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2巻
2-3
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村では、年に一度お祭りが開催される。
そのお祭りでは、十二歳以上の子供達が手作りのお菓子を沢山作って交換するというしきたりがある。その交換した数の分だけ神様から幸せをいただけるといわれている。
私はやっと交換の出来る年齢になったので、このお祭りを楽しみにしていた。
もしかしたら村のお祭りでまた仲良くなってもらえるかも。
この時くらいはと、私は淡い期待を抱き、寝る間を惜しんで朝方まで必死にお菓子を作った。少しでも喜んでもらえるように可愛くラッピングもした。
……でも。
誰も私と交換してくれなかった。もちろん理由は……ふううっ。
作ったお菓子は一人泣きながら部屋で食べた。
こんな事になるなら魔力なんていらなかった。学園になんて入れなくても良い。
私は普通の幸せで良かったのに!
……でも今は、この小さな村では誰ひとり……両親でさえ私を普通に見てくれない。
そうだ! なら私と同じ、普通じゃない人とお友達になれば……魔法学園には私みたいな人ばかりだと聞いた。
魔法学園に行けば、私はまた普通の幸せを得る事が出来るかもしれない。
お友達とお菓子の交換をしたり、たわいもない会話をしたり。
私は魔法学園に期待した。
学園なら私にも対等な友達が出来るんじゃないかと。学園に入り友達を作る日を想像する事が、私の毎日の楽しみとなった。それだけが私の生きる希望だった。
――とうとう学園に入学する日がきた。
学園の入学式は私の想像のはるか先、想像の何倍も華やかだった。
生徒達は皆キラキラと眩しく、同じ制服を着ているのに、私とは別世界の人のように見えた。
それはもう……王子様やお姫様が絵本から出てきたのではないかと思う程に。
こんな人達を村では見たことがなかったので、緊張でずっと震えていた。
中でも同じテーブルに座る人達は、格別だった。
神々しくて眩しすぎて直視する事さえ出来なかった。
そんなにも眩しい人が、自分に向かって優しく微笑んでくれた時は、幸せで胸が苦しくて倒れるかと思った。
平民の私にまで、優しく微笑んでくれる貴族の人達がいるんだ……この学園に来てよかった。
入学式で良い思いをした私は、勘違いをしてしまった。学園は貴族も平民も平等だと。
でも現実は違った……Aクラスの中で平民は私だけ、友達になろうと話しかけても、貴族達には冷たくあしらわれる。
同じ平民のお友達を作ろうと、平民が多い下のクラスを覗くも「私達とは魔力のレベルが違うでしょう? 同じクラスでお友達を見つけたらどうですか?」と少し嫌な顔をされ、誰も相手になどしてくれなかった。
そして気が付けば貴族令嬢に呼び出され「平民がAクラスなど分不相応だ」と罵られる毎日。
学園に入ったら友達がいっぱい出来るなんて夢見ていたが……そんな夢のような話は、あるはずも無かった。学園は村よりも差別が酷かった。
悲しい。苦しい。辛い。心が痛い。
あんなにも夢見ていた場所は地獄だった。
休み時間になる度、逃げるように何処かに隠れて過ごし、授業の時間になると教室に戻るのを繰り返す日々。
私は一体何をしているんだろう。何が楽しいんだろう。
周りを見ると、仲良く友達同士で集まっている。そこに私の居場所は無い。
私だって友達が欲しい。学園に入ると出来ると思っていた友達。
私はなんのために学園に通っているんだろう。
辛い……やめたい。
だけど、両親の期待を背負って入学した私に、そんな事は許されない。
毎日貴族達の顔色を窺い、誰にも見つからない場所でお昼ご飯をヒッソリ食べる日々。
今日はその場所が偶然見つかってしまい、数人の貴族令嬢に囲まれてアレコレと罵詈雑言で罵られている。
早く終わらないかと私は耳に魔法で蓋をする。これで何も聞こえない……。もうこんな日常にも慣れた。早く終われと心を無にする。
何も反応しない私に苛立ったのか、彼女達は私の大切なお弁当を投げつけてきた。
――なんて事をするの!
今日の大切なお昼ご飯が……。あなた達からしたら、たいした物じゃないかもしれないけれど、私にとっては死活問題なのよ。ああ……大切な一食が奪われてしまった。
私は諦め目を瞑り、お弁当がぶつかるのを静かに待った。
んんっ?
だが、待てどもお弁当が一向に当たらない。
不思議に思い目を開けると、目の前に私を庇う背中があった。
何!? 意味が分からない?
私を助けてくれる人がこの学園にいるの!?
目を見開き見ると。なんと目の前の人は……入学式で笑いかけてくれた天使。
ソフィア・グレイドル様だった。
ソフィア様は目の前にいる意地悪な貴族令嬢達を追い払ってくれ、私を心配し天使の笑顔を与えてくれた。
私は幸せで泣きそうになるも、ソフィア様の汚れた制服を見て現実に引き戻される。
優しいソフィア様の制服やローブは、お弁当の中身が付いて汚れていた。
「あのっ! すみません。私のせいで大切なローブや制服が……何年かかるか分かりませんが、絶対に弁償してお返しします」
するとソフィア様は優しく微笑み、弁償はしないでいいから友達にならない? と私におっしゃった。
聞き間違いじゃないのかな?
お友達が欲しすぎる余り、都合の良い幻聴が聞こえたんじゃ?
だってなんのご褒美だろうか?
こんな私と友達になりたいだなんて!
その言葉は……私が喉から手が出る程にずっと……ずっと欲しかった言葉だった。
嬉しくて涙が止まらない。
泣いてはいけないと、必死に泣き止もうとするも目から次々に涙がこぼれ落ちる。その嬉し涙のせいで、私が友達になる事を嫌がってるなどと、勘違いさせてしまう。
誤解でソフィア様を落ち込ませてしまったが、その姿を見て本当に私なんかと友達になりたいんだと分かり、嬉しくて余計に涙が止まらなくなった。
嬉しくて涙が出るなんていつぶりだろうか。
幸せに包まれ胸が温かくなり、私はまともに話す事が出来なかった。
ずっと暗闇を歩いてきた私を優しく照らしてくれたソフィア様。
私はあなたのためならなんでも出来る。
この優しい光を失いたくない。
諦めていた友達……諦めていた楽しい学園生活……それがソフィア様という光によって照らされ、明るく楽しい未来へと煌めきだした。
こんなに幸せで良いのかな? と不安になるけれど、そんな時はソフィア様の笑顔を思い出し不安を拭い去る。
「ふふっ、明日は手作りのお菓子交換だって! ソフィア様は何が好きかな?」
そんな事を考えるだけで、私は幸福感で満たされ胸がいっぱいになるのだった。
ソフィア様、大好きです。
◇
「あーーっそうだった! 忘れてたっ」
シャルロッテと二人で長椅子に座りマフィンを食べていたら、ものすごく大事な用事を思い出し、その場を立ち上がる。
「えっ! あの……?」
そんな私の姿を見たシャルロッテが、目をまん丸に見開き驚いている。
急に立ち上がったらビックリするよね。
「ああっ! ビックリさせてごめんねっ? 私……本当はカフェテリアに行く予定だったの。それが道に迷ってココに来て……えへへ」
私は言いわけがましく説明し、恥ずかしくて鼻の頭を人差し指でぽりぽりとかいた。
そんな情けない姿をシャルロッテは眩しそうに見ている。
「ふふっ、よろしければカフェテリアまで案内しましょうか?」
「ええっ、良いの!? ありがとうシャルロッテ」
私は嬉しさの余り、シャルロッテにぎゅっと抱きついた。
「ひゃわっ!」
私が抱きついたせいでシャルロッテの様子がおかしくなった事など全く気付くはずもなく。
さらにシャルロッテの手を握り「じゃあお願いしますね」とニカッと笑い案内してもらう事に。
シャルロッテはというと、嬉しさとわけの分からない緊張で顔を真っ赤にしていた。
「シャルロッテ? どうしたの急に黙って……? 顔も赤いし……大丈夫?」
そんなシャルロッテが気になり話しかけると。
「あっあの……手がっ!? そのっ」
どうやら手を握っているのが原因みたい。
「ああっこれ? ふふっ……こうして手を繋ぐと迷子にならないし、それにコレは仲良しの印なのよ」
……って言ってもアイザック様の受け売りですがね。
「あっ……そっ、そんな印が……あるのですね。私……無知で知りませんでした」
「はい! うふふ」
「そうか……お友達の印かぁ……嬉しい。誰かと手を繋いで歩くなんて初めてですが、こんなに幸せな気持ちになるのね。ちょっと……かなりドキドキして緊張もしますが」
「え? 何か言った?」
「んんっ、いいえ、何も。さぁカフェテリアに行きましょう」
なんかシャルロッテに誤魔化されたような気もしたけれど、手を繋いで一緒にカフェテリアに行くのはとても幸せな気持ちになった。
◆
カフェテリアに着くと、二階から私を見つけたアイザック様とジーニアス様が、慌てて階段を下りてきた。
「フィア! 心配したんだよ?」
「ソフィア、何かあったのか?」
カフェテリアの一階の広間に、アイザック様とジーニアス様が下りてきたせいか……周りから注目を集める。ざわざわと私達を見ているのが分かる。
その様子に素早く気付いたのがアイザック様だった。私達に「ここは目立つので二階に行こう」と促しエスコートしてくれる。
「あのっ……それでは私はこれで」
「ええっ? なんで?」
役目は終わったと、その場から去ろうとするシャルロッテを、慌てて引き止める。
「そうだよ、君がソフィアを連れて来てくれたんだよね? お礼も言いたいし、ぜひ一緒に」
「えと……」
アイザック様は皇子スマイルで微笑み、一緒に行こうと後押ししてくれる。
さすがはアイザック様です!
そんなアイザック様に背中を押されてか、シャルロッテは頭を何度も上下させつつも、一緒に来てくれる事に。一緒にご飯が食べれるのは嬉しいな。
「……はい。……だけど本当に良いのかな? 二階は貴族しか行けないとかって誰かが言ってたような……でもソフィア様も手を離してくれないし……」
「え? シャルロッテ?」
シャルロッテの言葉が聞き取れず聞き返す。
「んん。なんでもないです」
何か言いたそうな気がしたんだけれど、シャルロッテは何も言わなかったので私はそれ以上聞かなかった。
――だけど少し不安そうな表情は気になる。
二階は一階とは違い、家具や調度品などが明らかに高級な雰囲気だ。テーブル席もゆったりとしていて、広い間隔で並べられている。
「さぁ、ここに座って」
アイザック様は奥の席に案内してくれた。
その場所は二階でも一番広く、見晴らしが良い特等席。そんな場所に案内されると、私でもちょっと緊張してドキドキしてしまう。
「はぁ……やっと落ち着いて話が出来るね」
「え? はい」
アイザック様が大きなため息を吐きソファーで項垂れる。
「ただでさえ目立つソフィアの横に、頬を赤らめポウッとした少女がいたんじゃ、目立って仕方ない。はぁ……それにしても男達の視線! ウットリとソフィアを見やがって……お前達の目を全て潰してやろうか?」
アイザック様が眉間に皺を寄せ、何やらブツブツと言っているのだけれど、小声だし口元を手で押さえているせいで、何を言っているのか全く聞き取れない。
「あの……アイザック様?」
「ああ、なんでもないよ。気にしないでくれ」
私が話しかけると、んんっと喉の調子を整えニコリと笑う。
そしてシャルロッテの方を見つめた。
「ええっと、君は確かハーメイ嬢だね。ソフィアをここまで連れてきてくれたんだよね? 改めて礼を言う。ありがとう」
「僕からも礼を言う」
そう言ってアイザック様とジーニアス様がシャルロッテに向かって軽く会釈した。
二人が私の保護者みたいなんですが……。なんだかすみません。
「いっ、いえっ! 私の方こそソフィア様に助けていただいて……」
そう言ってシャルロッテは頬を桃色に染めた。ふふ、可愛いなぁ。
そんな姿を見たアイザック様は、何かを察したのか表情が一変する。
どうしたのかな?
見つめていると、アイザック様は顔に手を当てて大きなため息を吐いた。
「……そう。はぁ……無自覚タラシめ、どれだけタラシ込む気だ?」
何かをブツブツと独り言を言っていたみたいだけれど、私には聞こえなかった。
「二人とも、お腹が減っているだろ? 奢るから好きなものを選んで」
私達のやり取りを静かに見ていたジーニアス様が、メニュー表を私とシャルロッテに見せる。
メニューには美味しそうな料理が写真付きで載っていて、もう来るのは三回目だというのに何を食べるか悩んでしまう。
「はいっ! マフィンしか食べてないのでお腹ペコペコですわ」
私はお腹が減ったと返事をすると。
「僕がご馳走するから、好きな物を食べてね?」
アイザック様までが、ご馳走するからなんでも食べてと私達に微笑む。
……だけれど、その表情は少し焦っているようにも思える。
どうしたのかな? っと不思議そうにアイザック様を見ると。
「ソフィア……マフィンって……その、僕に作ってくれるって言っていたマフィンじゃ……?」
アイザック様がジト目で見ながらマフィンの事を聞いてきた。
「あっ……ごっ 、ごめんなさいっ! アイザック様とジーニアス様の分をさっき食べちゃいました。明日必ず持ってきますから」
本当に申しわけありません。一緒に食べるつもりだったんですが……
「すみません! まさかお二人に渡す予定のマフィンだとは知らず……ソフィア様はお昼に食べる物がない私のために、マフィンを分けて下さったのです! すみません」
そう言って頭を下げるシャルロッテ。
そんな姿を見たら、なんの文句も言えないだろう。
アイザック様はにこりと微笑むしか出来ない様子だ。
「ハーメイ嬢、頭を上げてくれ。ソフィア? 明日を楽しみにしてるね」
アイザック様が私の頬に触れ、ものすごく近い距離で微笑む。この距離はさすがに緊張します。
「……は、はい」
そんな私たちの間にジーニアス様が割って入ると、「食べたいものは決まった?」と聞いてきた。
ジーニアス様、ナイスタイミングです。
変に緊張しちゃってて、変にドキドキしてたので助かりました。
「……ったくタイミングの悪い」
「んん? アイザック何か言ったか?」
「別に」
二人が会話している間も、シャルロッテがメニュー表とお見合いしたまま動かない。
待てどもシャルロッテは緊張している様子で何も頼まないので、ジーニアス様が気を利かしてオススメを注文してくれた。
数分もすると、テーブルに美味しそうな料理が並べられていく。
それを見たシャルロッテは瞳を輝かせ興奮する。
「わぁっ……なんて綺麗なお料理! どれも美味しそうですっ」
並べられた料理をウットリと見つめるシャルロッテ。
「ははっ、ハーメイ嬢、落ち着いて? 料理は逃げないよ」
その姿を見たジーニアス様が必死に笑いを堪えながら、話しかけた。
「はっ! ししっ、失礼しましたっ」
その一連の動作を見た私は「ふふっ……シャルロッテ? その気持ち分かりますわっ! でも食べすぎは注意ですよ?」っと得意げに話す。
「ははっ、なんだそれっ!」
「なんで笑いますの?」
私はアイザック様に馬鹿にされたと思い口を膨らます。
「くくっ、フィアは本当可愛いな」
アイザック様が私の頭を優しく撫でる。
「むぅ……子供扱いして……」
「ふふふ」
そんな私達の様子を見て、やっとシャルロッテの緊張が緩み笑顔が戻った。
――そんな時、楽しい時間に水を差すような言葉が耳に入ってきた。
「はぁ……二階は貴族専用ですのに? 平民が交ざって楽しそうにしていますわね」
「本当ですわね? 二階は貴族しか上がれないのに下賎な平民が交ざってますわね」
私達にワザと聞こえるように嫌味を言う令嬢達の声が二階ホールに響く。
何? なんなの?
声の主は大声で平民はこの場所には来るなと……まるでシャルロッテに対して聞こえるように言ってない?
横に座るシャルロッテを見たら、俯いて今にも泣きそうな顔をしている。
……さっきまで幸せそうに笑っていたのに。
私が無理矢理二階に連れて来たせいで、こんな顔させてしまうなんて、本当ゴメンね。
一体どんな奴が文句言ってるのよ? 許さないんだから。
私が座っている席からは、周りの様子が全く見えないので、立ち上がり文句を言ってやろうとしたら……
アイザック様とジーニアス様が先に立ち上がり、手で大人しく座っていろと合図される。
むう……私だって言いたい事いっぱいあるのに。
我慢したんだから、コテンパンに頼みますよ?
様子を黙って見ていたシャルロッテが心配そうに私を見つめるので、手をギュッと握りしめ大丈夫だよと笑った。
そのお祭りでは、十二歳以上の子供達が手作りのお菓子を沢山作って交換するというしきたりがある。その交換した数の分だけ神様から幸せをいただけるといわれている。
私はやっと交換の出来る年齢になったので、このお祭りを楽しみにしていた。
もしかしたら村のお祭りでまた仲良くなってもらえるかも。
この時くらいはと、私は淡い期待を抱き、寝る間を惜しんで朝方まで必死にお菓子を作った。少しでも喜んでもらえるように可愛くラッピングもした。
……でも。
誰も私と交換してくれなかった。もちろん理由は……ふううっ。
作ったお菓子は一人泣きながら部屋で食べた。
こんな事になるなら魔力なんていらなかった。学園になんて入れなくても良い。
私は普通の幸せで良かったのに!
……でも今は、この小さな村では誰ひとり……両親でさえ私を普通に見てくれない。
そうだ! なら私と同じ、普通じゃない人とお友達になれば……魔法学園には私みたいな人ばかりだと聞いた。
魔法学園に行けば、私はまた普通の幸せを得る事が出来るかもしれない。
お友達とお菓子の交換をしたり、たわいもない会話をしたり。
私は魔法学園に期待した。
学園なら私にも対等な友達が出来るんじゃないかと。学園に入り友達を作る日を想像する事が、私の毎日の楽しみとなった。それだけが私の生きる希望だった。
――とうとう学園に入学する日がきた。
学園の入学式は私の想像のはるか先、想像の何倍も華やかだった。
生徒達は皆キラキラと眩しく、同じ制服を着ているのに、私とは別世界の人のように見えた。
それはもう……王子様やお姫様が絵本から出てきたのではないかと思う程に。
こんな人達を村では見たことがなかったので、緊張でずっと震えていた。
中でも同じテーブルに座る人達は、格別だった。
神々しくて眩しすぎて直視する事さえ出来なかった。
そんなにも眩しい人が、自分に向かって優しく微笑んでくれた時は、幸せで胸が苦しくて倒れるかと思った。
平民の私にまで、優しく微笑んでくれる貴族の人達がいるんだ……この学園に来てよかった。
入学式で良い思いをした私は、勘違いをしてしまった。学園は貴族も平民も平等だと。
でも現実は違った……Aクラスの中で平民は私だけ、友達になろうと話しかけても、貴族達には冷たくあしらわれる。
同じ平民のお友達を作ろうと、平民が多い下のクラスを覗くも「私達とは魔力のレベルが違うでしょう? 同じクラスでお友達を見つけたらどうですか?」と少し嫌な顔をされ、誰も相手になどしてくれなかった。
そして気が付けば貴族令嬢に呼び出され「平民がAクラスなど分不相応だ」と罵られる毎日。
学園に入ったら友達がいっぱい出来るなんて夢見ていたが……そんな夢のような話は、あるはずも無かった。学園は村よりも差別が酷かった。
悲しい。苦しい。辛い。心が痛い。
あんなにも夢見ていた場所は地獄だった。
休み時間になる度、逃げるように何処かに隠れて過ごし、授業の時間になると教室に戻るのを繰り返す日々。
私は一体何をしているんだろう。何が楽しいんだろう。
周りを見ると、仲良く友達同士で集まっている。そこに私の居場所は無い。
私だって友達が欲しい。学園に入ると出来ると思っていた友達。
私はなんのために学園に通っているんだろう。
辛い……やめたい。
だけど、両親の期待を背負って入学した私に、そんな事は許されない。
毎日貴族達の顔色を窺い、誰にも見つからない場所でお昼ご飯をヒッソリ食べる日々。
今日はその場所が偶然見つかってしまい、数人の貴族令嬢に囲まれてアレコレと罵詈雑言で罵られている。
早く終わらないかと私は耳に魔法で蓋をする。これで何も聞こえない……。もうこんな日常にも慣れた。早く終われと心を無にする。
何も反応しない私に苛立ったのか、彼女達は私の大切なお弁当を投げつけてきた。
――なんて事をするの!
今日の大切なお昼ご飯が……。あなた達からしたら、たいした物じゃないかもしれないけれど、私にとっては死活問題なのよ。ああ……大切な一食が奪われてしまった。
私は諦め目を瞑り、お弁当がぶつかるのを静かに待った。
んんっ?
だが、待てどもお弁当が一向に当たらない。
不思議に思い目を開けると、目の前に私を庇う背中があった。
何!? 意味が分からない?
私を助けてくれる人がこの学園にいるの!?
目を見開き見ると。なんと目の前の人は……入学式で笑いかけてくれた天使。
ソフィア・グレイドル様だった。
ソフィア様は目の前にいる意地悪な貴族令嬢達を追い払ってくれ、私を心配し天使の笑顔を与えてくれた。
私は幸せで泣きそうになるも、ソフィア様の汚れた制服を見て現実に引き戻される。
優しいソフィア様の制服やローブは、お弁当の中身が付いて汚れていた。
「あのっ! すみません。私のせいで大切なローブや制服が……何年かかるか分かりませんが、絶対に弁償してお返しします」
するとソフィア様は優しく微笑み、弁償はしないでいいから友達にならない? と私におっしゃった。
聞き間違いじゃないのかな?
お友達が欲しすぎる余り、都合の良い幻聴が聞こえたんじゃ?
だってなんのご褒美だろうか?
こんな私と友達になりたいだなんて!
その言葉は……私が喉から手が出る程にずっと……ずっと欲しかった言葉だった。
嬉しくて涙が止まらない。
泣いてはいけないと、必死に泣き止もうとするも目から次々に涙がこぼれ落ちる。その嬉し涙のせいで、私が友達になる事を嫌がってるなどと、勘違いさせてしまう。
誤解でソフィア様を落ち込ませてしまったが、その姿を見て本当に私なんかと友達になりたいんだと分かり、嬉しくて余計に涙が止まらなくなった。
嬉しくて涙が出るなんていつぶりだろうか。
幸せに包まれ胸が温かくなり、私はまともに話す事が出来なかった。
ずっと暗闇を歩いてきた私を優しく照らしてくれたソフィア様。
私はあなたのためならなんでも出来る。
この優しい光を失いたくない。
諦めていた友達……諦めていた楽しい学園生活……それがソフィア様という光によって照らされ、明るく楽しい未来へと煌めきだした。
こんなに幸せで良いのかな? と不安になるけれど、そんな時はソフィア様の笑顔を思い出し不安を拭い去る。
「ふふっ、明日は手作りのお菓子交換だって! ソフィア様は何が好きかな?」
そんな事を考えるだけで、私は幸福感で満たされ胸がいっぱいになるのだった。
ソフィア様、大好きです。
◇
「あーーっそうだった! 忘れてたっ」
シャルロッテと二人で長椅子に座りマフィンを食べていたら、ものすごく大事な用事を思い出し、その場を立ち上がる。
「えっ! あの……?」
そんな私の姿を見たシャルロッテが、目をまん丸に見開き驚いている。
急に立ち上がったらビックリするよね。
「ああっ! ビックリさせてごめんねっ? 私……本当はカフェテリアに行く予定だったの。それが道に迷ってココに来て……えへへ」
私は言いわけがましく説明し、恥ずかしくて鼻の頭を人差し指でぽりぽりとかいた。
そんな情けない姿をシャルロッテは眩しそうに見ている。
「ふふっ、よろしければカフェテリアまで案内しましょうか?」
「ええっ、良いの!? ありがとうシャルロッテ」
私は嬉しさの余り、シャルロッテにぎゅっと抱きついた。
「ひゃわっ!」
私が抱きついたせいでシャルロッテの様子がおかしくなった事など全く気付くはずもなく。
さらにシャルロッテの手を握り「じゃあお願いしますね」とニカッと笑い案内してもらう事に。
シャルロッテはというと、嬉しさとわけの分からない緊張で顔を真っ赤にしていた。
「シャルロッテ? どうしたの急に黙って……? 顔も赤いし……大丈夫?」
そんなシャルロッテが気になり話しかけると。
「あっあの……手がっ!? そのっ」
どうやら手を握っているのが原因みたい。
「ああっこれ? ふふっ……こうして手を繋ぐと迷子にならないし、それにコレは仲良しの印なのよ」
……って言ってもアイザック様の受け売りですがね。
「あっ……そっ、そんな印が……あるのですね。私……無知で知りませんでした」
「はい! うふふ」
「そうか……お友達の印かぁ……嬉しい。誰かと手を繋いで歩くなんて初めてですが、こんなに幸せな気持ちになるのね。ちょっと……かなりドキドキして緊張もしますが」
「え? 何か言った?」
「んんっ、いいえ、何も。さぁカフェテリアに行きましょう」
なんかシャルロッテに誤魔化されたような気もしたけれど、手を繋いで一緒にカフェテリアに行くのはとても幸せな気持ちになった。
◆
カフェテリアに着くと、二階から私を見つけたアイザック様とジーニアス様が、慌てて階段を下りてきた。
「フィア! 心配したんだよ?」
「ソフィア、何かあったのか?」
カフェテリアの一階の広間に、アイザック様とジーニアス様が下りてきたせいか……周りから注目を集める。ざわざわと私達を見ているのが分かる。
その様子に素早く気付いたのがアイザック様だった。私達に「ここは目立つので二階に行こう」と促しエスコートしてくれる。
「あのっ……それでは私はこれで」
「ええっ? なんで?」
役目は終わったと、その場から去ろうとするシャルロッテを、慌てて引き止める。
「そうだよ、君がソフィアを連れて来てくれたんだよね? お礼も言いたいし、ぜひ一緒に」
「えと……」
アイザック様は皇子スマイルで微笑み、一緒に行こうと後押ししてくれる。
さすがはアイザック様です!
そんなアイザック様に背中を押されてか、シャルロッテは頭を何度も上下させつつも、一緒に来てくれる事に。一緒にご飯が食べれるのは嬉しいな。
「……はい。……だけど本当に良いのかな? 二階は貴族しか行けないとかって誰かが言ってたような……でもソフィア様も手を離してくれないし……」
「え? シャルロッテ?」
シャルロッテの言葉が聞き取れず聞き返す。
「んん。なんでもないです」
何か言いたそうな気がしたんだけれど、シャルロッテは何も言わなかったので私はそれ以上聞かなかった。
――だけど少し不安そうな表情は気になる。
二階は一階とは違い、家具や調度品などが明らかに高級な雰囲気だ。テーブル席もゆったりとしていて、広い間隔で並べられている。
「さぁ、ここに座って」
アイザック様は奥の席に案内してくれた。
その場所は二階でも一番広く、見晴らしが良い特等席。そんな場所に案内されると、私でもちょっと緊張してドキドキしてしまう。
「はぁ……やっと落ち着いて話が出来るね」
「え? はい」
アイザック様が大きなため息を吐きソファーで項垂れる。
「ただでさえ目立つソフィアの横に、頬を赤らめポウッとした少女がいたんじゃ、目立って仕方ない。はぁ……それにしても男達の視線! ウットリとソフィアを見やがって……お前達の目を全て潰してやろうか?」
アイザック様が眉間に皺を寄せ、何やらブツブツと言っているのだけれど、小声だし口元を手で押さえているせいで、何を言っているのか全く聞き取れない。
「あの……アイザック様?」
「ああ、なんでもないよ。気にしないでくれ」
私が話しかけると、んんっと喉の調子を整えニコリと笑う。
そしてシャルロッテの方を見つめた。
「ええっと、君は確かハーメイ嬢だね。ソフィアをここまで連れてきてくれたんだよね? 改めて礼を言う。ありがとう」
「僕からも礼を言う」
そう言ってアイザック様とジーニアス様がシャルロッテに向かって軽く会釈した。
二人が私の保護者みたいなんですが……。なんだかすみません。
「いっ、いえっ! 私の方こそソフィア様に助けていただいて……」
そう言ってシャルロッテは頬を桃色に染めた。ふふ、可愛いなぁ。
そんな姿を見たアイザック様は、何かを察したのか表情が一変する。
どうしたのかな?
見つめていると、アイザック様は顔に手を当てて大きなため息を吐いた。
「……そう。はぁ……無自覚タラシめ、どれだけタラシ込む気だ?」
何かをブツブツと独り言を言っていたみたいだけれど、私には聞こえなかった。
「二人とも、お腹が減っているだろ? 奢るから好きなものを選んで」
私達のやり取りを静かに見ていたジーニアス様が、メニュー表を私とシャルロッテに見せる。
メニューには美味しそうな料理が写真付きで載っていて、もう来るのは三回目だというのに何を食べるか悩んでしまう。
「はいっ! マフィンしか食べてないのでお腹ペコペコですわ」
私はお腹が減ったと返事をすると。
「僕がご馳走するから、好きな物を食べてね?」
アイザック様までが、ご馳走するからなんでも食べてと私達に微笑む。
……だけれど、その表情は少し焦っているようにも思える。
どうしたのかな? っと不思議そうにアイザック様を見ると。
「ソフィア……マフィンって……その、僕に作ってくれるって言っていたマフィンじゃ……?」
アイザック様がジト目で見ながらマフィンの事を聞いてきた。
「あっ……ごっ 、ごめんなさいっ! アイザック様とジーニアス様の分をさっき食べちゃいました。明日必ず持ってきますから」
本当に申しわけありません。一緒に食べるつもりだったんですが……
「すみません! まさかお二人に渡す予定のマフィンだとは知らず……ソフィア様はお昼に食べる物がない私のために、マフィンを分けて下さったのです! すみません」
そう言って頭を下げるシャルロッテ。
そんな姿を見たら、なんの文句も言えないだろう。
アイザック様はにこりと微笑むしか出来ない様子だ。
「ハーメイ嬢、頭を上げてくれ。ソフィア? 明日を楽しみにしてるね」
アイザック様が私の頬に触れ、ものすごく近い距離で微笑む。この距離はさすがに緊張します。
「……は、はい」
そんな私たちの間にジーニアス様が割って入ると、「食べたいものは決まった?」と聞いてきた。
ジーニアス様、ナイスタイミングです。
変に緊張しちゃってて、変にドキドキしてたので助かりました。
「……ったくタイミングの悪い」
「んん? アイザック何か言ったか?」
「別に」
二人が会話している間も、シャルロッテがメニュー表とお見合いしたまま動かない。
待てどもシャルロッテは緊張している様子で何も頼まないので、ジーニアス様が気を利かしてオススメを注文してくれた。
数分もすると、テーブルに美味しそうな料理が並べられていく。
それを見たシャルロッテは瞳を輝かせ興奮する。
「わぁっ……なんて綺麗なお料理! どれも美味しそうですっ」
並べられた料理をウットリと見つめるシャルロッテ。
「ははっ、ハーメイ嬢、落ち着いて? 料理は逃げないよ」
その姿を見たジーニアス様が必死に笑いを堪えながら、話しかけた。
「はっ! ししっ、失礼しましたっ」
その一連の動作を見た私は「ふふっ……シャルロッテ? その気持ち分かりますわっ! でも食べすぎは注意ですよ?」っと得意げに話す。
「ははっ、なんだそれっ!」
「なんで笑いますの?」
私はアイザック様に馬鹿にされたと思い口を膨らます。
「くくっ、フィアは本当可愛いな」
アイザック様が私の頭を優しく撫でる。
「むぅ……子供扱いして……」
「ふふふ」
そんな私達の様子を見て、やっとシャルロッテの緊張が緩み笑顔が戻った。
――そんな時、楽しい時間に水を差すような言葉が耳に入ってきた。
「はぁ……二階は貴族専用ですのに? 平民が交ざって楽しそうにしていますわね」
「本当ですわね? 二階は貴族しか上がれないのに下賎な平民が交ざってますわね」
私達にワザと聞こえるように嫌味を言う令嬢達の声が二階ホールに響く。
何? なんなの?
声の主は大声で平民はこの場所には来るなと……まるでシャルロッテに対して聞こえるように言ってない?
横に座るシャルロッテを見たら、俯いて今にも泣きそうな顔をしている。
……さっきまで幸せそうに笑っていたのに。
私が無理矢理二階に連れて来たせいで、こんな顔させてしまうなんて、本当ゴメンね。
一体どんな奴が文句言ってるのよ? 許さないんだから。
私が座っている席からは、周りの様子が全く見えないので、立ち上がり文句を言ってやろうとしたら……
アイザック様とジーニアス様が先に立ち上がり、手で大人しく座っていろと合図される。
むう……私だって言いたい事いっぱいあるのに。
我慢したんだから、コテンパンに頼みますよ?
様子を黙って見ていたシャルロッテが心配そうに私を見つめるので、手をギュッと握りしめ大丈夫だよと笑った。
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