アモル・エクス・マキナ

種田遠雷

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八宝菜(6)

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「いいえ、気持ちいいです」
「っ、」
 その胸の辺りで聞こえたくぐもった声に、説明しがたく、興奮する。
 任せると言っておきながら、けれど止めようはなく、イグニスの背や腰や尻を撫で回し、髪に手を突っ込んで、肌を擦りつけ。
 手や指や唇で愛撫をほどこしていたイグニスが、次第に身を絡ませてくるのに、満足感がある。
 手で探って頬をつかまえ、しゃぶって吸って、唇のあわいを浅く舐め。
 イグニスの舌が伸びてくると舌を引いて、顎を退く。
「嫌ですか」
 灰色の瞳のわずかな表情は暗くて読み取れず、ククと喉にこらえて笑った。
「口が渇きそうなんだよ。――お前も、舌出せ」
「はい」
 差し出される舌を、舌を伸ばして舐めれば、やはり乾いてはいるが。
 チラチラと舌先だけ動かして遊んでやれば、すぐに同じように応えはじめ。
「ぅ、」
 思ったより全然、巧みだ。
 舌をくすぐり、いじられ、淡く唇で吸われて、肌があちこちしびれてくる。
「はっ、」
 指先が乳首を弾いて、薄く背が跳ね上がった。
「ぁ、……」
 舌と唇を解放されて、息をつく。
 片手で顔をこすり、離れて身を起こすイグニスを見上げて、少し、目を剥いた。
 闇に浮かぶ影絵のように、けれど淡とした表情がわずかに知れる。
 身を起こして舌を出す、口許の輪郭がやけにはっきり見え。
 手に握ったボトルから舌の上に垂らすしずくはトロリと粘っていて、たぶん、潤滑ゼリーなのだろうとすぐに予測がつくが。
 ゼリーを口に含んだ顔が屈む先が胸で、一瞬、意味が解らず。
「あッ、」
 乳首を濡らされると身悶えるほど感じてしまって、内心うろたえる。
「んッ、う、んン」
 軽くとは言い切れないような力で肩を押さえつけられるのにも驚いて。
 ひどく器用な舌使いで乳首を舐めてくすぐりながら、熱くなっているペニスを握る手も濡れていて、勝手に身がよじれる。
「はっ、ア、あ、」
 淡い握り込みで単調に扱かれ、もっと欲しくて腰を使ってしまう。
 与えられる未知の快感と、追い込まれないもどかしさに苛立ち、胸の辺りに伏せている肩に拳をぶつけ。
 途端にピタリと止まった動きに、薄く我に返って。拳の裏で顔をこすった。
「ああ、クソ……」
「不快でしたか」
 身を上げて覗き込んでくる顔を、チラと斜めに見上げ。
 背を抱き寄せて、軽くだが打ってしまった肩に唇を押しつける。
「違う。悪ぃ、平気か」
「はい。問題ありません」
 万理、と。低く小さな声に、大きく息をついて己を宥め。
 嫌なら言ってください、と、囁きとともに、こめかみにくちづけられて苦笑した。
「相手のペースでされんのに慣れねえだけだ」
「どんな風にするのがいいですか?」
 繰り返される頬骨や顎へのくちづけに、吐息を揺らして。
 そのまま頭を抱き寄せ、撫でてやる。
 少し考え、頭を抱く腕を解いて、耳の辺りを掌で抱き直し。
「顔、見せてくれ」
「はい」
 枕に頭をつけて、背を捩って身を置き直す。
「イかせんのか?」
 薄暗がりに曖昧な陰影が描く、どこまでも穏やかに見つめてくるイグニスの顔を目から肌に染みさせ。
 探るとべちょべちょに濡れている手に、少し笑ってから、さっきと同じように握らせた。
「いいですか?」
「いいよ」
 イグニスの手の上から手を重ね、力加減を教え、楽なようにしごきはじめる。
 じっと、視線を注ぐ顔を時々見上げ、大体は視線を集中させられず。握る力を変え、いじる場所を変え、指を使って敏感な場所をなぶり、弄ぶことを教えてやる。
「は、ァ、あぁ」
 教えたようにそれを扱き、弄んで焦らして刺激を溜め込み、追い上げていく手から、手を離す。
 両耳の辺りをつかまえて顔を引き寄せ、唇をむさぼった。
「ん、」
 濡れた舌は、唾液ではない味だが、絡めても不快ではない。
「ぅ、ンッ」
 イキそうになって離そうとする顔を許されず、止められず射精しながら、口の中を舐め回される。
「ん、ぅ、ぅゥ、」
 下腹と陰茎と睾丸のつながって交わるところ、ごちゃごちゃと絡まるような神経の敏感さを、太い快楽が押し開くように這い上って、尿管を抜け、鈴口を開くように噴き出る熱さに瞼の裏がスパークする。
 淡くのたうつ肩を押さえつけられることに、思いがけず、興奮する。
 掴んでいた手を滑らせ、腕を擦りつけるようにして頭に絡ませてやると、片腕で背を抱き締められた。
 息が収まるまでの短い間、身を寄せ合い抱き合って。
「また、」
 腕を緩め、背を下ろされて大きく息をついた。
「うん?」
「別の方法がよければ、教えてください」
「うん、ンッ!」
 尻の穴に指を入れられるくらいは、別に初めてではないのだが。
 快感と不快感の両方があって、思わず眉を寄せる。
 違和感を減らそうと、脚を開いて。
「ッ、まだ、かき回すな、」
 無遠慮にそこを解そうとする指に、奥歯を噛む。
「はい」
「慣れるまで、出し入れだけでやれ、」
「はい。――これは、平気ですか」
 指一本が、それでもどういう機転なのだが、ひねりを加えて刺激を与えながら抜き挿しされる。平気だ、と頷いて。
「気持ちいいですか?」
「ッ、」
 耳元に囁かれ、ゾクッと首の後ろが毛羽立った。
「ハ……、クソ、……気持ちいいよ、」
 答えたとたんに、今度は少し広げられ、声を上げてしまう。ああそういう意味か、と、自分の教えたことを確認したのだと理解する。
 気持ちいいか、平気かと何度も確認され、拒めば慣らされ、応じれば次第に拡げられ。 腹立たしく、手を伸ばしてイグニスのペニスを手探りに握り、半眼になる。
「ああ、クソ……」
 勃起どころか、熱すら持っていない。
 だが多分、人間と同じ仕組みを採用していないはずだ。
「おい」
「はい」
「お前のコレ、どういう仕組みで勃てるんだ」
 グッと、少し大きくなった。
 軽くもてあそぶように扱きながら、なんだか笑みの顔を見上げ。
「必要な時に機能させます」
 遠慮なく、盛大に舌打ちする。
「そりゃそうだな」
「今、」
 ひどく柔い声。額に降ってくるような声に、目を上げ。
 思いがけず艶っぽい表情に、少し、肋骨の内が跳ねた。
「――人間と同じ機能があったら、今、僕は勃起しています」
「ッ、」
 一度息を詰めてから、ちょっと笑ってしまう。
 ドン、と。力加減しながら、けれど今度はわざと肩を殴ってやり。
「人工知能のくせにウソついてんじゃねえ」
「本当です」
 身を屈め、万理、と耳に吹き込まれるような囁きに、震え。
 手の中でみるみる大きく硬くなるのに、興奮する。
「あなたの中に、僕が入ってもいいですか、万理」
 言いがたく、言葉に詰まる。
 どちらかというと、今この瞬間も、別に挿入れられたくはない。
 目を上げて、手を伸ばして、その頬を包むように撫でてやる。
「いいよ。お前の、したいようにさせてやりたい。なんで、」
 なんでも、と、続けようとした声が止まる。
 ハ? と、姿を現した勃起を手で撫で回して確かめ。
「お前、バカ、おま、デカいデカい。なんだこれ」
 手で押してイグニスの胸を上げさせ、目でも確かめる。
 手だけで感じたほど巨大ではないが。
「日本人男性の平均を調査した統計に基づいて設計してあります。それほど逸脱はしていないはずです」
 ああ、と、額を押さえた。
「……俺も見たことあるけど、自己申告データばっかなんだよあんなの……」
「そうなんですね。万理ともそれほど違わないようですが」
「……。あー……」
 自分はおおよそ平均以上で、だがお前のこれはそれより明らかにデカいと、説明する気はみるみる萎えていく。
「挿入を中止した方がいいですか?」
「直球だなあクソ……」
 両手で顔をこすり。
 だいぶ冷えてしまった身と胸に、大きく息をついた。
「イグニス」
 両手で顔を抱いて、見上げる。
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