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22.夢
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夢を見た。
私は、庭園でうずくまっていた。
熱くて、辛くて、怖くて、まるで自分の身体が自分のものじゃなくなったようで。確かに自分の声なのに、聴いたこともないような甘ったるい叫び声が響いていた。
モヤがかかったように見える周りにいる人たちは、恐怖を瞳に浮かべて私を見るばかりで近寄ろうともしない。
だけど、遠くから私に向かって駆けてくる人がいた。
燃えるような真っ赤な髪に、綺麗な黒の瞳……その人の姿だけははっきり見えた。
呪いなど関係ないようにその人は私を抱きしめ、連れ去った。
それだけで、痛いだけだった快感が甘さに変わった。
この人に身を委ねれば、いいんだ……そう、思えた。
私とその人は、本能のままに身体を重ねた。
その人は「ごめん」を何度も繰り返しながら、私を抱いた。悲しそうなのに、喜びを抑えられない自分と葛藤しているその人の表情に胸が高鳴った。
私だけじゃなくて、この人も嬉しいんだと思ったら、愛しくてたまらなかった。
何度も「すき」と伝えた。その人の名前もたくさん呼んだ。
その人も私を何度も呼んでくれた。激しく私に腰を打ち付けながら「愛してる」と言ってくれた。
幸せだった。このまま二人で一つになれたら……
◆ ◇ ◆
目が覚めるといつもの天井だった。
……ようやく思い出した。なんで、忘れてしまっていたんだろう。
私は泣いていた。
「ゼノア……だったのね。最初に私を助けてくれたのは」
ゼノアは……あんな風に交わっておいて、私が全てを忘れていて、どんな気持ちだっただろうか……。
悲しかった? 怒った? 呆れたかな?
「そんなんだから、愛想を尽かされちゃったのかしら……」
そんなはずないと思いたいのに、何故かその考えが頭からこびりついて離れなかった。
落ち着いた身体で、身だしなみを整え、部屋を出た。
階段を降りようと一階を見ると、そこにはレティシアを抱いた乳母と……アレス様とルゥ君がいた。
良かった……レティシアは無事だ……!
それに、本当にアレス様とルゥ君がそこに存在することが嬉しくて、胸がドキドキする。だけど、やはりゼノアはいなかった。二人に抱かれたばかりなのにゼノアのことを考えていたなんて少し後ろめたい気持ちにもなる。
先に私に気付いたルゥ君が、階段の上まで駆け寄ってきてくれた。
「クレア、大丈夫? まだ無理しなくてもいいのに」
「ううん、大丈夫。それに二人に話があるの」
私は階段を降りて、乳母の胸に顔を埋めているレティシアを受け取った。すると、タイミングよく、レティシアも目を開けてくれた。
「え……クレア?」
アレス様も、ルゥ君も意味がわからないようで呆然としている。
良かった、話はこれから聞くところだったみたい。自分の口から伝えられることが嬉しい。
「この子はレティシア。三週間前に私が産んだの」
二人は唖然とする。
そして、ゆっくり視線をレティシアに移動するとーー
「私の子だ」「僕の子だ」
声を揃えて、そう言った。
「はぁ?! 団長ってば目がおかしいんじゃないの?
このふわふわした髪質と明るい髪色は、完全に僕の子でしょ!!」
「ルゥシャこそ何を言ってるんだ? この髪色はお前より私に近いだろう! ほら見てみろ、耳の形なんて私にそっくりだ!」
「いやいや、耳の形なんてどうでもいいから、ちゃんと見てよ!
こんな天使みたいな子、僕の子に決まってる!」
「確かにこの世のものとは思えないほどの美しさだが、それはクレアの子供だからだ!
はぁ……、それにしてもーー」
「「可愛いなぁ」」
二人の突然の言い合いに唖然としていた私も思わず吹き出してしまった。私は僅かに浮かんだ涙を拭った。
「ふふっ……ありがとう。二人がそう言ってくれて嬉しいわ。
……それに私と貴方たちの子供だと疑わないでくれたことも」
「当たり前さ」
「そうだよ。それに日数的にも僕らしか考えられない。他の男に抱かれてる暇なんてないくらいセックスしてたからねー」
「ルゥ君っ!!」
「あ、ごめん。レティシアの前だったね。乳母さんもごめんね」
テヘッと舌をだすが、なんだか声のせいなのか、その仕草が前よりも似合わない気がする。それにさっき抱かれていて思ったが、身体つきも随分としっかりしたような……
「なに? そんなに僕のこと見てさ」
「いや……ルゥ君がなんか」
「変わったでしょ? 声変わりもしたし、身長もこの半年で急に伸びたんだ。どう、こんな僕は」
「……いいと、思う」
「ふふっ、素直にかっこいいって言えばいいのに」
アレス様は呆れたようにため息を吐いた。
「ほら、二人ともそろそろ本題に戻るよ」
その後、乳母には一旦家を出てもらい、私は今日までの経緯を二人に話した。二人はところどころ顔を歪ませながら、私の話を聞いてくれた。聞き終えた時には、二人はどこか安堵した顔つきだった。
「これが私の知ってる全部です。イリルさんが言っていたことが本当かはわからないけど……」
先に口を開いたのは、アレス様だった。
「そうか……。クレア……まず、ありがとう。
生きていてくれて……レティシアを産んでくれて。
そして、大変な時にそばにいてあげられなくて、ごめん。
見つけるのが遅くなって……本当に、ごめん」
アレス様は深く深く頭を下げた。ルゥ君も一緒に。
「二人とも顔を上げて……。
……悪いのは私です。三人と話もせずに、飛び出してしまって。みんなで考えたら、もっと一緒にいられたかもしれないのに……。
心配かけて……ごめんなさい」
「本当だよ。僕らがどれだけ心配したか」
ルゥ君が口を尖らせる。それをアレス様が横目で見て笑う。
「ルゥシャ、こうやってまた出会えたんだ。それでいいだろう?
次こそクレアを守ろう。私たちで」
二人は目を合わせて、しっかり頷き合った。
私はずっと気になっていたことを尋ねた。
「あの……ゼノアは……?」
「……あ、あぁ。ゼノアはちょっと訳あって、ここには来れなかったんだ」
歯切れの悪い返答に胸がざわめく。
ルゥ君がフォローをするように言葉を続けた。
「でも、クレアのことは本当に心配してたんだよ?
……本当はここにも来たかったと思う」
「そう……。でも、王都に戻ったら……会えるんだよね?」
「……それは何とも言えない」
「え? ゼノアに……な、何があったの?」
「悪い……私たちの口からは話せない」
気になって仕方がなかったが、何度尋ねても教えてくれなかった。王都に帰ればきっと何か分かるはずだと、私は自分を納得させた。でもーー
「ゼノアにも、レティシアを見せてあげたかったんだけど……な」
私のその呟きに、何故か二人は俯いて何も応えてくれなかった。
少しの沈黙の後、私は再び二人に尋ねた。
「でも、なんで二人はここに? 偶然?」
先に口を開いたのはアレス様だった。
「まずは……今日までのことを話したほうがいいね。
クレアが王妃殿下から私たちを後宮から抜くと話を聞いた時、私たち三人も陛下から同じ説明を受けていた。
私たち三人は、もちろんそれを拒否した。クレアと離れるなんて考えられなかった。何を失ったとしても、クレアのそばにいると決めていたから。
なのにーー」
アレス様は悔しそうに俯いた。
代わって、ルゥ君が話を続けてくれる。
「よく考えろと陛下に言われて、後宮に三人揃って帰ったら……カミラさんがクレアはまた王妃様に会いに行ったと。おかしいと思い、慌てて部屋に行くと、手紙があった。
みんな、あの手紙がクレアの本心じゃないことくらいすぐわかったけど、僕たちを信じてくれなかったことが……ショックだった」
アレス様も、ルゥ君も、とても傷ついた顔をしていた。
あの時、手紙を書いたのは傷つけたかったわけじゃないのに……
「ごめん、なさい」
「ううん……。一番辛かったのはクレアだもん」
そう言って、ルゥ君は笑ってくれた。アレス様が続ける。
「それから私たちは急いで馬を走らせて、広範囲に捜索をしたが、どうしてもクレアを見つけられなかった。
……絶望したよ。クレアが死んでいたらどうしようって」
アレス様が唇をぐっと噛み締めた。ルゥ君もその時のことを思い出しているのか、眉を下げ、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「クレアがいなくなって、僕たちも正式に後宮から去るように言われた。そして、クレアと出会う前の生活に戻った。でも、それはまるで色を無くしたように……暗くて、光のない世界になってしまった」
「私も同じだ。クレアを失って、その存在の大きさを改めて実感したよ。騎士団長として国のために生きると一度は決めたのに……クレアがいないのなら、この世に生きている意味などないんじゃないかとさえ、頭によぎった。
でも、ある日ゼノアが私たちに言ったんだ」
「ゼノアが?」
「『俺は何があっても諦めない。クレアを必ず見つけ出してみせる』って。その言葉にハッとしたよ。私はようやく出会えた最愛の人をどうして諦めようとしたのだろう、と」
「僕も……その言葉に目が覚めるようだった。それから、僕たちは三人で手分けをして、ずっとクレアを探していたんだ」
「……あり、がとう」
涙がまた溢れてくる。
それに、ゼノアがそんな風に言ってくれてたなんて……
アレス様が私にハンカチを差し出してくれる。
「とは言っても、ずっと手掛かりは見つからなかったんだけどね。状況が変わったのは、つい一ヶ月前のことだった。
ある街から産婆と若い母親が失踪したと連絡を受けたんだ。そして、その人たちがいなくなる前にある男と話していたと。より聞き込みを続けると、その男は商人のフリをして、街に出入りをしているようだった。そして、数ヶ月前から買っていく食材が増えたとも。
まだこの時にはクレアと繋がっている可能性は薄かったが、怪しいと思った私たちは、その男が置いていった商品を王宮に持ち帰り、鑑定してもらったんだ。すると、その商品からは微かな呪力が感じられると言われた。そして、その呪力は王妃殿下を呪おうとしたその力にかなり性質が近いと言われたんだ。
それから、調査を調べていくうちに、その男がイリルという、かつて呪術師団を纏めていた男だということがわかった。イリルは、先の内戦で行方不明になり、生死が分からなかった。
彼が王妃を呪おうとしたのであれば、動機は十分だった。そして今回正式に騎士団にイリルを捕まえるよう、任務が下りて、私たちはここに来た、というわけだ」
「呪いについてより詳しくわかるかもしれないとは思ったし、クレアがいるかもしれないという希望を持って、ここにきた。
そして、ようやく……クレアに、会えたんだ」
ルゥ君が微笑みながら、こちらを見つめる。
その隣でアレス様も安堵の表情を浮かべていた。
「ありがとう、助けに来てくれて。
……私を、諦めないでいてくれて」
私は流れる涙も隠さず、二人に笑いかけた。
◆ ◇ ◆
私は王都に戻った。
森の中に入れないように私にかけられていた術は、あっさりと解除された。アレス様がイリルさんにそう働きかけたらしいが詳しいことは教えてもらえなかった。
私が森の奥深くで過ごしている間、王都は大きく様変わりしていた。市場は活気付き、見たことのない品物が所狭しと並んでいた。
その理由をルゥ君に尋ねたところ、三ヶ月前に我が国にとって非常に良い条件で、大国との同盟が決まったからだということだった。そのため、今まで手に入らなかったあらゆるものが流通するようになったと説明を受けた。
その上、五ヶ月前には無事王子が生まれたらしく、王都は祝福ムードが未だに漂っていた。大国との同盟、王子の誕生、この国は希望に満ち溢れていた。
王妃様とはあんな別れ方をしてしまったけど、無事に出産されたと聞いて、私は心から嬉しく思った。
そして、王都に戻った私が二人に連れて行かれたのは、後宮だった。
「え……私、まだここに住んでいいの?」
「あぁ、陛下の許可は降りてる。王妃殿下が陛下に進言してくださったそうだ」
その時、後宮の扉が勢いよく開いた。
「……お嬢様!!」
「カミラ……」
カミラはこちらに駆け寄って、勢いよく私に抱きついた。
「なんで私に何も言ってくださらなかったのですか?!
どこかに行くのであれば、それがたとえ地獄であろうとも……私はついて行きましたのに……っ!!」
ポロポロと涙を流して泣くカミラを見て、自分がどれだけみんなに心配をかけたのか、改めて思い知る。
「ごめんなさい……。本当に、ごめんなさい。
もう勝手にいなくなったりしないわ……約束する」
「約束ですよ? ……あぁ、ご無事で本当に良かった」
私とカミラは、二人とも泣きながら抱き合った。
その後、カミラにレティシアを見せると「良かった」「嬉しい」「可愛い」をひたすらに繰り返して、喜んでくれた。
私とアレス様とルゥ君、そしてカミラに囲まれて、レティシアはほんの少し笑ったように見えた。
私は、庭園でうずくまっていた。
熱くて、辛くて、怖くて、まるで自分の身体が自分のものじゃなくなったようで。確かに自分の声なのに、聴いたこともないような甘ったるい叫び声が響いていた。
モヤがかかったように見える周りにいる人たちは、恐怖を瞳に浮かべて私を見るばかりで近寄ろうともしない。
だけど、遠くから私に向かって駆けてくる人がいた。
燃えるような真っ赤な髪に、綺麗な黒の瞳……その人の姿だけははっきり見えた。
呪いなど関係ないようにその人は私を抱きしめ、連れ去った。
それだけで、痛いだけだった快感が甘さに変わった。
この人に身を委ねれば、いいんだ……そう、思えた。
私とその人は、本能のままに身体を重ねた。
その人は「ごめん」を何度も繰り返しながら、私を抱いた。悲しそうなのに、喜びを抑えられない自分と葛藤しているその人の表情に胸が高鳴った。
私だけじゃなくて、この人も嬉しいんだと思ったら、愛しくてたまらなかった。
何度も「すき」と伝えた。その人の名前もたくさん呼んだ。
その人も私を何度も呼んでくれた。激しく私に腰を打ち付けながら「愛してる」と言ってくれた。
幸せだった。このまま二人で一つになれたら……
◆ ◇ ◆
目が覚めるといつもの天井だった。
……ようやく思い出した。なんで、忘れてしまっていたんだろう。
私は泣いていた。
「ゼノア……だったのね。最初に私を助けてくれたのは」
ゼノアは……あんな風に交わっておいて、私が全てを忘れていて、どんな気持ちだっただろうか……。
悲しかった? 怒った? 呆れたかな?
「そんなんだから、愛想を尽かされちゃったのかしら……」
そんなはずないと思いたいのに、何故かその考えが頭からこびりついて離れなかった。
落ち着いた身体で、身だしなみを整え、部屋を出た。
階段を降りようと一階を見ると、そこにはレティシアを抱いた乳母と……アレス様とルゥ君がいた。
良かった……レティシアは無事だ……!
それに、本当にアレス様とルゥ君がそこに存在することが嬉しくて、胸がドキドキする。だけど、やはりゼノアはいなかった。二人に抱かれたばかりなのにゼノアのことを考えていたなんて少し後ろめたい気持ちにもなる。
先に私に気付いたルゥ君が、階段の上まで駆け寄ってきてくれた。
「クレア、大丈夫? まだ無理しなくてもいいのに」
「ううん、大丈夫。それに二人に話があるの」
私は階段を降りて、乳母の胸に顔を埋めているレティシアを受け取った。すると、タイミングよく、レティシアも目を開けてくれた。
「え……クレア?」
アレス様も、ルゥ君も意味がわからないようで呆然としている。
良かった、話はこれから聞くところだったみたい。自分の口から伝えられることが嬉しい。
「この子はレティシア。三週間前に私が産んだの」
二人は唖然とする。
そして、ゆっくり視線をレティシアに移動するとーー
「私の子だ」「僕の子だ」
声を揃えて、そう言った。
「はぁ?! 団長ってば目がおかしいんじゃないの?
このふわふわした髪質と明るい髪色は、完全に僕の子でしょ!!」
「ルゥシャこそ何を言ってるんだ? この髪色はお前より私に近いだろう! ほら見てみろ、耳の形なんて私にそっくりだ!」
「いやいや、耳の形なんてどうでもいいから、ちゃんと見てよ!
こんな天使みたいな子、僕の子に決まってる!」
「確かにこの世のものとは思えないほどの美しさだが、それはクレアの子供だからだ!
はぁ……、それにしてもーー」
「「可愛いなぁ」」
二人の突然の言い合いに唖然としていた私も思わず吹き出してしまった。私は僅かに浮かんだ涙を拭った。
「ふふっ……ありがとう。二人がそう言ってくれて嬉しいわ。
……それに私と貴方たちの子供だと疑わないでくれたことも」
「当たり前さ」
「そうだよ。それに日数的にも僕らしか考えられない。他の男に抱かれてる暇なんてないくらいセックスしてたからねー」
「ルゥ君っ!!」
「あ、ごめん。レティシアの前だったね。乳母さんもごめんね」
テヘッと舌をだすが、なんだか声のせいなのか、その仕草が前よりも似合わない気がする。それにさっき抱かれていて思ったが、身体つきも随分としっかりしたような……
「なに? そんなに僕のこと見てさ」
「いや……ルゥ君がなんか」
「変わったでしょ? 声変わりもしたし、身長もこの半年で急に伸びたんだ。どう、こんな僕は」
「……いいと、思う」
「ふふっ、素直にかっこいいって言えばいいのに」
アレス様は呆れたようにため息を吐いた。
「ほら、二人ともそろそろ本題に戻るよ」
その後、乳母には一旦家を出てもらい、私は今日までの経緯を二人に話した。二人はところどころ顔を歪ませながら、私の話を聞いてくれた。聞き終えた時には、二人はどこか安堵した顔つきだった。
「これが私の知ってる全部です。イリルさんが言っていたことが本当かはわからないけど……」
先に口を開いたのは、アレス様だった。
「そうか……。クレア……まず、ありがとう。
生きていてくれて……レティシアを産んでくれて。
そして、大変な時にそばにいてあげられなくて、ごめん。
見つけるのが遅くなって……本当に、ごめん」
アレス様は深く深く頭を下げた。ルゥ君も一緒に。
「二人とも顔を上げて……。
……悪いのは私です。三人と話もせずに、飛び出してしまって。みんなで考えたら、もっと一緒にいられたかもしれないのに……。
心配かけて……ごめんなさい」
「本当だよ。僕らがどれだけ心配したか」
ルゥ君が口を尖らせる。それをアレス様が横目で見て笑う。
「ルゥシャ、こうやってまた出会えたんだ。それでいいだろう?
次こそクレアを守ろう。私たちで」
二人は目を合わせて、しっかり頷き合った。
私はずっと気になっていたことを尋ねた。
「あの……ゼノアは……?」
「……あ、あぁ。ゼノアはちょっと訳あって、ここには来れなかったんだ」
歯切れの悪い返答に胸がざわめく。
ルゥ君がフォローをするように言葉を続けた。
「でも、クレアのことは本当に心配してたんだよ?
……本当はここにも来たかったと思う」
「そう……。でも、王都に戻ったら……会えるんだよね?」
「……それは何とも言えない」
「え? ゼノアに……な、何があったの?」
「悪い……私たちの口からは話せない」
気になって仕方がなかったが、何度尋ねても教えてくれなかった。王都に帰ればきっと何か分かるはずだと、私は自分を納得させた。でもーー
「ゼノアにも、レティシアを見せてあげたかったんだけど……な」
私のその呟きに、何故か二人は俯いて何も応えてくれなかった。
少しの沈黙の後、私は再び二人に尋ねた。
「でも、なんで二人はここに? 偶然?」
先に口を開いたのはアレス様だった。
「まずは……今日までのことを話したほうがいいね。
クレアが王妃殿下から私たちを後宮から抜くと話を聞いた時、私たち三人も陛下から同じ説明を受けていた。
私たち三人は、もちろんそれを拒否した。クレアと離れるなんて考えられなかった。何を失ったとしても、クレアのそばにいると決めていたから。
なのにーー」
アレス様は悔しそうに俯いた。
代わって、ルゥ君が話を続けてくれる。
「よく考えろと陛下に言われて、後宮に三人揃って帰ったら……カミラさんがクレアはまた王妃様に会いに行ったと。おかしいと思い、慌てて部屋に行くと、手紙があった。
みんな、あの手紙がクレアの本心じゃないことくらいすぐわかったけど、僕たちを信じてくれなかったことが……ショックだった」
アレス様も、ルゥ君も、とても傷ついた顔をしていた。
あの時、手紙を書いたのは傷つけたかったわけじゃないのに……
「ごめん、なさい」
「ううん……。一番辛かったのはクレアだもん」
そう言って、ルゥ君は笑ってくれた。アレス様が続ける。
「それから私たちは急いで馬を走らせて、広範囲に捜索をしたが、どうしてもクレアを見つけられなかった。
……絶望したよ。クレアが死んでいたらどうしようって」
アレス様が唇をぐっと噛み締めた。ルゥ君もその時のことを思い出しているのか、眉を下げ、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「クレアがいなくなって、僕たちも正式に後宮から去るように言われた。そして、クレアと出会う前の生活に戻った。でも、それはまるで色を無くしたように……暗くて、光のない世界になってしまった」
「私も同じだ。クレアを失って、その存在の大きさを改めて実感したよ。騎士団長として国のために生きると一度は決めたのに……クレアがいないのなら、この世に生きている意味などないんじゃないかとさえ、頭によぎった。
でも、ある日ゼノアが私たちに言ったんだ」
「ゼノアが?」
「『俺は何があっても諦めない。クレアを必ず見つけ出してみせる』って。その言葉にハッとしたよ。私はようやく出会えた最愛の人をどうして諦めようとしたのだろう、と」
「僕も……その言葉に目が覚めるようだった。それから、僕たちは三人で手分けをして、ずっとクレアを探していたんだ」
「……あり、がとう」
涙がまた溢れてくる。
それに、ゼノアがそんな風に言ってくれてたなんて……
アレス様が私にハンカチを差し出してくれる。
「とは言っても、ずっと手掛かりは見つからなかったんだけどね。状況が変わったのは、つい一ヶ月前のことだった。
ある街から産婆と若い母親が失踪したと連絡を受けたんだ。そして、その人たちがいなくなる前にある男と話していたと。より聞き込みを続けると、その男は商人のフリをして、街に出入りをしているようだった。そして、数ヶ月前から買っていく食材が増えたとも。
まだこの時にはクレアと繋がっている可能性は薄かったが、怪しいと思った私たちは、その男が置いていった商品を王宮に持ち帰り、鑑定してもらったんだ。すると、その商品からは微かな呪力が感じられると言われた。そして、その呪力は王妃殿下を呪おうとしたその力にかなり性質が近いと言われたんだ。
それから、調査を調べていくうちに、その男がイリルという、かつて呪術師団を纏めていた男だということがわかった。イリルは、先の内戦で行方不明になり、生死が分からなかった。
彼が王妃を呪おうとしたのであれば、動機は十分だった。そして今回正式に騎士団にイリルを捕まえるよう、任務が下りて、私たちはここに来た、というわけだ」
「呪いについてより詳しくわかるかもしれないとは思ったし、クレアがいるかもしれないという希望を持って、ここにきた。
そして、ようやく……クレアに、会えたんだ」
ルゥ君が微笑みながら、こちらを見つめる。
その隣でアレス様も安堵の表情を浮かべていた。
「ありがとう、助けに来てくれて。
……私を、諦めないでいてくれて」
私は流れる涙も隠さず、二人に笑いかけた。
◆ ◇ ◆
私は王都に戻った。
森の中に入れないように私にかけられていた術は、あっさりと解除された。アレス様がイリルさんにそう働きかけたらしいが詳しいことは教えてもらえなかった。
私が森の奥深くで過ごしている間、王都は大きく様変わりしていた。市場は活気付き、見たことのない品物が所狭しと並んでいた。
その理由をルゥ君に尋ねたところ、三ヶ月前に我が国にとって非常に良い条件で、大国との同盟が決まったからだということだった。そのため、今まで手に入らなかったあらゆるものが流通するようになったと説明を受けた。
その上、五ヶ月前には無事王子が生まれたらしく、王都は祝福ムードが未だに漂っていた。大国との同盟、王子の誕生、この国は希望に満ち溢れていた。
王妃様とはあんな別れ方をしてしまったけど、無事に出産されたと聞いて、私は心から嬉しく思った。
そして、王都に戻った私が二人に連れて行かれたのは、後宮だった。
「え……私、まだここに住んでいいの?」
「あぁ、陛下の許可は降りてる。王妃殿下が陛下に進言してくださったそうだ」
その時、後宮の扉が勢いよく開いた。
「……お嬢様!!」
「カミラ……」
カミラはこちらに駆け寄って、勢いよく私に抱きついた。
「なんで私に何も言ってくださらなかったのですか?!
どこかに行くのであれば、それがたとえ地獄であろうとも……私はついて行きましたのに……っ!!」
ポロポロと涙を流して泣くカミラを見て、自分がどれだけみんなに心配をかけたのか、改めて思い知る。
「ごめんなさい……。本当に、ごめんなさい。
もう勝手にいなくなったりしないわ……約束する」
「約束ですよ? ……あぁ、ご無事で本当に良かった」
私とカミラは、二人とも泣きながら抱き合った。
その後、カミラにレティシアを見せると「良かった」「嬉しい」「可愛い」をひたすらに繰り返して、喜んでくれた。
私とアレス様とルゥ君、そしてカミラに囲まれて、レティシアはほんの少し笑ったように見えた。
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