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天上へ続く箱庭
前門の虎、後門の狼
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「タンゾウさん。私、あなたに訊きたいことが――」
「十年前のスタンピード事件か……」
詰め寄る私に、タンゾウさんは少し待てと言わんばかりに片手を突きだす。
嫌がっているわけでも、決して、こちらを邪険に扱っているわけでもなさそうだ。
むしろ、その反対。額に汗を滲ませる彼は何かを伝えようと苦悩しているようにも窺える。
勿論、言い辛い事もあるのかもしれない。
けれど、アリシアお婆ちゃんが話していた通り、過去のシェルティの街で起きた凄惨な出来事、その渦中にいたのは紛れもなくこの人だ。
知らなければならない。
ダンジョンコアの秘密、オルド伯の行方。
聞かなればならない。
どうして、スタンピードが起きたのか? どうしてシェルティの街がなくなった直後、この村が誕生したのか?
すべてを明かす鍵はタンゾウさんの記憶とともにある。
「期待外れで済まないが……事件について全部は話せない。というか……話すことができない」
「どういう意味?」
「ある程度は可能だ。でも、制限がある……そうなるように仕組まれたんだ。あの魔女、ディングリングに!」
その名を聞き、本能的に身がすくんだ。ディングリング、つい今しがたまで一緒だった彼女を思い出しただけで背筋が凍えてくる。
『萌知様? いかがなされましたか?』
「その反応、あの女を知っているようだね」
コクリと頷く私。タンゾウさんも深刻な面持ちで語り続ける。
「あの女を事を話す前に……モチさん、ダンジョンコアについてはどこまで知っている?」
「アリシアお婆ちゃんに教えて貰ったよ。十年ほど前、この付近でダンジョンが発見された後、オルド伯がダンジョンコアを見つけて持ち帰ってきたって……タンゾウさんもその時、同行していたんでしょ?」
「逆だ。俺がコアを発見しオルド様に同行を願ったんだ、コアを回収して欲しいとね」
「どうしてコアを?」
「俺の家は先祖代々から続く、錬金術師の家系でね。ダンジョンでコアを見つけた時、一目で分かったよ、これは錬成術で生みだされた代物だってね。コアは俺の知る限り、人の手に余るほどの危険な外法アイテムだ、それが世に出回ったどうなる? 確実に周囲に実害が及ぶ。だから、最悪事態が起こる前に処理したかった。なのに、あんな事になってしまった……」
「暴走だよね? 錬金術のことはサッパリだけど、順当に考えれば誰かがコアを使用したってことだよね」
「ああ、俺たちがダンジョンコアと呼んでいる宝石。それは単にダンジョンを形成し誕生させるだけのモノではなく、本質的に無から有を生み出す禁断の秘宝、その力は絶大で少しでも制御を誤れば、たちまち暴発する。シェルティの街を襲ったスタンピードはその産物だ」
『ほう、犯人がいると? それは村の人間ですかな?』
「悪いな、モリスンとやら。誰がコアを起動させたのかは、俺も知らない」
一瞬だが、タンゾウさんの視線が上に逸れた。
嘘だ――人は嘘をつく時、迷いが動きに現れる。
ほんの些細なことで普通に見ているだけでは気づかない。
けれど、私の神眼は誤魔化せはしない。
どうして嘘をついたのだろうか?
シンプルに誰かを庇っての事か? 人の良い彼のことだ、その可能性は十二分にある。
「余計な詮索はしないよ、私たちが立ち入る領分でもなさそうだし。それでスタンピード直後、タンゾウさんは屋敷に残っていた、そこから何があったの?」
「俺はカシュウと一緒にコアの暴走を食い止める為、色々と試した。今まで頼り切っていたオルド様が心を病んでしまった以上、彼に協力してもらうしかなかった。しかし、努力は空しくコアを抑えきれないでいた。はっきり言って後にも先にも、あれほどの絶望を感じた事はない、そんな中で何処からともなく俺達の前に現れたのが、あの魔女だった」
「ディングリング・アラモード。タンゾウさん、驚かせるようで悪いけど今この塔に来ているんだ、彼女。理由、あって下層でカシュウと兵士たちを捕縛して貰っている」
「何ぃ!! まさか、モチさん! あの女と何か約束しなかったか!?」
「えっ? 今回は手を出さないから、この村の人間が自分たちに危害を加えないよう、オマエが管理しろって言われたけど。もし、約束をやぶれば皆殺しにするとも仄めかしていたけど。私は約束した覚えはないし」
「したのか? どうかは問題じゃない。あの魔女の呪言ワーズワーストは強制力が強い、真向から否定しなければ受理されてしまう」
「つまり……私はディングリングと、とんでもない契約を結んだというわけ? 無理無理無理無理、ビーンズの私兵たちの連帯責任をどうして私が!? 理不尽極まりないよ!」
「なるほど、それで彼らの首の皮が繋がったわけか……皮肉だな」
「どど、どうすれば解呪できるかなぁああ!?」
「術者を屠るか、呪いを解除させるかの二択だ」
『また、ずいぶんとハードルが高い。ですが、我が主としては少々、物足りないぐらいですかな』
「モリスンさん? 人をマゾみたいに言わないで欲しいかな」
「と、とにかく俺もその呪いを受けている。おかげで、事件の全容を明かすことはタブーだ。あの女は本当に性悪だ。わざと自身が関わっていることだけ広められるように呪いを制限している」
「牽制と脅迫」
「だな、逃げられないことと逆らえば処断することを暗に伝えている。まっ、ビーンズ姉弟の横暴を見れば、いずれここに現れると、予見できるぐらだから不思議ではないが……」
わずかな時間、沈黙が訪れた。
事件の概要を知れば知るほど、複雑な人間模様が垣間見えてくる。
いくら街だったとはいえ、ここは辺境。
閉鎖的な空間で起こる出来事としては異様に感じてしまうほど色濃く膨大な内容だ。
いずれにせよ。情報が開示しきれていない以上、ダンジョンコアについての議論は後回しにした方がいい。
今は――――
「モリスン頼みがあるんだけど?」
『何なりと』
「私は今から上階に進まなくちゃいけない。だから、私の代わり一階まで降りて、グレイデさんの安全を確保して欲しいの。途中、鴉の面をつけた魔女に遭遇すると思うけど、粗相しちゃダメだよ。私の名前をだせば、きっと通してくれるはず」
『お任せあれ、多少は気になりますが~、もとより我は萌知様以外は眼中にないのでご安心を!』
うわっ……すんごーい、不安。
当たり障りなく喋る時のモリスンは、必ずというほど良からぬ事を企んでいる。
「絶対! 絶対、オサワリとかしないでよ! もし、敵対行為だと思われたら全員そこで終了だからね!」
「……盛り上がっているところスマンが、現状は八方塞がりだ。上に行こうにも階段がないし、下の階に行こうとすればナックが入口で待ち構えているはずだ」
「タンゾウさん、階段がないって……?」
「言ったままだ。俺とモリスンはこの上の四階層にいたんだが、上層に向かう階段が見つけられず、仕方なしに三階層に降りてきた。すると、しばらくして降りてきたはずの階段すら消えてしまった。間違いなく、この塔はダンジョンだ、おそらくゾイがダンジョンコアを操作して内部構造を変化させているんだろう」
「じゃあ、先にナックを捕まえて、ゾイに道を開けさせないと!」
「オイオイ! そう上手く事が運ぶと思ってんのかぁ!!」
壁の向こうから声が聞こえた。
「ちぃ、モチさん! 壁から離れるんだ!!」
タンゾウさんが叫んだのと同時に横隣りの壁が吹き飛んで砂塵が舞った。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
もとより分かるはずもなかった。
扉があるのにも関わらず、わざわざ壁を打ち抜いてやってきた脳筋野郎の心情など。
「十年前のスタンピード事件か……」
詰め寄る私に、タンゾウさんは少し待てと言わんばかりに片手を突きだす。
嫌がっているわけでも、決して、こちらを邪険に扱っているわけでもなさそうだ。
むしろ、その反対。額に汗を滲ませる彼は何かを伝えようと苦悩しているようにも窺える。
勿論、言い辛い事もあるのかもしれない。
けれど、アリシアお婆ちゃんが話していた通り、過去のシェルティの街で起きた凄惨な出来事、その渦中にいたのは紛れもなくこの人だ。
知らなければならない。
ダンジョンコアの秘密、オルド伯の行方。
聞かなればならない。
どうして、スタンピードが起きたのか? どうしてシェルティの街がなくなった直後、この村が誕生したのか?
すべてを明かす鍵はタンゾウさんの記憶とともにある。
「期待外れで済まないが……事件について全部は話せない。というか……話すことができない」
「どういう意味?」
「ある程度は可能だ。でも、制限がある……そうなるように仕組まれたんだ。あの魔女、ディングリングに!」
その名を聞き、本能的に身がすくんだ。ディングリング、つい今しがたまで一緒だった彼女を思い出しただけで背筋が凍えてくる。
『萌知様? いかがなされましたか?』
「その反応、あの女を知っているようだね」
コクリと頷く私。タンゾウさんも深刻な面持ちで語り続ける。
「あの女を事を話す前に……モチさん、ダンジョンコアについてはどこまで知っている?」
「アリシアお婆ちゃんに教えて貰ったよ。十年ほど前、この付近でダンジョンが発見された後、オルド伯がダンジョンコアを見つけて持ち帰ってきたって……タンゾウさんもその時、同行していたんでしょ?」
「逆だ。俺がコアを発見しオルド様に同行を願ったんだ、コアを回収して欲しいとね」
「どうしてコアを?」
「俺の家は先祖代々から続く、錬金術師の家系でね。ダンジョンでコアを見つけた時、一目で分かったよ、これは錬成術で生みだされた代物だってね。コアは俺の知る限り、人の手に余るほどの危険な外法アイテムだ、それが世に出回ったどうなる? 確実に周囲に実害が及ぶ。だから、最悪事態が起こる前に処理したかった。なのに、あんな事になってしまった……」
「暴走だよね? 錬金術のことはサッパリだけど、順当に考えれば誰かがコアを使用したってことだよね」
「ああ、俺たちがダンジョンコアと呼んでいる宝石。それは単にダンジョンを形成し誕生させるだけのモノではなく、本質的に無から有を生み出す禁断の秘宝、その力は絶大で少しでも制御を誤れば、たちまち暴発する。シェルティの街を襲ったスタンピードはその産物だ」
『ほう、犯人がいると? それは村の人間ですかな?』
「悪いな、モリスンとやら。誰がコアを起動させたのかは、俺も知らない」
一瞬だが、タンゾウさんの視線が上に逸れた。
嘘だ――人は嘘をつく時、迷いが動きに現れる。
ほんの些細なことで普通に見ているだけでは気づかない。
けれど、私の神眼は誤魔化せはしない。
どうして嘘をついたのだろうか?
シンプルに誰かを庇っての事か? 人の良い彼のことだ、その可能性は十二分にある。
「余計な詮索はしないよ、私たちが立ち入る領分でもなさそうだし。それでスタンピード直後、タンゾウさんは屋敷に残っていた、そこから何があったの?」
「俺はカシュウと一緒にコアの暴走を食い止める為、色々と試した。今まで頼り切っていたオルド様が心を病んでしまった以上、彼に協力してもらうしかなかった。しかし、努力は空しくコアを抑えきれないでいた。はっきり言って後にも先にも、あれほどの絶望を感じた事はない、そんな中で何処からともなく俺達の前に現れたのが、あの魔女だった」
「ディングリング・アラモード。タンゾウさん、驚かせるようで悪いけど今この塔に来ているんだ、彼女。理由、あって下層でカシュウと兵士たちを捕縛して貰っている」
「何ぃ!! まさか、モチさん! あの女と何か約束しなかったか!?」
「えっ? 今回は手を出さないから、この村の人間が自分たちに危害を加えないよう、オマエが管理しろって言われたけど。もし、約束をやぶれば皆殺しにするとも仄めかしていたけど。私は約束した覚えはないし」
「したのか? どうかは問題じゃない。あの魔女の呪言ワーズワーストは強制力が強い、真向から否定しなければ受理されてしまう」
「つまり……私はディングリングと、とんでもない契約を結んだというわけ? 無理無理無理無理、ビーンズの私兵たちの連帯責任をどうして私が!? 理不尽極まりないよ!」
「なるほど、それで彼らの首の皮が繋がったわけか……皮肉だな」
「どど、どうすれば解呪できるかなぁああ!?」
「術者を屠るか、呪いを解除させるかの二択だ」
『また、ずいぶんとハードルが高い。ですが、我が主としては少々、物足りないぐらいですかな』
「モリスンさん? 人をマゾみたいに言わないで欲しいかな」
「と、とにかく俺もその呪いを受けている。おかげで、事件の全容を明かすことはタブーだ。あの女は本当に性悪だ。わざと自身が関わっていることだけ広められるように呪いを制限している」
「牽制と脅迫」
「だな、逃げられないことと逆らえば処断することを暗に伝えている。まっ、ビーンズ姉弟の横暴を見れば、いずれここに現れると、予見できるぐらだから不思議ではないが……」
わずかな時間、沈黙が訪れた。
事件の概要を知れば知るほど、複雑な人間模様が垣間見えてくる。
いくら街だったとはいえ、ここは辺境。
閉鎖的な空間で起こる出来事としては異様に感じてしまうほど色濃く膨大な内容だ。
いずれにせよ。情報が開示しきれていない以上、ダンジョンコアについての議論は後回しにした方がいい。
今は――――
「モリスン頼みがあるんだけど?」
『何なりと』
「私は今から上階に進まなくちゃいけない。だから、私の代わり一階まで降りて、グレイデさんの安全を確保して欲しいの。途中、鴉の面をつけた魔女に遭遇すると思うけど、粗相しちゃダメだよ。私の名前をだせば、きっと通してくれるはず」
『お任せあれ、多少は気になりますが~、もとより我は萌知様以外は眼中にないのでご安心を!』
うわっ……すんごーい、不安。
当たり障りなく喋る時のモリスンは、必ずというほど良からぬ事を企んでいる。
「絶対! 絶対、オサワリとかしないでよ! もし、敵対行為だと思われたら全員そこで終了だからね!」
「……盛り上がっているところスマンが、現状は八方塞がりだ。上に行こうにも階段がないし、下の階に行こうとすればナックが入口で待ち構えているはずだ」
「タンゾウさん、階段がないって……?」
「言ったままだ。俺とモリスンはこの上の四階層にいたんだが、上層に向かう階段が見つけられず、仕方なしに三階層に降りてきた。すると、しばらくして降りてきたはずの階段すら消えてしまった。間違いなく、この塔はダンジョンだ、おそらくゾイがダンジョンコアを操作して内部構造を変化させているんだろう」
「じゃあ、先にナックを捕まえて、ゾイに道を開けさせないと!」
「オイオイ! そう上手く事が運ぶと思ってんのかぁ!!」
壁の向こうから声が聞こえた。
「ちぃ、モチさん! 壁から離れるんだ!!」
タンゾウさんが叫んだのと同時に横隣りの壁が吹き飛んで砂塵が舞った。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
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