305 / 362
三百五話
しおりを挟む
胸の中のざわめきが収まらない。
少女の姿をした未知なる敵に、カイの手が震える。
アルコール依存症ではあるが、無意識にここまでは酷くなったことはない。
全身が、生物としての本能が危険を察知している。
これ以上は、この者と関わるべきではないと騒ぎ立てているのだ。
むろん、カイとて骨が折れそうな相手と戦うの裂けたいところである。
そうできないのは、戦況が戦況だからだ。
「はぁー、何てこった。コチラの持ち駒をすべて押さえられてしまうとはな」
「ほぉぉぉ、気づくか。伊達に導師と名乗っているわけではないようだが、もう手遅れだ」
「……らしいな。ったく、誤算だったぞ。お前たちが最後尾だったとはな」
唇を噛みしめるカイにチルルが肩を揺らしながら口元に手を当てる。
ようやく、事の真実に辿りついた愚者を哀れむような視線を向けてきた。
目の前の敵がどういう態度を見せようとも、カイのとっては何の意味も持たない。
弟子のオッドが心が死んでいると指摘した通り、全てを投げ出し放棄してしまった人間には、自分がどうであるかなど興味に範疇にもない。
生きていればそれでいい。辛くなければ問題ない。満足できれば他がどうなろうと構わない。不平不満を溜めないように自分に嘘をついていればいい。
それが、カイという男が選んだ道。
自身の運命と世界の醜悪さに失望し、行き場を見失った者の軌跡。
このまま何もなく、終わるのかと思っていたが救いはあった。
最期の最後で、自分の想いを託せる相手を見つけられた。
大したことでなくとも、カイにはそれだけで充分だった。
満足とは違う、心の中にそよ風が吹くような、こそばゆい感情。
「大練功!! 八十八門無限界脱修羅獄環・覇壊」
地獄より、いでし八十八門がチルルを囲う。
円を描くそれは何かを模したような配置で並べられるが、それが何であるのか知ることができるのは、地獄の審判を受ける者だけである。
カイの扱える、最強最悪な練功術……それは今でのような幻影ではなく実在するものだと言われている。
簡潔にまとめれば、このアルテシオンに異なる世界を半投影させた異世界を練功によって、この世界に引き寄せたということだ。
基本、世界は互いに干渉し合わないようになっている。
しかし、大練功はその暗黙のルールなどを無視して術式を発動している。
カイを介して蜃気楼のように人々の視界に飛び込み、現実としての影響をもたらせてくる。
門が開くと同時に、八十体ほどの堕天使たちがチチルを地の底へと引きずるべく這いよってきた。
得も言われぬ光景にチルルは「フッン!」と鼻息を鳴らした。
その顔をベールで覆った異形の有翼人たちは彼女にとっては、ただの生物で済まされてしまうらしい。
神々しさとは無縁の少女には、何が凄くてどこが脅威なのか? 理解に及ばなかった。
ただ、少女は華麗に舞う。
手を伸ばしてくる地獄の使者に、羽衣振り回しながら撃退してゆく。
羽衣の先にはついた特大の煌びやかな鈴が飛び交う。
堕天使たちの身体を粉砕し、次々と数をへらしてゆく。
まるで玩具を扱うように、無慈悲に鈴で頭ごとかち割ってゆく。
鈴の重量は実のに2トン、そんなものに体当たりされれば、堕天使だって一溜りもない。
「心配するな。次はオマエだ……ドープステューピッド!!」
チルルの動きが倍速する。
それまで素早いながらも、どこか緩慢だった動作は電光石火になりて、敵を狩りつくす。
あまりの速度に、残像が移っておる。どこに本物の彼女がいるのか?
すでに目では追えなくなってしまっていた。
「ちっぃいぃ! 八大魔王よ。ソイツの動きを封じ込めろ」
残り八つの門、出てきたのは魔族の王たちだった。
天使たちを長年、捕らえて堕天させた張本人たちである。
その魔力は強大あり、一度でも彼らが世に放たれれば、世界は真っ先に滅ぶと云われている。
頼みの綱が、一瞬にして消え去った。
八大魔王と呼ばれていた、悪魔の一団はチルルに力づくと即座に返り討ちにあっていた。
魔王という名を冠しておきながら、攻められるとめっぽう弱い。
鮮血のシャワーを浴びながら、佇むカイ……勝敗はもう出ていた。
両膝を地面について倒れ込む……彼のそばには首のない魔王たちの残骸が転がっていた。
「ハッハハハ……バケモンだ。 こんなのあり得ねぇ……気をつけろ! オッドぉぉぉ――――!! 奴らはすでにここに―――――ゲハッ! ゴフッ! ゴフッ!!」
口元から血飛沫をまき散らしてもカイは叫び続けた。
ここから、程遠くない場所にいる弟子に向けて敵の脅威を知らせようとしていた。
当然、彼の声は届かない……身体に風穴を開けたままでは、何もできなかった。
少女の姿をした未知なる敵に、カイの手が震える。
アルコール依存症ではあるが、無意識にここまでは酷くなったことはない。
全身が、生物としての本能が危険を察知している。
これ以上は、この者と関わるべきではないと騒ぎ立てているのだ。
むろん、カイとて骨が折れそうな相手と戦うの裂けたいところである。
そうできないのは、戦況が戦況だからだ。
「はぁー、何てこった。コチラの持ち駒をすべて押さえられてしまうとはな」
「ほぉぉぉ、気づくか。伊達に導師と名乗っているわけではないようだが、もう手遅れだ」
「……らしいな。ったく、誤算だったぞ。お前たちが最後尾だったとはな」
唇を噛みしめるカイにチルルが肩を揺らしながら口元に手を当てる。
ようやく、事の真実に辿りついた愚者を哀れむような視線を向けてきた。
目の前の敵がどういう態度を見せようとも、カイのとっては何の意味も持たない。
弟子のオッドが心が死んでいると指摘した通り、全てを投げ出し放棄してしまった人間には、自分がどうであるかなど興味に範疇にもない。
生きていればそれでいい。辛くなければ問題ない。満足できれば他がどうなろうと構わない。不平不満を溜めないように自分に嘘をついていればいい。
それが、カイという男が選んだ道。
自身の運命と世界の醜悪さに失望し、行き場を見失った者の軌跡。
このまま何もなく、終わるのかと思っていたが救いはあった。
最期の最後で、自分の想いを託せる相手を見つけられた。
大したことでなくとも、カイにはそれだけで充分だった。
満足とは違う、心の中にそよ風が吹くような、こそばゆい感情。
「大練功!! 八十八門無限界脱修羅獄環・覇壊」
地獄より、いでし八十八門がチルルを囲う。
円を描くそれは何かを模したような配置で並べられるが、それが何であるのか知ることができるのは、地獄の審判を受ける者だけである。
カイの扱える、最強最悪な練功術……それは今でのような幻影ではなく実在するものだと言われている。
簡潔にまとめれば、このアルテシオンに異なる世界を半投影させた異世界を練功によって、この世界に引き寄せたということだ。
基本、世界は互いに干渉し合わないようになっている。
しかし、大練功はその暗黙のルールなどを無視して術式を発動している。
カイを介して蜃気楼のように人々の視界に飛び込み、現実としての影響をもたらせてくる。
門が開くと同時に、八十体ほどの堕天使たちがチチルを地の底へと引きずるべく這いよってきた。
得も言われぬ光景にチルルは「フッン!」と鼻息を鳴らした。
その顔をベールで覆った異形の有翼人たちは彼女にとっては、ただの生物で済まされてしまうらしい。
神々しさとは無縁の少女には、何が凄くてどこが脅威なのか? 理解に及ばなかった。
ただ、少女は華麗に舞う。
手を伸ばしてくる地獄の使者に、羽衣振り回しながら撃退してゆく。
羽衣の先にはついた特大の煌びやかな鈴が飛び交う。
堕天使たちの身体を粉砕し、次々と数をへらしてゆく。
まるで玩具を扱うように、無慈悲に鈴で頭ごとかち割ってゆく。
鈴の重量は実のに2トン、そんなものに体当たりされれば、堕天使だって一溜りもない。
「心配するな。次はオマエだ……ドープステューピッド!!」
チルルの動きが倍速する。
それまで素早いながらも、どこか緩慢だった動作は電光石火になりて、敵を狩りつくす。
あまりの速度に、残像が移っておる。どこに本物の彼女がいるのか?
すでに目では追えなくなってしまっていた。
「ちっぃいぃ! 八大魔王よ。ソイツの動きを封じ込めろ」
残り八つの門、出てきたのは魔族の王たちだった。
天使たちを長年、捕らえて堕天させた張本人たちである。
その魔力は強大あり、一度でも彼らが世に放たれれば、世界は真っ先に滅ぶと云われている。
頼みの綱が、一瞬にして消え去った。
八大魔王と呼ばれていた、悪魔の一団はチルルに力づくと即座に返り討ちにあっていた。
魔王という名を冠しておきながら、攻められるとめっぽう弱い。
鮮血のシャワーを浴びながら、佇むカイ……勝敗はもう出ていた。
両膝を地面について倒れ込む……彼のそばには首のない魔王たちの残骸が転がっていた。
「ハッハハハ……バケモンだ。 こんなのあり得ねぇ……気をつけろ! オッドぉぉぉ――――!! 奴らはすでにここに―――――ゲハッ! ゴフッ! ゴフッ!!」
口元から血飛沫をまき散らしてもカイは叫び続けた。
ここから、程遠くない場所にいる弟子に向けて敵の脅威を知らせようとしていた。
当然、彼の声は届かない……身体に風穴を開けたままでは、何もできなかった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…
三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった!
次の話(グレイ視点)にて完結になります。
お読みいただきありがとうございました。

契約結婚のはずが、気づけば王族すら跪いていました
言諮 アイ
ファンタジー
――名ばかりの妻のはずだった。
貧乏貴族の娘であるリリアは、家の借金を返すため、冷酷と名高い辺境伯アレクシスと契約結婚を結ぶことに。
「ただの形式だけの結婚だ。お互い干渉せず、適当にやってくれ」
それが彼の第一声だった。愛の欠片もない契約。そう、リリアはただの「飾り」のはずだった。
だが、彼女には誰もが知らぬ “ある力” があった。
それは、神代より伝わる失われた魔法【王威の審判】。
それは“本来、王にのみ宿る力”であり、王族すら彼女の前に跪く絶対的な力――。
気づけばリリアは貴族社会を塗り替え、辺境伯すら翻弄し、王すら頭を垂れる存在へ。
「これは……一体どういうことだ?」
「さあ? ただの契約結婚のはずでしたけど?」
いつしか契約は意味を失い、冷酷な辺境伯は彼女を「真の妻」として求め始める。
――これは、一人の少女が世界を変え、気づけばすべてを手に入れていた物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる