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第1章 龍王様の番

翠蘭

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「龍貴妃かぁ……」

 まぁ……私が選ばれる事なんて無いだろうから、龍宮殿ココで得られるだけの知識とお土産を持って、父様と母様がいる村に帰れたらなと、優しい両親の笑顔を思い出して胸が暖かくなる。
 金子で買われたこの身。私に自由などないのは百も承知だけど、夢見る事くらいはいいよね。

 番じゃ無いと分かると、その後私はどうなるのだろう?
 そもそも番ってどうやって決めるの? それさえも分からない。

 番い探しが終わった後は、一生この箱庭で自由もなく飼い殺しなのだろうか。
 それとも、奴隷としてどこかに売られるのだろうか?
 もう箱庭を作る必要もないんだし……私たちを龍王国に置いておく意味はないもの。……ってことはやはり奴隷!?

 嫌な考えが巡りゾクッと背筋が凍る。

「まだ起こってない先の未来に悩まない! 私ならなんでも切り抜けられる」
 
 そう自分を鼓舞し、両手で頬を軽く叩く。
 まだ龍王様に会った事も、そのお姿を拝見した事すら無いんだから。
 その先の事で悩むなんてまだ早い。

 位の高い女性から順番に龍王様に謁見していると聞いた。番候補は千人もいる、私が龍王様に会えるのは一体何年後なのか。
 二百五棟の中で一番位の高い氷水《ビンスイ》様でさえ、龍王様のお姿を遠目で見ただけだと自慢していたのを思い出す。
 だから会うなんてどれほど先になるのやら。

 

「え?! 何!?」

 大きな音と共に、いきなり部屋の扉が開き。

「メッ明々!?」

 明々が私の部屋に倒れるように入って来てたかと思うと、その場にバタリと倒れた。

「ちょっと!? 大丈夫なの?」

 床に倒れた明々をどうにか抱き上げ、ベットに寝かせる。
 
「すいら……ん。あり……がと」

 明々が瞳に涙を溜めて、申し訳なさそうに私を見つめる。

「大丈夫! それよりこれを飲んで」

 口にそっと白湯が入った茶器を近づける。

「んっふう……」

 白湯を少し飲んだ後、明々は目を閉じた。

「メイメッ!?」

 慌てて心臓の音を確認し、どくどくっと高鳴る鼓動が聞こえホッと安堵する。

「……一体、何があったって言うの?」

 明々の姿を見ると、先ほど廊下で会った姿とは全く別人となった彼女の姿に、驚きなんとも言えない感情が湧き出て、キュッと唇を噛み締める。

「うっ……」

 なんで明々がこんな目に? 
 腰まであった明々の美しい赤茶色の髪は、肩の長さまで短くなり、顔や手足には明らかに折檻されたような痛々しい傷跡が。

「……何があったのかは分からないけれど、せめて傷の痛みだけでも和らぐ事が出来れば」

 私は部屋の奥に貯めてあった薬草を取り出し、それらを調合し明々の傷口に塗っていく。

「これで少しは痛みが和らぐはず……」

 こんな時、村で培った知識が役に立って良かったと思う。
 私が生まれ育った村は、薬草を育てそれらを特殊な技法で薬を生成し、生計を立てていた。

「村での知識がこんな所で役に立つなんてね」

 そうだ! 明々が目を覚ました時に、痛み止めの飲み薬も煎じとこう。化膿止めも必要かな。
 部屋の半分を陣取っている薬草庫で必要な材料を見繕っていく。

「これらを細かくすり潰して……っと。後はこの特別なお水に混ぜるだけ」

 ちょっと苦いのは勘弁してもらおう。

★★★

「んん……。ん」

 明々が目を覚ました。
 かれこれ四時間くらいは眠っていただろうか。外を見ると、日が陰り真っ暗になっていた。

「スイラ……ン。迷惑かけてごめんね」

 眉尻を下げ申し訳無さそうに私を見る明々。

「何言ってるの! 明々はこの龍宮殿で出来た唯一の友達なんだから、迷惑なんて思ったことない。こんなのいくらでもかけてよ」
「翠蘭ったら……もう。ありがと」

 何があったか聞きたいけれど、まずは明々の為に作った薬を飲んでもらい、少し落ち着いた所で話を聞くことにしよう。

「うっ……苦いね~」
「良薬口に苦しって言葉があるでしょ?」
「何それ、初めて聞いたわよ。そんな言葉」
「はいはい。ちゃ~んと飲まないと治らないよ? ググッと飲んで」
「うえ~っぷ。飲んだよ」
「えらいえらい」

 私は明々の頭を撫でる。

「むう! 小さな子供じゃないんだからね?」
「あはは。はいはい」

 私と明々は目を見合わせて微笑み合う。

「それで? 何があったのか教えてくれる?」
「……うん」

 明々から聞いた話は、私の想像をはるかに超える内容だった。

 いくら何でも酷すぎる。

 貴族だからって何でもして良いの!?
 私達平民は、貴族達の憂さ晴らしする為のオモチャじゃない。
 龍宮殿は貴族も平民も立場は同じだと、案内してくれた龍人が言っていたのに。

 水氷様に呼び出された明々は、十人以上の女達から罵声を浴びせられ殴る蹴るの暴行を受け、それを水氷様は楽しそうに笑って見ていたのだとか。

「こんな汚い髪の毛を伸ばして、私が綺麗に切ってあげるね」
「やっ……やめて下さい!」
「平民には髪結師もついていないでしょう? 特別に私の髪結師に切るように頼んであげる」
「なっ……やめて! やめてください」

 バチンっとハサミが髪の毛を切り落とす音が聞こえると、足元に明々の髪の毛が無造作に散らばった。

 無惨に切られた毛先を見て、何とも言えない感情が込み上げてくる。

「これが髪結師の仕事だって言うの? 適当に切っただけじゃない! 明々の髪の毛はすっごく綺麗だったのに」
「翠蘭。私のために怒ってくれて ありがとう」

 明々は『もう終わった事だと、命が助かっただけ良かったと思おう』と言うけれど、私は納得がいかない。

 だって明々の髪色は、二百五棟に住む住人の中では一番煌めいて美しかった。
 陽の光を浴びると茶色が赤に近い色に見えた。きっと水氷様はそれが気に入らなかったんだと思う。

 このお屋敷内では明々の髪色が一番赤色に近かったから。

 でも他のお屋敷を見れば、もっと赤い髪色の人がいっぱい居るはず。
 だからこそ私は悔しかった。
 そんなつまらない事で、折檻される事が。

「私が綺麗にしてあげるからね」
「こんな煤汚れた髪、もう元に戻らないよ」
「大丈夫! 私は綺麗になる魔法が使えるから」

 私は墨で色を黒く染められた明々の髪を、特別な薬湯で綺麗に洗い流し、斬バラだった髪の毛を綺麗にハサミで整えていく。

「ほら完成! どう?」
 
 明々に鏡を渡して見てもらう。

「……………………っ」

 鏡を見て固まり何も離さない明々。もしかして気に入らなかった? 我ながら自信作だったんだけどな。

「あの……もしかして気に入らなかった? ……うわっぷ!?」

 明々がいきなり抱きついて来て変な声が漏れる

「最高だよ! もう、元に戻らないと思っていたのに……前よりも煌めいているみたいだよう……うっうう……あっありがと。スイレ……ふううわあああああああっ」
 明々は子供のように泣きじゃくる。これは嬉し涙だよね? 良かった、少しでも癒せる事ができて。
 泣きじゃくる明々の背中をポンポンっと落ち着かせるように優しく触れる。
 泣き疲れたのか、明々は再び眠りについた。

「さてと……私はどうしようかな」
 明々にベットを占領されちゃったし、何だかまだまだ眠れそうにない。
 窓からは煌々とした月明かりが入って来て私の頬を照らす。

「今日は月が明るいな。あの場所に言って見ようかな」

 あの場所とは、私が龍宮殿で偶然見つけた特別な場所。

 そうと決めたら、即行動。
 私は足早に部屋を出て、色取り取りの花が植えられている庭園の端まで歩き、突き当たりにある壁の小さな隙間を潜り抜けると、その奥に威風堂々と居座っている大きな木の所へと走っていく。

「へっ? 誰かいる」

 いつも誰もいない特別な場所。その木の根元で気持ちよさそうに眠っている人が。
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