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パン職人編
3-2
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3-2
「ラクース……」じっと、睨み合う両者。
その一言にどれだけ意味が込められているのか?
聞かなくとも、自ずと答えは見えてくる。張り詰めた空気に親愛の情などない。
かといって敵意を露わにしているわけでもなし。見下げているのとも違う。
怒りも憎しみもない無機質なモノ……二人の間には見えない溝があるように感じた。
「あのさ、ミミコの分もパンを焼いたんだ」見兼ねたクレスが小さく挙手した。
それを見たラクースは「フン!」と鼻を鳴らすと厨房から去ってゆく。
「もぉお! 何ですか!? あの態度は! あんなんだから寂寥のラクースなんて呼ばれるんですよ!」
「えええっと……知り合い?」
ラクースが視界から見えなくなるなり、愚痴をこぼすミミコ。
眉を釣り上げてはいるも、そこまで怒っているようには見えなかった。
「たんなる同期ですよぉー。小生が魔王城勤務になった時にラクースもキルシュ様の下に配属されたんですよ」
「も? ミミコってキルシュさんの部下なのか?」
「まぁ……そんな時もありましたが短い時間ですよ。小生は、すぐに給仕長であるマーガ様のところに移動しましたから」
どこかしら茶を濁したような言い方だった……。
そう思えるのは、ミミコが自分から視線を外しているからだろう。
心情を察したクレスは、あえて彼女の事情に踏み込もうとはしなかった。
ラクースとの間にどのような因縁があるのかは知らない――――
が、話す必要があると判断すればミミコの方から話してくれるはずだ。
「では、いただきまーす!!」出来立てのパンを渡すとミミコは瞳を輝かせていた。
余程、すきっ腹だったらしく一心不乱にパンに噛り付いていた。
「モグモグモグ……うっ!」
リスのように口の中一杯にパンを詰め込んでいた。そのせいで案の定、喉を詰まらせていた。
厨房にあった葡萄酒をグラスに注ぎ手渡すと、ミミコは一気に中身を飲み干した。
「ぷはぁぁあ! 危うく、天国に行くところでしたぁ!」
「慌てて食べるからだよ。どうだい。落ち着いた?」
「おかげ様で! クレス様……焼きたてのパンってこんなに美味しいものなんですね。小生、生まれてこの方、こんなにも美味しい物を食べたことがありません!」
さすがに褒めすぎではと思ったが、彼女の潤んだ瞳を見たクレスは喉元まで出かかった言葉を引っ込めた。
長いこと、まともな食事をとっていないのだ。
普通のパンでも格段に美味く感じるのはおかしいことではない。
「それでミルミル君だっけ? 水晶の方は見つかったの?」
「一本だけ、なんとか入手しました~」
「ご苦労様、一本だけでも実証は可能だ。ミミコ、もう一仕事させて悪いけど、俺をここに連れてってくれない?」
シャツの胸ポケットから、四つ折りにした紙切れをミミコに手渡した。
「またズイブンと古めかし紙ですねぇ。地図? ですかね」
彼女は片目を閉じながら紙切れを光に透かしていた。
そうでもしないと紙に刻まれている文字が読みにくいのだろう。
「ああ、書庫にあったモノを拝借したのさ。比較的、新しい年代の魔族領地図だから違いはないと思うけど」
広げた地図の一ヶ所をクレスが指差した。
そこは魔族領本土から若干離れた小島だった。
魔王城からは、さほど遠くはない。ミミコに可能な空間移動能力の制限次第だが、回数を重ねれば目的地に到着するはずだ。
「う~ん、困りましたねぇ~」
腕組しながらミミコが項垂れていた。
「そこまで行くのは無理なのか?」と聞くと「距離ではなく別の問題ですよぉぉ」と唇をへの字に曲げていた。
彼女いわく、対岸にある小島は魔王デゼルガルドの支配下には無いそうだ。
つまり無許可で侵入すれば、違法と見なされてしまう。
では、誰の管理下にあるのか? 答えとして島はデゼルガルドの妹であるヴェールアリアが所有しているらしい。
「遠い血縁にあたる人物……なら、ちゃんと事情を話せば分かってくれるさ」
「そんな期待はしない方がいいですよぉ」
ミミコの一言で現実へと引き戻された。
人族の領地で育ってきた自分、魔族社会で公にされなかった者が本当に魔王と家族なのか、疑わしい限りである。
魔王の血筋だと証明できるものは今のところ何もない。
依然あやふやなままだ。
「俺は魔王の子供か、どうか? なんて気にしてないけど。その人は俺を認めてくれないというのか?」
「望薄かと……。確実な証拠もありませんし、ヴェールアリア様はその……独占欲が強いお方だそうです。この魔王城とその周囲領域はいずれ、あの方の御子息や御息女に相続されることとなっていますから」
「それで、四魔皇は俺のことを公にしようとしないのか」
周囲から感じた後ろめたさの正体が見えてきた。
ヴェールアリアからすれば、いないはずの魔王後継者が唐突に現れたのも同じだ。
当然、彼らにとってクレスは邪魔者でしかない。
民たちの中には、魔王直系の子孫こそが魔王の座を継承するべきと主張する者もいる。
それを承知しているからこそ性格上、大叔母にあたる彼女はクレスを無き者にしようとする。
だからこそ、存在をひた隠しする必要があった。
「こうはどうだ? 素性は隠して飢饉の調査をしにきたから協力して欲しいと頼むんだ!」
「頼むも何もコチラから連絡する手段がありませーん」
「マジでか!!」
結局、プランCの誰にも気づかれず、こっそりと小島に上陸することに決まった。
マーガに相談するのもアリかと思ったが、確実に反対されるとミミコから忠告されてしまった。
黙って出掛けたことが、あとでバレた時の方がよほど恐ろしい気がしなくもない。
しかし、魔族領を救うべく行動を起こすのだ。
真摯に謝罪すればマーガだって分かってくれるはずだ。
「それじゃ、いきますかぁー!」
食料庫に置いてある大瓶の蓋を外すとミミコは飛び込んだ。
続いてクレスも瓶の中に両脚を突っ込んだ。
途端、身体が落下した感覚を覚えた。慌てて瓶の縁をつかもうとしたが、わずかに手が届かない。
「着きましたよぉ~、クレス様」
急に視界が開けると間近にエメラルドグリーンの瞳がのぞき込んでいた。
咽返すアルコールの臭いにより、木箱の中でうずくまっている自分に気づくと、すぐに外へと飛び出た。
箱から出た途端、磯の香りが漂い、さざ波の音が聴こえる。
クレスたちが出てきたのは漁船の甲板だった。
自分たちがどこにいるのか、聞くまでなく目的の小島の漁港。その一画へと移動できた。
ここからが本番だ。こちらの正体を誰にも気づかれず海岸まで移動したい。
そのためには誰にも遭遇せずに行ければいのだが……土台、無理な話だ。
港の出入口には検問所がある。
今は夜間だから、暗闇に紛れて移動することは可能だが出口は一ヶ所しかない。必ず、そこで見つかる。
「こうなりゃ、検問前で騒ぎを起こして、その隙にミミコだけでも外へ――――」
「ダメですよぉ~。騒ぎになった時点でクレス様は捕まってしまいます。小生も走るのは得意ではないので成功する確率はきわめて低いと思うのです」
「確率か。そういえばミミコは花瓶サイズの容器でも移動できたよね!」
クレスは、先程の木箱を漁り中から空のワインボトルを二本取り出した。
「それを、どうなさるつもりで?」
「プロクロロコッカス君に海中経由で片方の瓶を海岸まで運んでもらう。重量がある人間は無理でも空の酒瓶程度なら彼らのエアーチューブを通っていけるはずだ」
「ほへぇ?」
奇抜すぎる提案に、ミミコの眼が点となった。説明したとしても理解しきれるのか怪しい。
百聞は一見にしかずとクレスは彼女を連れて波打ち際まで歩いてゆく。
しゃがみ込むと、そのまま喋るようにして口元を動かしていた。
それは到底、言語と呼べるものではなかった。
誰かに教わったわけでも、本から得た知識でもなくクレスは生まれた時から菌の精霊たちと意思疎通することができた。
便宜上、言葉や会話と彼は呼んでいるが人間や魔族には聞き取れないレベルの音量だ。
菌や細菌たちだけが、彼の声をキャッチし仲間たちに伝えてゆく。
水面にワインボトル一本ほどのトンネルが開いた。
水中へと続いている穴はケーブルのように長く、どこまでも伸びているようだった。
「ミミコ、このボトルを追えるかい?」
「マーキングします。触らせてください…………覚えましたぁ」
ボトルに手のひらをあてがい自身のメギド(魔力)を固着させた。
そうすることで位置を特定できるようだ。
「頼んだよ、皆!」
ワインボトルを放流すると瞬く間に海の中に消えていった。
「ラクース……」じっと、睨み合う両者。
その一言にどれだけ意味が込められているのか?
聞かなくとも、自ずと答えは見えてくる。張り詰めた空気に親愛の情などない。
かといって敵意を露わにしているわけでもなし。見下げているのとも違う。
怒りも憎しみもない無機質なモノ……二人の間には見えない溝があるように感じた。
「あのさ、ミミコの分もパンを焼いたんだ」見兼ねたクレスが小さく挙手した。
それを見たラクースは「フン!」と鼻を鳴らすと厨房から去ってゆく。
「もぉお! 何ですか!? あの態度は! あんなんだから寂寥のラクースなんて呼ばれるんですよ!」
「えええっと……知り合い?」
ラクースが視界から見えなくなるなり、愚痴をこぼすミミコ。
眉を釣り上げてはいるも、そこまで怒っているようには見えなかった。
「たんなる同期ですよぉー。小生が魔王城勤務になった時にラクースもキルシュ様の下に配属されたんですよ」
「も? ミミコってキルシュさんの部下なのか?」
「まぁ……そんな時もありましたが短い時間ですよ。小生は、すぐに給仕長であるマーガ様のところに移動しましたから」
どこかしら茶を濁したような言い方だった……。
そう思えるのは、ミミコが自分から視線を外しているからだろう。
心情を察したクレスは、あえて彼女の事情に踏み込もうとはしなかった。
ラクースとの間にどのような因縁があるのかは知らない――――
が、話す必要があると判断すればミミコの方から話してくれるはずだ。
「では、いただきまーす!!」出来立てのパンを渡すとミミコは瞳を輝かせていた。
余程、すきっ腹だったらしく一心不乱にパンに噛り付いていた。
「モグモグモグ……うっ!」
リスのように口の中一杯にパンを詰め込んでいた。そのせいで案の定、喉を詰まらせていた。
厨房にあった葡萄酒をグラスに注ぎ手渡すと、ミミコは一気に中身を飲み干した。
「ぷはぁぁあ! 危うく、天国に行くところでしたぁ!」
「慌てて食べるからだよ。どうだい。落ち着いた?」
「おかげ様で! クレス様……焼きたてのパンってこんなに美味しいものなんですね。小生、生まれてこの方、こんなにも美味しい物を食べたことがありません!」
さすがに褒めすぎではと思ったが、彼女の潤んだ瞳を見たクレスは喉元まで出かかった言葉を引っ込めた。
長いこと、まともな食事をとっていないのだ。
普通のパンでも格段に美味く感じるのはおかしいことではない。
「それでミルミル君だっけ? 水晶の方は見つかったの?」
「一本だけ、なんとか入手しました~」
「ご苦労様、一本だけでも実証は可能だ。ミミコ、もう一仕事させて悪いけど、俺をここに連れてってくれない?」
シャツの胸ポケットから、四つ折りにした紙切れをミミコに手渡した。
「またズイブンと古めかし紙ですねぇ。地図? ですかね」
彼女は片目を閉じながら紙切れを光に透かしていた。
そうでもしないと紙に刻まれている文字が読みにくいのだろう。
「ああ、書庫にあったモノを拝借したのさ。比較的、新しい年代の魔族領地図だから違いはないと思うけど」
広げた地図の一ヶ所をクレスが指差した。
そこは魔族領本土から若干離れた小島だった。
魔王城からは、さほど遠くはない。ミミコに可能な空間移動能力の制限次第だが、回数を重ねれば目的地に到着するはずだ。
「う~ん、困りましたねぇ~」
腕組しながらミミコが項垂れていた。
「そこまで行くのは無理なのか?」と聞くと「距離ではなく別の問題ですよぉぉ」と唇をへの字に曲げていた。
彼女いわく、対岸にある小島は魔王デゼルガルドの支配下には無いそうだ。
つまり無許可で侵入すれば、違法と見なされてしまう。
では、誰の管理下にあるのか? 答えとして島はデゼルガルドの妹であるヴェールアリアが所有しているらしい。
「遠い血縁にあたる人物……なら、ちゃんと事情を話せば分かってくれるさ」
「そんな期待はしない方がいいですよぉ」
ミミコの一言で現実へと引き戻された。
人族の領地で育ってきた自分、魔族社会で公にされなかった者が本当に魔王と家族なのか、疑わしい限りである。
魔王の血筋だと証明できるものは今のところ何もない。
依然あやふやなままだ。
「俺は魔王の子供か、どうか? なんて気にしてないけど。その人は俺を認めてくれないというのか?」
「望薄かと……。確実な証拠もありませんし、ヴェールアリア様はその……独占欲が強いお方だそうです。この魔王城とその周囲領域はいずれ、あの方の御子息や御息女に相続されることとなっていますから」
「それで、四魔皇は俺のことを公にしようとしないのか」
周囲から感じた後ろめたさの正体が見えてきた。
ヴェールアリアからすれば、いないはずの魔王後継者が唐突に現れたのも同じだ。
当然、彼らにとってクレスは邪魔者でしかない。
民たちの中には、魔王直系の子孫こそが魔王の座を継承するべきと主張する者もいる。
それを承知しているからこそ性格上、大叔母にあたる彼女はクレスを無き者にしようとする。
だからこそ、存在をひた隠しする必要があった。
「こうはどうだ? 素性は隠して飢饉の調査をしにきたから協力して欲しいと頼むんだ!」
「頼むも何もコチラから連絡する手段がありませーん」
「マジでか!!」
結局、プランCの誰にも気づかれず、こっそりと小島に上陸することに決まった。
マーガに相談するのもアリかと思ったが、確実に反対されるとミミコから忠告されてしまった。
黙って出掛けたことが、あとでバレた時の方がよほど恐ろしい気がしなくもない。
しかし、魔族領を救うべく行動を起こすのだ。
真摯に謝罪すればマーガだって分かってくれるはずだ。
「それじゃ、いきますかぁー!」
食料庫に置いてある大瓶の蓋を外すとミミコは飛び込んだ。
続いてクレスも瓶の中に両脚を突っ込んだ。
途端、身体が落下した感覚を覚えた。慌てて瓶の縁をつかもうとしたが、わずかに手が届かない。
「着きましたよぉ~、クレス様」
急に視界が開けると間近にエメラルドグリーンの瞳がのぞき込んでいた。
咽返すアルコールの臭いにより、木箱の中でうずくまっている自分に気づくと、すぐに外へと飛び出た。
箱から出た途端、磯の香りが漂い、さざ波の音が聴こえる。
クレスたちが出てきたのは漁船の甲板だった。
自分たちがどこにいるのか、聞くまでなく目的の小島の漁港。その一画へと移動できた。
ここからが本番だ。こちらの正体を誰にも気づかれず海岸まで移動したい。
そのためには誰にも遭遇せずに行ければいのだが……土台、無理な話だ。
港の出入口には検問所がある。
今は夜間だから、暗闇に紛れて移動することは可能だが出口は一ヶ所しかない。必ず、そこで見つかる。
「こうなりゃ、検問前で騒ぎを起こして、その隙にミミコだけでも外へ――――」
「ダメですよぉ~。騒ぎになった時点でクレス様は捕まってしまいます。小生も走るのは得意ではないので成功する確率はきわめて低いと思うのです」
「確率か。そういえばミミコは花瓶サイズの容器でも移動できたよね!」
クレスは、先程の木箱を漁り中から空のワインボトルを二本取り出した。
「それを、どうなさるつもりで?」
「プロクロロコッカス君に海中経由で片方の瓶を海岸まで運んでもらう。重量がある人間は無理でも空の酒瓶程度なら彼らのエアーチューブを通っていけるはずだ」
「ほへぇ?」
奇抜すぎる提案に、ミミコの眼が点となった。説明したとしても理解しきれるのか怪しい。
百聞は一見にしかずとクレスは彼女を連れて波打ち際まで歩いてゆく。
しゃがみ込むと、そのまま喋るようにして口元を動かしていた。
それは到底、言語と呼べるものではなかった。
誰かに教わったわけでも、本から得た知識でもなくクレスは生まれた時から菌の精霊たちと意思疎通することができた。
便宜上、言葉や会話と彼は呼んでいるが人間や魔族には聞き取れないレベルの音量だ。
菌や細菌たちだけが、彼の声をキャッチし仲間たちに伝えてゆく。
水面にワインボトル一本ほどのトンネルが開いた。
水中へと続いている穴はケーブルのように長く、どこまでも伸びているようだった。
「ミミコ、このボトルを追えるかい?」
「マーキングします。触らせてください…………覚えましたぁ」
ボトルに手のひらをあてがい自身のメギド(魔力)を固着させた。
そうすることで位置を特定できるようだ。
「頼んだよ、皆!」
ワインボトルを放流すると瞬く間に海の中に消えていった。
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