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19.呪術師
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「どうだ、気分は?」
翌朝、一階に降りると、イリルさんは朝食を作っているようだった。
「大丈夫です。まだ足は痛みますが、気分も悪くありません。
……あの、お手伝いします」
「いや、いい。もう少しでできる、座って待ってろ」
少しすると、イリルさんはキノコのスープと、ベーコン。パンと大盛りのサラダを私の前に置いた。
「簡単な物しかなくて悪いな」
「いえ、美味しそうです。どうもありがとうございます。いただきます」
二人で大した会話もなく、黙々と食べる。
生きると心が決まったからなのか……素朴だけれど美味しいと感じられる朝食だった。
もう食べ終わるという頃、奥の部屋から弱々しい声がした。
「おとうさん……」
「アウラ、もう起きたのか?」
イリルさんは優しい声を出して、奥の部屋へ行く。
しばらくすると、こちらに戻ってきた。
「今のは?」
「娘のアウラだ。起きて私がいないから、不安になったようでな。少しそばにいたら、安心して寝た。
……生まれつきの病気なんだ。四歳になるっていうのに、この家から出たこともない」
「そう、なんですね……」
可哀想……。それに子供がずっと病床に臥しているなんて、親はどれだけ辛いだろうか。私はかける言葉が見つからなかった。
イリルさんは顔を上げて真剣な表情で、私を見た。
「……クレア、昨日の話の続きをしてもいいか?」
「はい……。是非、お願いします」
「まず落ち着いて聞いてほしいんだが……
お前に呪いをかけたのは…………私たち、なんだ」
「……え?」
「俺は呪術師だ。そして、今回術を行使したのは俺の兄で、アウラの叔父。俺たちはアウラを救うために、この術を使った。
……だからといって、この罪が許されるとは思っていない。クレアを巻き込み、苦しめてしまって、本当に申し訳なかった……」
イリルさんは深く深く頭を下げた。
私はというと、怒りよりも驚きが大きくて、意外にも取り乱すことはなかった。それに目の前にいるイリルさんが呪いをかけた本人だなんて信じられなかった。
でも、なによりも今は真相が知りたい。
「顔を……上げてください。私を助けてくれたイリルさんを責めたくない。……全てを教えてくれますか?」
「ありがとう……。話そう、全てを」
イリルさんはしっかりと頷いてくれた。
「俺はこの国に残っている数少ない呪術師だ。数年前の内戦で、呪術師団は前王側についたから、その時にほとんどの呪術師は死んだ。中には俺たちのように身を隠している者もいるかもしれないが、聞いたことはない……。
俺たちが今日まで生きれたのは、前王には従わずに逃げたからだ。逃げて逃げて、この死の森に辿り着き、ここで俺と兄、アウラの三人で暮らしてきた」
「じゃあ、恨みがあって王妃様に呪いをかけようとしたわけではないんですね?」
「あぁ。ただ私たちが呪いをかけるのに相応しいのが王妃だっただけだ」
優しい顔でお腹をさすっていた王妃様を思い出す。今ならより鮮明に王妃様の気持ちが想像できる。愛する人の子をお腹に宿し、呪いを放たれ、どれだけ恐ろしかっただろうか……。
なのに、表情も変えず淡々と話すイリルさんに少し苛ついた。
「でも……ようやくお子を授かった王妃様に呪術をかけるなんて酷すぎると思います……!」
イリルさんはため息を吐き、視線を落とした。
「……そうか……王妃は妊娠していたのか。
それは申し訳ないことをしたな……」
そっか……。あの時点ではごく身近なものにしか王妃様の妊娠は伝えられてなかったから、イリルさんは知らなかったんだ……
「……王妃様が相応しい条件ってーー」
「それを説明するには呪術の内容から話そう。
……今回の呪術はある呪術を応用して、私と兄が新たに編み出したもので、最終的には治癒術師を生み出す術なんだ」
「治癒術師?」
そんなの聞いたこともない。
「この呪術にかかったものは、身体の中に生命力のポットを持つことになる。生きていく上でそこからエネルギーを補給していくんだが、そのポットを満たすのが男性の精液だ。一人ではエネルギーの質が偏ってしまうため、少なくとも三人は必要になる。ここまでは知っているな?」
「はい、似たような説明を受けました」
「本来であれば、ポットを満たすのに、精液が使われるんだが、ポットの容量をオーバーすると、オーバーした分の精液は本来と同じ役目を果たせるようになる。
そして、もし妊娠することが出来れば、胎児もポットと同じ役割を果たすことができるため、母体は言うなれば二つのポットを身体の中に持つことができる。その上、胎児は通常の妊娠と同じように栄養を摂取できるため、精液の補充が必要のないポットとなる」
「だから、私は……」
「そう、その子のおかげで発作は起こらないし、栄養をしっかり取ればその子も貴女も命を繋ぐことが出来る」
「この子が……私を……」
守ってくれたんだ……。この子が私の命を繋いでくれた。
お腹に手を置いて、そっと抱きしめる。
ありがとう……私の赤ちゃん。
「でも、この子がどう治癒術師と関係あるんですか?」
「膣内で吐精されると、精液は生命エネルギーに変換される。胎内にいる間にその生命エネルギーを多く浴びることで、自己治癒能力が高く、他者にもその能力を相手に作用させることができる者が産まれる……という予測だ」
「じゃあ、治癒術師っていうのは……」
「クレアの中にいる子のことだ」
「イリルさんはこのお腹の子の力で、アウラちゃんの病気を治そうと思ったんですね」
イリルさんは深く頷いた。
「あの子の病気は不治の病で、恐らく十歳までには死んでしまう。どんなに調べてみても、治った事例は無かった。しかし、大昔の事例に治癒術師がこの病気を治したという事例が一件だけあったんだ。私たちはそのためにこの世から消えたとされる治癒術師を復活させようと思った」
「でも、なぜ王妃様に?
ここまでの説明では理由がわかりません」
「クレアは、元々この国の貴族の成り立ちを知っているか?」
「はい。昔の貴族は、魔力を持っていたと聞いています。今は魔力を持った人なんて聞いたことありませんが……」
「そう、昔の貴族は魔力を持っていた。もうなくなったとされている魔力だが、それは完全に失われたわけではなく、身体の中に僅かに存在する。胎児は繰り返し生命エネルギーを通して微力な魔力を浴びることで、魔力を蓄えられる。治癒術を使うのは僅かでも魔力が必要だ。……そのために、相手の男性陣は魔力の素養を持つ貴族であることが必須だった」
「だから、王妃様……だったんですね。
王妃様ならお世継ぎのこともあるから、妊娠してしまった時のことを考えると高位貴族が相手を務めるのは確実。
逆にどんなに高位貴族の娘でも三人全員を貴族子息で揃えるのは難しい。それどころか、呪いの醜聞を避けるために、こっそりと平民を雇う可能性も十分ありますもんね」
「その通り。クレアは賢いな。王妃に可愛がられている理由もわかる」
フッとイリルさんが微笑む。
あまり表情が変わらない人の笑顔は心臓に悪い。
「いえ、そんな……。
あの……私はこの子を出産したら、どうなりますか?」
「申し訳ないが、すぐに呪いは消えない。三人の子を生み落とすことを解呪の条件としているからーー」
「さ、三人も?!」
「一人で上手くいくとは限らないだろ? 二人目や三人目で上手く行くかもしれない。それに治癒術師が多く産まれたらこの国にとって有益だとーー」
「治癒術師が産まれるとは限らないんですよねっ?! それに年齢もどんどん上がってくのに! 大体、一つ目のポットがいっぱいになってから子作りになるんだから、なかなか妊娠しないって本当にわかってますか?! ただでさえ妊娠するなんて奇跡に等しいことなのに!!」
つい鼻息荒く声を荒げてしまった。
ずっと子供ができなくて悩む王妃様を身近で見てきたから、妊娠するのが、そんなに簡単でないことは私自身わかっているつもりだ。今回はたまたま妊娠したが、これからもそうだとは限らない。
なのに、そう簡単に三人産めというイリルさんの無責任さにも腹が立ったし、母体を治癒術師を生み出す道具と見做されているようで悔しかった。
「……わ、悪かった。本当にクレアには申し訳なかったとーー」
「私だけじゃありません!! 王妃様にもです!!」
「……悪い」
眉間に皺を寄せるイリルさんを見て、ハッとする。
つい、言い過ぎてしまった。イリルさんだって、ただアウラちゃんを守りたかっただけなのに。
「……でも、アウラちゃんのために何とかしたいというイリルさんの気持ちもわかりました。命を賭して、王妃様に術を放ったアウラちゃんの叔父様の気持ちも……」
「クレア……」
「この子が本当に治癒能力を持ってて、アウラちゃんを治せるかはわかりませんが……今はその可能性に賭けてみるしかありませんもんね……」
「ゆるして……してくれるのか?」
「許したわけじゃありません。……でも、アウラちゃんを助けるためにできることは全てやりたいと思ったイリルさんの気持ちもわかります。
それにこの子を無事に産むには、色々と知っているイリルさんの力を借りたほうがいいと思いました。
私こそ……こちらでしばらくお世話になってもいいですか……?」
「もちろんだ! ……ありがとう!」
イリルさんは、立ち上がって私に深く頭を下げた。
◆ ◇ ◆
その日から私はイリルさんの家で一緒に暮らした。
イリルさんの見立てによると、赤ちゃんは四ヶ月か五ヶ月くらいだろうということだった。幸いつわりなどはなく、体調も悪くなかった。赤ちゃんが治癒能力を持っているからなのだろうか?
そのため、買い物などはどこからかイリルさんがしてきてくれるが、日々の家事は私がほとんど担当した。
居候させてもらっている身だし、イリルさんはどうも家事が苦手なようだったから。それにアウラちゃんと一緒にいられる時間を長く取らせてあげたかった。アウラちゃんはひどい人見知りらしく、私は会うことが出来なかった。イリルさんからもアウラちゃんの部屋には入らないでくれと言われた。だけど、いつも可愛い声で「おとうさん……」とイリルさんを呼ぶ声が聞こえていた。
私もいつかこの子に「お母さん」って呼んでもらえるかな……?
洗濯を干しながら、お腹の子に想いを馳せる。
女の子ならとても可愛い子が産まれるだろう。アレス様もルゥ君もゼノアも綺麗な顔立ちだから。
男の子ならかっこいいのは勿論だけど、すごく強い子が産まれそう。なんたって、父親が騎士だもの。
誰が父親かはわからないけれど、イリルさんの説明を聞いて、三人のエネルギーを浴びて育つのだから、三人の子供と言っても過言ではない気がしていた。一つの身体に三人のお父さんの愛情を浴びて産まれてくる……本来ならあり得ないことだけど、それをこの子がいつか理解してくれる日が来ればいいな、と思う。
私は日に日に大きくなっていくお腹と共に穏やかな日々を過ごした。
途中、三人に手紙でも書こうかと思ったけど、イリルさんに止められた。今はお腹の子のことだけを考えて過ごす時だと。
出産後のことは気がかりだったが、イリルさんによれば胎児のポットの影響はすぐに切れるわけではなく、胎内に多少のエネルギーを残していくため、再度発作が発生するまで、一ヶ月ほどの猶予があると教えてくれた。それに産んだ後じゃないとわからないことも多いので、色々と今から考えるのは時期尚早だと諭された。
イリルさんは長く共に時間を過ごしても無口な人だった。必要なこと以外は話さなかった。けれど、私の体調とお腹の赤ちゃんのことをよく気にかけてくれた。
不器用で無口で……謎が多い人。
それが、私がイリルさんに抱く印象だった。
翌朝、一階に降りると、イリルさんは朝食を作っているようだった。
「大丈夫です。まだ足は痛みますが、気分も悪くありません。
……あの、お手伝いします」
「いや、いい。もう少しでできる、座って待ってろ」
少しすると、イリルさんはキノコのスープと、ベーコン。パンと大盛りのサラダを私の前に置いた。
「簡単な物しかなくて悪いな」
「いえ、美味しそうです。どうもありがとうございます。いただきます」
二人で大した会話もなく、黙々と食べる。
生きると心が決まったからなのか……素朴だけれど美味しいと感じられる朝食だった。
もう食べ終わるという頃、奥の部屋から弱々しい声がした。
「おとうさん……」
「アウラ、もう起きたのか?」
イリルさんは優しい声を出して、奥の部屋へ行く。
しばらくすると、こちらに戻ってきた。
「今のは?」
「娘のアウラだ。起きて私がいないから、不安になったようでな。少しそばにいたら、安心して寝た。
……生まれつきの病気なんだ。四歳になるっていうのに、この家から出たこともない」
「そう、なんですね……」
可哀想……。それに子供がずっと病床に臥しているなんて、親はどれだけ辛いだろうか。私はかける言葉が見つからなかった。
イリルさんは顔を上げて真剣な表情で、私を見た。
「……クレア、昨日の話の続きをしてもいいか?」
「はい……。是非、お願いします」
「まず落ち着いて聞いてほしいんだが……
お前に呪いをかけたのは…………私たち、なんだ」
「……え?」
「俺は呪術師だ。そして、今回術を行使したのは俺の兄で、アウラの叔父。俺たちはアウラを救うために、この術を使った。
……だからといって、この罪が許されるとは思っていない。クレアを巻き込み、苦しめてしまって、本当に申し訳なかった……」
イリルさんは深く深く頭を下げた。
私はというと、怒りよりも驚きが大きくて、意外にも取り乱すことはなかった。それに目の前にいるイリルさんが呪いをかけた本人だなんて信じられなかった。
でも、なによりも今は真相が知りたい。
「顔を……上げてください。私を助けてくれたイリルさんを責めたくない。……全てを教えてくれますか?」
「ありがとう……。話そう、全てを」
イリルさんはしっかりと頷いてくれた。
「俺はこの国に残っている数少ない呪術師だ。数年前の内戦で、呪術師団は前王側についたから、その時にほとんどの呪術師は死んだ。中には俺たちのように身を隠している者もいるかもしれないが、聞いたことはない……。
俺たちが今日まで生きれたのは、前王には従わずに逃げたからだ。逃げて逃げて、この死の森に辿り着き、ここで俺と兄、アウラの三人で暮らしてきた」
「じゃあ、恨みがあって王妃様に呪いをかけようとしたわけではないんですね?」
「あぁ。ただ私たちが呪いをかけるのに相応しいのが王妃だっただけだ」
優しい顔でお腹をさすっていた王妃様を思い出す。今ならより鮮明に王妃様の気持ちが想像できる。愛する人の子をお腹に宿し、呪いを放たれ、どれだけ恐ろしかっただろうか……。
なのに、表情も変えず淡々と話すイリルさんに少し苛ついた。
「でも……ようやくお子を授かった王妃様に呪術をかけるなんて酷すぎると思います……!」
イリルさんはため息を吐き、視線を落とした。
「……そうか……王妃は妊娠していたのか。
それは申し訳ないことをしたな……」
そっか……。あの時点ではごく身近なものにしか王妃様の妊娠は伝えられてなかったから、イリルさんは知らなかったんだ……
「……王妃様が相応しい条件ってーー」
「それを説明するには呪術の内容から話そう。
……今回の呪術はある呪術を応用して、私と兄が新たに編み出したもので、最終的には治癒術師を生み出す術なんだ」
「治癒術師?」
そんなの聞いたこともない。
「この呪術にかかったものは、身体の中に生命力のポットを持つことになる。生きていく上でそこからエネルギーを補給していくんだが、そのポットを満たすのが男性の精液だ。一人ではエネルギーの質が偏ってしまうため、少なくとも三人は必要になる。ここまでは知っているな?」
「はい、似たような説明を受けました」
「本来であれば、ポットを満たすのに、精液が使われるんだが、ポットの容量をオーバーすると、オーバーした分の精液は本来と同じ役目を果たせるようになる。
そして、もし妊娠することが出来れば、胎児もポットと同じ役割を果たすことができるため、母体は言うなれば二つのポットを身体の中に持つことができる。その上、胎児は通常の妊娠と同じように栄養を摂取できるため、精液の補充が必要のないポットとなる」
「だから、私は……」
「そう、その子のおかげで発作は起こらないし、栄養をしっかり取ればその子も貴女も命を繋ぐことが出来る」
「この子が……私を……」
守ってくれたんだ……。この子が私の命を繋いでくれた。
お腹に手を置いて、そっと抱きしめる。
ありがとう……私の赤ちゃん。
「でも、この子がどう治癒術師と関係あるんですか?」
「膣内で吐精されると、精液は生命エネルギーに変換される。胎内にいる間にその生命エネルギーを多く浴びることで、自己治癒能力が高く、他者にもその能力を相手に作用させることができる者が産まれる……という予測だ」
「じゃあ、治癒術師っていうのは……」
「クレアの中にいる子のことだ」
「イリルさんはこのお腹の子の力で、アウラちゃんの病気を治そうと思ったんですね」
イリルさんは深く頷いた。
「あの子の病気は不治の病で、恐らく十歳までには死んでしまう。どんなに調べてみても、治った事例は無かった。しかし、大昔の事例に治癒術師がこの病気を治したという事例が一件だけあったんだ。私たちはそのためにこの世から消えたとされる治癒術師を復活させようと思った」
「でも、なぜ王妃様に?
ここまでの説明では理由がわかりません」
「クレアは、元々この国の貴族の成り立ちを知っているか?」
「はい。昔の貴族は、魔力を持っていたと聞いています。今は魔力を持った人なんて聞いたことありませんが……」
「そう、昔の貴族は魔力を持っていた。もうなくなったとされている魔力だが、それは完全に失われたわけではなく、身体の中に僅かに存在する。胎児は繰り返し生命エネルギーを通して微力な魔力を浴びることで、魔力を蓄えられる。治癒術を使うのは僅かでも魔力が必要だ。……そのために、相手の男性陣は魔力の素養を持つ貴族であることが必須だった」
「だから、王妃様……だったんですね。
王妃様ならお世継ぎのこともあるから、妊娠してしまった時のことを考えると高位貴族が相手を務めるのは確実。
逆にどんなに高位貴族の娘でも三人全員を貴族子息で揃えるのは難しい。それどころか、呪いの醜聞を避けるために、こっそりと平民を雇う可能性も十分ありますもんね」
「その通り。クレアは賢いな。王妃に可愛がられている理由もわかる」
フッとイリルさんが微笑む。
あまり表情が変わらない人の笑顔は心臓に悪い。
「いえ、そんな……。
あの……私はこの子を出産したら、どうなりますか?」
「申し訳ないが、すぐに呪いは消えない。三人の子を生み落とすことを解呪の条件としているからーー」
「さ、三人も?!」
「一人で上手くいくとは限らないだろ? 二人目や三人目で上手く行くかもしれない。それに治癒術師が多く産まれたらこの国にとって有益だとーー」
「治癒術師が産まれるとは限らないんですよねっ?! それに年齢もどんどん上がってくのに! 大体、一つ目のポットがいっぱいになってから子作りになるんだから、なかなか妊娠しないって本当にわかってますか?! ただでさえ妊娠するなんて奇跡に等しいことなのに!!」
つい鼻息荒く声を荒げてしまった。
ずっと子供ができなくて悩む王妃様を身近で見てきたから、妊娠するのが、そんなに簡単でないことは私自身わかっているつもりだ。今回はたまたま妊娠したが、これからもそうだとは限らない。
なのに、そう簡単に三人産めというイリルさんの無責任さにも腹が立ったし、母体を治癒術師を生み出す道具と見做されているようで悔しかった。
「……わ、悪かった。本当にクレアには申し訳なかったとーー」
「私だけじゃありません!! 王妃様にもです!!」
「……悪い」
眉間に皺を寄せるイリルさんを見て、ハッとする。
つい、言い過ぎてしまった。イリルさんだって、ただアウラちゃんを守りたかっただけなのに。
「……でも、アウラちゃんのために何とかしたいというイリルさんの気持ちもわかりました。命を賭して、王妃様に術を放ったアウラちゃんの叔父様の気持ちも……」
「クレア……」
「この子が本当に治癒能力を持ってて、アウラちゃんを治せるかはわかりませんが……今はその可能性に賭けてみるしかありませんもんね……」
「ゆるして……してくれるのか?」
「許したわけじゃありません。……でも、アウラちゃんを助けるためにできることは全てやりたいと思ったイリルさんの気持ちもわかります。
それにこの子を無事に産むには、色々と知っているイリルさんの力を借りたほうがいいと思いました。
私こそ……こちらでしばらくお世話になってもいいですか……?」
「もちろんだ! ……ありがとう!」
イリルさんは、立ち上がって私に深く頭を下げた。
◆ ◇ ◆
その日から私はイリルさんの家で一緒に暮らした。
イリルさんの見立てによると、赤ちゃんは四ヶ月か五ヶ月くらいだろうということだった。幸いつわりなどはなく、体調も悪くなかった。赤ちゃんが治癒能力を持っているからなのだろうか?
そのため、買い物などはどこからかイリルさんがしてきてくれるが、日々の家事は私がほとんど担当した。
居候させてもらっている身だし、イリルさんはどうも家事が苦手なようだったから。それにアウラちゃんと一緒にいられる時間を長く取らせてあげたかった。アウラちゃんはひどい人見知りらしく、私は会うことが出来なかった。イリルさんからもアウラちゃんの部屋には入らないでくれと言われた。だけど、いつも可愛い声で「おとうさん……」とイリルさんを呼ぶ声が聞こえていた。
私もいつかこの子に「お母さん」って呼んでもらえるかな……?
洗濯を干しながら、お腹の子に想いを馳せる。
女の子ならとても可愛い子が産まれるだろう。アレス様もルゥ君もゼノアも綺麗な顔立ちだから。
男の子ならかっこいいのは勿論だけど、すごく強い子が産まれそう。なんたって、父親が騎士だもの。
誰が父親かはわからないけれど、イリルさんの説明を聞いて、三人のエネルギーを浴びて育つのだから、三人の子供と言っても過言ではない気がしていた。一つの身体に三人のお父さんの愛情を浴びて産まれてくる……本来ならあり得ないことだけど、それをこの子がいつか理解してくれる日が来ればいいな、と思う。
私は日に日に大きくなっていくお腹と共に穏やかな日々を過ごした。
途中、三人に手紙でも書こうかと思ったけど、イリルさんに止められた。今はお腹の子のことだけを考えて過ごす時だと。
出産後のことは気がかりだったが、イリルさんによれば胎児のポットの影響はすぐに切れるわけではなく、胎内に多少のエネルギーを残していくため、再度発作が発生するまで、一ヶ月ほどの猶予があると教えてくれた。それに産んだ後じゃないとわからないことも多いので、色々と今から考えるのは時期尚早だと諭された。
イリルさんは長く共に時間を過ごしても無口な人だった。必要なこと以外は話さなかった。けれど、私の体調とお腹の赤ちゃんのことをよく気にかけてくれた。
不器用で無口で……謎が多い人。
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