Free Hugs〜最後のハグから始まる恋〜

はるみさ

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第十二話

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 金曜日の夜。

 律と連絡が取れなくなってから、一週間が経っていた。

 「話したいことがあります」と何回かメッセージを送っているものの、既読になるが、返信はない。もう琴美の存在などどうでも良くなってしまったのだろうか。琴美はベッドに横たわりながら、スマホをギュッと握りしめた。

 家まで行こうかと何回も考えた。合鍵もあるし、ご飯を作って待っていることもできた。

 しかし、琴美は怖かった。

 もし、返信がない理由が彼女が出来たことだったら、部屋に行って、その彼女と鉢合わせしてしまう可能性もある。琴美には愛しくその彼女を抱き寄せる律を見れる自信がなかった。

 (でも、このまま終わるなんて出来ない…。)

 意を決した琴美は通話ボタンを押した。

 「もしもし?」

 「…あ、海斗。い、今、時間いいかな?」

 「うん、大丈夫だけど。
 姉ちゃんから電話なんて珍しいじゃん。」

 「あー、うん。
 ちょ、ちょっと聞きたいことがあって。」

 「ふーん。変な姉ちゃん。
 ま、ちょうどいいや。俺も聞きたいことあったんだ。」

 「聞きたいこと?」

 「ま。それはあとで。今から家行っていい?」

 「い、今から?
 また誰か連れて来たりしないでしょうね?」

 「連れて行かないよ。今日は俺一人。」

 「なら、別に構わないけど…。」

 「じゃあ、すぐに行くねー。」

 「すぐに?」

 琴美の質問を聞かずに電話を切られる。

 「もう…いつも最後まで話を聞かないんだから。」

 琴美は軽く部屋を片付けながら、海斗を迎え入れる準備をする。すると、インターホンが鳴った。

 「はいはい。」

 琴美が扉を開けると、海斗が入って来た。

 「お邪魔しまーす!」

 「海斗、やけに早いわね。この近くにいたの?」

 「まぁね~。」

 海斗はソファにどかっと座った。

 「で、聞きたいことって何?」

 やけに急いで話に入ろうとする海斗に琴美は違和感を覚えたが、何か用があって急いでいるのかもしれないと思った琴美はすぐに要件を話すことにした。

 「あ、あの…須藤さんは元気?
 この前うちに来た海斗の先輩の。」

 海斗は、ニヤッと笑う。

 「姉ちゃん、本当に気に入ったんだ~。
 先輩元気だよ。姉ちゃんが気にしてるって分かって、今頃、喜んでるんじゃない?」

 「喜ぶ?」

 琴美が首を傾げると、海斗は馬鹿にしたようにププっと笑った。

 「こっちの話。で、何が知りたいの?」

 琴美は出来るだけ海斗に律への恋心を察せられないように、平然を装って尋ねた。

 「あ、あのさ…
 この前、須藤さん、失恋したって言ってたけど、大丈夫かなぁ…って。その後、彼女、出来たの…かな?」

 海斗は、変わらず締まりのないニヤニヤした顔で話す。

 「さぁね。彼女が出来たって話は聞いてない。けど、運命の人と再会できたとは言ってた。」

 その言葉に琴美はハッとした。

 (運命の人…!!そうか…。その人に会って、その人に夢中だから、私に返信が来なくなったんだ…。
 …律さんもそれならそうと教えてくれたらいいのに。)

 俯く琴美の瞳には、じんわりと涙が滲む。

 海斗はそれに気付かない。

 「姉ちゃんこそ彼氏できた?」

 (彼氏が出来るどころか、今、失恋したばっかりよ!)

 そう思うものの勿論、口には出せず、海斗に悟られないように答えを返す。

 「出来るはずないでしょ。
 この前別れたばっかなのに。」

 「そうなの?会社の人といい感じって聞いたけど?」

 琴美は首を傾げる。確かに一週間前までは茂野に猛烈なアプローチされていたが、仕事が落ち着いてからは関わりも減ったし、琴美の気持ちを察してか、茂野の態度は以前のように戻っていた。

 (大体、海斗は誰に聞いたんだろう…)

 「会社の人?誰に聞いたのよ。」

 「とある筋から。で、どうなの?」

 答えを急かす海斗に仕方なく話す。

 「最近、告白してくれた人はいたけど、ほとんどお断りした感じ。」

 海斗はニヤッと笑う。

 「へぇ…。

 じゃあ、ここからは自分で頑張って下さいよ。
 ヘタレ先輩♪」

 「は?」

 琴美がポカンとしていると、海斗は楽しそうに顔の横でスマホを振った。

 「ずっとスピーカーになってたから、会話は筒抜け。
 あとはお二人でどうぞ♪」

 そう言って、海斗は終了ボタンを押して、通話を止めると、鞄を持って、玄関に向かう。琴美はそれを追いかける。

 「か、海斗っ?!どういうこと?誰が聞いてたの?!」

 玄関に立った海斗は、振り向き琴美の顔を見るとニヤッと笑った。

 「答えは…
 この方でーす!」

 扉を開いたところに立っていたのは、律だった。

 目を見開いて固まる琴美。気まずそうに立つ律。

 その間をスッと通って、海斗が部屋から出る。

 「じゃ、結果報告お待ちしてまーす!」

 そう言い残し、海斗は去っていた。

 琴美と律の間には沈黙が流れる。

 久しぶりに見る律はあからさまに疲れている様子で、目の下に隈まで見える。いつもニコニコと笑っている余裕のある律とは纏っている雰囲気まで違った。

 先に口を開いたのは律だった。

 「……ひさ、しぶり。」

 「…は、はい。」

 「ごめん…返信しなくて。」

 「…い、いえ。」

 「あの……話がしたいんだけど、入っていいかな?」

 「…どうぞ。」

 律は玄関に入り、扉を閉める。
 律は部屋の中まで入っていいのか迷っているようだった。琴美は言った。

 「…よ、良かったら、中で話しませんか?
 立ち話もなんですし…。」

 部屋には入りたくないと断られたらどうしようと、ドキドキしながらも琴美は勇気を出して、尋ねた。

 「…ありがとう。」

 律は、靴を脱いで、部屋に入った。

 琴美は律にソファに座るよう勧め、何かお茶でも出そうかとキッチンに向かう。

 (あ、緑茶しかないや…。コーヒー買うの忘れてた…)

 琴美は振り返って、律に緑茶でいいか尋ねようとした。

 「律さん、緑茶でいいー」

 琴美は言葉を失った。
 律が頭を床につけて、土下座をしていた。

 「本当にごめん!琴美が俺から離れていくと思ったら、怖くて連絡できなかった。琴美から彼氏が出来たって…もう会えないって言われるのが嫌で…。

 だからって、連絡を無視するなんて最低だ。
 …本当に申し訳なかった。」

 琴美は大混乱だった。

 (私が律さんから離れる…?怖い?
 それに私に彼氏ってどういうこと?!)

 琴美の様子を伺おうと律は少し顔を上げた。
 しかし、琴美はよく状況が飲み込めず、呆然としている。その様子を見て、律は苦笑した。

 「ごめん。焦りすぎた。
 ……順を追って話す。

 お茶はいいから、一緒に座って、話を聞いてくれる?」

 琴美はぼーっとする頭でコクンと頷き、二人で並んでソファに座った。

 律は琴美の方に身体を向けて、話し始めた。

 「琴美から仕事が忙しいから会えないって言われて、琴美が無理してないか心配してた。でも、あんまり連絡して、琴美の邪魔になるのも嫌だったから、連絡するのも会いに行くのも自重した。

 金曜日には落ち着くかもしれないって言っていたから…実は琴美が出てこないかなって会社の前に寄ったんだ。」

 (金曜日…茂野君と打ち上げをした日だ。
 会社にわざわざ迎えに来てくれてたなんて…)

 「そんな、言ってくれたら…」

 律は首を横に振った。

 「仕事が本当に終わってるかも分からなかったし、俺が待ってることをプレッシャーに感じさせたくなかった。もし、会えないなら会えないで帰ろうと思ってたんだ。それに俺も金曜日は遅くまで仕事をしてて、それが終わってから向かったから、実際に待ったのは三十分くらいだよ。」

 「そんなに待っててくれたんですね…。」

 「ただ俺がやりたくてしたことだから。

 それで、終電の時間が迫ってきて、琴美はもう帰ったのかと思って、帰ろうとした時に駅と反対側からこの前の茂野とかいう同期と二人で歩いてくるのが見えたんだ。」

 (打ち上げの帰り、確かに会社の前を通った…。
 もしかしてあの場に律さんもいた…ってこと?)

 琴美は緊張で身体を硬くした。

 「二人で楽しそうに歩いているのを見て、嫉妬した…。

 でも、会社の飲み会の帰りに偶々二人になっただけだと自分に言い聞かせた。それで琴美に話しかけようと踏み出した時に、あいつと目があったんだ。

 そうしたら、あいつは琴美の手を引っ張って…琴美を抱きしめた。」

 律はギリッと噛み締めた。

 「俺はすぐに離れろって言いに行こうとした。
 でも、琴美は最初驚いて離れようとしたみたいだったけど、すぐにあいつの抱擁を受け入れた。」

 慌てて琴美は否定しようとする。

 「そ、それはー」

 「あぁ。何か理由があったんだろう?

 でも…その時俺はそんな風に考えられなかったし、何より琴美とあいつが抱き合うのを見ていられなかった…。俺は二人が抱き合う中、逃げるように車に戻った。

 帰宅して携帯を確認すると、琴美からメッセージが届いてた。『私も伝えたいことがあります』って。

 俺はそれを見て、あいつと付き合うことになったと報告をされるんだと思った。もう会えないって言われるんだと。そう思ったら、連絡を返せなかった。琴美が離れていくのが怖くて、どうしても返信できなかったんだ。

 …本当にごめん。」

 「律さん…」

 話を聞いて、琴美にも分かった。
 律がどんな感情を琴美に抱いてくれているのかを。

 律は真っ直ぐに琴美を見つめた。

 「…琴美。

 …好きなんだ。
 琴美を失うことが恐ろしいくらい。」
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