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二章、前編 聖地への訪問

26話 旗印

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 誰も彼もが、ちゃんと名前を憶えていない。
 驚愕の事実に、野盗ミゲルが荒々しく中年の主張を轟かせていた。

「またまたぁ~、ご冗談を。ゲゲルさんは、ゲゲルさんでしょ!?」

「ミゲルなんて、どこの貴族の坊ちゃんだっていう話っすよ!」

 いくら真実を語っても、周囲がそれを許さない。
 野盗たちは、よほど悪党としての体裁、威厳を気にしているようだ。
 民間人に恐怖を抱かせてなんぼの世界だ。
 世間に舐められないように不利益なことは、完全に抹消しようとしている。
 それこそ、ミゲルなんて軟な名前の仲間などいない。
 ゲゲルこそが我々の正義、象徴、と言わんばかりに彼を後押ししている。

「ど、どうしましょう。神官様、あの悪漢はのゲゲルといって、野盗たちを取り仕切るグループのリーダー的な存在です」

「フラッガー? 旗のフラッグ?」

 ミゲルの姿を見るなり、ソフィーは頭を両手で抱えて、全身を震わせていた。
 この怯え方は尋常ではなない。
 過去に同様の恐怖を体験した者が発症する記憶障害、フラッシュバックとかいうモノだ。

「ん―――はぁ――――ん、はぁ―――。殺される、ここままだと全員、死んでしまう」

「落ち着いて、ソフィー。キィーナ、このお姉さんの手を握ってくれる!」

 過呼吸になる彼女を見て、すぐにキィーナを呼んだ。
 この子はカウンセラーではない、普通の女の子だ。
 でも、私には分かる。キィーナは、直感的に物事をとらえられる。
 独自の感性から生まれる言葉が、時として心に安らぎを与えてくれる。
 実際に救われた私が言うのだから間違いはない。
 それに二人は同じ境遇の人間だ、他者より分かり合える部分が多いはずだ。

「ジジイ、アンタもどうやら俺のフラッグちゃんの餌食になりたいらしいな」

 どこからともなく、ミゲルが自分の身長よりも長い鉄の棒を取り出した。
 その先端には、はためく髑髏どくろの旗がついている……。
 まさか、この旗を鈍器として扱うつもりなのか?
 その疑問もよりも先に私の脳裏によぎった言葉は――――

「クサッ! なして、そげな芋臭いもん、担いでんだ?」

 御者のお爺さんと似たような感想だった。 
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