1.5人目のアルナ

TEKKON

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第一話 最後の夜

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――僕は最後の夜、アルナをお気に入りの公園に連れてきた。


「わぁっ。こんなに綺麗な夜景は初めて見ました!」

 嬉しそうにはしゃぐアルナを見て、連れてきて良かったと思った。
 ここは高台から色とりどりの街を見下ろせて、知る人ぞ知る絶好の夜景スポットであり、週末の夜になると恋人達がここに来て景色を楽しんでいる。

 もっとも、50超えのおっさんと20代半ばの女性のツーショットは、恋人や夫婦というより親子に見えるだろう。 

 彼女の小型のヘッドホン形状で、各種インターフェースのユニット口にもなっている、機械的な耳を見なければ、だが。

「よかった。最後だから君にこの景色を見せたかったんだ」
「……はいっ?」

 アルナは僕からの予想外の言葉に驚くものの、すぐにその言葉の意図を理解して、その言葉を笑いながら訂正する。

「やだなぁ聡一郎さん。2週間くらい離れるだけじゃないですかー」
「しかし、アルナは明日……」
「んもーっ。いいですかっ?」

 アルナは僕の言葉を遮るように続ける。

「私は身体を新しくするだけです。今までの記憶もちゃんとコピーしてもらうし、形式番号も同じなんですよ。つまり……」

 そして、目の前にいる生活サポート用の、AI学習型アンドロイドは満面の笑顔で言う。

「私は、何も変わらないんです」

「……そっか。そうかもしれないな」
「はい。そうなんです」

「でも、他の身体にデータ移行されるのが、とっても嬉しいんです」
「そうなんだ。ちょっと意外だけど」
「はい。これでまた数年間、聡一郎さんと一緒にいれるんですからっ」
「そっか…… ありがとう」

 今回の作業は通常行われないオプション作業で、難易度も高く不安要素も多い。
 しかし、一片の不安も疑いも見せない彼女を見ていると、それでもきっと大丈夫だと思わせてくれる。
 
 この4年間、このアルナの笑顔にどれだけ癒されただろう。
 そして、どれだけ救われただろう。

 サポートアンドロイドの購入自体は3体目だが、学習AI内蔵タイプは初めてで、ここまで違うとは思わなかった。
 その分高価で多少無理はしたけれど、中古のアルナを買って本当に良かった。

 そう思いながら、隣で楽しそうにはしゃぐアルナを見ていた。

「たまにはこうやって、外で遊ぶのもいいですねっ」

 アルナはほぼ家の中で活動して、外出するのは買い物や用事を頼まれた時ぐらいだ。
 僕の不自由な身体が原因の一つだとしても、もっとこうして遊ぶべきだったと、今更ながら思ってしまう。

「ここからでも観覧車もハッキリ見えるんだ…… キレイですね」
「観覧車乗った事ある?」
「いえ。一度も乗った事ないですねー」

 そう言われたら、次に言うべきセリフは決まっている。

「……乗ってみようか?」

「えっ!? でも聡一郎さんその身体だと……」
「大丈夫。前にも乗った事あるし、向こうのスタッフも助けてくれるから」
「いいんですかっ。やったぁ! ……あぁっ」

 それを聞いてアルナがぱあっと表情を明るくしたが、その表情もすぐに暗くなり下を向いてしまう。

「アルナ?」
「えぇと…… ごめんなさい。少し疲れちゃったみたいです……」

 (まさか……!)
 僕は、腕時計型デバイスでアルナの状態を確認するが、確かに無理は出来なさそうだ。
 あと2時間は大丈夫だと思っていたが、予想以上に劣化が激しいらしい。

 見た目こそ最初の頃と変わらなくても、確実に限界は近づいていたんだと、改めて思い知らされる。

「今日は長い時間遊んでたからな。携帯用充電ユニットを持ってくるんだった」
「でも、これで楽しみがまた増えちゃいました」

 そういうと満面の笑みでこちらを見ながら言う。

「私達はまたここに来て、その後にあの観覧車に乗るんです。つまり、リベンジですっ!」
「アルナ……」

 彼女の瞳は常に前を向いている。そうだ。僕達はこれからも歩んでいくんだ。

「……そうだな。落ち着いたらまた来よう」
「はいっ!」

 僕達は駐車場に駐車している自動シティコミューターに乗り込み、この小さな公園を後にする。
 
「……ねぇ、聡一郎さん」
「うん?」 
「私、聡一郎さんの笑顔が好きなんです」

 アルナは外の景色を見ながら、穏やかな声で独り言のように喋る。

「私達AI学習型アンドロイドは、マスターの表情を重要なファクターにしています。そして、マスターを笑顔にする事が私達の存在理由の1つだとコアデータに刻まれています」
「うん。知ってる」

「でも、私が聡一郎さんの笑顔を好きなのは、それだけではないんじゃないか、とも感じているんです」
「……」

「ですから、これからも笑顔でいて下さい。私も全力で聡一郎さんをサポートしますから」
「わかった。ありがとう」


……
………

 そのまま自動運転の車は、寄り道せず真っすぐに家に到着する。
 僕は杖を掴んで車から出ようとしたが、アルナはシートから動こうとしない。

「アルナ?」
「聡一郎さん、もし私が…… ううん」

 何かを言いかけたが、言うのを止めて首を横に振ったあと、今度は僕の顔をじっと見ながら言った。

「聡一郎さん、私はずっとそばにいます。ですから、聡一郎さんもずっと私のそばにいてくださいね」

 色んな感情が混ざっているような複雑な表情と、真摯な瞳が僕の心を掴んで離さない。
 一体、アルナは何を思ってその言葉を言ったのだろうか。

「アルナ、それって……」

 その発言の意味を聞こうとしたが、アルナはすぐに元の笑顔になり、ペコリとお辞儀した後に言った。

「今日は本当にありがとうございました。とても嬉しかったです」
「う、うん。僕も楽しかった。明日は朝早いからゆっくり休もうな」
「はいっ!」

 こうしてアルナとの最後の夜は終わった。
 しかし、さっきの一言が忘れられず、中々寝付く事が出来なかった。

 僕は心から願う。

――どうか、今回の決断が間違いではないように、と。

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