呪われ侍女の逆後宮

はるみさ

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18.贈り物

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 後宮に三人はまだ戻ってきていなかった。
 私は部屋に行き、すぐに準備を始めた。

 ……一刻も早くここを出なければ。私は、小さなポシェットに目的地までの旅費と亡くなった実母の形見をぐっと詰めた。

 部屋の整理をしながら、三人の顔を思い浮かべる。
 私が出て行ったこの部屋を見たら、三人は何を思うだろうか。

 恐らく三人は、今回の陛下の決定に異議を唱えてくれると思う。しかし、陛下の決定は絶対だ。
 それに逆らえば、三人には大きな罰が下ることだろう。一定期間、騎士免許をはく奪されるかもしれないし、アレス様は団長を辞めることになるかもしれない。どんなに抵抗しても意味がないのに、三人であれば抵抗するだろうと思うと、無駄なことを……と思う反面、それだけ愛されているようで嬉しくなってしまうのもまた事実だった。

 そうならないために、私は彼らから離れ、誰もいないところで生を終えようと思っていた。
 他の男に抱かれてまで、生き延びたくはない。私が好きなのは、アレス様とルゥ君とゼノアだから。三人も好きになるなんて、思わなかったけど。

 「私ったら、どうしようもないわね……」

 もう会えないというのに、三人のことで頭がいっぱいだ。
 それに今はもう彼らに会えないという寂しさのほうが死の恐怖よりはるかに強くて、涙が止まらなかった。

 あとは三人が私を探さないよう手紙を書くだけだ。

 書き出しに、愛しい三人の名を丁寧に書き記していく。
 忘れないように、心に刻むように……
 空の上まで持っていけるようにーー

 手紙には「自分で見つけた世話役と過ごす」「恋愛ごっこに飽きた」「三人の気持ちが重い」「二度と会いたくない」と嘘を並べた。

 こんなことを書いても信じてくれないかもしれないが、彼らが私を諦める助けになればと思った。私が狂わせてしまった彼らの人生を少しでも早く取り戻せるように。

 最後に自分のサインを書く。
 涙で視界が歪む。それでも、私は何とか書き上げた。

 「アレス様、ルゥ君……ゼノ……。
 愛してる。……ごめんなさい」

 私は手紙を机の上に置いた。カミラにはまた王妃様に呼ばれているからとウソを言って、後宮を出た。


   ◆ ◇ ◆


 後宮を出てからいくつもの馬車を乗り継いだ。
 そして、今は一人真っ暗な道を歩いている。

 周囲には人の気配が全く感じられない。
 それも不思議ではない。なぜならば、私は死の森に向かって歩いているのだから。

 死の森とは王都から二日ほど馬車を乗り継いで来ることができる森林地帯だ。死の森という名前の通り、生きて出てきた者はいないという恐ろしい森で、まず人は近づかない。

 私は誰にも知られず、死ぬためにこの場所に来ていた。まるで森に呼ばれたようにこの場所に来ることは迷いもしなかった。

 一昨日の晩、ゼノアと交わったのが最後。今日の夜には、呪いの効果で私は正気を保つことが出来なくなってしまう。それまでに森の奥深くに入りたかった。間違っても衝動に駆られて、他の人と交わることがないように。

 私は歩き続けて棒のようになった足に鞭を打ち、一歩ずつ足を進めた。足が痛くて泣きたくなる時には、優しい三人の笑顔を思い出す。

 森の中に入り、生い茂った葉をかき分けながら、進む。
 死の森というくらいだから、恐ろしい猛獣などがうじゃうじゃいるのではと思ったが、森の中は不気味なほど静かだった。
 時折見かけるのも、小さなウサギやリスなどの小動物ばかりだった。

 「まるでこの森に歓迎されてるみたい……」

 夜もどんどんと深まっていくのに、月明かりが不思議なほど明るく輝き、森の中はほんのり明るかった。

 もう十分、進んだかと思ったその時、急に大きく開けた。
 すると、そこには一つの小さな家があった。

 ……まずい。ここに誰かが住んでいて、それが男性だとしたら……
 最悪な展開が頭をよぎり、私は慌てて踵を返そうと、身体を反転させた。

 が、反転した私の目の前には既に人が立っていた。
 私より頭一つ分背の高い男性が。

 神職のような長いローブを被っている。しかし、そのローブは真っ黒で、少し怖い。ローブの隙間から見るに、それは男性のようだった。

 「こ、こんばんわ……」

 仕方がないので、そう挨拶してみた。
 すると彼はニコリともせずに私の横を通り過ぎて行った。
 そして、二、三歩先に進んだところで止まり、こちらを振り返った。

 「そんな身体なんだ。突っ立ってないで、さっさとこっちに来い。まずは手当てだ」

 そう言われても、素直に家に入るわけにはいかない。

 ジリっと一歩下がり、森に半歩足を踏み入れたところで、パキッと枝を踏んだような音が響いた。
 すると、身体からストンと力が抜けて、私はその場に座り込んでしまった。あれ……なんで……?

 「その森にはもう戻れない。諦めてこちらへ来い」

 じっと瞳を覗かれて、そう命令されると、何故か逆らう気になれなかった。

 「は……はい」

 彼は、私を家の中に入れると、手際良く傷の手当てを始めてくれた。森の中でいろんな傷を作ってしまったのだ。……これから死のうとしてるのに、傷の手当てなんて変な話だけど。

 淡々と手当てをしてくれる彼の顔をちらりと見る。ローブを取った彼は、かなり歳上のようだった。
 四十代か、五十代といったところだろうか。鋭く険しい眼をしている。三人ほどではないが、整った顔をしている。

 もうそろそろ手当てが終わろうかと言うところで、彼が口を開く。

 「ここには何で来た?」

 「あ、えっと……」

 死にに来たなんて言えるはずもなく、どう濁そうかとまごまごしていると、彼が先に口を開いた。

 「ミルクでも温めるか」

 手慣れた手つきでミルクを温めると、彼は私の前にコップを置いてくれた。
 勧められて口をつければ、少しクセがありつつも、優しい味がした。この味は牛ではなく、山羊のミルクを使っているのかもしれない。

 私の向かい側に座ると、彼は自らも一口ミルクを啜った。

 「まず、お前の名前は?」

 「クレアです。クレア・フローレンス」

 「死にたくてここに来たのか?」

 「……死にたいわけじゃ、ありません。でも、死ぬしかないと思っています。この先、死ぬより辛い思いをしながら生きていくなら、もう終わらせようかと思って……。気付いたらこの森に向かっていました」

 私が死のうとしていることを責めるでもなく、彼は「そうか」とだけ言った。

 「あの、貴方はーー」

 「俺はイリル。まずお前に起きた出来事を教えてほしい。
 その身体、呪術に侵されているだろう」

 イリルさんの正体はわからなかったが、得体の知れない私を部屋に招き入れ、わざわざホットミルクを用意してくれた彼が悪い人だとは思えなかった。それに呪術のことを知っているのならば、生きる道が見つかるかもしれない。

 私は彼にここまでの経緯を話すことにした。

 「……わかりました。聞いてくれますか?」

 「頼む」

 私は自分の身に起こったことを話した。

 それをイリルさんは、静かに聞いてくれた。
 ところどころ、三人のことを思い出して、涙が溢れてきてしまい、言葉がつかえるが、イリルさんは「焦らなくていい」と言って、最後まで根気強く話を聞いてくれた。

 全てを話し終えた頃には、すっかり夜も更けていた。
 なんだか話してスッキリした私は、イリルさんに頭を下げた。

 「長々と聞いてくれて、ありがとうございました。
 私……誰かに聞いてほしかったのかもしれません……」

 「いや、俺は御礼を言われる立場じゃない。

 ……とりあえず今日はもう遅いから、休んだらどうだ?
 俺からの話は明日にしよう。空いてる部屋があるからそこを使え。鍵も付いてる」

 イリルさんから話があるというのは気になったが、今日は休ませてもらおうと思った。
 体力的にももう限界だ。横になればすぐにでも寝れそうだった。

 「じゃあ、お言葉に甘えて……

 って、あれ? ……そういえば、私ーー」

 何故かいつも通りだ。本当ならとっくに発作が起きていてもおかしくないはずなのに……

 「どうした?」

 「……呪いの発作が起きてないんです」

 「どういうことだ? その身体じゃ、最近はそうだったろう?」

 イリルさんは、不思議な顔でこちらを見る。

 「え……どういう、ことですか?」

 少し考える素振りをした後、イリルさんは何かに気付いたようでフッと笑った。

 「……そういうことか。
 これに気づかないなんて……随分と抱きつぶされていたようだな。
 お前は、ここ最近、発作が起きるよりも先に交わってたんじゃないか?」

 思い返してみれば、いつからか三人は当番でない夜や、日中まで私を抱くようになった。発作の症状を感じてから交わったのは、かなり前のことだ。

 「そういえば……そうかもしれません……」

 「やっぱりな。

 発作が出ないのは……お前が妊娠してるからだ」

 ……にん、しん??

 信じられない。妊娠する可能性はかなり低いと医師からは聞いていたのに。

 「……うそ」

 「嘘じゃない」

 イリルさんの言うことは、先ほどからわからないことばかりだ。
 彼は一体何者で、なぜこんなに呪いに詳しいのか……

 「イリルさん、貴方は一体……」

 「……その話はまたにしよう。その子のためにも夜更かしは良くない。しっかり休め」

 イリルさんはそう言って、奥の部屋に消えてしまった。

 私はイリルさんに言われた通り、二階の部屋に入った。
 部屋の中には丁寧にも水の張った桶とタオルがあった。

 私はそれを使って、身体についた泥や汗を拭った。そうしている間も、色んなことが信じられなくて、上手く頭が働かない。

 置いてあったパジャマを身につけ、ベットに入る。

 「……私、まだ生きてるんだ」

 目尻から涙がツーっと流れる。

 もう二度と三人には会えないと思ってた。死ぬしかないんだと。
 でも、もしかしたら……イリルさんの力を借りれば、生きていけるかもしれない。

 「それに……」

 そっとお腹に手を乗せる。

 なんの変化もないように思えたが、イリルさんの言うことを信じるのなら、ここに命が芽生えている。

 戸惑いも大きかったが……嬉しかった。
 私の中に、三人の愛が息づいているということが。

 発作が起こらない理由はわからないが、イリルさんの口ぶりからして身篭っていると、発作は起きないようだった。

 だとしたら、この子を産んであげられる。

 愛する人の贈り物をこの手で抱くまでは……死ぬわけにはいかない。

 「……これから、よろしくね」

 私は死のうと思った日に、もう一度生きることを決意した。
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