呪われ侍女の逆後宮

はるみさ

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25.王と王妃

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 あれから、約三ヶ月が経った。

 ゼノアは私と一緒に後宮に篭っているかというとそうでもなく……よく庭園で訓練をしている。引退した先輩騎士を招いて、最近は打ち合いが出来るまでになった。驚いたことに目が見えなくても、ある程度の太刀筋はわかるらしい。
 アレス様の話ではかつて騎士団一の実力者だったゼノアを慕っている者も多く、目が見えなくなっても、騎士団に来てほしいと声があがっているそうだ。もう少しゼノアの勘が戻れば、指南役として騎士団で迎え入れることになるだろうとアレス様は自分のことのように嬉しそうに話してくれた。
 アレス様やルゥ君をはじめ、ゼノアを尊重し、大切にしてくれる仲間がいてくれて本当によかったと思う。そのおかげでゼノアも以前と同じような明るさを取り戻していた。

 数ヶ月前まで当たり前だった日常が戻ってきた。

 あとは、イリルさん……いや、イリルの刑を決める裁定会議だけが残っていた。

 私はその日、一人でレティシアを抱き、後宮の庭を歩いていた。

 そこへ信じられない人物が訪ねてきて、私は咄嗟に膝をつき、頭を下げ、挨拶をした。

 「面をあげよ。散歩の邪魔をしてしまって悪いな」

 久しぶりに拝見する陛下のお顔はどこか元気がなく、国の発展を成し遂げている最中の指導者とは思えなかった。王子も生まれ、大国との同盟も果たし、順風満帆そのもののはずなのに……

 「い、いえ……ですが、どうしてこのようなところに?
 それにーー」

 周りには護衛が見当たらなかった。確かにここの庭は安全だろうけど、お一人で出歩くなんて、そうあることではなかった。

 「大丈夫だ。見えないところから私を護衛している。
 とは言え、会話までは聞こえないだろう。安心してくれ」

 陛下がなぜここに来たのか皆目見当もつかない。陛下はじっとレティシアを見つめていた。

 「なんとも美しい赤子だな。出産、おめでとう」

 「有り難きお言葉、至極光栄に存じます」

 「いや……それに、其方も元気そうで何よりだ」

 そう言って、今度は私に視線を向ける。

 「はい。変わりありません」

 陛下の会話の目的がわからず私は戸惑っていた。陛下ともあろう方が私のような身分のものに何かを言いあぐねているわけじゃないだろうしーー

 その時、陛下の力強い声が響いた。

 「クレア嬢。すまなかった」

 「え?」

 「其方や騎士団長らの意見も聞かず、後宮のメンバーを変えてしまおうとしたこと、申し訳なかったと思っている」

 信じられない。一国の主である陛下が謝るなんて……

 「な、何を仰いますか……。陛下は国の安寧を鑑みて、そう判断したと存じております。謝罪の言葉なぞ必要ありません」

 「いや……其方は我々を守ってくれたのに、私もナージャもあの時は結局他人事でしかなくて、其方に死を選択させるような真似をしてしまった。其方やアレスやゼノアやルゥシャ……真に私たちを支えてくれる人材を失うところだった。
 ……どうか過ちを犯した私たちを許してほしい」

 「許してほしいだなんて滅相もございません! こちらこそ引き続き後宮に住まわせてくださる陛下の寛大さに日々感謝しております。でも、本当に住まわせていただいていいのか……」

 「あぁ。騎士団長らが其方でなければダメなように、何があっても私にはナージャだけなのだ。生涯、後宮は使わぬ」

 「……かしこまりました。
 どうぞこれからも王妃様と共に私たち国民を導いて下さいませ」

 「あぁ」

 陛下は、しかと頷いてくれた。

 「それではーー」

 陛下が去ろうとしたが、私はずっと気になっていたことを口走っていた。

 「陛下……! あの……王妃様は、お元気、でしょうか?」

 陛下は少し俯き、苦笑した。

 「元気……とは言えないな」

 「そう、ですか……」

 肩を落とす私に気を遣ってか、陛下は提案してくださった。

 「クレア嬢さえ良ければ、ナージャに会いに行ってはくれまいか?」

 「ですが、私は……」 

 王妃様にお会いしたいと思った。けれど、あんな別れ方をしてしまった手前、こちらから謁見を申し込むことなんて出来なかった。王妃様に散々失礼なことを言ってしまったから……

 「ナージャは其方が無事に戻ってきたと聞いてから、会いたいと思っていることだろう。ずっと其方を気にかけている。
 だが、其方に酷い仕打ちをした自分は会う資格がない、とも。

 ……クレア嬢。どうかナージャに謝罪の機会を与えてはくれまいか?」

 「謝罪だなんて、そんな……っ」

 「いや、私たちは其方に酷いことをしたのだ。王と王妃という立場だからこそ、人の痛みに鈍感になってはならなかったというのに……」

 「陛下……」

 「それとも……ナージャの顔も見たくないか?」

 「とんでもありませんっ! 私も王都へ戻ってきてから、ずっと王妃様にお会いしたいと思っておりました……ですがーー」

 「頼む。……ナージャに会ってやってくれ。
 ……私は無力でな」

 「え?」

 「日程はこちらで決めて、連絡させよう」

 陛下は何もなかったように微笑んだ。


   ◆ ◇ ◆


 陛下と別れて三日後、私は王妃様と向かい合っていた。王妃様は人払いを済ませ、部屋の中には二人きりだ。

 私の情報を漏らしたと話していたセーラは、どこにもいなかった。どういう形かわからないが、もう王妃様の侍女ではなくなったのだろう。

 久しぶりにお会いする王妃様は、疲れた顔を浮かべていた。美しいことには変わりないのだが、頬はやつれ、目の下には隈があった。上手く寝れていないのかもしれない。
 ……陛下にせよ、王妃様にせよ、何か良くないことでもあったのだろうか? 王子の具合が良くない……とか?

 「王妃様、ご無沙汰してしまい、申し訳ございませんでした。色々とご配慮くださったのに、直接御礼も言えず……。それに前回のこともーー」

 「いいえ、クレアは何も悪くないわ……!

 本当にごめんなさい。私、貴女を酷く傷つけて……」

 「いえ……王妃様に生意気なことを申しました……。どうかご無礼をお許しください」

 「貴女が私に許しを乞うようなことは何もないわ。
 ……生きていてくれて、本当に良かった」

 王妃様の美しい蒼の瞳から珠のような涙がポロッと流れた。
 その顔からは安堵が読み取れて、私の無事を本当に喜んでいるように見えた。

 「ありがとうございます……ご心配をお掛けしました」

 私たちの間にしばらく沈黙が流れる。
 別に気まずいわけではない。ちょっと前まで私は毎日のように王妃様のそばにいて、とても長い時間を共に過ごしてきたんだもの。

 でも……

 「王妃様、私がいない間に何があったんですか……?
 よろしければ……私に聞かせてくださいませんか?」

 王妃様はキュッと身体を強張らせた。

 「無理にとは申しません。失礼なことも承知しております。
 それでも……何か力になりたいのです」

 王妃様は潤んだ瞳で俯き、しばらく迷った様子だったが、小さな声で話し出した。

 「……数ヶ月前にルナ王国が同盟の締結の話し合いでやってきたの。これが締結できれば我が国にとって大きな利益だったわ……でも、話し合いは難航していた」

 なぜ、急に同盟の話に? とは思ったが、私は黙って、王妃様の話に耳を傾けた。

 「そんな中、歓迎の宴が行われたの。

 けれど、私はその最中に…………暴行、された」

 驚きすぎて、恐ろしいその話に……声も出なかった。

 「……相手はルナ王国の第ニ王子だった。王子は同盟について私の意見も聞きたいと言って、別室に誘ったわ。まさかそんな目的だと思わなかった私は、機密事項が多いからと言う王子の希望に従って、侍女や騎士たちを外に待たせた。
 そうしたら……部屋に入ってすぐ口を塞がれて……っ」

 王妃様は耐えきれず、ギュッと目を瞑ると、その身を抱えて、震え出した。

 「王妃様!」

 私は王妃様に駆け寄り、嗚咽するその背中をさする。
 王妃様はまるで子供のようにボロボロと涙を零した。

 どれくらい時間が経っただろうか……。
 王妃様はようやく落ち着いたようで、泣き腫らした目で「ごめんなさい」と笑った。

 でも、その笑顔が今にも消えてしまいそうな儚さで……
 私は王妃様の手をギュッと握った。

 「きっとバチが当たったのよ、貴女にあんなことを言ったから……」

 「そんなこと……」

 「ごめんなさい。貴女のほうがあんな呪いを私の代わりに受けてずっと辛い思いをしたのに……。
 それに、愛する人がいるという貴女に、生きるために他の人に抱かれればいいだなんて……私は本当に愚かだった。……ごめんなさい」

 「いえ。私のことは良いのです。
 それより……お辛かったですね……。このことを陛下は?」

 「知っているわ……。早い段階で外にいる騎士が気付き、陛下を呼んでくれて……最後の最後までは、免れたの。

 この事件があって、先方は事件を明るみにしない代わりにこちらに優位な同盟の締結を持ち掛けてきた。これ以上ない好条件だったから……私たちはそれに同意した……」

 大国との同盟にそんな裏があったなんて……。
 王妃様の被害の上にそれがもたらされていると思ったら悔しくて……私はぐっと拳を握った。

 「最初は……この国のために身を捧げたんだと……そう思おうとしたの。
 だけど、どうしてもあの時の感触が、恐怖が……身体から消えてくれなくて……。目を瞑ると、あの時のことがフラッシュバックして……真っ黒な手が私の身体を這いまわって、どんどん汚されていくの……。汚された私は……もう陛下に相応しくないんじゃないかと……っ」

 その気持ちはよくわかる……私もイリルさんに触れられた時に自分が黒く塗りつぶされていくような感覚に陥ったから……

 「それに……同盟で手を打つことは私が了承したことのはずなのに、陛下がその提案を突っぱねてくれたら良かったのにって思ってしまうの……っ。
 そんなことをする奴がいる国とは同盟なんか結ばないって言ってくれたら良かったのにって……!

 ……そんなことはずないのに……陛下が私を売ったんじゃないかとさえ頭によぎることさえある……そういう醜い人間なの、私は……

 あんなことがあってから、陛下は私に触れようとしない……私は彼に必要ないんじゃないかって考えが消えてくれなくて……。本当はクレアのためじゃなくて……私のためなのよ、後宮を使っていてもらうのは……まだ彼に私が必要なんだと、安心したいだけなの……」

 「王妃様……」

 「ごめんなさい……。ごめんなさい……」

 そう呟く王妃様の背中は小さくて、まるで子供のようだった。

 私は王妃様の手を両手で包んだ。下から覗き込むようにその濡れた瞳を見つめる。

 「王妃様。王妃様は美しいです。汚いところなんてありません」

 「でも……陛下がーー」

 「陛下は私に生涯後宮は使わないと仰られました。陛下には王妃様しかいない、と。……王妃様のことを、とても心配されているご様子でしたよ」

 「……あの、人が……?」

 「きっと陛下は恐ろしい思いをした王妃様を気遣って、触れようとしないのでしょう。陛下は嘆いておりましたよ、ご自身の無力を」

 「じゃあ……あの人は、まだ私をーー」

 「あとは、ちゃんと陛下とお話になってみるべきかと思います。包み隠さず全てをぶつけてみたら、きっと陛下も受け止めてくださるはずです」

 「クレア……」

 私が王妃様の涙を優しく拭うと、ようやく微かな笑みを見せてくれた。

 侍女をしていた時のことを思い出す。少し泣き虫だった頃の王妃様をこうやって慰めたり、励ましたりしていたっけ。

 「王妃様。約束、ですよ?
 勇気を出して、お話してみてくださいね」

 「えぇ……。クレアとの約束だもの、守らなくちゃね……」

 王妃様の瞳には、ほんのり輝きが戻ったように見えた。
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