呪われ侍女の逆後宮

はるみさ

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17.失敗

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 翌日、私は王妃様に会いに来ていた。
 王妃様から急遽会いに来るようにと呼び出しがあったのだ。

 久しぶりに見る王妃様は、随分とふっくらして、お腹も大きく膨らんでいた。しかし、その表情は浮かない。

 差し障りない会話を二、三した後、会話が止まる。
 王妃様はしきりにお腹をさすり、落ち着きがない。きっと私に言わなくてはならないことがあるのだろう。妊娠中のストレスは身体に良くないのに、私のことで煩わせてしまって申し訳ない。

 早く……終わらせないと。

 「王妃様、どうぞご用件を」

 「あ、えっと……そうよね。あの、急なんだけどーー

 明日にも騎士団の三人には後宮をやめてもらおうと思ってるの」

 「え?」

 王妃様の言葉がすぐには理解できない。
 三人が後宮を出ていく……? 明日にも……?

 色んな問題が起こって、いつかは彼らと離れなくてはならないと思ってはいたけど、それがこんなに早く来てしまうなんてーー

 唖然とする私を見て、王妃様は眉を下げると困ったように話し出した。

 「戸惑うわよね。

 ……実はね……三人を後宮に住まわせていることに複数の抗議文が届いたの。
 それで陛下は後宮のメンバーを変えると決定したわ。今頃、三人も陛下からこの話を聞いていると思う」

 返事のひとつも出来ずに固まる私を王妃様は、心配そうに見ている。返事をしなければと思うのに、気持ちが追いつかない。

 「あの……私は反対したの。そういったお相手が変わるのはとても辛いことだから、と。それでも、陛下は抗議文は無視できないと。今はまだ貴族との関係性を作っている最中だから……」

 「そう、ですか……」

 陛下の判断は国を安寧に保つには正常な判断だと思う。まだ即位して数年しか経っていない今、有力貴族と対立するわけにはいかないから。

 「で、でもねっ、今度はこんなことがないような男性を見繕っておいたわ!
 若くて見た目も悪くないのよ? 男性なんていくらでもいるわ!
 どうかそんなに気を落とさないで?」

 ……私は気を落とすことも許されないのだろうか。膝の上の拳をキュッと握る。大好きな王妃様の言葉なのに、素直に受け入れられない。

 それでも、王妃様に反論なんて出来るはずもない。
 私は必死に感情を押し殺し、微笑んだ。

 「大丈夫です。
 王妃様は、私のことなんて気にしないでください」

 確かに笑顔を貼り付けているはずなのに、私の声が冷たく響く。
 ダメだ……こんな感情で王妃様とお話ししたくない。今すぐここから逃げ出したい。じゃないと、私ーー

 「……クレア、ひどく辛そうな顔をしてるわ。
 貴女……もしかして、誰かに恋でもしてしまったの?」

 王妃様は痛々しいものを見るように私を見つめる。
 私はそんなに許されないことをしたのだろうか……
 荒れる心内を隠し、私は唇を噛んで無言で俯いた。

 「そう……それは辛いわね……。でも、あの三人のことは忘れた方がいいわ。恋をしてるなら尚更。貴女のその呪いを彼らが受け入れても、彼らの家族はどうやったって受け入れられないのだから。
 でも、次は大丈夫ーー」

 次のことなんて聞きたくない。私は無作法だとわかってはいたが、王妃様の話を遮らずにはいられなかった。

 「それより私にかけられた呪いは、解けないのでしょうか?」

 「あっ……それは、わからない、の。術者は呪いの反動で死んでしまったし……調査も進んでいないと聞いたわ」

 「じゃあ、私は一生このままかもしれないんですね……」

 「で、でも……次の三人にはクレアのためだけに生きることを約束させるから! その方々と絆を深めたらいいと思うの。明日にでも早速向かわせるから、次は失敗しないようにーー」

 「失敗……?」

 もう限界だった。

 「王妃様は……
 私と、彼らの、これまでの時間を失敗だと仰るのですか?」

 「あっ、私はそんなつもりじゃ……」

 「王妃様に、おわかりになりますか……?
 男性に抱かれることでしか生きられないことの惨めさが。

 最初のうちは、彼らが仕事に行く度にこのまま帰ってこなければ死んでしまうんだと恐怖に襲われました。
 一人で眠る夜が来ればもう目覚めることなんて出来ないんじゃないかとろくに眠ることもできなかった。
 眠れば他の男性に蹂躙される夢を見てーー
 何度も……何度も……この恐怖に一生耐えるくらいなら、死んだ方がマシなんじゃないかと思いました」

 随分と先ほどから失礼なことを言っているはずなのに、王妃様は目に涙を溜めながら、私の話を聞いてくれる。

 「……それでも、ここまで耐えられたのは、三人がいてくれたおかげです。彼らは私のことを大切にしてくれた。余計なことなど考えぬように、彼らが私を満たしてくれたんです。
 私は……彼らとだから、今日まで生きることができたのです。

 だから……彼らと一緒にいられないならーー」

 「クレア!! 変なことを考えてはダメよ?!」

 懇願するような王妃様の視線を無視して、私は首を横に振った。

 「いえ……彼らを愛してしまった以上、彼らを奪われれば私に生きる術はありません。呪いの説明を受けた時に言われました。呪いの発作である欲求に逆らって、拒否しようとすると、注がれる精液は毒となる、と。私は彼ら以外の男性を受け入れることはできません……それで、もし死ぬことになろうと。
 呪われていても、ちゃんと自分を好きなまま……彼らが愛してくれた身体のまま死にたい。他の人に抱かれれば、私の身も心も壊れてしまう気がするのです」

 「そんな! もっと命を大事にーー」

 「王妃様は、愛する陛下以外の殿方に抱かれたらどう思いますか? ……死にたく、なりませんか?」

 王妃様はハッと息を呑んだ後に、口を噤んだ。

 やはり王妃様はお優しい方だ。あの時、王妃様をお守りしたのは自分の意思だ。王妃様は何も悪くない。
 なのに、こうやって先ほどから不敬罪とも取れるような生意気な発言ばかりする私の話を聞き、涙を流し、悲しんで……

 この方にお仕えすることができて、良かった。

 私は立ち上がり、王妃様の前で深く頭を下げた。

 「元はと言えば、好きになるなという王妃様の言いつけを守れなかった私が悪いのです。申し訳ありませんでした。
 王妃様、今日までありがとうございました。元気なお世継ぎを産んでください。失礼します」

 「ま、待って!!」

 私は返事もせず、涙に濡れた王妃様に背を向けて、部屋を出た。

 部屋を出て、大きく溜息を吐く。

 すると、扉の前には同僚だったセーラがいたようで、何故か顔を青くして私を見つめていた。扉の前にいて話が聞こえてしまったのかもしれない。取り乱して大声で話してしまったから。

 とは言え、彼女も私が呪いを受けた場面にいたので、私の身に起きたことは王妃様から軽く聞いているはずだ。何をそんなに恐ろしいものを見たような顔をしているのか……

 私はセーラに笑いかけた。

 「騒がしくてごめんなさいね。同じ王妃さまの侍女として恥ずかしいことをしてしまったわ。
 セーラ……今までありがとう、元気でね」

 「あ……クレア、私ーー」

 何故かセーラの瞳にはみるみるうちに涙が溜まっていき、大粒の涙が流れ落ちる。

 「ど、どうしたの? セーラ」

 セーラは崩れ落ちるように膝をつくと、顔を覆って、泣き続けている。一体どうしたと言うのだろうか?

 「クレア……っ、ごめんなさいっ! グスッ……私、まさかこんなことになるなんて思ってなくて……っ。
 ただ私……貴女が羨ましかっただけなの……っ!」

 「セーラ……? 何を言っているのか、わからないわ。
 貴女が一体何をしたって言うの?」

 「……私……私なの。後宮のことを漏らしたの……」

 「……え」

 「私、ずっと貴女が羨ましかった。私も頑張ってるのに、王妃様は貴女を一番可愛がって……。貴女ばかりずるいっていつも思ってた。そんな中、貴女が呪われて、いなくなって……。
 王妃様が私を頼りにされることも増えたわ。でも……思ってた以上にそれは大変で……。私、辛くて……」

 確かに妊娠した王妃様のお世話となると、今まで以上に気を遣うことだろう。王妃様もようやくできたお世継ぎだから、神経が尖っているとは思う。

 「ある日、後宮のそばを通りかかって、三人の男性が出て来るのを見たの。私、その時初めて見目麗しいあのお三方が貴女の相手だと知ったわ。

 ……羨ましかった。侍女を辞めた今でも、あんなに高貴な男性ばかりあてがわれて……。今でも王妃様の一番可愛い侍女は貴女なんだと思い知らされるようだった。
 それに私、ずっとアレス様に憧れてたのに、彼まで貴女に与えられるなんて、なんて不公平なんだと思った。私は辛くて堪らないのに……ってーー」

 「それで情報を漏らしたの?」

 「そ、そんなつもりじゃなかったの!
 仲の良い他の家の侍女に少し愚痴を漏らしただけなのよ……。本当にこんなことになるだなんてーー」

 「どこの侍女に?」

 「チャイルウッド公爵家の……」

 「そう……」

 それを聞いてわかった。
 ルゥ君のレグーザ公爵家にも、ゼノアのウォルシュタイン伯爵家にも、手紙を送ったのは、ルーナ嬢だったのだろう。全てはアレス様を取り戻すために。

 「本当にごめんなさいっ!!
 でも、私、こんなことを望んだわけじゃーー」

 「もういいわ。……さようなら、セーラ」

 「クレアッ!!」

 私は泣きじゃくるセーラを相手にする気にもならなくて、足早にその場を立ち去った。

 彼女がこの後、どうなるのかはわからない。彼女が自分の罪を告白して処分を受けるかもしれないし、隠してそのまま王妃様の側で仕えるのかもしれない。
 どちらにせよ、私は何もする気はなかった。今は自分と大事な人たちのことだけを考えたかったから。

 ゆっくりと王宮の中を歩きながら、侍女をしていたことを思い返す。もうここに戻ることも、この廊下を歩くこともないだろう。

 王宮で勤め始めてからは、毎日をこなすことに必死で……
 こんなにゆっくりと景色を見たことなんてなかった。

 王宮は綺麗だった。埃一つ落ちていない廊下に、壁には美しい絵画、柱の彫刻も繊細で、柱の間から差し込む光は幻想的な雰囲気を作り出していた。 

 「……こんなにも日常が輝いていたことに、私、気づきもしなかった。……私って幸せだったのね」
 
 フッと笑みが漏れる。
 王宮に来た時には絶望していたのに、今はあれが幸せだと感じるなんて、不思議。

 私は、廊下を振り返り、王妃様のいる方向へ深々と頭を下げた。

 「今まで本当にありがとうございました」

 私は、旅の支度を整えるために、後宮へ急いだ。
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