呪われ侍女の逆後宮

はるみさ

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10.初恋

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 「ねぇ……カミラは、恋……したことある?」

 私は目の前のティーカップを見つめたまま、カミラに尋ねた。紅茶の水面に映る私は、なんとも私らしくない表情をしている。

 みっともない私の顔は見えていないはずなのに、カミラからはフフッと微かな笑い声が漏れた。

 「な、何となく聞いただけなの……っ!
 ほんとに深い意味なんてなくて……」

 否定すればするほど、気になる人がいます!とまるで宣言しているようだと思い、私の声は徐々に小さくなった。

 カミラはそんなおかしな様子の私を問い詰めたりせずに、いつもの優しい調子で話し出した。

 「えぇ、若い頃、恋を……いえ、一人の男性を深く愛しました」

 意外だった。うちの屋敷で侍女として働いている間、そんな浮いた話を一度も聞いたことがなかったから、まさかそんな熱い想いをカミラが抱えてるなんて思っていなかった。

 「そ、そうなんだ……
 あ、相手はどんな人なの? 素敵な人だった?」

 「はい。とても、素敵な方でした。優しく、聡く、それでいて情熱的な方でした。一緒にいると、心が温かくなり、ずっと……一緒にいたいと思っておりました」

 「……そこまで想えるなんて素敵ね」

 でも、この先を聞いていいのか分からなかった私は口を噤んだ。

 確かカミラは結婚してないから、その人とは結ばれなかったんだろう。そんなに強く想う相手なのに、何故一緒にいられなかったのかしら……

 「お嬢様、考えていることが全て顔に出ていますよ。そんな好きな相手なのに何故一緒にならなかったのか、とお思いでしょう?」

 「え?! あ、えっと……うん….。
 で、でも、カミラを傷つけたいわけじゃないの。
 嫌なら話さなくていいのよ?!」

 「いいえ、大丈夫です。もうすっかり昔のことですもの。
 お茶のお供に聞いてくださいますか?」

 「ありがとう……ぜひ、お願い」

 カミラはゆっくりと穏やかな表情で頷いた。

 「私は男爵家の長女として生まれました。両親と、兄が一人……四人家族でした。両親は商売も自ら手掛けていましたから、忙しい方で……私は常に二つ上の兄と一緒にいました。

 兄は私を溺愛していると言っても過言ではないほど、大事にしてくれました。私もそんな兄が大好きでした……今思えば足りない愛情を互いに埋めあっていたのかもしれませんが」

 そんなに兄妹仲が良いなんて、羨ましい。私の腹違いの弟は、この腕に抱くことさえ許されなかったから。

 「大きくなるにつれて、兄の私への執着は激しくなりました。そして、私は十五になった頃、兄から言われたのです。『愛している』と」

 私は、何と言って良いのか分からなかった。
 兄妹同士での婚姻は禁じられているし、それが公になれば酷い醜聞とされた。もちろん身体を重ねることも禁じられているがーー

 口を閉じたままの私をカミラは寂しそうに見て、話し続けた。

 「なんておぞましいことを……とお思いになるかと思いますが、私は嬉しくなってしまったのです。私も長い年月の中で兄を……彼を愛していました。許されないことだと分かっていても、気持ちの止めようがありませんでした。
 そして、両親を裏切る行為だと分かっていながら、私は求められるままに兄に身体を開き……しばらくして兄の子を身籠りました」

 カミラにそんな過去があるなんて知らなかった。
 私は唖然として、話の続きを待った。

 「それから程なくして両親に真実が知られました。父は激怒し、母は錯乱し、兄はただ項垂れるだけ……。私はその時初めて、事の重大さに気付いたのです。

 社交界にこれがバレれば、嫡男である兄が結婚出来なくなると、両親は私を男爵家から追放しました。兄はなんとか私を守ろうとしてくれましたが……両親の前では無力でした。
 私はその後、隠れて兄と会うことのないよう、父の知り合いであったお嬢様の家に侍女として出されました。……子供は……堕胎しました」

 そう話すカミラの瞳には涙が滲んでいた。
 実の兄とは言え、愛する人との子供を堕胎することになったのだから、辛いに決まっている。私は何となく自分のお腹に手をやった。もしここに命が宿ったら、どんな気持ちなのだろう……

 「未熟な……恋でした。自分たちのことしか見えていない……本当に愚かな恋をしたと思います。

 でもーー

 私は心から兄を愛していました。この歳まで生きても、彼以上の男性には出会えませんでした。世間から許されなくても、両親を裏切ることになっても……私の運命の人はやはり兄だったと思うのです」

 そう言って微笑むカミラは、とても美しかった。

 「未だに夢を見るのです……。兄と生きる人生はどれほど辛く……幸せだったのだろう、と。二人で逃げても、短い人生だったかもしれません。でも、例えそれが茨の道でも二人で手を取り合えるならば、そこに幸せはあったのではないか、と……。

 お嬢様は、こんな私を気持ち悪いと思いますか?」

 「そんなっ! 思うわけないでしょ!!」

 「ふふっ。ありがとうございます。
 私も同じ気持ちです。お嬢様がどのような選択をしようとも、私はお嬢様の味方でございます。どうか後悔のないよう……幸せとは何なのか、よくよく考えてくださいませ」

 「……カミラ」

 「さて、私はそろそろ夕食の支度を始めないとですわね。どうぞお嬢様は、ごゆっくりお過ごしください」

 カミラはそう言って部屋を出て行った。

 「幸せとは何なのか……か。
 とは言え、呪いが解けないことには何も進めないのよね……。
 ……いや、大体私は進ませるつもりなの?」

 私はガシッと頭を抱えた。

 アレス様にも、ルゥ君にも、ゼノアにも好意らしきものを向けられて、私はどうしたら良いのか途方に暮れていた。毎日彼らのことで頭がいっぱいで、ドキドキさせられっぱなしだ。

 恋というものをした事がないので、どうなったら恋をしている状態になるのか分からない。三人のことを良いな……とは思うが、これが異性を好きという感情なのか自信がない。

 それに王妃様には好きになってはいけないと言われている……

 でも、三人への気持ちをはっきりさせないのは、不誠実な気がした。確かに命を繋ぐために精液は必要だが、その気持ちを利用したいわけじゃない。返せない気持ちならば、後宮から去ってもらった方が良いのだろう。

 私は酷く心細い気持ちになったが、それに気づかぬフリをして、恋の正体を探るべく図書館に向かった。

 「『初めての恋をした貴女に贈る恋愛指南書』…か。
 あ、中にちょうど良いのがあるわ!!」

 私は本棚からそれを取り、図書館の中央に置いてあるソファに腰掛けた。ページを開くと、そこには恋愛チェック表なるものが書いてあった。

 「このチェックに当てはまった貴女は、恋をしています。そんな貴女は愛する彼を落とすためのテクニックをこの恋愛指南書で共に学びましょう……?
 まぁ、いっか。とりあえずこのチェック表からやってみよう」

 チェックは十項目あった。『相手の喜ぶ顔を見ると嬉しくなる?』とか『相手に触れてほしいと思う?』とか『相手に尊敬できる部分がある?』とか……まぁ、ほとんどが三人ともに当てはまってしまった。

 「……でも、三人ともっておかしいわよね?
 あ゛ー!もう分かんないわよ……」

 私はテーブルの上に本を置き、ソファにバフっと横になった。
 少しはしたないが、誰が見ているわけでもない。カミラは夕食の支度をしているし、三人は帰ってきていない。

 目を瞑ると、三人の顔が浮かぶ。アレス様の爽やかな笑顔に、ルゥ君の悪戯な笑顔、そしてゼノアが稀に見せてくれる満面の笑顔……どれも素敵で、私の胸はホワンと温かくなる。

 「ふふっ……」

 三人を想像すれば、自然と笑みが溢れ、なんだか満たされた気持ちになる。こんな気持ちになったのは人生で初めてかもしれない。

 私は、なんとなく嬉しくなって、そのまま図書館のソファでうたた寝をしてしまった。


   ◆ ◇ ◆


 どこかで声がする。

 「はぁ……本当可愛い♪
 唇がプルプルしてて食べちゃいたくなる」

 「やめろよ、ルゥシャ。俺の前でそんなことしたら、殴る」

 「えー、暴力はんたーい」

 「は? お前、騎士だろうが」

 ルゥ君とゼノアの声だ……帰ってきたのだろうか。それとも、夢?
 ぼんやりした頭に今度はアレス様の声が聞こえる。

 「ねぇねぇ、二人とも面白い本が置いてあるよ」

 「『初めての恋をした貴女に贈る恋愛指南書』……はぁ?!
 クレア、こんなの読んでんのかよ……」

 「可愛いじゃない。クレアなりに、私たちのことをきっと真剣に考えてくれてるんだよ」

 「たち……じゃなくて、クレアは僕のためにその本を開いたに決まってるよ! 貸して!!」

 「ったく……ルゥシャは一番あり得ねぇだろが」

 ……あれ? これ、夢じゃない?!
 私がさっき選んだ本をみんなが見てるの?!

 ……最悪だ。あんなタイトルの本、恋してますって言ってるようなものじゃない!!

 私は否定したいのを堪えて、このまま寝たふりをすることにした。どんな顔をして起きたら良いか分からないもの!

 パラパラとページを捲る音がする。
 私は最初の数ページしか読んでないけど、後半にはどんな内容が載ってるんだろう……どうか変な内容じゃありませんようにーー

 という私の願いは、ルゥ君の楽しそうな声でかき消された。

 「うわっ! この本、ヤバいんだけど……
 クレアってば過激だなぁ♪」

 「ちょっ! 寄越せ、その本!
 ……っ! ……クレアはこういう本を読むのか」

 「びっくりだね。そんなところも可愛いけど。
 あ、私これやって欲しいなぁ」

 な、なに?! 何が載ってるの?!
 私は目は瞑ったまま、集中して、彼らの話の内容を聴いた。

 「へー、団長は舐め合いたいんだ」

 な、舐め合う?! ど、どこを?!
 私が動揺しているとまたページを捲る音がした。

 「僕は断然こっちー♪」

 「ルゥシャ……お前っ!?
 クレアが嫌がるようなことしたら、ただじゃーー」

 「でも、二人だって考えたことくらいあるでしょ? 王妃様からは禁止されてるけど、こっちの穴に出しても生命力に変換されるんだよ? だとしたら、万が一のことを考えて、開発してあげるのがクレアのためだと思わない?」

 「……そ、それは……」

 どういうこと? 子宮以外に出す穴なんてーー

 「まぁ、ルゥシャの言うことも一理あるよな。でも、後ろの穴を使うのは、クレアの抵抗感が強いことも確かだろうし、無理強いするべきじゃない」

 「大丈夫、僕痛いことをする趣味はないから!
 経験豊富な僕に任せなって!」

 その言葉にアレス様も、ゼノアも黙ってしまう。
 ……アレス様はともかく、ゼノアも経験少なめなんだ。

 というか、後ろの穴って本当にどこなの?
 しかし、私の疑問もむなしく、ルゥ君は話を変えた。

 「で、ゼノアさんはどういう趣味なの?」

 「俺には変な趣味なんてない!」

 「とか言って、気になるプレイくらいあるでしょ? そうだなぁ……ゼノアさんは片想い歴が長いから……これかな! お仕事着プレイ!」

 片想い歴が長い?……ってどういうこと?
 それに、お仕事着プレイって何なの?

 「お仕事着……?!」

 「ははっ! ほら、食い付いた! クレアに侍女服着てもらってさ、触れることも叶わなかったあの頃の思い出を重ねながら……」

 「……悪くないな」

 何言ってんのー!!
 もう私は恥ずかしくて、泣きたい気持ちでいっぱいだった。

 「ほら、馬鹿なこと言ってないで。
 クレアを起こして、夕食にするよ」

 「最初に言い出したのは団長のくせにー!」

 「はいはい。悪かったって。
 責任とって、私がクレアを抱いて食堂まで運ぼう」

 いや、普通に起こして欲しい。

 「はぁ?! 団長、それは俺がーー」

 「僕だって運べるし!」

 「分かった。じゃあ、ここはじゃんけんで」

 実力者の騎士が集まって、じゃんけんって……
 私は半ば呆れながら、じゃんけんが終わるのを待った。

 結局、じゃんけんに勝ったのはアレス様だった。

 抱き上げられる直前に、そっと目を開くと「おはよう」と言って、結局抱き上げられ、額にキスを落とされた。

 ルゥ君とゼノアの刺すような視線が痛くて、降ろして欲しいとお願いしたが、アレス様は結局許してくれなくて、私は食堂までひたすらに抱かれて歩くことになった。

 
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