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第七話

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 「ありがとうございました。」

 「こちらこそ。じゃあ、また夜に。」

 「はい。また後で。」

 琴美は会社の少し手前で車を停めて、降ろしてもらう。

 琴美は手を振って、車を見送る。

 「……成瀬?」

 呼ばれて振り向くと、そこには琴美の同期の茂野がいた。

 「あ!茂野君。おはよー!」

 琴美は元気に挨拶する。いつもなら、おはようとしっかり挨拶を返してくれる茂野だが、今日は様子がおかしい。

 茂野は、じっと琴美を見つめて言う。

 「……今のは彼氏か?別れたんじゃなかったのか?」

 琴美はいつもと様子の違う茂野に違和感を感じながらも答える。

 「あー、えっと…
 彼氏、ではないんだけど…最近仲良くしてる人なの。」

 茂野は厳しい表情を崩さず言う。

 「彼氏でもない男の車に乗るな。危ない。」

 琴美は少しムッとして答える。

 「そんな危ない人じゃないよ。律さんのこと、知りもしないのにそんな風に言わないで。」

 茂野の眉毛がピクッと動く。

 「…名前で呼ぶような仲なのか。」

 琴美はなんでそんなに茂野が執拗にこの話をするのかが分からなかった。

 「茂野君には関係ないでしょ!」

 思わず琴美が声を荒げるが、茂野は動じない。

 「関係ある。
 成瀬、今日の昼、話がある。空けといてくれ。」

 茂野はそうとだけ言い残すと、会社に向かい、一人歩き出してしまった。

 「…なんなの?意味わかんない…。」


   ◆ ◇ ◆


 茂野は琴美の同期だ。よく話す方ではないが、しっかりこちらの話は聞いてくれるし、話せば話したで楽しいし、仕事はきっちりこなす。同期の中でも既に一目置かれていて、若手のホープとされている。将来性とクールな顔立ちで、社内でも人気らしい。

 実際、琴美の部署に来てからも茂野は有能で、琴美の負担を随分と減らしてくれた。その上、困ってることはないかとよく気にかけてくれたり、残業をしようとすると手伝ってくれたりするのだ。それを後輩は何を勘違いしているのかニヤニヤしながら見ているが、茂野は同期を大切にする律儀な人なだけだ。

 お昼、琴美は会社近くの公園のベンチに茂野と二人並んで座っていた。琴美は手作りのお弁当と、茂野はコンビニで買ったおにぎりやサンドウィッチだ。二人は今着手しているプロジェクトの話をしながら、昼食を食べる。

 (茂野君、この話がしたかったのかな…。
 これなら業務時間中でもいいと思うんだけど…。)

 茂野は、あっという間に買ってきたものを食べて、琴美の横顔を見ている。どうも居心地が悪い。

 (お弁当、食べたいのかな…?)

 琴美は茂野に尋ねる。

 「…た、食べる?」

 茂野は、目を丸くして答える。

 「…いいのか?」

 「べ、別にいいけど…。何がいい?」

 「卵焼き。」

 「分かった。」

  琴美は卵焼きを箸で摘み、掌に乗せてあげようと、茂野の方に向き直った。

 「はい、茂野くー」

 次の瞬間、茂野は差し出されたまま、口に含む。

 (これじゃ…あーん、じゃん!)

 顔を赤くして固まる琴美をよそに茂野はもぐもぐと卵焼きを咀嚼している。ごくんとその大きな喉仏を上下させると、柔らかに微笑み、言った。

 「上手い。」

 「よ、良かった。」

 琴美は俯き、動揺を隠すようにお弁当の残りを次々に口に運ぶ。食べ終わった頃には琴美もようやく落ち着いた。お弁当箱を片付けながら、琴美は茂野に尋ねる。

 「話って、プロジェクトのことだったの?」

 「いや……」

 茂野は意を決したように琴美を見つめる。
 こんなに熱心に茂野に見つめられたことがない琴美はソワソワしてしまう。琴美は茂野の言葉を待つ。

 「…成瀬のことが好きだ。」

 (…茂野君が…私を…好き?)

 琴美は、その一言が信じられなくて固まる。
 茂野は、琴美を見つめたまま話し続ける。

 「初めて会った時からずっと気になってた。
 いつも仕事に一生懸命で、責任感が強くて…
 大変な時にも笑顔を絶やさなくて…
 いつの間にか成瀬から目が離せなくなってた。」

 「そ、そんなの全然…」

 「成瀬には彼氏がいただろう?
 入社して、暫くした時に他の奴らと話しているのを聞いたんだ。嬉しそうな成瀬を見たら、諦めるしかなかったんだ。…その時、すごく後悔した。もっと早く気持ちを伝えていたらって。

 …この間、彼氏と別れたんだったよな?少し早いかと思って、気持ちを伝えるタイミングを図っていたんだが、うかうかしてたら、成瀬は他の奴に持ってかれると思った。

 成瀬…ずっと好きだった。すぐに答えはくれなくてもいい。だが、俺ももう遠慮するつもりはない。」

 茂野は、琴美を熱く見つめる。ぼーっとしている琴美を見て、茂野はフッと笑い、琴美の手を取ると、指先にキスを落とした。

 「覚悟、しといて。」

 それだけ言うと、会議だからと言ってスタスタと一人戻って行ってしまった。琴美は暫くベンチで一人、呆然とした。


   ◆ ◇ ◆


 昼休憩が終わり、席に戻った琴美はため息を吐いた。まさか茂野が自分のことを好きだったなんて、思いもしなかった。すごい親切なだけだと思っていた。

 隣にいる後輩の河野日菜子がニヤニヤしながら、椅子を転がして近付いてきた。

 「こと先輩♪」

 「どうしたの?ひなちゃん。」

 「お昼、茂野先輩と一緒でしたね?」

 「う、うん。」

 今、触れてほしくない人の話題だ。琴美は平然を装って、返事をする。日菜子はググッと琴美の顔を覗き込んだ。

 「…とうとう告白されました?」

 「…んなっ!!!」

 (な、なんでさっき起きたことをひなちゃんが知ってるのよ?!)

 琴美の顔は真っ赤だ。

 「こと先輩ったら分かりやすーい!
 茂野先輩ようやく言ったんだぁー!!」

 「ようやくって…ひなちゃん、知ってたの?」

 琴美が目を丸くして尋ねると、日菜子は得意げな顔をして言った。

 「えぇ。前から知ってましたよ。それに、茂野先輩にこと先輩が別れましたよって教えてあげたの私ですし。」

 「…な、なんで、そんなこと。」

 日菜子はにこーっと笑って、琴美の手を取った。

 「私、こと先輩には幸せになってほしいんですよね。茂野先輩なら一途に先輩を想い続けてるし、将来有望だし、顔もいいじゃないですか!こと先輩とお似合いです!」

 「あ、ありがとう…。で、でも、茂野君と付き合うかどうかはー」

 「え?!まさか振ったんですか?」

 琴美が言い切る前に日菜子が食い気味に尋ねる。
 琴美はその熱意に若干ひいていた。

 「ま、まだ返事…してない。」

 日菜子は大きくふぅーっと息を吐く。

 「良かったぁ。
 こと先輩?よーく考えてくださいね!茂野先輩はかなりの優良物件です。先輩ももう結婚とか考える歳でしょう?

 茂野先輩なら元彼さんみたいに浮気することは絶対にないでしょうし、結婚するなら優しい人に限りますよ。早々と結婚した私の姉が言ってました!」

 琴美はぼんやりと元彼の俊哉のことを思い出した。

 (確かに茂野君は優しい。けど、優しいと言う意味では俊哉もすごく優しかった気がする。私に何かを強要することは無かったし、私の意見を常に優先してくれた。本当に優しいってどういうことだろう…。

 そういう意味では、あんまり律さんは優しくないかも。急にハグしたり、頭とかに軽いキスをしたり…私の反応を見て、楽しんだりしてるもの。止めてって頼んだのに、嫌じゃないなら止めないなんて言うし。本当にドキドキしちゃうんだよなぁ。
 というか、今夜は外食だけど、ハグするのかな…)

 いつの間にか琴美は律のことを考えていた。その頬はほんのり色付き、色っぽさを感じさせる顔だった。日菜子はそれを見て、ニンマリする。

 「茂野先輩との新婚生活、想像しちゃいました?」

 「へ?」

 琴美は頭の中が律とのハグのことでいっぱいで茂野のことをすっかり忘れていた。日菜子はそれを見て、首を傾げる。

 「あれ?違いました?

 …ま、茂野先輩はこれからってことですね。
 進展あったら、報告お願いしまーす。」

 そう言って、また椅子をコロコロさせて、自席へ戻って行った。

 琴美は、茂野のことはまたあとで考えようと思い、デスクに向かった。
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