呪われ侍女の逆後宮

はるみさ

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20.豹変

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 「ふふっ……本当に可愛い……」

 それから数ヶ月後、私は女の子の赤ちゃんを胸に抱いていた。

 綿毛のようにふわふわとした少し癖っ毛のある明るい茶髪に、焦茶とも黒とも見える大きな瞳。ちっちゃな唇にピンク色の頬……こんなに神聖なものがこの世に存在するなんて。

 可愛くて、愛おしい私の宝物。
 名前はレティシア。

 何処から連れてきたのかわからないが、イリルさんがわざわざ産婆だけではなく、乳母まで雇ってくれたおかげで、私は順調に回復していた。

 だが、イリルさんはと言うと、レティシアが産まれてからずっと機嫌が悪かった。それは、レティシアに魔力が無かったからだった。

 イリルさんにとっては、アウラちゃんを治す希望が実らず、肩を落とすのもわかるが、あまりにもその態度はひどく、私も乳母も彼の機嫌の悪い時は出来るだけ近寄らないようにするほどだった。

 それでも私にとっては可愛い娘であることに変わりはない。このまま彼女と生きていけたらと思っていたが、私がレティシアの今後について言及しようとすると、イリルさんは不機嫌そうに話し合いを放棄して出て行ってしまうようになった。

 私が王都に帰る話についてもそうだ。何度話を切り出しても「俺に任せろ」とだけ言って、私が帰るのを許してくれない。
 何度かイリルさんが寝ている間にレティシアを連れて、家をそっと出ようとしたが、毎回森の中に足を踏み入れたところで何故か倒れてしまい、翌朝目覚めるといつものベッドの上だった。最初のうちは抜け出そうとしたのは夢だったのかと思ったほどだ。
 イリルさんは何も言わなかったが、私を見る目線がそのたびに、より厳しいものになっていった。

 でも、あと一週間ほどでまた発作が発生し始めてしまうので、それまでに三人に会って、レティシアの今後や私の今後について、一緒に考えたい。本格的に時間がなくなってきて、私は焦っていた。

 前は、三人以外に抱かれなくてはならないという事実が辛過ぎて、彼らと言葉も交わさずに後宮を逃げ出してしまったが、今は違う。レティシアがいる。
 たとえ自分を犠牲にしたとしても、レティシアにとって一番良い環境を整えてあげたい。成長するレティシアの側にいてあげたい。

 それに……三人にも可愛いレティシアを見せてあげたかった。

 「みんな……どんな反応をするかな……」

 不安も大きい。でも、三人ならきっと喜んでくれる気がする。
 ……自分から離れたくせに、そんなの都合よく考え過ぎかしら。

 今でもアレス様が、ルゥ君が、ゼノアが……大好きだ。
 これは紛れもない事実で。離れてからもその想いが私を支えてくれた。

 その時、一階の扉が開く音がした。
 レティシアを抱いて、私は一階に降りた。

 「イリルさん、おかえりなさい」

 「あぁ、ただいま」

 イリルさんは機嫌が良さそうだ。なんだか良いことがあったのだろうか。最近ピリピリしている様子だったが、今ならわかってくれるかもしれない。

 「あの、イリルさん!!」

 しかし、すぐに私が抱いた希望は打ち砕かれた。

 「クレア、喜べ。来週からお前に仕える男が二人ようやく確保できたんだ。なんとか間に合って良かった。
 没落貴族というところが気がかりではあるが、血は継いでいるようだから、まぁ大丈夫だろう。次こそは魔力持ちを頼む」

 「は……? な、何をーー」

 「それと、明日からレティシアの面倒は見なくていい。
 乳母に任せろ。お前は子作りに専念してーー」

 「イリルさんっ!!」

 「何だ? 大きな声出して」

 イリルさんは、心底面倒そうな顔をする。
 ……それでも、怯むわけにはいかない。

 「私、そんなの聞いてません!
 それに私は王都へ帰るつもりだと伝えましたよね?! レティシアは私が育てます。イリアさんが連れてきてくれた男性とそういうことをするつもりは毛頭ありません!!」

 イリルさんは大きくため息を吐いて、こちらを睨みつけた。恐ろしい眼光だが、私も負けじと睨み返す。

 「……ったく、男がいないと生きていけないお前のために、苦労して、男を見繕ってやったんだ。呪われたお前の相手なんて誰がしてくれる?」

 酷い言い草だ。私をこんな身体にしたのはイリルさんなのに。

 「……レティシアの父親になってくれた人たちがいます……!」

 「ぷっ……! 誰の名前を出すのかと思えば。
 半年も前に居なくなったお前を待っているとでも思うか? もう死んだと思われていることだろうよ。とっくに違う女とできてるんじゃないか?」

 「そんなこと……っ」

 ないとは言い切れない。アレス様にはルーナ様との再婚約話があったし、ゼノアも適齢期だから焦った伯爵が話を持ってくる可能性もある。……それに半年も音信不通でみんな私が死んでいると思ってるだろう。

 でもーー

 「仮にそうだとしても、彼らはレティシアに真剣に向き合ってくれる……そういう誠実な人たちです! 私ももう逃げるつもりはありません!
 イリルさんにはお世話になりましたが、私に他の男性をあてがったり、レティシアを私から取り上げるつもりなら、私は貴方を許しません!」

 「ふっ……ははっ! あはははっ!!
 ……なんもできない小娘が」

 イリルさんはそう吐き捨てた。纏う雰囲気が一段と冷たくなる。
 髪をかき上げ、彼は目を吊り上げて、私を見る。

 「……もう仲良しごっこも十分だ。ちゃんと立場をわからせてやろう」

 イリルさんはこちらにゆっくり近寄る。

 私はレティシアをギュッと抱きしめた。レティシアは珍しく起きていて、私を見つめているように見えた。

 この子だけは何があっても守らないと……!!

 私はイリルさんの前にあった椅子を思い切り蹴り飛ばした。それを避けようと彼がよろめいたその隙に、その後ろにある扉から飛び出した。レティシアを抱いて庭先に出る。
 が、逃げ出そうとした夜のことを思い出し、足が止まる。

 背後ですぐにキィと扉の音が響き、家からイリルさんが出てきた。

 「森に逃げようと思っているなら、無駄だ。お前がここにきた時、術をかけた。森に入れば、気を失うぞ。
 お前は一生ここで暮らすんだ。この私に、身を捧げながら……な」

 思わず私が振り返ると、イリルさんは卑しい笑みを浮かべていた。その笑みを見て確信した。……さっき二人の男性を確保したと言ってたけど、あと一人は……

 「貴方……まさかーー」

 「あぁ、次の子供の父親は俺だ。他の二人はただの補助だな。
 今まではレティシアが腹にいたから耐えていたが、もう十分に回復しただろう? 朝から晩までベッドに縛り付けて、本当の快楽を身体に叩き込んでやる。王妃でも良かったが、お前もまぁ美しいからな。それに魔力持ちを生み出せる可能性のある最高の母体だ」

 彼は舌で唇をペロリと舐めた。

 「き、気持ち悪い……っ! 近付かないで!!
 大体、貴方と交わることを私の心が拒否すれば、それは毒となるはずーー」

 「言ったろ? これは俺が作った呪術だと。そんな面倒な条件をつけると思うか? お前はどんなに嫌がっても、俺を受け入れるしかないんだよ、クレア」

 ジリっと森の方へ下がると、身体がゾワゾワとする。
 これ以上進むなと、身体が危険信号を発している。

 「いいのか? 森の中に入れば本当に気を失うぞ?
 意識のない女を抱く趣味なんて俺にはないんだ。
 どうせなら恐怖に顔を歪めながら、抱かれてくれよ」

 「……最低……っ」

 まるで褒め言葉を受けたように、イリルさんはニヤッと笑った。

 「まぁ、呪術師だからな。呪術師の中にまともな奴なんていないさ。なのに、あっさり騙されて、馬鹿な女だよ」

 目の前にいる人が今までと同じ人だとは思えない。

 「す……全て、演技だったの……? 
 それにアウラちゃんのために治癒術師をってーー」

 「一度も姿を見てないのに、まだ気付かないのか? アウラなんていないさ。あんなの使い魔に喋らせてるだけだ。おとうさん、の一言しか言えないけどな。俺の演技が良かったんだろうが、すっかり俺を信用してくれて助かった。

 ただ全部嘘だったわけじゃない。呪術の話なんかは本当さ。相手を騙すには真実の中に嘘を織り交ぜるのがポイントっていうだろ?」

 「ひどい……ずっと私を騙してーー」

 「騙されるほうが悪い。大体、俺の狙いは王妃だったんだ、勝手に邪魔したのはお前だろう?」

 「貴方の目的はなんなの……っ?!」

 「まず、呪術師を追いやった王と王妃を苦しませること。王の寵妃なのに他の男に抱かれるなんて、屈辱的だろ? それに胎児も流れれば、王も絶望するだろうと思ってな」

 「知ってたのね……」

 「もちろん。王の子供も流れて、誰の子か分からない子供を孕む王妃なんて傑作だったのになぁ?」

 いつも何を考えているのかわからなかったその瞳は、今ギラギラと輝いていた。
 この人は人の不幸を自分の喜びとしている……

 「貴方って人は……っ!!」

 こんな人の手駒になっていることが悔しい。

 「だが、一番の目的は呪術師から脱して、最強の魔術師になるためだ。本当だったら、赤子の膨大な魔力を俺に移す予定だったんだが、今回は失敗だったからな。一ヶ月は様子を見て生かしておいてやってるが、そろそろ見切りをつける頃だな。次に賭けるとしよう」

 嫌な汗がツーっと背中を伝うのがわかった。

 「そしたら、レティシアは……」

 「役立たずなんだ。……殺すしかないだろう?」

 目を細めて、ニィ……と笑うその顔は、まるで死神だった。

 涙が滲む。レティシアを殺そうとするなんて……許せない。目の前で楽しそうに笑う男が憎くてたまらない。

 「……そんなこと……させない……っ!!」

 「くくっ。ここから出ることも出来ない奴が何を言ってんだ。
 お前は大人しく俺のための魔力人形を生み出しておけばいいんだよ!」

 ……悔しい。悔しい。悔しい。
 なんで私はこんなに無力なのか……

 「さぁ、クレア。こちらへ来るんだ。
 私の言う通りにすれば、とびきり優しく抱いてやる」

 彼は手を広げて、一歩ずつ私に近付いてくる。
 醜悪な内面が滲み出た下卑た笑みを浮かべる彼に鳥肌が立つ。

 なんとか、レティシアだけでも助けたい……!
 でも、まだ乳飲み子の彼女が一人で逃げることなど出来ない。

 「こ、来ないで……」

 そう話す自分の声が情けなく震えているのが分かる。
 レティシアを守れるのは私しかいないのにーー
 
 「ふぁあああぁーん!」

 私の不安が伝わったかのようにレティシアが泣き出してしまう。
 それに気を取られた瞬間、私はバランスを崩して、森に足を踏み入れてしまった。

 全身から力が抜けて、立っていられなくなり、私はそのまま意識を失った。
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