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三百二十五話
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思惑とは言い得て妙である。
偶然の折り重なりよって、頓挫しかけた彼の計画は再び始動することとなった。
誰も彼も、これが単なる王位争奪戦だと思っている。
利害が一致しているのだから、とことん利用するだけだ。
ギブアンドテイクの精神、それは恩師たるエゼックトが彼らに教えた処世術。
それをどう観るのかは個人の感性による。
単純に取引き材料と見なすか? それとも救済方法として用いるのか? もしくは、釣り糸に垂らす餌として利用するべきか……。
いずれせよ、彼ら神の子たちは五年という歳月を経て同じ舞台に上がってきた。
交わる方向は、別々だがクドは信じて疑わない。
かつての仲間との絆は、容易に断ち切れるものではないと。
ギデオンはどう考えているのか?
答えは、常に戦場にある。
荒れ狂う人の波の中で手にした銃器を静かに構えながら先の展開を見据える彼の姿は一際、目を引くものがあった。
「少年よ……力を貸せ。オレが、この獏王が!! 貴様の分も奴らを粉砕してやろう!」
女性のウエストほどはある肥大化した太腿を両手で打ち鳴らす。
頑強そうな肉つきとスキンヘッドが印象的な獏王は六鬼衆の筆頭頭である。
相手の力量すら見ようしないで勝ち誇ろうとする、この男は典型的な脳筋ともいえる。
威勢とよく通る声は非常に大きい。
どこから、その自信が湧き出てくるのか? 懐疑的な周囲は、獏王についてあらぬ噂を流していた。
ハリボテの王――――その豪胆な振る舞いは、自信のなさの裏返しだと……。
ギデオンとってはヘイガンの部下がどうだろうと知ったことではない。
よって、最初から共闘という選択肢は存在しない。
たった一つ、やってやれることは――――
「おっさん、邪魔だから下がっていろ! あの踊り子にはアンタじゃ太刀打ちできない……」
そう、注意喚起することぐらいだ。
「ハッハ、イキるのは結構なことだが仮にも六鬼衆であるオレにこのまま退けというのか? できない相談だな!」
「相談ではない。死にたくなければ、踊り子と戦うな! おっさんは、隣のヒョロイ奴の相手でもしていな」
「むむむっ、子供ではないか! さすがにオレも小さな子を傷つけることはできないぞ。ならば、少年! 貴様の進言に従おう」
勝手な解釈だが、一応道理は通っている。
ヒューズは脅威ではないが、兵士たちを動かす統率力を馬鹿にはできない。
封じておくことに越したことはない。
ギデオンは頷くと獏王と二手に別れ、チルルの方へと接近した。
「パシュパタ・アストラ!!」
前方にいるチルルが大声で叫んだ。
数秒と経たないうちに、全身から闘気を噴き出した彼女が矢のごとくギデオンの方へ飛んできた。
神速の域に達する体当たり……速いだけで大したことはないとなどと考えてはいけない。
空を切り開くソレは、摩擦により闘気に炎を付与する。
直接、触れなくともチルルに近づけば自然と発火してしまう。
魔殺の一手と呼ばれる、その攻撃から逃れた者は未だ一人もいない。
「ぐっ!! クソ、何なんだ? この炎は……消しても消しても消えないぞ」
炎に巻かれるギデオン。
着ていたミスリル素材のローブの耐熱性と極点の蒼炎により辛うじて、炎の進行を食い止めているが上昇する熱気までは下げることができない。
このままでは、身体の内側から焼かれて蒸し焼きにされてしまう。
何より、まずは呼吸器を保護しないといけない。
一酸化炭素中毒も怖いが、肺がやれてしまえば窒息する。
「ウガガガアアアア――――!!」
咆哮し、なおもチルルは猛攻を続ける。
地面を蹴り上げてはギデオンを襲い、着地したらまた飛びかかる。
それを超高速で休みなく繰り返すのだ。当然ながら、肉体にかかる負荷は半端ではない。
「もう止めておけ! それ以上は身が持たないぞ」
「黙れ! オマエの指図は受けない。チルルはクドと約束したんだ! 皆にパンを配るって!!」
「パン? いったい何を―――――」
彼女にとっては、自分のことなど些細なことでしかない。
何よりも優先されるのはクドの願いである。
彼の願望はチルルの希望。
それが叶うまでは、守り続けないといけない。
少女は誰よりも何よりも必死だった……約束を果たすために。
想い強さは、気力の大きさにも直結する。
その切実さ、実直さがギデオンを苦しめていた。
攻撃範囲から脱しようとしても、直撃を避けるのに手一杯で、そこから一歩も移動できていない。
「このままだと消耗戦になる……あの踊り子が力尽きるか、僕が燃え尽きてしまうかだ。当然、そうはさせないがな!!」
ギデオンの周りから黒炎が立ち込め、闘気の炎を遮断した。
厳密に言えば、飲み込んだのだ。
暗黒の炎は、いかなるモノも焼き尽くす……それがダークフレイムだ。
「炎を扱えるのは、お前だけの専売特許じゃない」
偶然の折り重なりよって、頓挫しかけた彼の計画は再び始動することとなった。
誰も彼も、これが単なる王位争奪戦だと思っている。
利害が一致しているのだから、とことん利用するだけだ。
ギブアンドテイクの精神、それは恩師たるエゼックトが彼らに教えた処世術。
それをどう観るのかは個人の感性による。
単純に取引き材料と見なすか? それとも救済方法として用いるのか? もしくは、釣り糸に垂らす餌として利用するべきか……。
いずれせよ、彼ら神の子たちは五年という歳月を経て同じ舞台に上がってきた。
交わる方向は、別々だがクドは信じて疑わない。
かつての仲間との絆は、容易に断ち切れるものではないと。
ギデオンはどう考えているのか?
答えは、常に戦場にある。
荒れ狂う人の波の中で手にした銃器を静かに構えながら先の展開を見据える彼の姿は一際、目を引くものがあった。
「少年よ……力を貸せ。オレが、この獏王が!! 貴様の分も奴らを粉砕してやろう!」
女性のウエストほどはある肥大化した太腿を両手で打ち鳴らす。
頑強そうな肉つきとスキンヘッドが印象的な獏王は六鬼衆の筆頭頭である。
相手の力量すら見ようしないで勝ち誇ろうとする、この男は典型的な脳筋ともいえる。
威勢とよく通る声は非常に大きい。
どこから、その自信が湧き出てくるのか? 懐疑的な周囲は、獏王についてあらぬ噂を流していた。
ハリボテの王――――その豪胆な振る舞いは、自信のなさの裏返しだと……。
ギデオンとってはヘイガンの部下がどうだろうと知ったことではない。
よって、最初から共闘という選択肢は存在しない。
たった一つ、やってやれることは――――
「おっさん、邪魔だから下がっていろ! あの踊り子にはアンタじゃ太刀打ちできない……」
そう、注意喚起することぐらいだ。
「ハッハ、イキるのは結構なことだが仮にも六鬼衆であるオレにこのまま退けというのか? できない相談だな!」
「相談ではない。死にたくなければ、踊り子と戦うな! おっさんは、隣のヒョロイ奴の相手でもしていな」
「むむむっ、子供ではないか! さすがにオレも小さな子を傷つけることはできないぞ。ならば、少年! 貴様の進言に従おう」
勝手な解釈だが、一応道理は通っている。
ヒューズは脅威ではないが、兵士たちを動かす統率力を馬鹿にはできない。
封じておくことに越したことはない。
ギデオンは頷くと獏王と二手に別れ、チルルの方へと接近した。
「パシュパタ・アストラ!!」
前方にいるチルルが大声で叫んだ。
数秒と経たないうちに、全身から闘気を噴き出した彼女が矢のごとくギデオンの方へ飛んできた。
神速の域に達する体当たり……速いだけで大したことはないとなどと考えてはいけない。
空を切り開くソレは、摩擦により闘気に炎を付与する。
直接、触れなくともチルルに近づけば自然と発火してしまう。
魔殺の一手と呼ばれる、その攻撃から逃れた者は未だ一人もいない。
「ぐっ!! クソ、何なんだ? この炎は……消しても消しても消えないぞ」
炎に巻かれるギデオン。
着ていたミスリル素材のローブの耐熱性と極点の蒼炎により辛うじて、炎の進行を食い止めているが上昇する熱気までは下げることができない。
このままでは、身体の内側から焼かれて蒸し焼きにされてしまう。
何より、まずは呼吸器を保護しないといけない。
一酸化炭素中毒も怖いが、肺がやれてしまえば窒息する。
「ウガガガアアアア――――!!」
咆哮し、なおもチルルは猛攻を続ける。
地面を蹴り上げてはギデオンを襲い、着地したらまた飛びかかる。
それを超高速で休みなく繰り返すのだ。当然ながら、肉体にかかる負荷は半端ではない。
「もう止めておけ! それ以上は身が持たないぞ」
「黙れ! オマエの指図は受けない。チルルはクドと約束したんだ! 皆にパンを配るって!!」
「パン? いったい何を―――――」
彼女にとっては、自分のことなど些細なことでしかない。
何よりも優先されるのはクドの願いである。
彼の願望はチルルの希望。
それが叶うまでは、守り続けないといけない。
少女は誰よりも何よりも必死だった……約束を果たすために。
想い強さは、気力の大きさにも直結する。
その切実さ、実直さがギデオンを苦しめていた。
攻撃範囲から脱しようとしても、直撃を避けるのに手一杯で、そこから一歩も移動できていない。
「このままだと消耗戦になる……あの踊り子が力尽きるか、僕が燃え尽きてしまうかだ。当然、そうはさせないがな!!」
ギデオンの周りから黒炎が立ち込め、闘気の炎を遮断した。
厳密に言えば、飲み込んだのだ。
暗黒の炎は、いかなるモノも焼き尽くす……それがダークフレイムだ。
「炎を扱えるのは、お前だけの専売特許じゃない」
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