シュガーポットはなくならない

壬玄風

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第一章 脱出

決壊するダム

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「船橋理恵さんだよね!はじめまして望月アヤだよ!私と契約して友達になってよ!やった!よろしくね!」
「……うん……よろしく」

 中高一貫校に通う私はエスカレーター式に高校生になると、外部からきたという女子から声をかけられて、新しい友人ができた……というか、かなり強引に接触してきて有無を言わさぬ勢いで友達にされてしまった。
 私がいつものように露骨に距離を置いていても、気にせず隣にくっついてくる。

「理恵ー、今日はどこ行きたい?」

 放課後、私が気晴らしをしたいと思えば約束もしてないのに隣を歩き、私の行きたいところにはどこでもついて来た。
 だけど、本当に来てほしくないときはあっさりと帰ってしまう。



「アヤはなんで私なんかについてきてくれるの?」

 この頃の私はもう露骨に人を避けて生きていて、昔からつきあいのあった友人さえも徐々に離れていったというのに、彼女だけはずっとそばにいてくれる。

「理恵は優しくて大好き。一緒にいたい。それ以上に理由なんてない」

 私優しくしたことなんてないよ。そう言おうと思ったら、公園のベンチに座ったアヤに引き寄せられて寝かされた。

「一緒にいればわかるよ、そのくらい。みんな見る目ないねえ。おかげで私がひとりじめだよー思う存分甘やかすよー」

 アヤのふとももに頭を乗せてまどろむ。
 寝不足で疲れ切った体には気持ち良すぎて抗う術はない。
 アヤに髪をなでられ、心も身体も少しずつ楽になっていく。
 通りすがりの人々の視線が少し痛いけど、気にせずに貴重な束の間の幸せを満喫した。

「癒される……私、アヤのお嫁さんになるー」

 もう百回は言ったかな?

「わぁ嬉しい。子供いっぱい欲しいな。だけどまた寝不足気味……いやかなりだね、これは。勉強熱心はいいけど、しっかり休まないとダメだよ」

「そうだね……」

 眠れない日々を過ごしているのは別の理由で……言えないけど……
 ああ、そうだ。アヤになら私の境遇を全部打ち明けてもいいんじゃないかな?

 アヤになら騙されてもいいよね。
 きっとそのうち……



 アヤへの気持ちに少し変化が訪れて、それから少したった頃。
 母の命令で、私はアルバイトに行かされることになった。

 学校が終わるとおもちゃ工場に向かい、部品を組み立てる作業に従事した。
 バイト先では友達どころか話をする人の一人もいなかったけど、仕事さえしていれば文句を言われることもない。嫌なことを忘れてひたすら仕事に没頭できる、私にとっては気楽な場所ではあった。

 バイト代はビタ一文私の元に来ることはなかったけど、父の外面維持のためかお小遣いだけはしっかり貰っているので気に留めることはなかった。

 期末考査が終わり、成績が悪かった私は当然のごとく説教され、夕食も抜かれてほとんど眠ることができなかった。

 その翌日、私はアルバイトで大失敗を犯した。
 大量の不良部品が見つかり、検査の人が慌ててラインを停止した。
 調べた結果、私が途中から作業手順を間違えたまま部品を作り続けていたことが発覚した。
 工場長はリーダーと検査役の人を叱責する一方、私に対しては「気にするな、失敗は誰にでもある」とフォローしてくれた。
 こういうときに、張本人の自分だけが叱られないというのもかえって辛いものだね。
 私はリーダーをはじめみんなに謝罪して、そのまま帰ることになった。

 それで収まらなかったのは母だ。普段は父に比べればまだ温厚な母だったが、この日は違った。
 母の口利きで押し込んだアルバイトだったから、顔を潰されたと感じて激怒する。

「引き受けてくれた部長にどうお詫びすればいいのよ!この役立たず!クズ!死んでしまえ!」

 あまりにも両親から罵倒されすぎて何を言われても気にならなくなっていた私だけど、今日はさすがに堪えた。「死んでしまえ」とまで言われたことはなかったから。

 どうにか心のダムを護れていたのは、母がまだ父ほど苛烈じゃなかったから。
 だけど、それももう終わり。
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