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お見合いの1週間前
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お見合いの1週間前のこと。
僕は父上の書斎へ呼び出されていた。
ノックに応える声に従い入室すると、不安そうな様子の母上と目が合った。
着席を促されて、父母の前のソファに腰掛ける。
父上の顔色は随分と悪い。
「お前に縁談が来ているんだが、」
「縁談ですか。」
そこで父は押し黙ってしまう。
僕ももう十八だ。
生来ののんびりした性格のため浮いた話の一つもない。
そんな僕への縁談であれば、父と母は喜んで受けるはずだ。
「あなた、黙っていてはわからないでしょう?」
「だが、アニス…。」
父上と母上も随分と戸惑っている様子だ。
「父上、その……縁談というのはどちらから?」
「……アルストロメリア侯爵家のご令嬢からだ。」
「アルストロメリア侯爵家!?」
我がガザニア伯爵家ではとてもつり合いが取れないような格上からの縁談だ。
それに、アルストロメリア侯爵家のご令嬢と言えば、戦いの神テセウスの加護――肉体強化の祝福を得た一騎当千の将だと聞く。
「お相手は姫将軍―エリューシア・テム・アルストロメリア嬢だ。」
父の額には汗がにじんでいる。
当然だ。エリューシア・テム・アルストロメリア嬢の名を知らぬ者はこの国にいない。
南部の遠征の際にはたった一人で蛮族を退けたと言うし、戦場を駆ければ一直線に大将首を取りに行くと聞く。
どれほど恐ろしい方なのだろうか。
「とてもじゃないがお断りはできない。一週間後に顔合わせの茶会をうちで行った後に、お前には婿入りしてほしい。」
「はぁ…」
まるで自分のことには思えない。
こちらからお断りすることはもちろんできない。
できることと言えば、相手からのお断りを待つだけだ。
「あなたもわかっている通り、次期当主であるフェルナンドにはミーラ嬢がいらっしゃるでしょう?あとうちの男はあなただけなのよ。」
普段は貴婦人然とした母上も眉を寄せて、困った様子でため息をついている。
僕は二男三女の次男であり、ガザニア伯爵家の末っ子だ。
婚約者がいない状態で縁談をお受けできるのは僕だけということになる。
しかし、僕は兄上ほど立派でも美しくもない。
姉上たちとともにおままごとやガーデニングを楽しんでいた僕では、アルストロメリア侯爵家のお眼鏡にはかなわないと思う。それは、父上も母上も同じ思いのことだろう。
「……分かりました。アルストロメリア侯爵令嬢のご気分を害さないようにおもてなしをして、あとは向こうのご指示をお待ちしましょう。だめならだめでいいじゃないですか。」
「お前にそう言ってもらえるなら、いくらか気が楽になるよ……。」
父上がほっと息をついた。
「あなたにもそろそろ身を固めてほしいところだけど、姫将軍相手ではねぇ。」
母上は少しばかり残念そうだ。
「いいんですよ、母上。いざとなれば家の益になるよう、貴族とのつながりが欲しい商人とでも結婚します。それよりご令嬢のおもてなしの準備をしなければ。僕はこれで失礼しますよ。」
そう告げて、父の書斎から出る。
出てから気づいたが、釣書の確認もしなかったな。
僕はおもてなしの準備が大好きだ。
お客様の喜ぶ顔を想像して、まずはガゼボを磨き上げて、周辺の花の手入れをして、茶菓子も特別なものを用意しよう。
縁がなかったとしても、それはそれ。
いろいろと名高いアルストロメリア侯爵家のご令嬢とお茶会なんて、この後一生ないだろう。
せっかくだから喜んでほしい。
そんな気持ちで掃除と庭の手入れ、茶菓子の手配を頼みに、家令とメイド長へ話を通しに向かった。
僕は父上の書斎へ呼び出されていた。
ノックに応える声に従い入室すると、不安そうな様子の母上と目が合った。
着席を促されて、父母の前のソファに腰掛ける。
父上の顔色は随分と悪い。
「お前に縁談が来ているんだが、」
「縁談ですか。」
そこで父は押し黙ってしまう。
僕ももう十八だ。
生来ののんびりした性格のため浮いた話の一つもない。
そんな僕への縁談であれば、父と母は喜んで受けるはずだ。
「あなた、黙っていてはわからないでしょう?」
「だが、アニス…。」
父上と母上も随分と戸惑っている様子だ。
「父上、その……縁談というのはどちらから?」
「……アルストロメリア侯爵家のご令嬢からだ。」
「アルストロメリア侯爵家!?」
我がガザニア伯爵家ではとてもつり合いが取れないような格上からの縁談だ。
それに、アルストロメリア侯爵家のご令嬢と言えば、戦いの神テセウスの加護――肉体強化の祝福を得た一騎当千の将だと聞く。
「お相手は姫将軍―エリューシア・テム・アルストロメリア嬢だ。」
父の額には汗がにじんでいる。
当然だ。エリューシア・テム・アルストロメリア嬢の名を知らぬ者はこの国にいない。
南部の遠征の際にはたった一人で蛮族を退けたと言うし、戦場を駆ければ一直線に大将首を取りに行くと聞く。
どれほど恐ろしい方なのだろうか。
「とてもじゃないがお断りはできない。一週間後に顔合わせの茶会をうちで行った後に、お前には婿入りしてほしい。」
「はぁ…」
まるで自分のことには思えない。
こちらからお断りすることはもちろんできない。
できることと言えば、相手からのお断りを待つだけだ。
「あなたもわかっている通り、次期当主であるフェルナンドにはミーラ嬢がいらっしゃるでしょう?あとうちの男はあなただけなのよ。」
普段は貴婦人然とした母上も眉を寄せて、困った様子でため息をついている。
僕は二男三女の次男であり、ガザニア伯爵家の末っ子だ。
婚約者がいない状態で縁談をお受けできるのは僕だけということになる。
しかし、僕は兄上ほど立派でも美しくもない。
姉上たちとともにおままごとやガーデニングを楽しんでいた僕では、アルストロメリア侯爵家のお眼鏡にはかなわないと思う。それは、父上も母上も同じ思いのことだろう。
「……分かりました。アルストロメリア侯爵令嬢のご気分を害さないようにおもてなしをして、あとは向こうのご指示をお待ちしましょう。だめならだめでいいじゃないですか。」
「お前にそう言ってもらえるなら、いくらか気が楽になるよ……。」
父上がほっと息をついた。
「あなたにもそろそろ身を固めてほしいところだけど、姫将軍相手ではねぇ。」
母上は少しばかり残念そうだ。
「いいんですよ、母上。いざとなれば家の益になるよう、貴族とのつながりが欲しい商人とでも結婚します。それよりご令嬢のおもてなしの準備をしなければ。僕はこれで失礼しますよ。」
そう告げて、父の書斎から出る。
出てから気づいたが、釣書の確認もしなかったな。
僕はおもてなしの準備が大好きだ。
お客様の喜ぶ顔を想像して、まずはガゼボを磨き上げて、周辺の花の手入れをして、茶菓子も特別なものを用意しよう。
縁がなかったとしても、それはそれ。
いろいろと名高いアルストロメリア侯爵家のご令嬢とお茶会なんて、この後一生ないだろう。
せっかくだから喜んでほしい。
そんな気持ちで掃除と庭の手入れ、茶菓子の手配を頼みに、家令とメイド長へ話を通しに向かった。
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