思い出と少女は水槽の中で眠る

TEKKON

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第五話

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「おじさんも降りよっ。風が気持ち良いよ」


 砂浜のある海に到着すると、ほのかは車から降りて僕を誘った。

「ま、いいか」

 他の人の目が気になり少し躊躇もしたが、夕暮れだし大丈夫だろうと僕も車を降りる。
 砂浜の上ではしゃいでいるほのかはとても楽しそうに笑う。

「ほのかは海が好きなんだ」

「うんっ!」

……!?

 その時、この雰囲気にデジャブを感じた。僕は知っている、憶えている。

……

 しばらくして僕は理解した。

「……そっか」

 この雰囲気は由奈といた水族館だ。あの日と同じなんだ。
 僕の心は17年前に戻されていた。しかし、同時に違いも感していた、

 水族館が大好きな由奈。そして海が大好きなほのか。

 なるほど、そういう事なんだな。僕はようやく実感出来た気がする。二人は全く違う人なんだと。
 目をつぶり由奈への言葉を呟いた後、そのままほのかに声をかける。

「ほのかは外の方が似合ってるよ」

「そうかな? ふふっ」

 それを聞いて嬉しそうな表情を見せる。まるで初めて褒められたかのようだ。

……

 その後、ほのかは笑いながら、しかし緊張した趣で僕の目をじっと見つめながら問いかける。

「ねぇ。また私と会わない? おじさんの後輩さんになってあげる」

「ほのか……」

 予想外の言葉に驚いた。

「ありがとう。しかしそれは違うんだよ」

 僕は話を続ける.

「僕達は特に共通の話題も無いし、お互いの為にもならないと思う。歳の差ってそういう事だから」

「……」

「それにほのかは由奈じゃない。自分をもっと大切にした方が良い。ほのかはほのかのままでいいんだよ」

 そこまで聞いてほのかは目をそらし、下を向きながら呟いた。

「そっか。おじさん面倒くさいね」


……
………

 その後、彼女を店の前に送る事になった。段々共通の話題も無くなり無口の時間が増えてくる。歳の差もあるがお互いの住んでる世界が違うのだ。

 これは途中からわかってた事。だからこういう終わり方になっても仕方のない事だと。

「……」

 しかし、僕は運転しながら悩んでいた。このままほのかを降ろして良いのかと。

「……」

 悩んだ末に僕はほのかに諭した。

「君のような子はこんな店にいてはいけない。僕は出会い喫茶の事を水族館と言ったけど、正確には魚の”生け簀”なんだ」

「……」

「水槽の中で泳いでいる魚を見ながら、どれが美味しそうか吟味している男達がいる。お店もその為に存在しているんだ」

「……」

「それに、普通に生きていたら『10万でどう?』とか言われる事は無い。その若さで大人の欲望や汚い部分を、正面から受け続けるのはおかしい事なんだ」

「……」

「僕も大人の男だからわかる。近い内に大変な事になるから、すぐに普通の世界に戻るんだ」

「……」

「あの店はほのかのいるべき所ではない。ふさわしい場所は他に沢山あるから、ほのか自身で見つけて欲しい」

「……」

「これだけは覚えておいてほしい。ほのかはどこにでも行けるんだよ」

「……」

 そこまで僕の言葉を聞いていたほのかはこう返した。

「おじさんの言ってる事はわかる。でも、私はその話を聞く事は出来ない。だってさ、おじさんは私を買ったんだよ!?」

「……」

「女を買って後から説教垂れるなんて、オヤジじゃん!」

「……」

 僕は目をそらした。ほのかの言うとおりだ。ほのかにお小遣いを渡した時点で何を言う事も出来なかったんだ。

 無言のまま終着点に向かっていくが、別れ際に僕はメアドを書いたメモを渡す。

「友達にはなれないけど、ほのかの力にはなれるつもりだ。僕は由奈ではなく、由奈の変わりでもなく、目の前にいるほのかの力になりたい。だから何かあったらメールして欲しい」

「……」

 彼女はジッとそのメモを見る。
 そして数秒後、何も言わずメモを受け取った。

「……おじさんこそもうあのお店に来ない方が良いよ。だって、おじさん良い人なんだから」

「……」

「でも、ありがとう。おじさんの言葉、嬉しかったよ」

「ほのか……」

「私、ほのかじゃなくて渚だから」

 ほのかはその言葉を最後に車を降り、出会い喫茶のある建物に入っていった。その光景を見て胸を締め付けながらも、僕は車を発進させる。

 もう僕に出来る事は無いのだから。


……
………
 
 その後、僕はお店に行く事は無かった。彼女にあんな事言われたら行けない。行ってはいけないと思った。


 僕はこうしてあの歪な水族館に別れを告げた。彼女を水槽に残したまま。

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