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【一幕 第五話 オウカとエマン】
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翌朝、午前七時二十二分。
エマンがスターブランドを携えてリビングにやってきた。
「おはよう。昨日は寝床をありがとう」
リビングで眼鏡をかけ、デバイスを見ながら紅茶を飲んでいるオウカにエマンは挨拶をした。
オウカはまだ信用しきっていないのか、疑いの眼差しをエマンに送る。
「感謝ならイサリにして。わたしは昨日の時点であなたを追い出したかったのだから」
「君もイサリも優しいな。この世界に来てそんな人に会えたことはありがたい」
今の言葉でなぜそんな返しができるのか、オウカには分からなかった。
「はぁ、調子が狂うわ。いい? イサリがまだ寝ているうちにあなたは出て行って」
エマンは別段嫌な素振りを見せるわけでもなく、分かったと頷いた。
「ただ、イサリは安全なのかい?」
「結界を施してあるから。イサリがこの屋敷にいる限り、敵に居場所がバレることはないわ」
「なら安心だ。イサリに感謝を伝えておいてくれ。それから君にも」
「感謝されることはしていないわ」
「僕を泊めてくれたじゃないか。ベッドで眠れたからね。だいぶ回復できたよ。それじゃ」
なんとも簡単にエマンは踵を返して扉へと手をかける。
「待って。これからどうするつもり?」
「コーバックを捜す。奴が生きている限り、この世界――何よりイサリが危ない」
「寝る時にイサリから聞いたわ。あなたの槍には、もうその敵を倒せるだけの力はないのでしょう?」
エマンが振り返り、オウカの目をまっすぐと見据えた。
オウカはその視線を逸らせない。
本当にまっすぐで素直な決意のこもった眼差しだった。
「僕は、自分の世界で星槍スターブランドに選ばれた《救星者》だ。星を救うために戦うのが僕の役目。コーバックが率いる帝国と多くの戦いをしてきた。仲間たちと一緒に幹部を倒して、後はコーバックだけだった。でも、奴は想像以上に強かったんだ。このままではみんなが、世界が犠牲になる。そう思った時、スターブランドが輝いて、気づけばこの世界にいた」
「わたしたちの世界を犠牲にするのはいいってこと?」
「違う。この世界に来たのは本当に偶然だ。でも、もうスターブランドは、僕とコーバックを転移させるほどの力はない。だから僕は、この世界でコーバックを討つ」
「ねぇ、それってあなたはもう元の世界には帰れないってことなんじゃないの?」
「そうだね。けど、諦めるつもりはないよ。この世界も神秘があるんだろう? だったら、別の世界へ転移する方法があるかもしれない」
「それは……」
無い、と言えなかった。
オウカとて信じる者の心を折りたいわけではないのだ。
たとえそれが、限りなくゼロだったとしても。
どうして、エマンはそこまで誰かのために戦おうとするのだろう。
世界のために自分を犠牲にできるのだろう。
オウカは少しだけエマンに興味が湧き、彼をまじまじと見る。
「何かな?」
「あなた、よく《視る》と異質な《波力》を持っているわね。本当にこの世界の人間じゃないのね」
「はりょく?」
「この世界での生体エネルギーのことよ。あなたにも流れているわ」
「魔力、マナみたいなものだろうか」
「ファンタジー小説みたいなのね。あなたの世界は。そう思ってもらっていいわ」
言ってからオウカは立ち上がり、冷蔵庫から飲み物を出してエマンに渡した。
「これは?」
「さすがに飲まず食わずってわけにもいかないでしょ。それ、あげるわ。イサリが好きだからいっぱいあるのよ。メロンソーダなんて、別の世界の人の口に合うか分からないけれど」
エマンは思わず、スターブランドを落とした。
「そ、そんな……この世界にもメロンソーダがあるなんて!」
少年のように目を輝かせるエマン。
「なら、メロンクリームソーダはあるかな! 別の世界のメロンクリームソーダをぜひ飲んでみたいんだが!」
「アイスは今ないから無理よ。というか、あなた、フフフ」
「あれ? 何かおかしなこと言ったかな?」
「いいえ。少し前まではコーバックに対する敵意や、戦いに対する正義感を出して真剣だったのに、今はまるで子供みたいな反応するものだから」
「四六時中戦うわけでも、未来永劫戦うわけでもないからね。将来はメロンクリームソーダ屋さんがやりたいと思っている!」
オウカは驚いた後、笑みをこぼしてしまう。
悪い人間ではないのだろう。
だが、エマンが来なければ、イサリにあんな心の傷を負わせることはなかったと、どうしても彼女は考えてしまっていた。
「ごちそうさま。もう行くよ」
「あてでもあるの?」
「ないけど、奴とは因縁がある。きっと繋がるはずだから。その糸を手繰り寄せてみせるよ」
「そう。気を付けて」
「ありがとう。君たちも」
そうして、水波邸を去るエマンをオウカは見送った。
エマンがスターブランドを携えてリビングにやってきた。
「おはよう。昨日は寝床をありがとう」
リビングで眼鏡をかけ、デバイスを見ながら紅茶を飲んでいるオウカにエマンは挨拶をした。
オウカはまだ信用しきっていないのか、疑いの眼差しをエマンに送る。
「感謝ならイサリにして。わたしは昨日の時点であなたを追い出したかったのだから」
「君もイサリも優しいな。この世界に来てそんな人に会えたことはありがたい」
今の言葉でなぜそんな返しができるのか、オウカには分からなかった。
「はぁ、調子が狂うわ。いい? イサリがまだ寝ているうちにあなたは出て行って」
エマンは別段嫌な素振りを見せるわけでもなく、分かったと頷いた。
「ただ、イサリは安全なのかい?」
「結界を施してあるから。イサリがこの屋敷にいる限り、敵に居場所がバレることはないわ」
「なら安心だ。イサリに感謝を伝えておいてくれ。それから君にも」
「感謝されることはしていないわ」
「僕を泊めてくれたじゃないか。ベッドで眠れたからね。だいぶ回復できたよ。それじゃ」
なんとも簡単にエマンは踵を返して扉へと手をかける。
「待って。これからどうするつもり?」
「コーバックを捜す。奴が生きている限り、この世界――何よりイサリが危ない」
「寝る時にイサリから聞いたわ。あなたの槍には、もうその敵を倒せるだけの力はないのでしょう?」
エマンが振り返り、オウカの目をまっすぐと見据えた。
オウカはその視線を逸らせない。
本当にまっすぐで素直な決意のこもった眼差しだった。
「僕は、自分の世界で星槍スターブランドに選ばれた《救星者》だ。星を救うために戦うのが僕の役目。コーバックが率いる帝国と多くの戦いをしてきた。仲間たちと一緒に幹部を倒して、後はコーバックだけだった。でも、奴は想像以上に強かったんだ。このままではみんなが、世界が犠牲になる。そう思った時、スターブランドが輝いて、気づけばこの世界にいた」
「わたしたちの世界を犠牲にするのはいいってこと?」
「違う。この世界に来たのは本当に偶然だ。でも、もうスターブランドは、僕とコーバックを転移させるほどの力はない。だから僕は、この世界でコーバックを討つ」
「ねぇ、それってあなたはもう元の世界には帰れないってことなんじゃないの?」
「そうだね。けど、諦めるつもりはないよ。この世界も神秘があるんだろう? だったら、別の世界へ転移する方法があるかもしれない」
「それは……」
無い、と言えなかった。
オウカとて信じる者の心を折りたいわけではないのだ。
たとえそれが、限りなくゼロだったとしても。
どうして、エマンはそこまで誰かのために戦おうとするのだろう。
世界のために自分を犠牲にできるのだろう。
オウカは少しだけエマンに興味が湧き、彼をまじまじと見る。
「何かな?」
「あなた、よく《視る》と異質な《波力》を持っているわね。本当にこの世界の人間じゃないのね」
「はりょく?」
「この世界での生体エネルギーのことよ。あなたにも流れているわ」
「魔力、マナみたいなものだろうか」
「ファンタジー小説みたいなのね。あなたの世界は。そう思ってもらっていいわ」
言ってからオウカは立ち上がり、冷蔵庫から飲み物を出してエマンに渡した。
「これは?」
「さすがに飲まず食わずってわけにもいかないでしょ。それ、あげるわ。イサリが好きだからいっぱいあるのよ。メロンソーダなんて、別の世界の人の口に合うか分からないけれど」
エマンは思わず、スターブランドを落とした。
「そ、そんな……この世界にもメロンソーダがあるなんて!」
少年のように目を輝かせるエマン。
「なら、メロンクリームソーダはあるかな! 別の世界のメロンクリームソーダをぜひ飲んでみたいんだが!」
「アイスは今ないから無理よ。というか、あなた、フフフ」
「あれ? 何かおかしなこと言ったかな?」
「いいえ。少し前まではコーバックに対する敵意や、戦いに対する正義感を出して真剣だったのに、今はまるで子供みたいな反応するものだから」
「四六時中戦うわけでも、未来永劫戦うわけでもないからね。将来はメロンクリームソーダ屋さんがやりたいと思っている!」
オウカは驚いた後、笑みをこぼしてしまう。
悪い人間ではないのだろう。
だが、エマンが来なければ、イサリにあんな心の傷を負わせることはなかったと、どうしても彼女は考えてしまっていた。
「ごちそうさま。もう行くよ」
「あてでもあるの?」
「ないけど、奴とは因縁がある。きっと繋がるはずだから。その糸を手繰り寄せてみせるよ」
「そう。気を付けて」
「ありがとう。君たちも」
そうして、水波邸を去るエマンをオウカは見送った。
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