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【一幕 第八話 初めての戦い】
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塩名市、中央自然公園。
「うぁあああぁああっ!」
「やめて! 来ないでぇ!」
「待って、返して! 息子を返して!」
「フシュルルルルルルル!」
自然公園では無数の腕を生やしたひと際細長い男がいた。
のっぺらぼうの顔には、耳まで裂けた大きな口が笑みを浮かべて貼りついている。
服は黒いスーツを着て、頭にはシルクハットが載っていた。
細長い男は公園にいる人間の中でも子供を長い腕で捕まえて、大人は何かを吸い取られたのか草の上に倒れている。
「フシュルルルルルルル!」
「いやだー! ママー!」
「助けてー!」
子供たちを天に掲げると、細長い男は上を見て大きな口を開け、彼らを食べようとした。
「やめろーっ!」
「ブギャ……ッ!?」
猛スピードで細長い男に近づき、イサリは相手の顔面に強烈な右ストレートを叩きこんだ。
鈍い音と共に細長い男は苦悶の声を上げ、子供たちを腕から離した。
「みんな、早く逃げろ!」
子供たちはイサリの声で親のもとへと一目散に逃げていく。
イサリはぶっ飛ばした敵を見据え構えを取る。
「ギシャアァァアァアァア!」
「あれも、妖魔だっていうのか」
子供たちを奪われたのが気に入らないのか、細長い男は顔が無いにも関わらず、怒っているのが雰囲気で感じ取れた。
さらにイサリは気づく。
複数の腕だと思っていたものは、黒い触手だったのだ。
「こんなのと姉ちゃんは今までずっと戦ってきたのか」
怖い。それが第一の感情だった。
たとえ、自分にマヴェディーシの力が流れているとはいえ、イサリは一度たりとも妖魔と戦ったことのない一般人なのだ。
恐怖が無い方がおかしいとも言えるだろう。
だが、今ここに退魔士であるオウカはいない。
戦えるのは自分だけ。
ならば、なんとかしなければと、足に力を入れると軽く踏み込んだつもりが、自分の想像以上の速度で細長い男の前に飛び出てしまう。
「シャラハハハハハハッ!」
細長い男は長い両腕と触手をイサリに向かって伸ばした。
もう後には退けない。
イサリは自分の姉ならばこんな時、決して逃げないと言い聞かせて、自分も戦うのだと決意する。
「うおおおおおおっ!」
思い切り大地に蹴りを放つ。
地面は木っ端微塵に割れ無数の石礫が舞い上がる。
礫が細長い男の腕、触手に当たり、できた隙間を抜けてイサリは男のみぞおちを殴りつける。
「ゴッフ!?」
止めては駄目だ。
攻撃の勢いを止めればやられる。
自分にはテクニックなどない。
隙を見せれば必ずそこを突かれる。
「おおおおおおっ!」
何度も何度も細長い男を殴っていく。
倒せなければ。
でなければ、多くの人が犠牲になってしまう。
イサリの脳裏に倒れた友人たちの姿が浮かぶ。
絶対にあんな目に遭わせてはいけない。
守れなければ。
その強い意志が拳に乗って強烈な一撃を男に浴びせることに成功する。
細長い男は遥か後方まで転がりながら吹き飛んでいき、地面に倒れた。
「はぁ、はぁ……これで、倒せた?」
初めての妖魔との戦闘。
手応えはあったが、これで終わりなのかどうか、戦闘経験の浅いイサリには判断できなかった。
すると、触手や腕、足が折れながらも、バキバキと音を立てながら細長い男が立ち上がったのだ。
「気色悪いな」
「グ、ケケケケ、ケ」
「えっ、あれは?」
ボロボロになっている細長い男の左肩。そこはイサリの強烈な攻撃で抉れていたのだが、そこに赤黒い結晶のようなものが見えた。
イサリはあの輝きをどこかで見たことがあるように思ったが、それどころじゃないと頭を振り、構えを取る。
しかし、イサリの予想とは裏腹に、細長い男は奇声を上げると、猛スピードで自然公園から離れていくのだ。
「あっ、待て!」
追いかける間もなく細長い男は姿を消してしまう。
放っておけば多くの人が危険に晒される。
「そんなこと絶対にさせない」
とはいえ、向かった場所など分からなかった。
「いや、待てよ」
細長い男が向かったと思う先にはある場所があった。
それが、今オウカが任務で向かっているショッピングモールだ。
「まさか、あいつ姉ちゃんのところに!」
一歩踏み出したイサリだったが、その場で足を止めた。
気づくと両手が震えていたのだ。
ダメージを負ったわけではない。
ただ、今まで自分がやったことない状況に身を置いて、妖魔と対峙した恐怖が戻ってきたのだろう。
それに戦ってみてよりはっきりした。
最早、以前までの自分ではない。
小説や映画ならば、突然手に入れた力に嬉しくなって使いまくるだろう。
現にイサリとて、この力があれば姉やエマンのように戦えると思った。
しかし、自分の身体が今までとは違うというのは途方もない違和感を与えるものだった。
さらに言えば、イサリの意図とは違い、力が暴発して細長い男に接近してしまったのも力をコントロールできていない証拠だ。
「それでも、やるしかない。みんなの仇を討つためにも」
自分に暗示をかけるように言い聞かせてイサリは姉のもとへ行くと決めた。
「けどエマンさん、ここにはいなかったな」
一度、背後を振り返る。
広い公園には未だ、倒れている大人たちがいる。
誰かが救急車を呼んだのだろう。遠くからサイレンの音が聞こえていた。
あとは専門家に任せればいい。
ただ、エマンを見つけようにも手がかりがない。
コーバックに関してもだ。
あの細長い男がコーバックと関係しているのかいないのかイサリには分からない。
けれど、エマンは戦っている場所に現れる可能性が高い。
ならば、ショッピングモールにも向かうかもしれないと思い、イサリもまたショッピングモールへ向かうのだった。
「うぁあああぁああっ!」
「やめて! 来ないでぇ!」
「待って、返して! 息子を返して!」
「フシュルルルルルルル!」
自然公園では無数の腕を生やしたひと際細長い男がいた。
のっぺらぼうの顔には、耳まで裂けた大きな口が笑みを浮かべて貼りついている。
服は黒いスーツを着て、頭にはシルクハットが載っていた。
細長い男は公園にいる人間の中でも子供を長い腕で捕まえて、大人は何かを吸い取られたのか草の上に倒れている。
「フシュルルルルルルル!」
「いやだー! ママー!」
「助けてー!」
子供たちを天に掲げると、細長い男は上を見て大きな口を開け、彼らを食べようとした。
「やめろーっ!」
「ブギャ……ッ!?」
猛スピードで細長い男に近づき、イサリは相手の顔面に強烈な右ストレートを叩きこんだ。
鈍い音と共に細長い男は苦悶の声を上げ、子供たちを腕から離した。
「みんな、早く逃げろ!」
子供たちはイサリの声で親のもとへと一目散に逃げていく。
イサリはぶっ飛ばした敵を見据え構えを取る。
「ギシャアァァアァアァア!」
「あれも、妖魔だっていうのか」
子供たちを奪われたのが気に入らないのか、細長い男は顔が無いにも関わらず、怒っているのが雰囲気で感じ取れた。
さらにイサリは気づく。
複数の腕だと思っていたものは、黒い触手だったのだ。
「こんなのと姉ちゃんは今までずっと戦ってきたのか」
怖い。それが第一の感情だった。
たとえ、自分にマヴェディーシの力が流れているとはいえ、イサリは一度たりとも妖魔と戦ったことのない一般人なのだ。
恐怖が無い方がおかしいとも言えるだろう。
だが、今ここに退魔士であるオウカはいない。
戦えるのは自分だけ。
ならば、なんとかしなければと、足に力を入れると軽く踏み込んだつもりが、自分の想像以上の速度で細長い男の前に飛び出てしまう。
「シャラハハハハハハッ!」
細長い男は長い両腕と触手をイサリに向かって伸ばした。
もう後には退けない。
イサリは自分の姉ならばこんな時、決して逃げないと言い聞かせて、自分も戦うのだと決意する。
「うおおおおおおっ!」
思い切り大地に蹴りを放つ。
地面は木っ端微塵に割れ無数の石礫が舞い上がる。
礫が細長い男の腕、触手に当たり、できた隙間を抜けてイサリは男のみぞおちを殴りつける。
「ゴッフ!?」
止めては駄目だ。
攻撃の勢いを止めればやられる。
自分にはテクニックなどない。
隙を見せれば必ずそこを突かれる。
「おおおおおおっ!」
何度も何度も細長い男を殴っていく。
倒せなければ。
でなければ、多くの人が犠牲になってしまう。
イサリの脳裏に倒れた友人たちの姿が浮かぶ。
絶対にあんな目に遭わせてはいけない。
守れなければ。
その強い意志が拳に乗って強烈な一撃を男に浴びせることに成功する。
細長い男は遥か後方まで転がりながら吹き飛んでいき、地面に倒れた。
「はぁ、はぁ……これで、倒せた?」
初めての妖魔との戦闘。
手応えはあったが、これで終わりなのかどうか、戦闘経験の浅いイサリには判断できなかった。
すると、触手や腕、足が折れながらも、バキバキと音を立てながら細長い男が立ち上がったのだ。
「気色悪いな」
「グ、ケケケケ、ケ」
「えっ、あれは?」
ボロボロになっている細長い男の左肩。そこはイサリの強烈な攻撃で抉れていたのだが、そこに赤黒い結晶のようなものが見えた。
イサリはあの輝きをどこかで見たことがあるように思ったが、それどころじゃないと頭を振り、構えを取る。
しかし、イサリの予想とは裏腹に、細長い男は奇声を上げると、猛スピードで自然公園から離れていくのだ。
「あっ、待て!」
追いかける間もなく細長い男は姿を消してしまう。
放っておけば多くの人が危険に晒される。
「そんなこと絶対にさせない」
とはいえ、向かった場所など分からなかった。
「いや、待てよ」
細長い男が向かったと思う先にはある場所があった。
それが、今オウカが任務で向かっているショッピングモールだ。
「まさか、あいつ姉ちゃんのところに!」
一歩踏み出したイサリだったが、その場で足を止めた。
気づくと両手が震えていたのだ。
ダメージを負ったわけではない。
ただ、今まで自分がやったことない状況に身を置いて、妖魔と対峙した恐怖が戻ってきたのだろう。
それに戦ってみてよりはっきりした。
最早、以前までの自分ではない。
小説や映画ならば、突然手に入れた力に嬉しくなって使いまくるだろう。
現にイサリとて、この力があれば姉やエマンのように戦えると思った。
しかし、自分の身体が今までとは違うというのは途方もない違和感を与えるものだった。
さらに言えば、イサリの意図とは違い、力が暴発して細長い男に接近してしまったのも力をコントロールできていない証拠だ。
「それでも、やるしかない。みんなの仇を討つためにも」
自分に暗示をかけるように言い聞かせてイサリは姉のもとへ行くと決めた。
「けどエマンさん、ここにはいなかったな」
一度、背後を振り返る。
広い公園には未だ、倒れている大人たちがいる。
誰かが救急車を呼んだのだろう。遠くからサイレンの音が聞こえていた。
あとは専門家に任せればいい。
ただ、エマンを見つけようにも手がかりがない。
コーバックに関してもだ。
あの細長い男がコーバックと関係しているのかいないのかイサリには分からない。
けれど、エマンは戦っている場所に現れる可能性が高い。
ならば、ショッピングモールにも向かうかもしれないと思い、イサリもまたショッピングモールへ向かうのだった。
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