この奇妙なる虜

種田遠雷

文字の大きさ
上 下
8 / 35

7、喪失

しおりを挟む
 儀式のようだ、と、思う。
「手足をついて口だけで咥えろ」
 ローブを脱いで全裸で、床に這ってペニスを咥える。
 足枷に鎖一つ増えたこと以外はあまりにも昨夜と同じで、不思議な心地になる。味も匂いも昨夜と同じで、昨夜より薄く感じられて、どこかで入浴したのか、それとも自分が慣れただけだろうかと内心首を捻る。
 次第にやり方が理解できてきて、丹念に舌を這わせてみて、よく反応を示す箇所を集中して舐める。同じところばかり舐められるのは面白くないらしく、髪を掴んで頭を揺すられ、唾液の中を泳がせるようにしながら口の内を擦りつける。
「ゥッ」
 深く押し込まれてえづきそうになり、噛みそうだと、慌てて口を開く。垂れる涎と混ぜるように啜って咥え直し、唇でつくる輪を狭めて吸い上げる。
「そのままじゃ入んねえンだよ。喉で飲み込め」
 押し込まれるのを受け入れようとして、男のやるのと上手く噛み合わず息が乱れる。飲み込む、飲み込む、と、考えながらしゃぶり、ああ飲み込むのか、と不意に合点がいって、嚥下する要領で喉の奥に引き込む。
 当たり前にそれ以上入らず、逆にするよう喉から押し出して、もう一度試し、理解する。
 これをやらせたいのか、と、飲み込み、吐き出す動きを繰り返せばあからさまに大きくなり、自分の口を使ってあの動きを模しているのが分かる。
「上手いじゃねえか。いい子だな」
 頭を撫でられて、死ぬほど消沈する。
 不意に引き抜かれ、顎を掴まれ男の顔を見る。斜めに吊った口角を見ながら、瞬き。
「その面、」
 しまった、と、顔を背けて隠すところに、ベッドに上がって四つん這いになれと、聞こえた言葉に立ち上がる。シーツの上に手足をつきながら、また、不思議な心地が蘇る。
 尻を掴まれ穴と周りを揉み解され、昨夜より容易く息が上がる。もう、心地良いと言う他ないそれに、顎を引いて耐え。
「、」
 指を入れられるのが、昨夜より早い。その理由を考えまいと、目を伏せる。次第に、どういう風にされているのか、自分がどうしているのか曖昧になってくる。
「……、」
 指が繰り返しそこを擦って抜き挿しされる感覚に、つきたくなる肘を堪え、少し屈めてシーツに額を擦りつける。クスと小さく笑う吐息が聞こえて、肩が跳ねる。
 何を笑われたのか、知りたくない。
 身体が勝手に、動く。身が捩れて、逃れるよう前に出ようとすると強く引き戻され、シーツを握り締める。
「…、…、」
 ゆっくりと掻き混ぜられ、顎が浮く。振り返って確かめたい。否、何も確かめたくない。腰から下の感覚が甘く曖昧で、しきりにぼうっとする。
「あっ、……ッ、ンゥ……」
 指を引き抜かれたと思った途端に、入れ替わりのように勃起したペニスを挿入されて、思わず上げた声を慌てて噛み殺す。
「っ、、…ッ、ク、……、…ふ…」
 じっくりと押し込まれる感触が。
「…、…、」
 男が止まった隙を使うように、上がる息を押し殺し、宥める。息が整いかけたところで引かれ、背が反る。
「……!」
 ゆっくり、否、昨夜よりは速い。出入りし始めるそれは単調で、同じところが同じように繰り返し擦れて、腹の中が熱い。屈するように肘を折ってシーツを抱き、顔から胸まで擦りつける。
「いや、だ……」
 堪らず上げる声に、聞こえたのが笑う息で、歯噛みする。
「そうかよ」
「っ、待っ!…ッ」
 言い訳のしようもなく勃起したペニスを握られて、顔に血が上る。腫れた熱を、それより温度の低い掌で包まれるのに、息が抜ける。
「ま、待、あ、っ、…ッ、ァ、……ま、頼、…っ」
 扱かれると、ただ握られているより掌の感触が強い。勃起が増して重さを増すペニスが、包皮を薄くして敏感になっていく。他者から施される手淫は当たり前に善くて、腰が揺れる。
 自分が動くせいで、腹の中に男の逸物が動き回る。
「は、…ぅ、ッ、ン、ゥ、……ハ、だめ、駄目だ、…頼む、からっ」
 懇願するほど、それが聞き入れられないことを分かる。押さえつけられ、尻を犯されながら、初めて射精した。
 その上で腹の中に出され、文字通り打ちひしがれる。

 それでも、目を覚ますと朝で、眠っている鬼、否、アギレオの向こうに見える室内は牧歌的だ。呆然としたまま、身だけは起こして、昨朝と同じように出て行く長身を見送る。
 見送ってからまたベッドに身を横たえ、しばらくぼんやりしても、矢張り起き上がってローブを羽織る。
 どこへ行く気もなく、水を飲もうか考えながら、カウチソファに腰を下ろす。窓が近くて、ふと思いついて寝そべってみれば、窓に切り取られた空が見える。少しうとうとして、目を覚ますと空の色が少し違い、日が高くなっている。
 立ち上がって窓に近寄り、外を眺める。見える範囲には建物らしいものはなく、疎らな低い草が少し広がり、木々が近い。不意に、少し離れたところにロープを渡した支えが立っているのを見つけて、洗濯物を干すのか、と思い当たり。あの男が洗濯してそれを干しているところを想像して、音も無く少し笑った。

 その夜は、また最初の夜と同じように、口淫を命じられた後に寝台の上にあがり、今度は陰茎には触れられず、達することのないまま後ろだけ犯された。
 けれどひどく乱れたような気がして、身を横たえ、眠る男の顔を眺めながら茫洋とする意識に任せる。
 身悶え撓む背を、掌を擦りつけるようにして何度も撫でられ、その感覚にひどく困ったのが、やけに記憶に残っている。
 知らしめられているところまでは分かるのに、何を知らしめられているのかが掴めない。そっと、恐れるように手を伸ばして、褐色の頬に触れる。少しだけ肌を撫でて、また手を引いた。

 台所から椅子をひとつ借りてきて、寝室の窓辺に置いた。
 窓は台所にもあるが、閉じたままの窓掛を開いてみる勇気はない。寝室を背にして木立に向いた窓辺に行儀悪く肘をつき、見るともなく、緑が揺れるのを目に触れさせておく。硝子越しに木の葉が風にさやぐのが聞こえる。そのさなかに鳥の鳴き声が時折混じり、合間にカタカタと、こちらは窓の鳴る音。それから、耳を澄ませばもう少し遠く、人々の話し声らしきも。
 目を閉じて耳を傾けながら、境の森へ行く夜に、振り返り見た灯りを思い出す。壁一枚向こうに、ヒトが暮らしているらしい。ほんの数日前の自分と同じように。
 それが全て、残虐さだけでできた鬼だったらマシだったろうかと考えて、馬鹿馬鹿しい、と、目を開いた。
 ぼんやりしている内にまた夜が来て、アギレオが戻ってきただけで狼狽えている自分に狼狽える。
 命じられてもいないのに寝台の傍に立ち、それに気づいたアギレオに無言で見つめられ、やり場をなくす。
「あの…」
「なんだ」
「……分からない……」
「なんだそりゃ」
 近付かれる足音がやけに鮮明で、足元から辿るようにその顔を見上げる。ローブの留めに手が掛かり、解かれて顔を背ける。剥がれて落とされ、身を晒せばいっそほっとして。床に這えと言われるのを待って顔を上げる自分を、どこか遠くで訝しむ。
「ベッドに上がれよ」
「…分かった」
 困惑しながら寝台に上がり、仰向けに寝ろ、と言われて、一瞬動けなくなる。けれどそれに従わない内に次はないようで、やはり困惑しながら、身を返して仰向けに背を着く。想定外に無防備で、褐色の顔から目が離せなくなる。
 口でさせる時のように寝台に腰掛けるのを見守り、伸びてくる手に顎を掴まれて、なんだか眉が下がる。
「お前な」
 少し皮肉っぽく、片頬で笑っている顔を見上げ、言葉の続きを待つ。
「いつまでそうやって、強姦されてる面でいるつもりだ?」
 思いがけない言葉はけれど、確実に何かに刺さって、目を瞠る。答えようと口を開くが、言うべきことが決められず、言葉が出ない。
「お前がやるっつったんだろう」
「あ、ああ…」
 中身のない声が、ただ漏れる。
「"確かに言った"だっけ?」
 覚えている。覚えているが、やはり二の句は次げず、顎を掴んでいる手に、手を重ねる。緩む手指を握り、考えを纏めようと、視線を外してうろつかせ。
「………すまない、」
「ああ」
「……女に……なったことがなくて…」
 ブホッと盛大に噴き出すのが聞こえて、顔を向けられない。耳の先まで熱くなって、確かめなくても赤くなっているのが自分で判る。
 掻き上げて退けるように髪を撫でられ、目だけようやく向け。そのまま顔の向こうに手が着かれ、影が差して。近付いてくる顔が、どうするのかは解る。
 目を閉じて唇を受けるだけで、少し息が浮く。擦りつけられ、やんわりと吸われて、啄んで返す。淡く唇を開いて、その吐息をすくうように少し吸う。吐息が混じり、啄み合い、擦りつけ合う唇から、顔だけでなく全身が熱い。
 唇が離れて、身を起こすアギレオを目で追う。服を脱ぎ始めるのを見て、少し目を伏せ。そういえば、今まではいつ脱いでいたかも知らない。まだ4日目とはいえ毎晩見ている筈の身体を見つめ、脱ぎ終えてこちらを向くのに、また目を逸らす。
 先と同じようで、けれど今度はそのまま、手でなく腕を置くよう顔を寄せられ、迎えるように目を向ける。
「口開けて、舌出してみせろよ」
 言われた通りに舌を出して、羞恥心で少し目眩がする。どうしてそんなに人を辱めるのが巧みなのか、意味が分からない。
「ぁ…」
 舌に舌で触れられ、声が零れる。
「ぁ、ぅ……ン…」
 舌同士を絡ませ合い、時折角度を変えて甘く唇を噛み合い、擦りつけ合う。口の中に入ってくる舌をしゃぶって啜り、独特の重みのある柔らかさを味わう。恐れるように今度は自分から差し出せば、彼の口の中に招かれ、唇と舌で捏ねられる。
 他人の匂いだった唾液が混じって分からなくなり、口の中に溢れて飲み込むのにひどく喉が鳴る。
「は……ァ、……ふ、」
 腿に触れる掌が肌をじっくりと捏ね回しながら上がり、腰骨を丸めるように撫でられて、少し、勝手に身体が捩れる。
 舌が離れて遠退く唇が、そのまま顎を滑り首筋をなぞって降り、腰から脇腹へと上がってくる掌と近付くのが不安で、シーツを掴む。喉をしゃぶられながら胸を掴んで揉まれ、上がる息が少し苦しい。
 胸の肉を寄せるように掴んだ手指が窄まり、乳首をつまむ。妙な感じしかしないそこが、けれど、つまんで捏ねられ、指の腹で擦られ、感覚が変わっていく。手と顔が一瞬離れ。
「あっ」
 舌で濡らされ、声が出る。
 尖らせた舌先で弾くように弄られ、腰の裏が痺れる。広くした舌に舐め上げられて、背が浮き。
「ぁ、ぁ、……ふ、…ン、…ん、ぁ、」
 胸を離れて腹を撫で下りる手が、逸れるように腿の内側へ揉み込み、勝手に膝が離れてしまう。けれど足の付け根を揉まれるだけで、脚の間に届かないのがもどかしく、腰が時折浅く跳ねる。
 腿から膝にゆっくりと擦って下りる手に、片足、それから逆の膝と、大きく、あからさまに脚を開かされて、目を開いた。
 ああ、今度は犯されるのではなく抱かれるのだと、分かる。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...