異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

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二百九十八話

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 マナシの訃報を聞き、それまで奮戦していた西軍の兵士たちも項垂れながら武器を下ろした。
 都を守る大将が不在となった今、戦いを継続しても無駄な犠牲が生まれるだけだという事を皆、知っていた。
 パスバインによる説得もあり、蓬莱渠にいる者たちに危害を加えないという条件で彼らは渋々と承諾した。
 しかしながら、一度でも芽生えた禍根は容易には消せない。

 自分たちの主たる守護代を失い、その上、都までも奪われたのだ。
 これから先の不安に押し潰されそうになるのは当然のことだ。怒りの矛先は敵軍へと向かう。
 だが、彼らとて一切の責任がないわけではない。
 王位継承戦にマナシが参戦したのは、他ならぬ民たちからの要望だったからだ。

 西は海に面していない僻地を開拓した場所であった。
 農作物はそこそこ収穫できても、海産物は北か南経由で輸入しなくてはならない。
 とりわけ、塩は貴重で関税のかかったものをわざわざ高値で購入していた。

 隣国である帝国と取引きするという案もあったが輸送時間がかかりすぎる為、海産物が傷んでしまう。
 コスト面から考えても、帝国との交易を断念せざるを得なかった。

 もし西の者から王位継承権を持つ者が現れれば、その苦悩や不便から解放される。
 輸入ルートさえ確保できれば、絶えず東部地区から物資が供給されると思い立ち民たちはマナシに嘆願した経緯がある。
 マナシは寡黙な男であった。それゆえに、意思をはっきり示さないと誤解されることもしばしばあった。
 実際は思慮深く、蓬莱渠と民たちの双方を守るために絶妙なバランスで舵を切っていた。
 ならば、彼自身はどう思っていたのか?
 それは後の機会に知ることとなる。

 未だ戦の混乱が冷めやらぬ中、南北の将たちは一同に集結した。
 西での決着はついたものの、今度は自分たちが防衛する側に回らないといけない。
 ヘイガンを初めとする南の将たちに焦りの色が見て取れる。
 すぐにでも引き返したいところだろうが、大部隊を動かすとなると色々、準備を整えなければならない。

「休憩もとらず軍を移動させても、余計に時間を喰うのみ……」
 真っ先にそう口にしたのは、南の大将であるヘイガン自身だった。

「そうですね。今から戻ったとしても到着するころには戦闘が始まっているでしょう」
 パスバインが冷静に状況分析をする。

「それで若、どうして彼らが我々の陣営に来ているのですか? あいたた……もっと優しく扱ってくださいよ」

 治癒魔術師から治療を受けるジャスベンダーが、怪訝そうにギデオン達の方へと目を向けてきた。

「ああ、コイツらに手を借りることになった。東の守護を務める、第一王子ガイサイ……あの野郎が、中途半端な軍を引き連れてくるはずもない。必ず、直属の精鋭たちを従えながら乗り込んでくるはずだ」

「なるほど、兵力の差を彼らで埋めるわけですね。悪くはない手立てだと思いますよ。彼らが裏切らないという保証があればの話ですが」

「ジャスベンダー殿、それは大丈夫かと。若や私は彼と共闘しましたが何も問題はなく、むしろ頼もしいとさえ感じました」

 ジャスベンダーの杞憂を打ち消す為に、パスバインが今一度、ここまでの経緯をおさらいし始めた。
 それを聞くなり「分かった! 分かったから、もう充分だ!」とジャスベンダーはすぐに音を上げていた。

「それで、お前たちはどうすんだ? フキを連れて帰る予定だったんだろう?」

「僕たちは、今から先行して南へと向かう。ランドルフとエイルには一旦、閑泉まで戻ってもらうつもりだ。東の狙いは南だけじゃない。必ず、北にも進軍してくる」

「そうなると、お前一人で動かなければならないぞ」

「それなら、私も一緒に行くつもりよ!」

 南の救出に名乗りでるフキ姫を見て、ヘイガンは目を丸くした。
 今の今まで争いあっていた相手に何の躊躇いもなく手を貸すという、常識ではありえない考え方には難色を示すしかない。
 フキ姫が私利私欲のために行動を起こすような人間ではないことは、彼もよく知っている。
 だからこそ、余計に考えが見えてこない。

「そんな表情をしないで。別にアンタたちを助けるつもりはないから。ギデ君から聞いたけど、彼とともにドルゲニアに入国した友人の一人が南にいるかもしれないの。それを確かめるために南へと向かうだけよ」

「友だぁ? そんな者のために自身を危険にさらすというのか……まったくもって理解できん? まさか、お前もそうだとは言わないよな、ギデ?」

「人の話をちゃんと聞いていたのか? 言ったはずだ、東の奴らに用があると。それ以上でもそれ以下でもない」

「けっ! 口の減らねぇ野郎だ……なら、お前たちの監視役としてパスバインを同行させる」
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