死になおり ― 脳出血とICUの少女 ―

TEKKON

文字の大きさ
上 下
9 / 14

第八話 呪いの言葉

しおりを挟む
 リハビリは一歩一歩着実に進み、流動食では無い普通のご飯を食べ、1日の終わりには少女との雑談を楽しむ。

 確実に状況は良くなっている筈なのに、それに同時に俺の奥底にあるとある言葉が、少しずつ俺を蝕んでいった。

 それは、俺が脳出血で倒れた時、意識を失う寸前に不意に出てきた独り言。

「これで終わりかな…… それでもいいかな」

 たったこれだけの言葉。
 しかし、この言葉は非常に重く俺の心にのし掛かる。


 ――いわば“呪いの言葉”だ

 
 俺はこの瞬間、死ぬ事を甘受したのだ。
 そして、この言葉に安堵したからこそ、その直後に意識を失ったのではないか。

 死ぬのは怖い。それは当然だ。
 なら、なぜ死ぬのが怖いのか。

 その答えは人それぞれだが、俺はどうやって死ぬかわからない事が、大きなウエイトになっている。

 苦しみながら死ぬかもしれない。
 死にたくないと思いながら死ぬかもしれない。
 この世に絶望しながら死ぬかもしれない。

 考えたらキリがない。

 なら、今回のケースはどうだろう。

 痛みは一切無く、あるのは意識の混濁だけ。
 病気等による死が迫ってくる恐怖もなく、自殺による後ろめたさも無い。

 いきなり過ぎてお別れが出来ないのが心残りではあるけれど、意識の混濁でそこまで気が回らない。

 つまり、あれは理想的な死に方だった。
 だからこそ俺は自らの死を甘受した。
 そうとしか思えないのだ。

…………

 しかし、俺は生き残ってしまった。
 一旦手放した“生“が戻ってきてしまった。
 しかも障害者というオマケ付きだ。

 果たしてこれは幸せな事なのだろうか。
 これからの人生がどうなるかわからないが、”障害者”として生きるのは大きなハンデだ。

 歩けるかどうかが一番大きな事だが、それ以外にも不安な事はたくさんある。

 実家に戻る事になるかもしれない。
 大好きな車を運転出来なくなるかもしれない。
 創作趣味も出来なくなるかもしれない。
 仕事が出来なくなり家族に迷惑をかけながら、生きる事になるかもしれない。

 今の俺には明るい未来は見えてこない。

 病院でのリハビリ生活が絶え間なく現実を突きつけてくる。
 そして、その分あの“呪いの言葉”が俺の心に重くのしかかる。


――もしかしたら俺は、あの時に一度死んでいるのかもしれない。


 俺は泥沼に陥ってしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

処理中です...