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三百三話
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敵の騎竜が降下してゆく。
不肖の弟子は本番には、めっぽう強い。
思いのほか、ことがスムーズに運んでいることにカイはほくそ笑んだ。
カイはバァルクダ高地から離れると、山間にある川岸で一人、火を焚いていた。
簡易的な炉を作り、そこに釣ったばかりの川魚を並べて焼く。
何をのんびりと構えているのかと周りから指摘を受けてしまいそうだが、カイ本人はいたって真面目に取り組んでいるつもりだ。
河岸に待機しているのも、飛竜を着地させられそうな開けた場所はここいらしかないのを知っているからだ。
ここで火を起こせば、煙に気づいた東軍の兵士たちが必ずやってくる。
わざわざ、コチラから出向く必要もない。
飛竜が落下したのを確認してから三十分は経過した。
「そろそろだな……」
そう呟くカイの耳には上流の方から聞こえてくる微かな、声を捉えていた。
足音の数は思っていた以上に少ない。
取り敢えずは斥候を動かしてきたという感じに、カイは舌打ちした。
随分と慎重なのは、ドルゲニア人らしからぬ動きだったからだ。
上流から歩いてくる人影が見えた。
隠れながら近づいてくることは不可能に近い。
障害物といえるものがあまり無いからだ。
敵がここを通過する方法は、民間人に扮して通り抜けるか?
それとも、容赦なく襲い掛かり邪魔になる者を排除するか? のどちらかだ。
別のルートを探すのも考えられなくないが、はっきり言って悪手だ。
時間がかかる上に、この近辺の地形は入り組んでいて迷い易い。
「おっ! 人がいるぞ。お―――――い!!」
カイに気づくなり、大手を振ったのは一人の少女だった。
彼女は数名の兵士たちと共にここまで下ってきたようだ。
最初こそは、兵に同行しているのかと思われたが、すぐにそうではないと悟った。
明らかに、周りの方が幼い彼女に連れられている。
だとすれば、この少女が敵将の一人となる。
相手が子供だろうが戦場に出てくるほどの手練れだ、油断は禁物だ。
焼けた魚を肴にボトルの中の酒をグイッと飲む。
「たまには外で飲むのも悪かぁないな……魚、食うか?」
「おおっ、美味そうだな! 食うぞ、くれ!」
木の枝に刺した焼き魚を、手渡すと少女は、警戒することもなくガツガツと食べ始めた。
カイの素性を知らないにしろ、進軍中に見知らぬ人間から食べ物を渡されて迷わず口にするとは驚きである。
本当に軍人なのか疑わしくもなるほどに、他の兵たちも彼女の行動を止めようとはしない。
毒入りだったら、どうするつもりなのか?
それとも毒を無効化できるほどの耐性を持っているというのか?
少女のデタラメな行動はカイの心を大いに掻き乱す。
「オッちゃん、怖いか?」
「はぁ? 何だ、いきなり」
「チルル、知っている。それ恐怖という……オッちゃんは、ソレに憑かれている。だから、チルルのことが分からない、チガウか?」
「ふん、お前さんも大人になれば嫌でも分かるさ。この世は怖いもんだらけだって事をよ」
「怖いの嫌か? チルルは怖くないぞ。だって、強いからな~。クドが言っていた、この世でチルルに勝てる奴なんか居ないって」
「それは、また……随分とデカくでたな」
クド将軍の名がでた途端、それまでの温和な空気が一変した。
空っ風のように、冷たく乾いているような雰囲気が場を包み込んでいた。
カイが思っていた以上に、相手は手強い。
チルルという少女は最初から、彼が幽玄導師だと知った上で近づいてきたのだから。
余程の自信が無ければ、間近で敵と対面することなどない。
「これまた、世知辛い!」
座ったままの姿勢から即座に身体斜めにし炉を蹴り飛ばした。
同時に、カイが手渡した魚の木の枝が彼の頬をかすめた。
「ほぉ、今のを避けたか。喉を狙ったのにやるな! 大体の奴は、あの一撃でくたばる」
「自慢ばかりしていると足下をすくわれるぞ! 練功、狂爆夢」
握ったままの右拳を、左手で包む。
打ち鳴らす音を合図にカイの姿が忽然と消えた。
「幻覚の類か、さっきの念波といい面倒な力だな。ここで消しておけば、クドにホメてもらえるかも?」
川辺には、無数の鬼火が飛んでいた。周囲は靄がかかり視界は見えにくい。
やがて鬼火が一塊になるように、チルルの下へと一斉に飛んで行く。
ダンサーならではの柔軟な身体と、バランス感覚で巧みに鬼火をかわしてゆく。
見た目は火の玉でも、威力は凄まじい。
地面に接触するとたちまち爆発を起こす。
「チョット、しんどいかも。シャドウダンス、マリオネットワルツ」
手をかざしたチルルがオーケストラのコンダクターように腕を振るう。
その動きと連動し、付き添っていた兵士たちが彼女を守るように覆い被さった。
不肖の弟子は本番には、めっぽう強い。
思いのほか、ことがスムーズに運んでいることにカイはほくそ笑んだ。
カイはバァルクダ高地から離れると、山間にある川岸で一人、火を焚いていた。
簡易的な炉を作り、そこに釣ったばかりの川魚を並べて焼く。
何をのんびりと構えているのかと周りから指摘を受けてしまいそうだが、カイ本人はいたって真面目に取り組んでいるつもりだ。
河岸に待機しているのも、飛竜を着地させられそうな開けた場所はここいらしかないのを知っているからだ。
ここで火を起こせば、煙に気づいた東軍の兵士たちが必ずやってくる。
わざわざ、コチラから出向く必要もない。
飛竜が落下したのを確認してから三十分は経過した。
「そろそろだな……」
そう呟くカイの耳には上流の方から聞こえてくる微かな、声を捉えていた。
足音の数は思っていた以上に少ない。
取り敢えずは斥候を動かしてきたという感じに、カイは舌打ちした。
随分と慎重なのは、ドルゲニア人らしからぬ動きだったからだ。
上流から歩いてくる人影が見えた。
隠れながら近づいてくることは不可能に近い。
障害物といえるものがあまり無いからだ。
敵がここを通過する方法は、民間人に扮して通り抜けるか?
それとも、容赦なく襲い掛かり邪魔になる者を排除するか? のどちらかだ。
別のルートを探すのも考えられなくないが、はっきり言って悪手だ。
時間がかかる上に、この近辺の地形は入り組んでいて迷い易い。
「おっ! 人がいるぞ。お―――――い!!」
カイに気づくなり、大手を振ったのは一人の少女だった。
彼女は数名の兵士たちと共にここまで下ってきたようだ。
最初こそは、兵に同行しているのかと思われたが、すぐにそうではないと悟った。
明らかに、周りの方が幼い彼女に連れられている。
だとすれば、この少女が敵将の一人となる。
相手が子供だろうが戦場に出てくるほどの手練れだ、油断は禁物だ。
焼けた魚を肴にボトルの中の酒をグイッと飲む。
「たまには外で飲むのも悪かぁないな……魚、食うか?」
「おおっ、美味そうだな! 食うぞ、くれ!」
木の枝に刺した焼き魚を、手渡すと少女は、警戒することもなくガツガツと食べ始めた。
カイの素性を知らないにしろ、進軍中に見知らぬ人間から食べ物を渡されて迷わず口にするとは驚きである。
本当に軍人なのか疑わしくもなるほどに、他の兵たちも彼女の行動を止めようとはしない。
毒入りだったら、どうするつもりなのか?
それとも毒を無効化できるほどの耐性を持っているというのか?
少女のデタラメな行動はカイの心を大いに掻き乱す。
「オッちゃん、怖いか?」
「はぁ? 何だ、いきなり」
「チルル、知っている。それ恐怖という……オッちゃんは、ソレに憑かれている。だから、チルルのことが分からない、チガウか?」
「ふん、お前さんも大人になれば嫌でも分かるさ。この世は怖いもんだらけだって事をよ」
「怖いの嫌か? チルルは怖くないぞ。だって、強いからな~。クドが言っていた、この世でチルルに勝てる奴なんか居ないって」
「それは、また……随分とデカくでたな」
クド将軍の名がでた途端、それまでの温和な空気が一変した。
空っ風のように、冷たく乾いているような雰囲気が場を包み込んでいた。
カイが思っていた以上に、相手は手強い。
チルルという少女は最初から、彼が幽玄導師だと知った上で近づいてきたのだから。
余程の自信が無ければ、間近で敵と対面することなどない。
「これまた、世知辛い!」
座ったままの姿勢から即座に身体斜めにし炉を蹴り飛ばした。
同時に、カイが手渡した魚の木の枝が彼の頬をかすめた。
「ほぉ、今のを避けたか。喉を狙ったのにやるな! 大体の奴は、あの一撃でくたばる」
「自慢ばかりしていると足下をすくわれるぞ! 練功、狂爆夢」
握ったままの右拳を、左手で包む。
打ち鳴らす音を合図にカイの姿が忽然と消えた。
「幻覚の類か、さっきの念波といい面倒な力だな。ここで消しておけば、クドにホメてもらえるかも?」
川辺には、無数の鬼火が飛んでいた。周囲は靄がかかり視界は見えにくい。
やがて鬼火が一塊になるように、チルルの下へと一斉に飛んで行く。
ダンサーならではの柔軟な身体と、バランス感覚で巧みに鬼火をかわしてゆく。
見た目は火の玉でも、威力は凄まじい。
地面に接触するとたちまち爆発を起こす。
「チョット、しんどいかも。シャドウダンス、マリオネットワルツ」
手をかざしたチルルがオーケストラのコンダクターように腕を振るう。
その動きと連動し、付き添っていた兵士たちが彼女を守るように覆い被さった。
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