呪われ侍女の逆後宮

はるみさ

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2.後宮

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 呪いにも精通した王宮医師の話によると、私の呪いは夜になると本格化するらしい。今は夕方……あと数時間もすれば、媚薬を盛られた時のような疼きが私を襲うということだった。

 また、呪いの効果が表れている間は、気分が高揚し、心も身体も男性を受け入れたくなるはずだと言われた。それは自然なことなので、その欲求に逆らうことのないように、とも。普通その欲求は抗えるものではないが、万が一拒否してもらうと上手く精液に含まれる生命力が吸収できないあまりか、それが命に関わる毒になることもあるらしい。

 そして、その流れで知ったことなのだが、あの呪いを受けた後に、私は処女を失っていた。熱で浮かされる中、感じた熱や疼き……快感は夢では無かったのだ。医師は、私の処女を散らした相手を教えてくれようとしたが、それを私は断った。

 だって、知ったところでなんて言ったら良いか分からなかった。命を繋いだという意味では御礼を言うべきなのだろうが、深い仲でもないのに処女を散らされたことに少しだけ複雑な想いを抱えてしまったから。私を助けてくれた人に対して、誠意ある対応が出来ない可能性があるならば、聞かない方が良いと思った。

 そんなことを考え、歩いているうちに後宮に着いた。

 「やっぱり立派ね……」

 遠目からはよく見ていたが、ここまで近くで見たことはなかった私は、後宮のその大きさに圧倒されていた。これなら三人とは言わず、もっとずっと多くの男性が囲えそうだ。そんなの想像するだけでもゾッとするが。

 男性が嫌いな訳ではないが、ここ数年間は侍女としての務めを果たすのに精一杯だった。周りが恋に浮かれていても、私にはそんな余裕はなかった。

 そんなことを考えていると、後宮から誰かが出てきた。
 見覚えのあるグレーヘアのお団子頭……

 もしかしてーー

 私はその影に駆け寄った。……やっぱりカミラだ!!

 「カミラッ!!」

 「お嬢様。お久しぶりです!」

 カミラは、我が伯爵家に長年仕えていた侍女だ。一時期は侍女長を務めていたが、昨年から一線を退き、隠居したと聞いていた。

 「何でここに?!」

 「旦那様から事情を聞きまして、お嬢様のお世話をさせていただければとやってまいりました。どうぞこの老いぼれを後宮に置いてくださいませんか?」

 「もちろん!
 カミラがいたら、どれだけ心強いか……本当にありがとう」

 「こちらこそまた可愛らしいお嬢様のお世話が出来ると思うと嬉しいです」

 「可愛い……って。そんなこと言うのはカミラくらいよ?
 ここでは堅物女なんて言われててーー」

 「ふふっ。お嬢様がなんと言われていようと、カミラには関係ございません。それに、そう偽装されているだけでしょう? 素顔は可愛らしいままですわ」

 「そんなことないわよ。でも、ありがとう」

 私とカミラは顔を見合わせて、微笑み合った。


   ◆ ◇ ◆


 その後、カミラに案内されて後宮の中に入り、応接室へ案内される。扉の前で一回深呼吸だ。

 この中に、今日から私と後宮で暮らす三人の男性がいる。

 ゆっくりドアノブに手を掛けて、回す。
 中からは微かに話し声が聞こえる。私は恐る恐る扉を開けた。

 部屋に入った瞬間、三人の視線が私に集まる。

 私は、三人を見て、唖然とした。

 ……何なの、この三人は。

 ソファの中央に座るのは、騎士団長のアレス様。
 明るい茶髪に神秘的な紫の瞳を持つ誰もが見惚れるようなお顔に加え、紳士的な彼は、全令嬢の憧れの的である。数多の女性がアタックし、散っていったことから、男色家なのではという噂まである。性格は騎士団長とは思えぬほど温厚で優しく、どんな身分の者にも分け隔てなく接する陽だまりのような人だ。

 そのアレス様の隣に少し緊張した面持ちで、ちょこんと座っているのが、去年の新人であるルゥシャ君だ。
 まるで小動物のような可愛らしい彼は、エメラルドのような緑色の大きな瞳を持つ。髪の毛は少し癖っ毛なのかふわふわとした金髪で、触ったら柔らかそうだ。その愛らしい風貌は、まるで妖精のよう。新人で身長も低いが、かなりの実力者らしく、騎士団でもすでに五本の指に入るらしい。まともに話したことなど殆どないが、良い子なのは雰囲気からして間違いない。

 問題は、ソファの肘掛けに腰掛けているこの男だ。

 「な……な、なんで貴方が……」

 「なんだ? 嬉しくて、言葉も出ないか?」

 「なっ! 逆よ、逆! なんで、こんなところにいるのよ!?」

 ゼノアは私の文句など聞こえていないようにニヤッと笑う。

 「こんな面白ぇ機会、俺が逃す訳ねぇだろ。」

 ……最悪。

 この男……ゼノアは、何かにつけて私に突っかかってくる面倒な男。会う度に言い合いになるせいで、今や犬猿の仲だ。

 騎士の中でも一際大きく逞しい身体を持つゼノアは、令嬢の間でも人気が高い。短く無秩序に切った赤髪は野性味があり、真っ黒な瞳もセクシーだと周りは言うが、私からしたらただの赤猿だ。

 こんな事態……この男にだけは知られたく無かったのに……!

 私はキッとゼノアを睨みつけるが、彼はそれさえも楽しむようにピュウと口笛を吹いた。……こっちの気も知らないで!!

 私の不穏な雰囲気を察してか、団長さんが声をかけてくれる。

 「クレアさん、とりあえず座って話しませんか?」

 「あ……はい。すみません」

 団長さんと、ルゥシャ君がいる前で取り乱してしまったことに気付き、一気に恥ずかしくなる。私はそそくさと向かいのソファに腰掛けた。

 タイミング良く、カミラがお茶を出してくれる。
 一口飲めば、慣れ親しんだお茶の味に心が落ち着く。

 ふぅ……と私が息を漏らしたところで、団長さんが口を開いた。

 「まず、クレアさん。
 この度は本当に申し訳ありませんでした」

 団長さん、ルゥシャ君……それにゼノアまで皆、頭を下げている。

 「ど、どうしたんですか……?
 ご迷惑をお掛けしてるのはこちらなのに。
 どうか、顔を上げてください」

 団長さんは、悔しさの滲む表情で話し出した。

 「騎士団の不手際で不届き者の王妃殿下への接近を許してしまいました。王妃殿下をお守りするべき任は私達にあるべきにも関わらず、クレアさんをこんな形で巻き込んでしまい、本当に申し訳ないです」

 その辛そうな口ぶりから団長さんが心から謝ってくれていることが伝わる。団長さんが悪いわけではないのに。

 「いえ……私は王妃様の侍女として当たり前のことをしたまでです。私にも王妃様をお守りする責任がございます。騎士団の皆様が気に病む必要はございません。それにこれからご迷惑を掛けてしまうのはこちらですし……」

 これからのことを考えて、少し歯切れが悪くなる。
 俯いて、両手をキュッと握った。

 「迷惑だなんて、そんなこと……!クレアさんのような美しい方と過ごす時間を頂けるなんて、私たち騎士からすれば褒美のようなものです。クレアさんは、嫌だと思いますが……」

 優しい騎士団長でも、私を見て、美しいだなんてお世辞もいいところだ。

 私はまさに「堅物女」と揶揄されるような容姿をしている。
 一本の乱れもなく焦げ茶色の髪を一つに結び、時代遅れの眼鏡をかけ、背が高いにも関わらず背筋をピンっと伸ばして、厳しい顔をしていつも歩いているのだ。

 でも、私のことを美しいと言う団長さんに不思議と嫌味はなかった。

 「大丈夫です。陛下が解呪方法を見つけてみせるとお約束してくださいました。少しの辛抱だと思うことにします」

 私がそう言うと、団長さんは苦笑した。
 それを見て、失礼なことを言ってしまったと気付く。

 しかし、団長さんは私を責めることなどなかった。

 「その時間が辛いものではなく、幸せな時間となるよう、私達も努力いたしますので、どうぞ宜しくお願いします」

 「お、お願いします」

 「ここでの生活や私たちについて、何か質問はございますか?」

 あります。なんで、ゼノアが入ってるのか?
 私のことを嫌いなこの人が自分からやりたいなんて言うはずないもの。

 「えーっと……このメンバーはどのように決まったんですか?」

 「いくつかの条件を満たした者が選ばれています」

 「条件……?」

 「はい。婚約者やパートナーがいない者であることとか……寮に住んでることとか……ですね。あとは機密性が高いので、普段からそう言った任務を行うことが多い実力者の中から選ばれています」

 「実力者……」

 こんなに見目の良い、強い人たち……私にはもったいないが、きっと陛下がお決めになったのだろう。私には……そしてきっとこの人たちにも断る権利はなかった。そうなれば、ゼノアが入ってるのも納得するしかない。そして、私はこれは治療だと割り切ることにした。

 でも……

 「さすがにルゥシャ君は……可哀想じゃないですか……?
 去年の新人さんだから……まだ十四歳とかですよね?」

 「あー……ルゥシャはーー」

 「僕、大丈夫です! ちゃんと精通もしてます!
 クレアさんを満足させられるよう、一生懸命頑張りますから……!」

 ルゥシャ君はキラキラと光る瞳をパチパチさせながら、こちらを見つめる。

 ……もしかしたら、そう言うことに興味が出始めたお年頃なのかもしれない。少し罪悪感はあるものの、あんな目で見つめられたら、断れなかった。

 「……ル、ルゥシャ君が、いいなら……」

 「やったぁ! ありがとうございます、クレアさん!」

 ルゥシャ君は、本当に嬉しそうに笑った。

 周りの侍女が「ルゥシャ君が可愛い」「見ているだけで癒される」とか噂していたが、その気持ちが少し分かるような気がした。

 団長さんが私たちのやり取りが終わったことを確認して話を続ける。

 「あと二人該当者はいたのですが、陛下から三人と言われて。
 まずは私たち三人が後宮に入ることになったんです」

 「そうなんですね……」

 「もしどうしても無理な相手が居れば、交代させることも出来ますけどーー」

 団長さんはチラとゼノアに視線を送る。
 その視線を受けて、ゼノアが立ち上がり、団長さんを睨みつけた。

 「は? 団長ー」

 本当に血気盛んな奴だ。
 こんなところで上司とやり合わないで欲しい。

 「いいです。このままで。……と、とりあえず」

 ……ゼノアと喧嘩はするが、悪い人ではないことを私は知っている。以前助けてもらったこともあるし。そう考えると、見知らぬ変な人に抱かれるくらいなら、ゼノアの方がほんの少しだけマシなような気もする……

 私の返答に団長さんは微笑んだ。

 私は立ち上がり、三人を見る。

 「皆さん……この度はご迷惑をお掛けして申し訳ありません。私みたいな女を抱くのは苦痛でしょうが、しばらくの間、ご協力をお願いします」

 団長さんは困ったように眉を下げて、ルゥシャ君はニコニコと、ゼノアはニッと不敵に笑った。

 その後は団長さん主導の下、様々なことが決められていった。

 毎日二十一時になったら、団長さん、ルゥシャ君、ゼノアが一日おきに私の部屋を訪ねて来ること。出来るだけ夕食は一緒に食べるようにすること。呪いについては一切他言しないこと……など。

 「……こんな感じかな。あとは、その都度、決めていきましょう。

 今回は急にこんなことになって、私がほぼ決めさせてもらいましたが、この後宮の主はクレアさんです。何か定めたいルールや、私たちへの要望があれば遠慮なく言ってください」

 「はい……。ありがとうございます」

 「じゃあ、早速今晩から宜しくお願いします。

 今日は……私が、その……行きます」

 そう言って、俯く団長さんの頬がほんのり染まっている気がした。

 「……は、はい」

 それにつられて、私も恥ずかしくて、俯いた。

 その時、ゼノアとルゥシャ君がとてもつまらなさそうにこちらを見ていることなんて、私は微塵も気付かなかった。
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