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第六話 2年前の約束
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「まいったな……」
と、フラフラしながらもゆっくりと横になる。
この感覚は良く知っている。持病である耳からくるめまいだ。
幸い命の心配は無い。
それにしても、ここまで酷いのは久しぶりだ。この前の3週間の一人暮らしや、その後のドタバタで疲労が溜まっていたのだろうか。
そういえばアルナは…… と思った時、急いで寝室から枕を持って来たのが見えた。
「聡一郎さん大丈夫ですか? 枕入れるので、頭を動かしますね」
そう言いながら、頭の向きや位置を気にしつつゆっくりと枕の上に頭を乗せてくれる。
「吐き気は無いですね? 半身の痺れや違和感はありませんね?」
「うん。大丈夫」
「もう少しそのままでいてください。落ち着いたらベッドで少し休みましょう」
「ありがとう」
最初こそ猛烈な回転性のめまいがあったが、ようやく落ち着いてきた。
もう少ししたら、杖を使えば立って歩く事も出来るだろう。
「……それにしても」
「はい?」
僕はアルナの適切な対応に驚いていた。
アルナは生活サポートアンドロイドで介護用や医療用では無い。
緊急用の対応や応急処置のプログラムは当然コアに入っているとはいえ、ここまで適切に出来るとは思わなかった。
「とても適切な処置で正直驚いたよ。てっきりもっと慌てるかと思ってた。やっぱりアルナは凄いんだな」
そう言うと、アルナは少し驚いたような顔を見せて、目をそらしながら言った。
「それは当然ですよ…… 2年前の冬、あの日の事は忘れません」
「2年前の…… 冬?」
「はい。 ……聡一郎さんはお忘れになりましたか?」
アルナは少し悲しそうな表情を見せる。
「あっ……」
僕はその言葉と表情を見て、2年前の事を思い出していた。
あの時は今回よりも症状が重くて嘔吐もしたし、それを初めて見たアルナは 『聡一郎さん! 聡一郎さん……!!』 とパニックを起こして救急車を読んだんだよな。
念のためいくつか検査は行ったものの、原因はおそらく耳だろうとの事で、結局点滴を打ってすぐ家に帰った訳だが、その後が大変だったんだっけ。
僕はその時の会話を思い出していた。
…
……
………
* * *
「聡一郎さん、本当にごめんなさい……!」
「いや、そこまで謝らなくったっていいんだよ」
「でもっ、私が目を離してしまって対応が遅れてしまったし、もし一刻を争う状況だったら……」
「よく聞いてくれ。アルナは介護用でも医療用でも無いんだよ?」
「……」
「アルナは即座に救急に連絡して、念のため病院に当日の僕の生活データを提出した。それで十分やるべき事はやっているんだ」
「でも、私は聡一郎さんが亡くなったらと思うと……」
「アルナ……」
僕は、良い機会だからこれからの事について、しっかり話しておこうと思った。
「うん。僕は一度倒れているから、次もあるかもしれないし、それによって死ぬかもしれない」
「……」
「そして、僕は最後までアルナといたいと思っているから、その瞬間に立ち会う可能性は低くないと思う」
アルナはそれを聞いて表情を曇らせるが、かまわず話を続ける。
「でも、それは僕が選んだ事だから、万が一があっても自分自身を責めないで欲しい」
「……それは”マスターオーダー”でしょうか」
「いや、そこまで強制力のあるモノでもないよ。いわば、これはお願いかな?」
「お願い、ですが?」
「うん。僕からのお願い」
それを聞いてアルナは少し困ったような顔を見せる。
きっと良い答えが見つからないのだろう。少しして僕に問いかけてきた。
「では、その時に私はどうしたらいいんでしょうか……」
「んー。そうだな……」
予想外の質問に少し戸惑ったが、すぐに答えは見つかった。
「そうだ。僕とのそれまでを思い出して欲しい」
「……思い出す、ですか?」
アルナは素っ頓狂な声を出した。意外な言葉だったのだろう。
「うん。たとえ僕が死んだとしても皆の心に残るのなら、それは生き続けている事と同義だと思っているんだ」
「……」
「そして、晩年の僕と一番過ごしてるのはアルナだからね。だからこそ、僕との楽しい思い出をずっと覚えていてくれたら嬉しい」
「楽しい思い出…… 楽しい…… 思い出……」
アルナは小さな声で繰り返し呟いたあと、僕の目をしっかり見てハッキリと答えた。
「はい。了解しましたっ。私は聡一郎さんとの事、そして、その笑顔をずっと忘れません。約束します!」
笑顔のアルナを見て、僕は心から安心した。
そう、それでいいんだ。
「うん。ありがとう。アルナ」
…
……
………
* * *
僕は全てを思い出し、そして理解した。
アルナの頭の中に溢れていたモノが何であるかを。
――そっか。その時に保存ルールを書き換えたんだな。
少し恥ずかしいけど、とても嬉しい。
そして、同時に自分の情けなさ、不甲斐なさに呆れてしまった。
なんだ。人には色々言っておきながら、その当人も大事な事を忘れていたじゃないか。
しかし、それでも思い出す事が出来た。
たとえ一度忘れた事でも、そばにいる人の言葉で思い出す事が出来る事を知った。
なら、アルナに対してもそうすれば良いだけじゃないか。
データは圧縮されているだけで、全て消去された訳ではない。圧縮された欠片を集めて、少しずつ思い出す事も可能かもしれないのだから。
「……ははっ」
そう考えた時、思わず失笑してしまう僕がいて
「聡一郎さん?」
その声にアルナは反応する。
「ごめんな。全部思い出したよ。あの時のアルナの慌てた顔も」
「……もう。恥ずかしい所を思い出さないでくださいよ」
アルナはそう言いながらも、穏やかな笑顔を見せる。
2年前の約束はまだ生きている。そしてこれからも生き続けるだろう。
なら、僕がやるべき事は決まっている。まずは将来に向けての生体メモリ容量の増強。
そして、約束の場所に行く事だ。
と、フラフラしながらもゆっくりと横になる。
この感覚は良く知っている。持病である耳からくるめまいだ。
幸い命の心配は無い。
それにしても、ここまで酷いのは久しぶりだ。この前の3週間の一人暮らしや、その後のドタバタで疲労が溜まっていたのだろうか。
そういえばアルナは…… と思った時、急いで寝室から枕を持って来たのが見えた。
「聡一郎さん大丈夫ですか? 枕入れるので、頭を動かしますね」
そう言いながら、頭の向きや位置を気にしつつゆっくりと枕の上に頭を乗せてくれる。
「吐き気は無いですね? 半身の痺れや違和感はありませんね?」
「うん。大丈夫」
「もう少しそのままでいてください。落ち着いたらベッドで少し休みましょう」
「ありがとう」
最初こそ猛烈な回転性のめまいがあったが、ようやく落ち着いてきた。
もう少ししたら、杖を使えば立って歩く事も出来るだろう。
「……それにしても」
「はい?」
僕はアルナの適切な対応に驚いていた。
アルナは生活サポートアンドロイドで介護用や医療用では無い。
緊急用の対応や応急処置のプログラムは当然コアに入っているとはいえ、ここまで適切に出来るとは思わなかった。
「とても適切な処置で正直驚いたよ。てっきりもっと慌てるかと思ってた。やっぱりアルナは凄いんだな」
そう言うと、アルナは少し驚いたような顔を見せて、目をそらしながら言った。
「それは当然ですよ…… 2年前の冬、あの日の事は忘れません」
「2年前の…… 冬?」
「はい。 ……聡一郎さんはお忘れになりましたか?」
アルナは少し悲しそうな表情を見せる。
「あっ……」
僕はその言葉と表情を見て、2年前の事を思い出していた。
あの時は今回よりも症状が重くて嘔吐もしたし、それを初めて見たアルナは 『聡一郎さん! 聡一郎さん……!!』 とパニックを起こして救急車を読んだんだよな。
念のためいくつか検査は行ったものの、原因はおそらく耳だろうとの事で、結局点滴を打ってすぐ家に帰った訳だが、その後が大変だったんだっけ。
僕はその時の会話を思い出していた。
…
……
………
* * *
「聡一郎さん、本当にごめんなさい……!」
「いや、そこまで謝らなくったっていいんだよ」
「でもっ、私が目を離してしまって対応が遅れてしまったし、もし一刻を争う状況だったら……」
「よく聞いてくれ。アルナは介護用でも医療用でも無いんだよ?」
「……」
「アルナは即座に救急に連絡して、念のため病院に当日の僕の生活データを提出した。それで十分やるべき事はやっているんだ」
「でも、私は聡一郎さんが亡くなったらと思うと……」
「アルナ……」
僕は、良い機会だからこれからの事について、しっかり話しておこうと思った。
「うん。僕は一度倒れているから、次もあるかもしれないし、それによって死ぬかもしれない」
「……」
「そして、僕は最後までアルナといたいと思っているから、その瞬間に立ち会う可能性は低くないと思う」
アルナはそれを聞いて表情を曇らせるが、かまわず話を続ける。
「でも、それは僕が選んだ事だから、万が一があっても自分自身を責めないで欲しい」
「……それは”マスターオーダー”でしょうか」
「いや、そこまで強制力のあるモノでもないよ。いわば、これはお願いかな?」
「お願い、ですが?」
「うん。僕からのお願い」
それを聞いてアルナは少し困ったような顔を見せる。
きっと良い答えが見つからないのだろう。少しして僕に問いかけてきた。
「では、その時に私はどうしたらいいんでしょうか……」
「んー。そうだな……」
予想外の質問に少し戸惑ったが、すぐに答えは見つかった。
「そうだ。僕とのそれまでを思い出して欲しい」
「……思い出す、ですか?」
アルナは素っ頓狂な声を出した。意外な言葉だったのだろう。
「うん。たとえ僕が死んだとしても皆の心に残るのなら、それは生き続けている事と同義だと思っているんだ」
「……」
「そして、晩年の僕と一番過ごしてるのはアルナだからね。だからこそ、僕との楽しい思い出をずっと覚えていてくれたら嬉しい」
「楽しい思い出…… 楽しい…… 思い出……」
アルナは小さな声で繰り返し呟いたあと、僕の目をしっかり見てハッキリと答えた。
「はい。了解しましたっ。私は聡一郎さんとの事、そして、その笑顔をずっと忘れません。約束します!」
笑顔のアルナを見て、僕は心から安心した。
そう、それでいいんだ。
「うん。ありがとう。アルナ」
…
……
………
* * *
僕は全てを思い出し、そして理解した。
アルナの頭の中に溢れていたモノが何であるかを。
――そっか。その時に保存ルールを書き換えたんだな。
少し恥ずかしいけど、とても嬉しい。
そして、同時に自分の情けなさ、不甲斐なさに呆れてしまった。
なんだ。人には色々言っておきながら、その当人も大事な事を忘れていたじゃないか。
しかし、それでも思い出す事が出来た。
たとえ一度忘れた事でも、そばにいる人の言葉で思い出す事が出来る事を知った。
なら、アルナに対してもそうすれば良いだけじゃないか。
データは圧縮されているだけで、全て消去された訳ではない。圧縮された欠片を集めて、少しずつ思い出す事も可能かもしれないのだから。
「……ははっ」
そう考えた時、思わず失笑してしまう僕がいて
「聡一郎さん?」
その声にアルナは反応する。
「ごめんな。全部思い出したよ。あの時のアルナの慌てた顔も」
「……もう。恥ずかしい所を思い出さないでくださいよ」
アルナはそう言いながらも、穏やかな笑顔を見せる。
2年前の約束はまだ生きている。そしてこれからも生き続けるだろう。
なら、僕がやるべき事は決まっている。まずは将来に向けての生体メモリ容量の増強。
そして、約束の場所に行く事だ。
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