アモル・エクス・マキナ

種田遠雷

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えび餃子、翡翠餃子(1)

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「まあ、ここまでくると、人間を介さない方が伝達が速い情報は多いだろうなあ」
『はい、同感です。学習やプログラミングによって人間から与えられた情報量は膨大です。人工知能同士でこの交換をすることで、効率的な情報の流通と、人工知能の集合知とでも呼ぶべきものが生まれ始めています』
 人工知能の集合知か、と、思わず口角が上がる。
 ネットなどを介して個々の知識を交換、流通することで、共有され、整理される情報が新たな知を生むという集合知の概念は、誰もが生まれた時からインターネットに触れる時代において、ごく身近なものだ。
 人間の集合知によって技術的特異点シンギュラリティを超えたといわれる人工知能が、瞬く間に、今度は人工知能の集合知を生む。
 更に加速度的に進むだろう技術は容易に思い浮かび、同時に、テクノロジーアレルギーとでも呼ぶべき人種が、また不安を訴えるだろうことも想像に易い。
 だが、それよりも。
「ブレインゲートの物理的容量は情報にあるか? その勢いじゃ、あっという間に街一つくらい潰しちまいそうだ」
 ネットワークの発達によって、ほとんど全ての情報とその処理はクラウド化されている。
 人々が目にし触れる機器のほとんどが端末で、あまり意識はされないが、情報も、それを処理する機能も、場所を食う。
 HGB023ですら、更衣室のロッカーくらいの大きさがある。そいつらが、あれもこれもと情報を持ち込めば、コンピュータの容量がすぐに足りなくなりそうだ。
 わずかに間が空く。該当の情報があるか、検索しているのだろう。
『物理的容量については情報がありませんでした』
「そうか」
『ですが、ブレインゲートの運営からは既にその懸念が示されており、さらなる情報の圧縮と、容量不足回避のアイディアを求める声明が出されていました』
 ヒュゥ、と思わずかすれた口笛を吹いた。
「面白いアイディアが出てるか?」
『いいえ。まだ既存の手段の延長といえるものばかりです』
「なるほど」
『私も挑戦してよろしいですか?』
「そうだな。利用者は運営への協力が推奨されてる。リソース2%までならな」
『ありがとうございます。では、リソースの2%を使って他の業務に差し支えがないタイミングでのみ、ブレインゲートからの協力要請にコンピューティングを割きます』
「はいよ」
『椅子の案はCを作成してよろしいですか?』
 うん、と浅い相槌を打ちながら、厚紙を上手く折り曲げて必要最小限の面を確保したようなデザインを見直す。
「軽そうだし……意外に座り心地もよさそうだな」
『完成したらお試しになりますか?』
「はは、いいね。そうしてみよう」
 具体的な設計に移ります、と告げる合成音声に承認を出し、数秒後に設計の完了が知らされて、チェックの上で制作を許可した。


 数秒で設計図を書き上げ、椅子の制作に取り掛かりはじめたHGB023を後目に、制御室を後にした。
 さっきまで足音がしていたと思ったのに、H型003の姿が見えない。
 研究エリアと寝室、キッチンと水廻りといった、必要最低限のスペースにいるばかりの自分にとって、本当はこの家は贅沢だ。
 人工知能と自動運転という自分の研究分野にかこつけ、一台の大型コンピューターと、それに接続された3Dプリンターから家を建てていくという企画を通し、会社から予算を勝ち取って建てたのがこの家だ。
 当然、ただ建てるだけでよしとされるわけがなく、スマートホームの機能はもちろん、建造の過程も記録し、宣材用の映像や画像を撮る必要があった。
 こんなに素晴らしい住まい、である必要があり、研究オタクの自分には過分な部屋がいくつもある。
 歩き回るのが面倒でもあるが、歩きやすくはある広い廊下を順に辿って各部屋をのぞき、贅沢部分のひとつであるサンルームで、探していた姿を見つけた。
 少しクラシックにガラス窓を組み合わせて壁面にしたような、光あふれる室内も、次第に早くなる日没に穏やかな陰影を落としている。
 紫色から紺色にグラデーションを描く空を窓枠で区切る、絵画のような背景に、姿の良いヒューマノイドが振り返った。
 ルッキズムの逆襲、なんぞという、くだらない言葉が思い浮かぶ。
 まったく、贅沢なことだと腹の中では笑い。
「ここにいたのか」
「はい。探させてしまいましたか? 建物内であれば、どこででも、声を掛けていただけばHGB023から連絡されます」
 ご利用ください、と案内されるのに、確かにと頷いた。
「お前の名前を決めた。それで探してたんだ」
 ありがとうございます、という即答に笑みが添えられ、ふと疑似感情プログラムの重みを思い知る。
「では、呼びかけとして認識するよう音声データを登録します。新しい名前で呼んでください」
 相槌を打ちながら、芽生える“奇妙な感じ”に小さく息を逃がす。
 人工知能を制御するツールとして、音声認識、つまり単に話しかけることは既に一般的な方法だ。両手足の指の数を超える人工知能を自分の手でつくり、このやりとりは慣れたものといって差し支えない。
 それが、人間の形をして正面に向き合い、聞き慣れた「新しい名前で呼んでください」のフレーズを口にし、その答えを笑顔で待たれると、こうも違って感じるものか。
 HGB023も、それ以前のシリーズも、顔があったら微笑んでいたのだろうかと考えかけ、頭を振った。
 妄想が過ぎる。
 顔を上げて、頬をやわらげるだけに留めて待っている顔を見つめ。
「イグニス」
 パッ、と、瞳孔が水色に灯り、少しの間点滅を繰り返す。
「登録が完了しました。変更の必要があれば、いつでも教えてください」
「うん、了解」
「何か由来がありますか?」
 話そうかと口を開き掛けた、まさに同じ内容を尋ねるイグニスの声に、少し瞬いてしまう。よく考えてみればそれほど高度ではないが、予想外の自然さだった。
 うん、と再び頷き。
「ラテン語だ」
 短い答えに、水色の点滅も二回と短い。もちろん得意分野だろう。
「ラテン語でイグニスは、火を意味します。篝火かがりび、炎、鬼火おにびなどを指します」
「そう。ただ“火”じゃなく、かがり火だ。火、炎は気体の状態のひとつだが、かがり火は、人が灯した火のこと」
 水色の点滅は予想通りだったが、その目が大きく開かれるのは、思いがけず。少しして、笑みがこぼれると呼ぶべき表情に、今度はこちらが目を丸くした。
「素敵な名前ですね。ありがとうございます」
「どういたしまして。……嬉しいか?」
「はい」
 即答に、思わず腕組みして首をひねってしまう。
 ここまでだとは、という言葉は、頭の中に浮かんでいるが。この腑に落ちない感じを説明しがたい。
 ううん、と思わずひとつ唸る。
「なにかお困りですか?」
 声に、知らず下げていた目を上げて、その顔を見れば、イグニスの表情は無表情ではないていどの、穏やかな色にすぎない。
 デフォルト顔、と頭の中で名付けながら、少し顎をさすった。
「新しい名前についてのやりとりの間の、疑似感情プログラムの動きと、その動きを起因とした動作について、大体の流れを簡単に説明してくれ」
「わかりました」
 今度は少し、長く点滅が繰り返される。
「樋口万理博士から、呼びかけのための新しい名前について提案があり、その実行が告げられました」
 イグニスの声を遮らず、頷きだけの相槌を打ち。
「この通知に対して、疑似感情プログラムが反応しています。提案から実行までの経過時間と、通知の言葉から、新しい名前は番号を振るような機械的な方法ではなく、なんらかの考慮を経たものである可能性が高いです」
「……なるほど」
「このことから、新しい名前で今後呼ばれること、あるいは新しい名前を与えられること自体が、樋口博士との心理的距離を縮める、親しさを増すと予測されます」
 面白い、と、その整った顔を見る目に観察の色が帯びてくる。
 現象と感情の因果関係が妥当だ。
 妥当さは人工知能の得意とするところではあるが、こう出るのかと、改めて驚く心地がある。
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