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第一章 脱出
朝っぱらからお熱いことで
しおりを挟む生涯最高のお風呂を堪能した私達は、そろそろ上がろうと浴室のドアを開けて脱衣所へ移動した。
といっても、言われなければ脱衣所とわからない。
メタリックな壁に小さな鏡が並び、いくつもの計器、大きな舵輪、引き出し等がある、多分操舵室をイメージした部屋だね。
「はい、ばんざーい」
アヤに言われるまま両手を上げる。
タオルで身体ふいてもらうことを想像してわくわくしながら待っていたら、少し違った。
「おもかじいっぱーい」
アヤが叫びながら、壁にかかっている舵輪を腕一杯振るって右に回した。ガタンという重い音を立てて舵輪が回ると突然強い風が吹き、濡れた身体から水分が飛んでいく。それにしても身体ごと吹き飛びそうな強風なのに、微動だにせずに立っているのが不思議な感覚だ。
「魔法の風だからね」
魔法の風は狙ったものだけ吹き飛ばすらしい。原理はどうなってるのか想像もつかないけど、この手の質問は全て「魔法だから」で片づけられてしまう。まあ魔法の専門的な話をされてもわからないけどさ。
「それじゃそろそろ……」
「ええ……」
アヤに抱きしめられて、また風景が変わる。
落ち着いた色合いの木製のベッドの上で、優しい魔法のオルゴールの音色に包まれる。
壁の燭台には火が灯され、部屋を煌々と照らす。
私達は改めて愛を語り合い、やがて結ばれる……ことはなかった。
ベッドの上でアヤの胸に顔を埋めた私はそのまま熟睡していたらしい。
「理恵、起きた?朝食にする?ああそうだ、シャワー浴びてくるといいよ」
目を覚ますと、薄桜色のシャツを着たアヤがすぐそばで座っていた。
未だに夢の世界を漂っている感覚が抜けなくて、足元がふわふわしてる気分。
だって、現実感がなさすぎる。
アヤが魔女だとか、箒に乗って空を飛んできたとか。
それどころか、起きたら目の前にアヤがいるということさえも。
「うん……」
バスタオルを身にまとい、眠い目をこすりながらドアを開けるとそこは脱衣所。
一人になって、徐々に意識が覚醒していくにつれ、身悶えが止まらなくなった。
嬉しくて恥ずかしくて嬉しくて恥ずかしくて、もう、どうしよう!?
シャワーを浴びてタオルで身体を拭く。
あのドライヤー、まだちょっと怖くて一人では使えない。
脱衣所に置かれていた、アヤと同じ薄桜色のシャツを着てドアを開けると、そこはブラウンの壁紙の落ち着いた部屋で、柔らかそうなクッションテーブルと二人掛けのソファ、天井にはシャンデリアが設置されていた。
テーブルの上にはポップアップトースターとティーポット、そしてお揃いのマグカップがセットされていた。
私はトースターをセットして、アヤはベーコンエッグを焼く。空のティーポットに熱湯を注ぐと、ダージリンの香りが立ち昇る。
「「いただきます」」
「……あははっ」
「……ふふっ」
声がハモった。
何が面白いのかわからないけど、しばらく笑いが止まらなかった。
そうだ、私は今幸せなんだ。
アヤと二人で……あ!いけない!
「……アヤ、ごめんなさい」
「どうしたの?」
「その……昨日いいところで寝ちゃって……」
「あーそうだったぁー流れで最後までって思ってたのに」
「ぁぅぅ」
「なんてね!嘘だよ!すごく疲れてたんだから当然だよ。理恵に無理をさせたって、私は楽しくないからね」
「えへへ、アヤ優しい、大好き」
「それにさ、今は目の前に理恵がいるだけで、すでに幸せで胸がいっぱいなんだ」
「むっ、ずるい」
「なんでさ」
「私が言いたいこと先に言われた!」
「それじゃ明日同じセリフを聞きたいな」
「うん。言うよ、明日も、あさっても……ずっとこの気持ちは変わらない」
そうだ、今焦らなくたって、明日もあさっても私達の時間は続いていく……慌てずじっくり愛を育んでいきたいな。
朝食が終わると、フリルたっぷりの純白ロングワンピースを着せられた。
アヤは同じデザインで色調が正反対の黒ワンピース。
小さめのポーチにモノトーンのボーンサンダルも全てお揃い。
帽子は私が白のベレー帽で、アヤは私を迎えに来てくれたときと同じ黒の三角帽。
「天使と悪魔のラブラブペアコーデだよ!きゃー!理恵可愛すぎる!ねえ、理恵はどう?気に入ってくれた?」
姿見に映る私達は史上最高マイベストカップル!
「嬉しいよー!これはもう脳内インスタに永久保存しなきゃ……」
私はこの姿見に録画機能があることを知らなかった。
知ってたら……
「クロスサンダー!」
二人で両手を上げて交差させてみたり
「リフト!」
アヤに持ち上げられて謎のポーズをとってみたり
合間にアヤの頬にキスして
「ん?」
「ほっぺに”いいね”しちゃった!」
「じゃあ私も”いいね”しちゃうよ!」
「きゃー!」
後で見れば赤面必至な乱行をノリノリでやるわけがなかったんだよ……
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