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5、百年の長さ
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鋭く突き刺し貫くような濃い甘美に全身が凝り縮み、極まったところから解け崩れて、濡れる。
尻の筋肉が縮んでは開く収斂をやけにくっきりと知りながら、白く溶けて霧散していくような脳髄に、何を思うことも考えることもできず。弧を描くよう撓んだ目が覗き込んでいるのを見た。
「ん、ぁ…」
脚を持ち上げられただけで、小さく身震いが走る。
肩を起こすように横臥にされ、片足だけを高く持ち上げられて、シーツを掴みながら目を向ける。
「…ま、て…待ってくれ、…まだ……」
「待たねえよ。イッたとこに挿入れられんの、好きだろ」
「あっ、ああ…」
目の裏がチカチカと明滅する。
快楽に荒れ、絶頂に乱れて過敏なほどの柔肉を掻き分ける肉棒の熱さに、口が開いてしまう。不随意に蠢く浅ましい肉を、躾るように轢いていく勃起の太さ。
些細なひきつれを潰して均すおうとつの剛直に、かは、と捩れた息が弾む。
「ァ、ぐ、…ック、ふ、ぅゥ、――ヒッ…」
奥から引きずり戻すような亀頭のくびれが前立腺を弾き、力みがちな身がビクリと勝手に跳ね。
「…ほら、んな力入れんな。…壊しちまうぜ…」
「ぁッ、ぃぁっ、ぃうっ、あ、ぁッ、」
痺れながら悦楽を生み出す腺をひどい太さに弄られ、背を反らす。
「は、ぁ、あ、あ、ァ、――っ、」
腹の前に着かれた手に腕がぶつかり、縋るように腕を絡めて手の甲からアギレオの指に指を絡ませ。
「っ、、あ、ぁ、アギレオ、ぁ待て、ア、駄目だ、だめ、」
限界を超えて止まぬ刺激に腹の内が縮み、首を捻ってアギレオを見上げ、頭を振る。
ン?と、身を屈めて耳の傍にくちづけられ、そのまま動き続けられるのに、訴えは聞き入れられないのだと知る。
だめ、と、繰り返すのを笑う吐息に、泣きたいほどで。
「…漏れそうか。…いいぜ」
「ぃや、いやだ、だめ、だめ…」
ああ、と。絶望が息に混じって落ちる。
堪えきれず尿管を抜けていく熱さに、それでもあらぬ快感で胴震いし。
「…――馬鹿…」
肌にも沁みぬほどの量ながら、寝台を濡らしてしまって項垂れる。
「…可愛いやつだ。…何遍でも洗ってやるよ」
「それだって屈辱だ、馬鹿者…」
ククッと喉に堪えるように笑っている顔を睨み、唇を重ねられて目を伏せる。
激しいほどではなく気怠いように舌を絡ませながら、今度は腰を入れて自分の快楽を追い始めるアギレオに、胸を開く。
「は、あ、ぁ、あ、ああ、…ああ、いい、アギレオ…」
手を伸ばして褐色の頬を撫でれば、その手を包まれて身の内がとろける。
仰向けに身を戻し、脚を開いて腰を上げ、彼のやりようがよく深くまで届くよう身を委ね。浮いた腰を抱き支えられて、膝で抱き返す。
俺もだ、と囁く声が胸に甘い。
声もおぼろに吐息ばかりを弾ませ、肉の筒でしかなくなるような、それでもその奥に濡れて滲んで、身体中に満ちていく性悦に時折身を捩る。
過敏なばかりの腫れぼったい肉筒を、熱く太い芯を抱えた肉の砲身で往復されれば、擦れるたび震えるほど甘く、ペニスのおうとつが襞を掻いては重い快感にのたうち。
熱く腫れ上がった亀頭が奥へ突きつけられ、アギレオが身を強張らせるのを知って、待つ。
腹の深いところに沁みて広がる熱さに、また浅く極めた。
「――…」
総身の肌の裏に鈍く流れる甘い痺れがあふれ、それからゆっくりと引いていくのを感じながら、身を投げ出して脱力に酔い痴れる。
あちらでも息を収めながら、抜いてもいいかと問うのが聞こえて頭を振り。やれやれとわざと息をつくのを耳にしながら目を開いた。
器用に足で脚を手繰るようにして、繋がったものが離れないよう、抱き寄せながら身を横たえるアギレオに顔を向け。撫でる頬から辿って耳の先をつまんで遊ばれるのに、そちら側の片目を閉じる。
「ああそうだ、メルのとこもガキが生まれるらしいぜ」
「リーベも!? 本当か!」
メルとリーベ、狐の獣人の夫婦の名に目を開く。物静かだが何か企みのあるような微笑を思い浮かべ、思わず頬が綻んだ。いつか王都の森で見かけた子狐など思い出しては、そうか…と息をつき。
「まだ先らしいけどな。夏頃には生まれるんじゃねえかって話だ」
「…そうか…。きっと元気のいい子になるだろう」
砦も賑やかになるな、と眦を緩め、肩を竦めてもやはりどこか嬉しげなアギレオの顔を見る。
「ああ。エルフでもガキの生まれた季節でどうなるとか言うんだな」
も、というからには遠いヴァルグ族の土地でも言われるのだろうか、頷きながら褐色の頬を撫で。
「当てになるというほどではないが、やはり影響があるような気がしてしまう。お前が生まれたのはいつ頃だ?」
「俺は夏だな。他の年よりホタルブクロの盛りが遅かったって話を何度も聞かされた」
「夏なのか」
あまりにも印象に違わなくて、思わず吐息を揺らして笑ってしまう。なアに笑ってんだ、と頬を摘ままれ、痛いと笑うまま訴えて。
アギレオは元々、この国の民ではない。
大陸を横断した向こう、更に海を越えた西の大陸の北方の山地に、氏族と呼ばれるコミュニティがいくつか集まるばかりの少数民族が、ヴァルグと呼ばれている。
数も少ない上に遠いこの地で、ヴァルグ族はみな角と牙を持っているということも、知を集めるエルフですら知る者はほとんどおらず、実際に己自身も、初めてアギレオを見た時は伝承にしか聞かぬ鬼かと思ったほどだ。
いつだかアギレオが語って聞かせてくれた、夏の北山に暮らす角の生えたヴァルグ族と、ホタルブクロの季節に生まれた小さなアギレオを思い浮かべれば、頬は緩んだままで。
「そういえば年を知らないな。次の夏でいくつになる?」
問えば、うん…?と、記憶を辿るのだろう、目線が逸れて上向くのを見る。
農作業にも狩りにも、暮らしに必要なのは季節くらいで、王都の外では暦という概念がそれほど一般的ではないと聞く。果たして彼は思い出せるだろうか、と見守り。
「…さんじゅう…ご? いや、36か…? 定かじゃねえな、リーに訊きゃ判ると思うが」
思いがけない名が出てきて、瞬く。
「リーに?」
「そうそ。ずいぶん前に何かで、あいつと俺が同い年だって話になったんだ」
「リーは自分の年齢を覚えているんだな。几帳面だ」
そこで、ひょいと片眉を跳ねて面白そうにするアギレオに、首を捻り。
「リーの年はルーが、ルーの年はリーが覚えてんだそうだ。ほとんど生まれた時から一緒なんだと」
へえ…と、思わず感嘆の息をついた。
実質的な次席と呼べるだろう、灰色の髪に琥珀の瞳をした狼の獣人、リーと、同じ色の髪と瞳の女性、同じく狼の獣人であるルーは夫婦だ。
いつも寄り添っているというのでもないし、睦まじいところを見かけるというのでもないが、常に見えない何かで繋がっているような、不思議な絆がふいに見えることがある。
なるほど…、と、その印象が裏付けられたように思えて頷き。
「そうか。ああ…、そうか。では去年は誕生祝いをしそびれたな」
アギレオと出会ってほとんど丸一年が経ち、故に当然といえば当然ながら、彼の年が知らぬ間にひとつ増えているのだと気がついて、欲しいものはあるか?と問いかけてみる。
ふむ…と、思案してみる風の瞳を眺めながら、眦を緩め。
「年なんて春にみんなまとめて数えてたからなあ、欲しいモン、なあ…。エルフはどうだ? 誕生祝いの習慣があんのか」
水を向けられ、今度はこちらで思案するのに、少し唇を擦り。
「どうだろう…、個人差のあることかもしれないな。子供の頃、成人するまでは祝われていたように思うが、それ以降となると、毎年では頻繁すぎるというか…」
「毎年じゃ頻繁すぎる?」
なんだそりゃ、と片眉を跳ね上げるのに、そういえば時間感覚が違うのだと、説明する言葉を探す。
「そうだな、ええと。十年や百年の区切りなら祝うに相応しいかもしれないが、」
「百年つったか、今」
「ああ。…百年では疎かすぎるか? 十分だと思うのだが、いや、こういうところがこまめでないと言われるのかもしれないな…」
王都での知り合いや仲間達に、お前は粗雑だと言われたことが何度かあったな、と、渋く少し顎を擦る。
「いやいやいや、そこじゃねえんだよなあ」
半笑いの片頬笑いで向けられている視線に気づき、うん?と眉を上げる。
「そういやお前エルフだったな。お前は今いくつなんだよ?」
「――…よん、…ひゃく…」
待てよ?と、まさに粗雑のツケで首をひねるのに、「よんひゃく」と、隣で復唱している声が聞こえる。
「魔大戦の最後の年だったそうだから、よんひゃく…にじゅう…」
「魔大戦…」
「420から430の間のどこかだとは思う」
「よんひゃくさんじゅう」
「…レビに尋ねれば判るかもしれないな」
あン?と、今度は語尾が跳ね上がるのに、うん?と首を傾げて返し。
「なんでレビだ? お前ら王都でも別に知り合いじゃなかったって言ってなかったか」
ああ、と、疑問に合点し、今度は頷く。
そもそもレビは20かそこらだろう、とアギレオが言うのに、23の筈だ、と訂正し。
「私の年を知っているという意味ではなく、魔大戦があったのが何年前か、魔術師なら覚えているかもしれない。彼らはみな勉強家で、博識だからな」
一拍おいて、眉間を揉むアギレオに瞬く。
「…ありがとな…お前のお陰でエルフのイメージが大分むちゃくちゃになってきたぜ…」
皮肉か、と眉を寄せるが、アギレオの言う通り、自分は確かにエルフの賢人たるイメージにピッタリとは言いがたいな、とそのまま自分で眉間を揉む。
「魔大戦なあ…。もう、じいさんのじいさんっても聞かねえ、言い伝えレベルじゃねえか…?」
「400年前でか?」
「そりゃそうだろ。16でガキ作って、60で死ぬとして…」
思わぬ言葉に、衝撃が走る。
指を折っているアギレオの手を思わず掴み、その顔を見る。
「お? なんだ?」
「ヴァルグ族は、分類としては人間だろう」
ン?と、意味が分からないとでもいうよう、眉を上げて目を丸くする混色の瞳に食い入る。
「よく知ってんな。どっかの学者様がいうにはそうらしいが、あんま実感はねえっちゃねえかな」
上がる目線が、彼の頭部に生えた角を示すようグルリと動く。
頭部に一対の角、犬歯の位置に長く伸びた牙。長身と怪力。誰もがアギレオを見れば一言目には「鬼か」と言うだろう。
例え話や伝承にしか出てこぬ“鬼”なるものがいるとすれば、分類としては魔物だ。ヒトと共に暮らしたり、対話したりなどはしない。根本的に違う生き物だからだ。
だが、そこではない。
「人間の寿命というなら、100年の前後のはずだ」
あアン?と、呆れたように片眉を歪める表情に、知らず息を飲む。
「エルフのそういうとこが大雑把なんだよなあ。誰々が100まで生きたって話はいくらか聞かねえこともねえが、70だ80だ生きりゃ長生きの方だろ」
「お前は今、60と言っただろう…」
体温が、下がっていくように感じる。
「ああー、まあ、70でもいいけどよ。…おい、おいハル、」
先、アギレオは今何歳だと言ったか。35だとして、60までなら25年しかない。25年は100年の四分の一しかないという感覚が、ないのだろうか。
「ハルッ!!」
「――ッ」
己の思考に閉じ籠もるようになっていた意識を、声を張るように呼び戻され、アギレオの目を見る。首筋に当てられている掌が、やけにあたたかい。
「ハルカレンディア、」
珍しく、正しい名の方で呼ばれて瞬く。美しい混色の瞳を見ているのに、少し視界が暗い。
「大丈夫か」
「……? ああ。思い込んでいた認識と違って、少し驚いただけだ」
「ハル、」
シーツから掬い上げるように両腕で抱き締められて、少し息を抜いて目を閉じる。体勢が変わったせいで繋がっていたものが抜け出てしまって、その感触にも小さく息をこぼし。
「もういっぺんしてもいいか。誕生祝いをくれるんだろ」
なんだそんなことか、と、その声を聞けば笑ってしまう。腕を伸ばして絡めるように、恋人の頭を抱き寄せ。
「いつもしているのに、そんなことでいいのか」
「そんなことってこともねえだろ。…俺ゃ好きなんだよ」
鼻を鳴らすように言う声には何故か少し色がないように思えて、腕に抱いたまま髪を撫でる。布団を掛けないまま喋っていたから冷えたのだろうか、アギレオの胸と腕から移ってくる体温が心地良い。
「ほら、扱いて勃たせてくれ」
手を取られ、ん、と鼻でつく息に答え、互い身の間に手をやって、まだ萎えたままのペニスを握る。芯を起こすようにして手の中に揉み、熱と張りが戻り始めれば、肉と皮を混ぜて馴染ませるようにゆっくりと扱いてやる。
額にくちづけられると、勝手に頬が緩んで。
「……ん…」
忍び込むような指に、確かめでもするよう尻の穴を拡げられ、肩が薄く跳ねてしまう。
「ハル…」
「……うん…? ん、」
手を離させられ、やんわりと動かすように俯せにされ、押し潰すように背に乗られるのが心地良くて、ふふ、と笑う吐息が漏れる。
腕と脚に閉じ込めるように窮屈に押し込まれ、口が勝手に開く。
「あ、ぁ、ぁ…」
何かと思うほど緩慢なやり方で、引き伸ばすよう、一晩中、何度も頂を見せられた。
尻の筋肉が縮んでは開く収斂をやけにくっきりと知りながら、白く溶けて霧散していくような脳髄に、何を思うことも考えることもできず。弧を描くよう撓んだ目が覗き込んでいるのを見た。
「ん、ぁ…」
脚を持ち上げられただけで、小さく身震いが走る。
肩を起こすように横臥にされ、片足だけを高く持ち上げられて、シーツを掴みながら目を向ける。
「…ま、て…待ってくれ、…まだ……」
「待たねえよ。イッたとこに挿入れられんの、好きだろ」
「あっ、ああ…」
目の裏がチカチカと明滅する。
快楽に荒れ、絶頂に乱れて過敏なほどの柔肉を掻き分ける肉棒の熱さに、口が開いてしまう。不随意に蠢く浅ましい肉を、躾るように轢いていく勃起の太さ。
些細なひきつれを潰して均すおうとつの剛直に、かは、と捩れた息が弾む。
「ァ、ぐ、…ック、ふ、ぅゥ、――ヒッ…」
奥から引きずり戻すような亀頭のくびれが前立腺を弾き、力みがちな身がビクリと勝手に跳ね。
「…ほら、んな力入れんな。…壊しちまうぜ…」
「ぁッ、ぃぁっ、ぃうっ、あ、ぁッ、」
痺れながら悦楽を生み出す腺をひどい太さに弄られ、背を反らす。
「は、ぁ、あ、あ、ァ、――っ、」
腹の前に着かれた手に腕がぶつかり、縋るように腕を絡めて手の甲からアギレオの指に指を絡ませ。
「っ、、あ、ぁ、アギレオ、ぁ待て、ア、駄目だ、だめ、」
限界を超えて止まぬ刺激に腹の内が縮み、首を捻ってアギレオを見上げ、頭を振る。
ン?と、身を屈めて耳の傍にくちづけられ、そのまま動き続けられるのに、訴えは聞き入れられないのだと知る。
だめ、と、繰り返すのを笑う吐息に、泣きたいほどで。
「…漏れそうか。…いいぜ」
「ぃや、いやだ、だめ、だめ…」
ああ、と。絶望が息に混じって落ちる。
堪えきれず尿管を抜けていく熱さに、それでもあらぬ快感で胴震いし。
「…――馬鹿…」
肌にも沁みぬほどの量ながら、寝台を濡らしてしまって項垂れる。
「…可愛いやつだ。…何遍でも洗ってやるよ」
「それだって屈辱だ、馬鹿者…」
ククッと喉に堪えるように笑っている顔を睨み、唇を重ねられて目を伏せる。
激しいほどではなく気怠いように舌を絡ませながら、今度は腰を入れて自分の快楽を追い始めるアギレオに、胸を開く。
「は、あ、ぁ、あ、ああ、…ああ、いい、アギレオ…」
手を伸ばして褐色の頬を撫でれば、その手を包まれて身の内がとろける。
仰向けに身を戻し、脚を開いて腰を上げ、彼のやりようがよく深くまで届くよう身を委ね。浮いた腰を抱き支えられて、膝で抱き返す。
俺もだ、と囁く声が胸に甘い。
声もおぼろに吐息ばかりを弾ませ、肉の筒でしかなくなるような、それでもその奥に濡れて滲んで、身体中に満ちていく性悦に時折身を捩る。
過敏なばかりの腫れぼったい肉筒を、熱く太い芯を抱えた肉の砲身で往復されれば、擦れるたび震えるほど甘く、ペニスのおうとつが襞を掻いては重い快感にのたうち。
熱く腫れ上がった亀頭が奥へ突きつけられ、アギレオが身を強張らせるのを知って、待つ。
腹の深いところに沁みて広がる熱さに、また浅く極めた。
「――…」
総身の肌の裏に鈍く流れる甘い痺れがあふれ、それからゆっくりと引いていくのを感じながら、身を投げ出して脱力に酔い痴れる。
あちらでも息を収めながら、抜いてもいいかと問うのが聞こえて頭を振り。やれやれとわざと息をつくのを耳にしながら目を開いた。
器用に足で脚を手繰るようにして、繋がったものが離れないよう、抱き寄せながら身を横たえるアギレオに顔を向け。撫でる頬から辿って耳の先をつまんで遊ばれるのに、そちら側の片目を閉じる。
「ああそうだ、メルのとこもガキが生まれるらしいぜ」
「リーベも!? 本当か!」
メルとリーベ、狐の獣人の夫婦の名に目を開く。物静かだが何か企みのあるような微笑を思い浮かべ、思わず頬が綻んだ。いつか王都の森で見かけた子狐など思い出しては、そうか…と息をつき。
「まだ先らしいけどな。夏頃には生まれるんじゃねえかって話だ」
「…そうか…。きっと元気のいい子になるだろう」
砦も賑やかになるな、と眦を緩め、肩を竦めてもやはりどこか嬉しげなアギレオの顔を見る。
「ああ。エルフでもガキの生まれた季節でどうなるとか言うんだな」
も、というからには遠いヴァルグ族の土地でも言われるのだろうか、頷きながら褐色の頬を撫で。
「当てになるというほどではないが、やはり影響があるような気がしてしまう。お前が生まれたのはいつ頃だ?」
「俺は夏だな。他の年よりホタルブクロの盛りが遅かったって話を何度も聞かされた」
「夏なのか」
あまりにも印象に違わなくて、思わず吐息を揺らして笑ってしまう。なアに笑ってんだ、と頬を摘ままれ、痛いと笑うまま訴えて。
アギレオは元々、この国の民ではない。
大陸を横断した向こう、更に海を越えた西の大陸の北方の山地に、氏族と呼ばれるコミュニティがいくつか集まるばかりの少数民族が、ヴァルグと呼ばれている。
数も少ない上に遠いこの地で、ヴァルグ族はみな角と牙を持っているということも、知を集めるエルフですら知る者はほとんどおらず、実際に己自身も、初めてアギレオを見た時は伝承にしか聞かぬ鬼かと思ったほどだ。
いつだかアギレオが語って聞かせてくれた、夏の北山に暮らす角の生えたヴァルグ族と、ホタルブクロの季節に生まれた小さなアギレオを思い浮かべれば、頬は緩んだままで。
「そういえば年を知らないな。次の夏でいくつになる?」
問えば、うん…?と、記憶を辿るのだろう、目線が逸れて上向くのを見る。
農作業にも狩りにも、暮らしに必要なのは季節くらいで、王都の外では暦という概念がそれほど一般的ではないと聞く。果たして彼は思い出せるだろうか、と見守り。
「…さんじゅう…ご? いや、36か…? 定かじゃねえな、リーに訊きゃ判ると思うが」
思いがけない名が出てきて、瞬く。
「リーに?」
「そうそ。ずいぶん前に何かで、あいつと俺が同い年だって話になったんだ」
「リーは自分の年齢を覚えているんだな。几帳面だ」
そこで、ひょいと片眉を跳ねて面白そうにするアギレオに、首を捻り。
「リーの年はルーが、ルーの年はリーが覚えてんだそうだ。ほとんど生まれた時から一緒なんだと」
へえ…と、思わず感嘆の息をついた。
実質的な次席と呼べるだろう、灰色の髪に琥珀の瞳をした狼の獣人、リーと、同じ色の髪と瞳の女性、同じく狼の獣人であるルーは夫婦だ。
いつも寄り添っているというのでもないし、睦まじいところを見かけるというのでもないが、常に見えない何かで繋がっているような、不思議な絆がふいに見えることがある。
なるほど…、と、その印象が裏付けられたように思えて頷き。
「そうか。ああ…、そうか。では去年は誕生祝いをしそびれたな」
アギレオと出会ってほとんど丸一年が経ち、故に当然といえば当然ながら、彼の年が知らぬ間にひとつ増えているのだと気がついて、欲しいものはあるか?と問いかけてみる。
ふむ…と、思案してみる風の瞳を眺めながら、眦を緩め。
「年なんて春にみんなまとめて数えてたからなあ、欲しいモン、なあ…。エルフはどうだ? 誕生祝いの習慣があんのか」
水を向けられ、今度はこちらで思案するのに、少し唇を擦り。
「どうだろう…、個人差のあることかもしれないな。子供の頃、成人するまでは祝われていたように思うが、それ以降となると、毎年では頻繁すぎるというか…」
「毎年じゃ頻繁すぎる?」
なんだそりゃ、と片眉を跳ね上げるのに、そういえば時間感覚が違うのだと、説明する言葉を探す。
「そうだな、ええと。十年や百年の区切りなら祝うに相応しいかもしれないが、」
「百年つったか、今」
「ああ。…百年では疎かすぎるか? 十分だと思うのだが、いや、こういうところがこまめでないと言われるのかもしれないな…」
王都での知り合いや仲間達に、お前は粗雑だと言われたことが何度かあったな、と、渋く少し顎を擦る。
「いやいやいや、そこじゃねえんだよなあ」
半笑いの片頬笑いで向けられている視線に気づき、うん?と眉を上げる。
「そういやお前エルフだったな。お前は今いくつなんだよ?」
「――…よん、…ひゃく…」
待てよ?と、まさに粗雑のツケで首をひねるのに、「よんひゃく」と、隣で復唱している声が聞こえる。
「魔大戦の最後の年だったそうだから、よんひゃく…にじゅう…」
「魔大戦…」
「420から430の間のどこかだとは思う」
「よんひゃくさんじゅう」
「…レビに尋ねれば判るかもしれないな」
あン?と、今度は語尾が跳ね上がるのに、うん?と首を傾げて返し。
「なんでレビだ? お前ら王都でも別に知り合いじゃなかったって言ってなかったか」
ああ、と、疑問に合点し、今度は頷く。
そもそもレビは20かそこらだろう、とアギレオが言うのに、23の筈だ、と訂正し。
「私の年を知っているという意味ではなく、魔大戦があったのが何年前か、魔術師なら覚えているかもしれない。彼らはみな勉強家で、博識だからな」
一拍おいて、眉間を揉むアギレオに瞬く。
「…ありがとな…お前のお陰でエルフのイメージが大分むちゃくちゃになってきたぜ…」
皮肉か、と眉を寄せるが、アギレオの言う通り、自分は確かにエルフの賢人たるイメージにピッタリとは言いがたいな、とそのまま自分で眉間を揉む。
「魔大戦なあ…。もう、じいさんのじいさんっても聞かねえ、言い伝えレベルじゃねえか…?」
「400年前でか?」
「そりゃそうだろ。16でガキ作って、60で死ぬとして…」
思わぬ言葉に、衝撃が走る。
指を折っているアギレオの手を思わず掴み、その顔を見る。
「お? なんだ?」
「ヴァルグ族は、分類としては人間だろう」
ン?と、意味が分からないとでもいうよう、眉を上げて目を丸くする混色の瞳に食い入る。
「よく知ってんな。どっかの学者様がいうにはそうらしいが、あんま実感はねえっちゃねえかな」
上がる目線が、彼の頭部に生えた角を示すようグルリと動く。
頭部に一対の角、犬歯の位置に長く伸びた牙。長身と怪力。誰もがアギレオを見れば一言目には「鬼か」と言うだろう。
例え話や伝承にしか出てこぬ“鬼”なるものがいるとすれば、分類としては魔物だ。ヒトと共に暮らしたり、対話したりなどはしない。根本的に違う生き物だからだ。
だが、そこではない。
「人間の寿命というなら、100年の前後のはずだ」
あアン?と、呆れたように片眉を歪める表情に、知らず息を飲む。
「エルフのそういうとこが大雑把なんだよなあ。誰々が100まで生きたって話はいくらか聞かねえこともねえが、70だ80だ生きりゃ長生きの方だろ」
「お前は今、60と言っただろう…」
体温が、下がっていくように感じる。
「ああー、まあ、70でもいいけどよ。…おい、おいハル、」
先、アギレオは今何歳だと言ったか。35だとして、60までなら25年しかない。25年は100年の四分の一しかないという感覚が、ないのだろうか。
「ハルッ!!」
「――ッ」
己の思考に閉じ籠もるようになっていた意識を、声を張るように呼び戻され、アギレオの目を見る。首筋に当てられている掌が、やけにあたたかい。
「ハルカレンディア、」
珍しく、正しい名の方で呼ばれて瞬く。美しい混色の瞳を見ているのに、少し視界が暗い。
「大丈夫か」
「……? ああ。思い込んでいた認識と違って、少し驚いただけだ」
「ハル、」
シーツから掬い上げるように両腕で抱き締められて、少し息を抜いて目を閉じる。体勢が変わったせいで繋がっていたものが抜け出てしまって、その感触にも小さく息をこぼし。
「もういっぺんしてもいいか。誕生祝いをくれるんだろ」
なんだそんなことか、と、その声を聞けば笑ってしまう。腕を伸ばして絡めるように、恋人の頭を抱き寄せ。
「いつもしているのに、そんなことでいいのか」
「そんなことってこともねえだろ。…俺ゃ好きなんだよ」
鼻を鳴らすように言う声には何故か少し色がないように思えて、腕に抱いたまま髪を撫でる。布団を掛けないまま喋っていたから冷えたのだろうか、アギレオの胸と腕から移ってくる体温が心地良い。
「ほら、扱いて勃たせてくれ」
手を取られ、ん、と鼻でつく息に答え、互い身の間に手をやって、まだ萎えたままのペニスを握る。芯を起こすようにして手の中に揉み、熱と張りが戻り始めれば、肉と皮を混ぜて馴染ませるようにゆっくりと扱いてやる。
額にくちづけられると、勝手に頬が緩んで。
「……ん…」
忍び込むような指に、確かめでもするよう尻の穴を拡げられ、肩が薄く跳ねてしまう。
「ハル…」
「……うん…? ん、」
手を離させられ、やんわりと動かすように俯せにされ、押し潰すように背に乗られるのが心地良くて、ふふ、と笑う吐息が漏れる。
腕と脚に閉じ込めるように窮屈に押し込まれ、口が勝手に開く。
「あ、ぁ、ぁ…」
何かと思うほど緩慢なやり方で、引き伸ばすよう、一晩中、何度も頂を見せられた。
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彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
転移した体が前世の敵を恋してる(旧題;砂漠の砂は海へ流れ)
せりもも
BL
ユートパクス王国で革命が起きた。貴族将校エドガルドは、王への忠誠を誓い、亡命貴族となって祖国の革命政府軍と戦っていた。エイクレ要塞の包囲戦で戦死した彼は、ユートパクスに征服された島国の王子ジウの体に転生する。ジウは、革命軍のシャルワーヌ・ユベール将軍の捕虜になっていた。
同じ時間軸に転生したエドガルドは、再び、王の為に戦いを続けようと決意する。手始めに敵軍の将軍シャルワーヌを亡き者にする計略を巡らせる。しかし彼の体には、シャルワーヌに対する、ジウ王子の激しい恋心が残っていた……。
※革命軍将軍×異国の王子(亡命貴族)
※前世の受けは男前受けで、転生してからはけなげ受けだったはずが、どんどん男前に成長しています
※攻めはへたれで、当て馬は腹黒、2人ともおじさんです
※伏線、陰謀に振り回され気味。でもちゃんとB(M)Lしてます
[表紙]Leonard,ai

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