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第1章 龍王様の番

龍宮殿

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「お前みたいな平民と、同じ敷地内に住んでいるとか、考えるだけで反吐が出る!」
「そうですか。ありがとうございます」

 甲高い声でキーキーと騒ぎ立てる着飾った女性を、呆れた様に見つめ返事を返す。
 その様子を取り巻きの女たちが、面白おかしく騒ぎ立てる。

 これが一ヶ月前からの私の日常。

 偉そうにする貴族の対応にも慣れてきた。我慢すれば良い。
 心の中で早く終わらないかと思いながら。
 キュッと口をつぐむ。

「なっ……偉そうに! 誰が口を開いていいと言った!」

 私の返事が気に入らなかったんだろう。手に持つ扇子を振りあげ、勢いよく私の顔を殴った。

「……ここ・・は身分なんて関係ないんですよ。入る時に言われましたよね?」

 扇子の硬い部分が口の端に当たり少し切れた。
 つい言い返してしまったが、苛立つ気持ちを押さえ、流れる血を拭いながら静かに相手の返事を待つ。

「はっ。たまたま赤褐色の髪色をしていただけで、この特別な場所に入れただけの平民が偉そうに。しかもそんな汚い赤。汚れた煉瓦にしか見えないじゃないの。私のような手入れされた美しい赤色の髪の毛こそが、選ばれた女性なの」

 そう言って茶色の髪の毛をわざとらしく手で触わって見せつけてくる。

 あなたの自慢の髪色は、赤じゃなくて茶色だと思うんですがね? っと言いたい気持ちをグッと飲み込んだ。

「ふんっ。次からは私の目に入らないようにしてちょうだい」

 そう言って満足したのか、貴族の女達は踵を翻し歩いて行った。

「今日はついてないな」

 書庫に本を借りに行っただけなのに、帰る途中二回も貴族から嫌がらせを受けるなんて。

「ハァ……。大体さ、ココが広すぎるんだよ」

 私はお大きな溜息を吐きながら、永遠に続くのではないかと思える様な華美に飾られた長い廊下を、一人トボトボと歩く。

 自分の部屋に辿り着くのにどれだけ時間がかかるのか、かれこれ三十分はこの長い長い廊下を歩いている。
 その間に貴族に絡まれたのだ。


 ここは龍宮殿リュウグウデン、またの名を【龍王様の箱庭ハーレム】。

 この龍宮殿には各国から美しい美姫達が千人も集められた。
 一月前に急遽作られた女達が集まる箱庭はこにわ
 
 何のために作ったかって?

 それは王妃となる【龍貴妃】様を見つける為

「どうして場違いな私が箱庭ここにいるのだか、はぁ。村に帰りたい」

 村にいた時は、嫌な貴族に会う事もなく平和だったのに。

 本来龍王様には龍貴妃愛する妻様がいたのだけれど、寿命で亡くなってしまったのだとか。
 龍貴妃様は同じ龍人族で寿命が長いはずなのに……。

 私たち人族の寿命は長くて八十歳前後。

 それに比べ、龍人族の寿命は一千年~一万年と桁違いに長い。同じ龍人族の中で、なぜ寿命の差があるのかと言うと、【マナ】の大きさ何だとか。

 マナが大きいと空気中に漂う魔素を体内に取り込める量が多くなり、寿命も長くなる。マナとは体内に魔素を貯めることができる容器といったところか。

 その魔素を使って、龍人族は龍術リュウジュツという不思議な力を使うのだとか。炎を出したり、雷を落としたり。

 さらには魔素を体内に取り込める量の一番多い者が龍王国の龍主りゅうしゅ様となり国を統治するのだ。これはこの国に来て初めに、教えられた龍王国について。
 他にも色々な事をこの一ヶ月で学んだ。

「あら~翠蘭スイランごきげんよう。今から部屋に戻るの?」

 私の事を翠蘭スイランと呼び、親しげに話しかけてくる彼女は、同じ【二百五棟】に住む女の子。その名も明々メイメイ
 平民で部屋が隣りなのもあってか、この龍宮殿に来て初めて仲良くなった女の子。
 ごきげんようなんて挨拶、平民の私たちからしたらなんだかむず痒い。
 でもこれは龍宮殿のキマリなのだ。誰かに会えばごきげんようと挨拶し、会釈を交わす。
 だから私も挨拶を返す。

「ごきげんよう。中央棟にある書庫で調べ物をしていたの」
「書庫のためにわざわざ中央棟まで行くなんて何が楽しいのか……私には理解できないわ」

 明々が肩を上げて呆れたように笑う。

「ふふ。書庫にはね? 知らない事を知れる楽しさがあるの」
「はいはい」

 私たちが住む棟から中央棟までは、長い廊下を一時間かけて歩かないとつかない距離。
 私には一時間かけて行くだけの価値があると思うんだけどなぁ。

「明々こそ何処に行くの?」
「私は氷水ビンスイ様に呼ばれたんで……ね。じゃっ。行ってくるわ」

 明々は氷水様と言って、少しだけ顔を顰めたあと早足で歩いていった。
 
 氷水様とは、私たちが暮らす建物【二百五棟】で一番位が高い貴族様。平民を見下しているので私は苦手だ。
 ……てか龍宮殿にいる貴族は皆、平民に対して当たりがキツイ。さっき廊下であった貴族のように。

 龍宮殿に入ったものの、全く龍王様に会えないので苛立っているのだろう。そんな貴族達の鬱憤が全て私たち平民にきている。

 龍宮殿にはいくつものお屋敷があり、私達が暮らす【二百五棟】もその中の一つ。棟の数は全部で二百五十棟もあるんだとか。そこに割り振られたそれぞれの棟に一千人の女達が住んでいる。

 中には豪華なお屋敷に一人で住んでいる方もいるんだとか。

「じゃあまたあとでね」

 明々は私に軽く手を振り歩いて行った。
 氷水様に意地悪されないことを祈る。

「ふぅ~っ。やっと帰って来れた」

 私は部屋に入るなり、ベットに倒れる様に寝そべった。
 そして片手に持っていた、書庫で借りてきた本を広げる。

「現龍王様について……か」

 現龍王【飛龍フェイロン】様は幼馴染である秀凛シュウリン様を龍貴妃に選んだ。だが秀凛様は運命のつがいではなかった。
 龍人族には運命の番、魂の伴侶がいるのだ。だがそんな存在に出会えるのは龍人族の一割にも満たない。ほとんどの人が番に出会えること無く一生を終える。

「つがい。か……」

 この国に来て初めて知った言葉【つがい】人族には番なんて存在しないから、お伽話の様。
 そんなお伽話を実現させる為に、私達はここ龍宮殿に集められたのだ。
 
 崇高な星読み師である公明コウメイ様が予言をされた。

飛龍フェイロン様の番様は、燃えるような赤い髪を持つ女性」だと。

 その予言のせいで世界中の赤髪の女性が龍王国に集められたのだ。
 赤髪は龍人族には存在しない。龍人は皆漆黒の髪色をしているから。
 だから龍宮殿に居るのは赤茶色の髪色をした人族と獣人族ばかり。赤い髪なんて中々いないから、ほとんどは赤茶色。

 龍宮殿に住む赤髪は、人族が七割で獣人族が三割といった所か。

 この龍宮殿に赤髪の娘を差し出せば、一生働かなくて良い程の金子きんすを貰えるとあって、人族は金子の亡者となり躍起になって赤髪の女性を探した。
 金子の亡者達は、私の住む小さな村にまでやって来て両親を騙し、気が付けば私は龍宮殿のこの部屋にいた。
 
「ハァ~……。やってらんないよね。一生働かなくていい金子を、私を売った奴らが手にしてるとか……どうせならその金子をお父さんやお母さんに渡したかった」

 二人とも人が良いから簡単に騙されてしまった。

 両親にその金子が入っているなら……この場所から一生出られなくても納得がいくのに。
 龍宮殿に入ってから、二度と帰れない事や金子の事を知り、悔しくて泣いた。
 なぜなら『一年の間龍王国に奉公すれば、帰って来れる』と私と両親は聞いていたのだから。私だって龍王国で知らない事が勉強出来ると、楽しみにしていたのに。

 だけど、色々と調べて分かった。お金で一生を買われた私は両親の元に戻ることなど許されないのだと。

 私はこの龍宮殿で生きていくしかない。
 なら自分が今何をすべきか。

 知識を増やし、雑草らしく生き抜いてやる。

 龍宮殿で飼い殺されて一生を終えるなんて、絶対に嫌だ。


★★★

読んで頂きありがとうございます♡
明日の6時までに、連続5話投稿します。
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