RiCE CAkE ODySSEy

心絵マシテ

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天上へ続く箱庭

超獣化

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不味い!! ナックが何をしようしているのか、いち早く察知した私は狼狽した。
ナックは知らない、私にかかっている呪言を……。
ビーンズ家に関わる人間がディングリングに危害を加えれば、全員即死につながる。
それだけは何としても防がなければならない。

「タンゾウさん! ナックを抑えて!」駆け出しながら、私は叫んだ。

状況を瞬時に把握した彼もナックを止めようと駆け寄っている。

「ぐっ!」ロッドを強く握ろうとすると腕が痙攣けいれんを起こし激痛が走った。
こんな時に……先刻受けた方天画戟のダメージが残っているなんて洒落にならない。
魔法障壁を張っていたのに防ぎきれなかったのは大きな誤算だ。
けれど、ナックが暴れてしまったら痛い程度では済まされない。
私は奥歯を噛みしめながら空糸で手にロッドを縛りつけた。

「雄雄っ――――うおおっお――――!!」

氷漬けになったリシリちゃんから、魔力を吸い出すように手をかざしているナック。
彼の想いに応えるかのように、氷塊からの魔力が手元に集まっている。
槍先の角が生え、三日月の刃先が拳に覆い被さる。
方天画戟の能力が覚醒状態に入ってしまった。
それだけで終わりじゃない、今度はナックの瞳が紫焔ような色彩に変色し始めている。

「やめろ! ナック!!」

「てめぇ――、邪魔すんなぁああ――――!!」

槍を振り下ろすタンゾウさんよりも速く、閃光がほとばしり私の視界を遮った。
この光、覚えがある……練功だ! アリシアお婆ちゃんが使っていた気の力にそっくりだ。

「ぐああっ――」

直撃を浴びたタンゾウさんは、呆気ないほど簡単に部屋の隅の方まで弾かれてしまった。
正直、ナックにここまでの実力があるとは予想外だ。
それでも、時間を稼いでくれたおかげでどうにか間に合った。
私はディングリングを庇うように二人の間に割って入った。

「ナック、落ちついて。私の話を聞いて!!」

「無駄だよ、もう始まっている。ボクの呪いが発現したら、すぐに彼は理性を保つことができなくなる」

「呪いって……魔女の呪言?」

「違うよ。見ていれば分かる。にしても……この状況は好ましくないなぁ。彼が暴れ回ればダンジョンコアを傷つけるどころじゃなく、この塔も破壊しかねない……うむ、モチ君。ボクが結界を張るから、ちょいとナック君をぶちのめしてきてくれない?」

はあっ? 突拍子もない魔女の無茶ぶりに耳を疑いたくなってきた。
ちょっと、コンビニに行ってきてぐらいの感覚で頼まれても人ができる事には限度がある。
と思いたいのは山々だが、この非常事態を打破できるのは私しかいない。
ディングリングとの約束がある以上、否応なしにナックとの戦闘は避けられない。

「ディメンションループで塔の屋上に移動する。そこが決戦の舞台だ、いいね?」

「待って、ディングリング。戦う前に一つだけ、お願いがあるんだけど……」

「ん? ビーンズ達を見逃せって? 先に言っておくけどそれはできない相談だ、ボクは裏切り者には寛大じゃないよ。言ったはずだよ、そこの二人をどうにかしろって。モチ君、ナック君を見逃しただろ? でなければ、三階にいたはずのソイツが無傷で此処にいるわけがない」

「冷静に考えて。ビーンズの人間を一人でも始末すれば、あなたが見つけ出そうとしている黒幕は、警戒してダンジョンコアの一件から手を引いてしまうはず、そうなると敵の足取りは完全に掴めなくなるけど構わないの?」

「ふ……フッハハァ! 言うねぇーモチ君。あえて泳がせてアイツらの様子をうかがうか……及第点だな。まぁ良いよ、ナックをどうにか出来たら、ビーンズたちは生かしておいてあげる!」

どうにか、ディングリングを説得すると私はホッと胸を撫で下ろした。
確かに、ビーンズ姉弟は人して間違った事をしてきたのかもしれない。
けれど、罪をその命で支払っても、彼らの罪が完全に消えることはない。
それに、自分の家族を想う三人を見て、ただの悪党には思えなくなってしまった。

「待っててリシリちゃん、これが終わったらすぐに助けてあげるから」

祭壇上の氷塊。その中で未だ眠り続ける彼女にそう告げた、直後に耳元でパチンと弾ける音がした。


コオオオォォォ――と絶えず吹きつける、空風の音。
冷えた空気が肌を刺す。
星は分厚い雲に隠れ、光は閉ざされたまま。
黒く塗りつぶされた空間を背に私達三人だけがその場所にいた。

塔の屋上、荒れ果てた園
私には分かる……かつて、この場所は色彩豊かな草花で溢れかえっていた庭園だった。
ここがビーンズ家が所有していたモノなのかは定かではないにしろ、在りし日姿はとても美しく、シェルティの街だったころは人々にとって憩いの場になっていたに違いない。
勿論、私の想像だけで語っているのではない。微かだが記憶の残滓ざんしがこの場所に漂っている。
だからこそ余計に哀しい。
今はもう何一つ、残されていない。
あるのは、すでに枯れ果てた植物の残骸。
不思議な光景だ……風に吹き飛ばされず、何故か植物の原型をとどめたままだ。
これもダンジョンコアの影響しているというのだろうか?

「感傷に浸っているのは感心しないよ。向こうは完全にやる気だよ」

ディングリングの指が示す先に身構えるナックがいた。
胸元で左右の拳を合わせると、拳の三日月が一つになり満月となる。

「始まる、超獣化だ」

「ガゥッ、アオオオォォ――――ンンン!!」

それは、まさしく狼の遠吠えだった。
鳴き声がおさまると途端、ナックの目がつり上がり、口元が大きく割れていく。
長く伸び出す頭髪、尻尾ようなものが生えだし全身は純白の体毛に覆われてナックだったモノは狼に近い存在に変貌を遂げてしまった。
映画では狼男。ファンタジー小説ではウェアウルフ。
そう呼称される異形の人獣は胸元に玉虫色の月を宿し、私達の前に立ち塞がった。

「解放……クロムウェルアーカイブス」

名称 ディザスターワーウルフ

種族 人狼

弱点 ???

備考 ウェアウルフの希少上位種。強固な肉体を持つ為、並みの物理・魔法攻撃ではダメージを与えられない

と、とんでない相手だ。
獣化したことで身体能力が飛躍的に上昇しているのは勿論。弱点が不明なのは手痛すぎる。
本当に私一人だけで戦えるのだろうか? 高まる鼓動と共に不安が色濃くなっていく。

「後は任せたよ。フッハハアッハ! 解放、神無月マガツヒノユリカゴ!!」

ゴゴゴゴっと大気が鳴り響き振動した。
真っ暗な空しかなかったはずの頭上で、その闇を吸い取るかのように強大な球体が形を成していく。
月だ……色のない月が浮かびあがっている。
同時に月が放つセピア色の光が徐々に屋上全体に広がり振り注いでくる。
この感覚――これがディングリングの結界術なのか。

視線を戻すと魔女の姿はどこにもなかった。
こうなってしまった以上、迷いを断ち切るしかない。
膝の震えも治まらないまま私は、ディザスターワーウルフに挑む。

「バフ付与、ランページ。こ、これは……まさか!」

ナックとの距離を詰めていく最中、私は自身の異常に気づいてしまった。
自己強化魔法を使用した際に、いちじるしい魔力の消耗を感じた。
あの魔女――やらかしてくれた! アーカイブスで調べると私には一定時間経過で魔力が自動消費されてしまう呪い、ナックには狂戦士バーサーカーの呪いがかかっている。
どうやら、この結界は内部いる者に、デバフや状態異常を与える能力が作用している。
ぐずぐずはしていられない。魔力が枯渇する前に決着を急がねば――――

「ナック、私の声が届いている!?」

「ああっ――ううう――、姉さん……ゴメン。俺は我慢、オレがああああ――――壊したい! 全部っうぅぅぅ、破壊したくて仕方ないんだ!!」

ナックに呼び掛けはしたものの、悪化した彼の症状に私は息を飲んだ。
支離滅裂な言葉に、バーサーカー状態も相まって早くも自我が消えかけている。
彼は本当に魔物になってしまうのか? 狂乱の声はあまりも苦しみに満ちていた。
  
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