクライ伯爵、そしてこの国の副宰相だ。

 アヴィス様の部下にあたるが、アヴィス様が宰相になるまで、この方が宰相をしていた。今はアヴィス様を立て、上手く役割分担をしながら、二人で王家を支えている。笑顔を見せないアヴィス様と違い、いつも微笑みを絶やさない紳士である。年齢はアヴィス様より十五ほど上だっただろうか……

 私は笑顔を作り、軽く頭を下げた。

 「いえ、伯爵が気になさることではありません」

 「いやいや、メロディア嬢を傷つけたとあれば、宰相に怒られてしまう。何かお詫びをさせてくれ。そうだ、うちに招待するから、今度一緒に晩餐でも――」

 「いえ、本当に大丈夫ですわ。お気遣いありがとうございます」

 副宰相は良い方だが、伯爵夫人とはそりが合わない。晩餐に招待などもはや罰ゲームに等しい。

 「そうかい? 残念だ」

 「あ、あなた……? そろそろ戻った方がいいんじゃありませんの?」

 伯爵夫人が恐る恐るというように副宰相の顔を伺う。なんだか夫人がビクビクしているようだけど……夫婦関係上手く行ってないのかしら?

 「そうだな。おい、ヨネッタ。メロディア嬢にくれぐれも無礼なことをするんじゃないぞ。近々、正式に宰相の奥方になるんだからな。では、メロディア嬢、こちらで失礼いたします」

 爽やかな笑顔で副宰相が去っていき、その後ろ姿を伯爵夫人と共に見送る。

 伯爵夫人はチラと横目で私を見る。

 「あなた……本当にあの陰気眼鏡と結婚するのね」

 「あの、その言い方やめてくださいますか? 大体アヴィス様はお仕事が忙しい故に、姿に気を遣う余裕がなく、あのような風貌になられただけで――」

 「あら、私の夫も忙しいけれど、綺麗にしていますよ?」

 確かに副宰相はダンディな紳士だ。黒々とした髪を隙なくまとめ、姿勢もよく、いつも小綺麗で、流行りを取り入れた小物を身につけ、洗練された風貌だ。

 でも、元の素材は何倍もアヴィス様の方が素晴らしいんだから。

 「アヴィス様も整えれば、右に出る者などないほど美しいのですよ」

 「あれが? 美しい? あははっ!」

 失礼にも夫人は馬鹿にしたように笑い出した。

 「メロディア嬢? 申し訳ないけれど、あなたの婚約者はどう見ても美しくはないわよ? 髪はぼさぼさの伸びっぱなし、前髪で碌に目も見えないし。いつも顔色が悪くて、ひどい隈までこさえてるって噂じゃない。姿勢も悪いし、美しさのかけらも無いわ。
 ま、あの婚約者じゃ他の男に逃げたくなるのも仕方ないのかしらね」

 夫人は扇をパタパタと振り、去って行った。
 本当に嫌味な女性だ。夫人は伯爵がアヴィス様に宰相の座を奪われたと思っていて、いつも私につっかかってくる。

 「もう……いい加減にしてよね……」

 大体、他の男に逃げているだなんて言いがかりをあんな大声で話すのはやめてほしい。噂に尾ひれ背びれがついて、アヴィス様へ伝わったらどうしてくれるのか。アヴィス様と出会った頃から、私はアヴィス様一筋。他の男性に目移りしたことなど一度だってない。けれど……

 「メロディア嬢。今夜は私にファーストダンスの栄誉を!」

 気付けば、私の前には列ができている。毎度見ている光景だが、本当にうんざりする。

 私は後ろの方に並んでいる年若い令息の手を取った。前の方にいる人たちより執着してこなさそうだし、社交界に慣れていないから、私のこともよく知らないだろう。令息の中には噂を鵜呑みにして、私が身体を許すと思っている人もいる。

 「行きましょう」

 私の顔を赤い顔で見つめている令息にそう話しかけた。だって、私が手を取った瞬間から動かないんだもの。

 「は、はひっ!!」

 ……手を取る相手、間違ったかしら?

 やけに強く握られた手に不安を抱えながらも、私はダンスホールに歩いていった。





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