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天上へ続く箱庭
斗南一人
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「二人とも! ここでは、身動きが取り辛い! 一旦、部屋の外に出るぞ」
「逃すかよぅ!!」
破天荒なナックの奇襲。
それは、私たちの態勢を崩すにいたる効力を遺憾なく発揮してきた。
拳主体のナックにとって狭い室内など近距離戦は得意とするところ意気揚々と拳を振り回してくる。
対する、タンゾウさんは長槍を振るう為の間合いが確保できず悪戦苦闘している。
「これで持ちこたえて下さい!」
防戦一方のタンゾウさんに私は支援バフをかけた。
オールランページ。これも私が既存の支援魔法を改良し作成したオリジナル魔法の一つである。
これまでの支援魔法は基本、重ね掛けをすればするほど当事者の肉体に負担がかかるという致命的が欠点があった。
重ね合わせできて二つか三つ、それ以上は悪影響を及ぼすものとして敬遠されてきた。
複数回、魔法をかけるのが駄目なら、一度で多数の効果を得られるバフ魔法を開発すれば良い。
そう意気込んで作成に取り掛かったのがオールランページだ。
動機は単純でも、魔法起動式であるフォーミュラや補正値を出す際に必要となる計算式のアルゴリズムを完成させるまで並みならぬ苦労と日数を費やした。
もっとも、実際に試行してみたのはジップ村に来てからで、まだまだ煮詰める余地もある。
筋力強化、速度上昇、回避率アップ、反応加速、物理・魔法防御上昇、スタミナ増大、各種異常耐性強化、属性レジスト強化、リジェネイト、マナアグレッシブと覚えているだけでこれだけの数のバフを有している。
我ながら、けっこうな無茶をしたとは思う。
それでも、こうして役立つ機会が巡ってきたのだから、まったくの無駄ではなかった。
「くそぉ! 俺の拳をことごとく弾きやがる。槍を持たせたら隙がねぇのは相変わらずだな。さすが、兄貴と互角に渡りあっただけのことはある」
「アンタからそんな言葉が出てくるとは意外だな。ならば、今度はこちらから仕掛ける!」
「槍龍刃かぁ――! 喰らってたまるか、ライズアップ!!」
タンゾウさんが放つ、槍の刺突を膨れ上がったナックの大胸筋が見事に防いだ。
信じられない……ただの筋肉が鋼鉄のように固くなるなんて、こんな芸当は魔法でなければ不可能だ。
しかも、私も知りえないモノだ。
「まだまだぁ!」
続け様に、大技の槍が飛び出した。
今度は「くっ」と苦痛に顔を歪め、後退するナック。
右肘と左肩口が裂傷し血が床に滴っている。
「関節部ばかり狙いやがって……」
「今だ! 外に飛び出せ!」
タンゾウさんに腕を掴まれ、どうにか部屋の外に出ることができた。
「モリスン、グレイデさんのところに行って!!」
命を受けたモリスンは、迅速に行動を開始する。
飛び立つ背を見送りながら、私は友人のことを彼に託した。
「ふふん。ストレッチパワーが大分、溜まってきたぜい! そろそろ、お披露目してやろうー。俺のグリッドアーツ方天画戟を」
何? その謎パワー……。
それはさておき、ナックもグリッドアーツを所持しているのは少し驚いた。
店で販売しているのだから、持っていても当然のことだなんて、無粋なのは言いっこなしだ。
自身の肉体をこよなく愛し、筋肉の使徒たる彼が、ここに来て武具に頼るなど誰が想像できただろうか?
まぁ……彼に対する偏見だが。
「こいや!! 方天画戟きぃぃぃ――」
呼びかけに応じるように、どこからともなくドクンドクンと脈打つような音が聞こえてきた。
それもかなり近い。まさか、方天画戟が鼓動を鳴らしている? あり得ない! 生きている武具なんてアーカイブスの情報にすら記載されていない。
張り詰めた空気が場を支配していた、それもこれもこの未知なる異音のせいだ。
ナックの上半身が大きく揺らいだ――途端、その身に異変が生じる。
額の真ん中から刃が突き出したかと思うと、双方の拳から半月状の刃先がメリケンサックのごとく顕現した。
事態の異常さに思考が追いつかない。
ただ、事実とした受け入れるのであれば、方天画戟とは武器ではなく、ナックそのものを指し示す名だ。
「どうした? はは~ん、本物を見るのは初めてか! オリジナルのグリッドアーツはよー、適合者と融合できるんだよ。お前らが持ち歩いている模造品とは、格が違うんだよ! 格がぁあ」
「試してみるか? ナック」
「生けすかねぇ野郎だ。テメーは何かにつけて上からモノを言いやがる、そのくせ親父のご機嫌取りだけは上手かったよな―」
振り上げた方天画戟の拳がかすれて見えた気がした。
目を凝らしてみると、それは高速で痙攣しているかのように細かい動きで振動している。
不味い、万が一あの拳に触れてしまったら一溜まりもない。
「いけない、避けてぇぇ――――!!」
通路に私の声が響き渡る。
同時にナックが卑しい笑みを浮かべて剛腕を振り下ろしていた。
「がはっ……」と苦痛を漏らしながら手で口元を隠すタンゾウさん。
ナックの一撃を長槍で受け流した直後、彼は耳鼻と口内から帯びたたしい量の血を吐き出し片膝をついた。
「ハウリングフィスト、筋肉操作により身体に超振動を発生させる奇術。振動部に少しでも触れれば最後、間接的接触でも受けた者の身体を内部から破壊する。どうだ、苦しかろっ?」
「はぁはぁっ……それがお前のグリッドアーツの能力か。練功を使わない――のならどうって事はないな」
「やせ我慢もほどほどにしておけよ――――ジャガーノートアタァァアァック!!」
「ふっ、まったく成長していないな。敵に攻撃をするタイミングを教えてどうする、そんなんだから――」
スパンッ!! 物干し竿の先端が半月の刃と重なり合い鮮烈な火花を散らせた。
攻撃モーションをキャンセルさせる為に放った一手は、ナックの注意を引き付けるのには存分な威力だった。
「モチヨ……俺の邪魔をするな。 ん? 何だって!」
私に視線を向けたまま、ナックは急激に大人しくなり自らグリッドアーツを解除した。
まるで、風船の中に溜まっていた空気が抜けてしぼんでいくように、意気消沈した彼から殺気が薄れてゆく。
ナックは軽く舌打ちしながら、天上に向かって何やら呟いていた。
それが、彼らの交信だと気づくのにそう時間は要さなかった。
「おい、お前らついて来い! ねぇ……姉貴が呼んでいる」
耳を疑うような一言に、吃驚した私とタンゾウさんは互いに顔を見合わせ茫然するだけだ。
今更、ついて来いとはどういう風の吹き回しなのだろうか?
常識的に判断すれば、来いといわれてホイホイついて行くわけがない。
絶対に罠があると警戒するのが当然だ。
「あちらの提案に従おう。これはチャンスだ、モチさん。ゾイが道を開けない限り塔の最上階には辿りつけないことは変わりないんだ、だったら――」
「ですが、理由も分からず同行するのは危険だと思います。ナック、詳しく事情を説明してくれない?」
「知るか! ただ、俺は今すぐお前らを連れてこいって頼まれたんだよ」
嘘をついている気配はない。
ナックすら理解に苦しむほど、物事はゾイの独壇場で動いている。
「来い、外から最短で五階に向かうぞ」
「ほう、四階を避けるのは意図してか? 無理もない……あの場には、お前たちビーンズ一家の業、闇が押し込められているからな」
「てめぇ!! 何がいいたいんだ!?」
「まだ、英雄ごっこを続けるつもりなのか? すでに後戻りできないほど、その手は黒く染まってしまっているのに……」
ダン!! 壁に強く打ちつけられた拳で辺りに衝撃が走る。
誰の仕業か言うまでもない。鬼気迫る形相で、タンゾウさんを睨みつけるナック。
常に悪態をさらしている彼だが、今だけは違う。
これまでのものとは比べ物にならないほど強い憎悪を掻き立てている。
初めて、ナックに恐怖を感じた。
怒りが頂点に達しているはずなのに、彼は薄ら笑いしながら私達を凝視している。
冷たい……一度、理性を崩せば人とは、こうも狂ってしまう生物なのか?
「どの口が、ほざきやがる。てめぇも同じ穴のムジナだろーよ」
「逃すかよぅ!!」
破天荒なナックの奇襲。
それは、私たちの態勢を崩すにいたる効力を遺憾なく発揮してきた。
拳主体のナックにとって狭い室内など近距離戦は得意とするところ意気揚々と拳を振り回してくる。
対する、タンゾウさんは長槍を振るう為の間合いが確保できず悪戦苦闘している。
「これで持ちこたえて下さい!」
防戦一方のタンゾウさんに私は支援バフをかけた。
オールランページ。これも私が既存の支援魔法を改良し作成したオリジナル魔法の一つである。
これまでの支援魔法は基本、重ね掛けをすればするほど当事者の肉体に負担がかかるという致命的が欠点があった。
重ね合わせできて二つか三つ、それ以上は悪影響を及ぼすものとして敬遠されてきた。
複数回、魔法をかけるのが駄目なら、一度で多数の効果を得られるバフ魔法を開発すれば良い。
そう意気込んで作成に取り掛かったのがオールランページだ。
動機は単純でも、魔法起動式であるフォーミュラや補正値を出す際に必要となる計算式のアルゴリズムを完成させるまで並みならぬ苦労と日数を費やした。
もっとも、実際に試行してみたのはジップ村に来てからで、まだまだ煮詰める余地もある。
筋力強化、速度上昇、回避率アップ、反応加速、物理・魔法防御上昇、スタミナ増大、各種異常耐性強化、属性レジスト強化、リジェネイト、マナアグレッシブと覚えているだけでこれだけの数のバフを有している。
我ながら、けっこうな無茶をしたとは思う。
それでも、こうして役立つ機会が巡ってきたのだから、まったくの無駄ではなかった。
「くそぉ! 俺の拳をことごとく弾きやがる。槍を持たせたら隙がねぇのは相変わらずだな。さすが、兄貴と互角に渡りあっただけのことはある」
「アンタからそんな言葉が出てくるとは意外だな。ならば、今度はこちらから仕掛ける!」
「槍龍刃かぁ――! 喰らってたまるか、ライズアップ!!」
タンゾウさんが放つ、槍の刺突を膨れ上がったナックの大胸筋が見事に防いだ。
信じられない……ただの筋肉が鋼鉄のように固くなるなんて、こんな芸当は魔法でなければ不可能だ。
しかも、私も知りえないモノだ。
「まだまだぁ!」
続け様に、大技の槍が飛び出した。
今度は「くっ」と苦痛に顔を歪め、後退するナック。
右肘と左肩口が裂傷し血が床に滴っている。
「関節部ばかり狙いやがって……」
「今だ! 外に飛び出せ!」
タンゾウさんに腕を掴まれ、どうにか部屋の外に出ることができた。
「モリスン、グレイデさんのところに行って!!」
命を受けたモリスンは、迅速に行動を開始する。
飛び立つ背を見送りながら、私は友人のことを彼に託した。
「ふふん。ストレッチパワーが大分、溜まってきたぜい! そろそろ、お披露目してやろうー。俺のグリッドアーツ方天画戟を」
何? その謎パワー……。
それはさておき、ナックもグリッドアーツを所持しているのは少し驚いた。
店で販売しているのだから、持っていても当然のことだなんて、無粋なのは言いっこなしだ。
自身の肉体をこよなく愛し、筋肉の使徒たる彼が、ここに来て武具に頼るなど誰が想像できただろうか?
まぁ……彼に対する偏見だが。
「こいや!! 方天画戟きぃぃぃ――」
呼びかけに応じるように、どこからともなくドクンドクンと脈打つような音が聞こえてきた。
それもかなり近い。まさか、方天画戟が鼓動を鳴らしている? あり得ない! 生きている武具なんてアーカイブスの情報にすら記載されていない。
張り詰めた空気が場を支配していた、それもこれもこの未知なる異音のせいだ。
ナックの上半身が大きく揺らいだ――途端、その身に異変が生じる。
額の真ん中から刃が突き出したかと思うと、双方の拳から半月状の刃先がメリケンサックのごとく顕現した。
事態の異常さに思考が追いつかない。
ただ、事実とした受け入れるのであれば、方天画戟とは武器ではなく、ナックそのものを指し示す名だ。
「どうした? はは~ん、本物を見るのは初めてか! オリジナルのグリッドアーツはよー、適合者と融合できるんだよ。お前らが持ち歩いている模造品とは、格が違うんだよ! 格がぁあ」
「試してみるか? ナック」
「生けすかねぇ野郎だ。テメーは何かにつけて上からモノを言いやがる、そのくせ親父のご機嫌取りだけは上手かったよな―」
振り上げた方天画戟の拳がかすれて見えた気がした。
目を凝らしてみると、それは高速で痙攣しているかのように細かい動きで振動している。
不味い、万が一あの拳に触れてしまったら一溜まりもない。
「いけない、避けてぇぇ――――!!」
通路に私の声が響き渡る。
同時にナックが卑しい笑みを浮かべて剛腕を振り下ろしていた。
「がはっ……」と苦痛を漏らしながら手で口元を隠すタンゾウさん。
ナックの一撃を長槍で受け流した直後、彼は耳鼻と口内から帯びたたしい量の血を吐き出し片膝をついた。
「ハウリングフィスト、筋肉操作により身体に超振動を発生させる奇術。振動部に少しでも触れれば最後、間接的接触でも受けた者の身体を内部から破壊する。どうだ、苦しかろっ?」
「はぁはぁっ……それがお前のグリッドアーツの能力か。練功を使わない――のならどうって事はないな」
「やせ我慢もほどほどにしておけよ――――ジャガーノートアタァァアァック!!」
「ふっ、まったく成長していないな。敵に攻撃をするタイミングを教えてどうする、そんなんだから――」
スパンッ!! 物干し竿の先端が半月の刃と重なり合い鮮烈な火花を散らせた。
攻撃モーションをキャンセルさせる為に放った一手は、ナックの注意を引き付けるのには存分な威力だった。
「モチヨ……俺の邪魔をするな。 ん? 何だって!」
私に視線を向けたまま、ナックは急激に大人しくなり自らグリッドアーツを解除した。
まるで、風船の中に溜まっていた空気が抜けてしぼんでいくように、意気消沈した彼から殺気が薄れてゆく。
ナックは軽く舌打ちしながら、天上に向かって何やら呟いていた。
それが、彼らの交信だと気づくのにそう時間は要さなかった。
「おい、お前らついて来い! ねぇ……姉貴が呼んでいる」
耳を疑うような一言に、吃驚した私とタンゾウさんは互いに顔を見合わせ茫然するだけだ。
今更、ついて来いとはどういう風の吹き回しなのだろうか?
常識的に判断すれば、来いといわれてホイホイついて行くわけがない。
絶対に罠があると警戒するのが当然だ。
「あちらの提案に従おう。これはチャンスだ、モチさん。ゾイが道を開けない限り塔の最上階には辿りつけないことは変わりないんだ、だったら――」
「ですが、理由も分からず同行するのは危険だと思います。ナック、詳しく事情を説明してくれない?」
「知るか! ただ、俺は今すぐお前らを連れてこいって頼まれたんだよ」
嘘をついている気配はない。
ナックすら理解に苦しむほど、物事はゾイの独壇場で動いている。
「来い、外から最短で五階に向かうぞ」
「ほう、四階を避けるのは意図してか? 無理もない……あの場には、お前たちビーンズ一家の業、闇が押し込められているからな」
「てめぇ!! 何がいいたいんだ!?」
「まだ、英雄ごっこを続けるつもりなのか? すでに後戻りできないほど、その手は黒く染まってしまっているのに……」
ダン!! 壁に強く打ちつけられた拳で辺りに衝撃が走る。
誰の仕業か言うまでもない。鬼気迫る形相で、タンゾウさんを睨みつけるナック。
常に悪態をさらしている彼だが、今だけは違う。
これまでのものとは比べ物にならないほど強い憎悪を掻き立てている。
初めて、ナックに恐怖を感じた。
怒りが頂点に達しているはずなのに、彼は薄ら笑いしながら私達を凝視している。
冷たい……一度、理性を崩せば人とは、こうも狂ってしまう生物なのか?
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