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二百八十九話
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水門橋での一騎打ちは、ギデオンの圧倒的な勝利で決着がついた。
猟銃を肩で担ぎ颯爽と自軍の方へと引き返す若き獅子の姿を見て、西軍は大きく揺らいでいた。
王位継承者とあなどり、その実力を完全に見誤っていた。
年齢にそぐわないほどの戦闘センスに恵まれた体質、ドルゲニアの男ならば欲してやまない資質を、彼は兼ね備えていた。
感嘆の悲鳴を上げたのは、なにも西の兵だけではない。
ギデオン軍の兵士たちも、彼の桁違いな強さに自然と、ひざまずいていた。
興奮冷めやらぬ舞台で、南北の兵士たちは大将によってもたらされた勝利を享受した。
敵将のヒイキを捉えたことにより、実質的に西軍の兵力が三分の一ほど機能しなくなっている。
これで蓬莱渠を攻め落とすのは、容易となった。
そう思ってしまった兵士は、いかほどにいるのだろうか?
そもそも、ヒイキが敗北を想定せずに動くことは、あり得ない。
不利益をこうむる話を持ち掛けてきた時点で、裏が何かがあるはずだ。
誰もが皆、疑惑の目をむけていた。
このどこかに不正の芽が伸びていないのかと、細心の注意を払いながら周囲を警戒する。
引き寄せの法則とでも言うべきであろうか、兵士たちの懸念が現実味を帯びてゆく。
橋から見える湖面の一部分からポコポコと泡が噴き出ていた。
近づいて見てみると、沸騰した湯のように泡の動きが活性化し、ため池の水が大きく飛び跳ねた。
本来ならば波打つことすらない、静かなる水面に異常が起きていた。
約束通り、ヒイキ軍の兵士は撤退を開始してゆく。
その代わり、とんでもないモノが水中に潜んでいた。
「うぎゃやあああ!! うぎゃやあああ!!」
兵が使えなければ、他をあてがうのみ。
荒波の中から泣き声とともに突然、浮上してきたのは、強大な赤子だった。
「西軍はこんな所に魔物を隠していたのか?」とギデオンが問う。
西の弓兵たちは、慌てながらも「あれは、魔物ではない」と否定してきた。
ずぶ濡れになった、腕を振り降ろして赤子は橋の上にいる兵士たちを一斉に払いのけてきた。
敵も味方も無差別に、兵士たちを襲う。
次々と橋の上から落ちてゆく大人たちの様を見て、赤子は無邪気に笑っていた。
剣璽橋をマジマジと見詰める姿は、まさに玩具に興味を示す子供そのものだった。
「ま、マナシ様! お止めください!! このままでは、我が軍の被害が甚大なものになってしまいます!!」
「なにぃ!! あの赤子が、マナシだと!」
思いもよらない一言にギデオンが顔を向けると、面識のないスキンヘッドの男が立っていた。
男は両腕を縄で縛りつけられた状態で、赤子姿のマナシへ懸命に呼び掛けている。
「どうやら、先客がいたようですね」
帝国の士官服を身につけた黒き仮面の女闘士が現れた。
南軍の将、パスバイン。
ギデオンでさえも肝を冷やす、その武力は折り紙つきだ。
さきほども、門のところで大暴れしていたが、苦戦している様子は少しも見受けられなかった。
「アンタがソイツを連れきたのか。ランドルフはどこにいる?」
「北の副将さんなら、若とともに別動隊の相手をしています。私は命を受け、この男をこの水門まで運んできました」
「そういえばこの男、あの馬鹿デカい赤ん坊のことをマナシと呼んでいたぞ?」
その名を口にすると男は黙ってうなずいた。
彼が、西軍の将なのは、西の兵士たちの反応をみれば一目瞭然だ。
曹純様とちらほら、男の名を呼ぶ声が聞こえる。
「現状、マナシ様は完全に暴走しておられる。正気を取り戻させるには、見知った者が声をかけるしかない。誠意をもって接すれば、必ずや想いは届くはず……だ」
「それで? 説得するのは構わないが、肝心のマナシは依然として大暴れしているのだが……」
「ギデ殿、その男は虚言癖があるので気をつけてください」
「貴様ぁ! 拙僧を嘘つき呼ばわりするとは何事ぞ!! トクシャカ様直属の将を務める、我こそ祈祷師、曹純。言霊の力で、マナシ様をお救いするために馳せ参じた」
パスバインの言い分を売り言葉と捉えたらしく、曹純はムキになってベラベラと喋り続けていた。
仮面の裏側から呆れたような、ため息しか聞こえないが自称、祈祷師である彼はまったく気にも留めていない。
具体性のない解決策の羅列は、想いばかりが先行し理論的には破綻している。
意味を成さない事への討論は苦痛でしかない。
「面倒だな……こうすれば目覚めるんじゃないのか?」
言葉より先に銃口から乾いた音が鳴り響いていた。
ギデオンの放った銃弾がマナシの頭部を華麗に撃ち抜いていた。
猟銃を肩で担ぎ颯爽と自軍の方へと引き返す若き獅子の姿を見て、西軍は大きく揺らいでいた。
王位継承者とあなどり、その実力を完全に見誤っていた。
年齢にそぐわないほどの戦闘センスに恵まれた体質、ドルゲニアの男ならば欲してやまない資質を、彼は兼ね備えていた。
感嘆の悲鳴を上げたのは、なにも西の兵だけではない。
ギデオン軍の兵士たちも、彼の桁違いな強さに自然と、ひざまずいていた。
興奮冷めやらぬ舞台で、南北の兵士たちは大将によってもたらされた勝利を享受した。
敵将のヒイキを捉えたことにより、実質的に西軍の兵力が三分の一ほど機能しなくなっている。
これで蓬莱渠を攻め落とすのは、容易となった。
そう思ってしまった兵士は、いかほどにいるのだろうか?
そもそも、ヒイキが敗北を想定せずに動くことは、あり得ない。
不利益をこうむる話を持ち掛けてきた時点で、裏が何かがあるはずだ。
誰もが皆、疑惑の目をむけていた。
このどこかに不正の芽が伸びていないのかと、細心の注意を払いながら周囲を警戒する。
引き寄せの法則とでも言うべきであろうか、兵士たちの懸念が現実味を帯びてゆく。
橋から見える湖面の一部分からポコポコと泡が噴き出ていた。
近づいて見てみると、沸騰した湯のように泡の動きが活性化し、ため池の水が大きく飛び跳ねた。
本来ならば波打つことすらない、静かなる水面に異常が起きていた。
約束通り、ヒイキ軍の兵士は撤退を開始してゆく。
その代わり、とんでもないモノが水中に潜んでいた。
「うぎゃやあああ!! うぎゃやあああ!!」
兵が使えなければ、他をあてがうのみ。
荒波の中から泣き声とともに突然、浮上してきたのは、強大な赤子だった。
「西軍はこんな所に魔物を隠していたのか?」とギデオンが問う。
西の弓兵たちは、慌てながらも「あれは、魔物ではない」と否定してきた。
ずぶ濡れになった、腕を振り降ろして赤子は橋の上にいる兵士たちを一斉に払いのけてきた。
敵も味方も無差別に、兵士たちを襲う。
次々と橋の上から落ちてゆく大人たちの様を見て、赤子は無邪気に笑っていた。
剣璽橋をマジマジと見詰める姿は、まさに玩具に興味を示す子供そのものだった。
「ま、マナシ様! お止めください!! このままでは、我が軍の被害が甚大なものになってしまいます!!」
「なにぃ!! あの赤子が、マナシだと!」
思いもよらない一言にギデオンが顔を向けると、面識のないスキンヘッドの男が立っていた。
男は両腕を縄で縛りつけられた状態で、赤子姿のマナシへ懸命に呼び掛けている。
「どうやら、先客がいたようですね」
帝国の士官服を身につけた黒き仮面の女闘士が現れた。
南軍の将、パスバイン。
ギデオンでさえも肝を冷やす、その武力は折り紙つきだ。
さきほども、門のところで大暴れしていたが、苦戦している様子は少しも見受けられなかった。
「アンタがソイツを連れきたのか。ランドルフはどこにいる?」
「北の副将さんなら、若とともに別動隊の相手をしています。私は命を受け、この男をこの水門まで運んできました」
「そういえばこの男、あの馬鹿デカい赤ん坊のことをマナシと呼んでいたぞ?」
その名を口にすると男は黙ってうなずいた。
彼が、西軍の将なのは、西の兵士たちの反応をみれば一目瞭然だ。
曹純様とちらほら、男の名を呼ぶ声が聞こえる。
「現状、マナシ様は完全に暴走しておられる。正気を取り戻させるには、見知った者が声をかけるしかない。誠意をもって接すれば、必ずや想いは届くはず……だ」
「それで? 説得するのは構わないが、肝心のマナシは依然として大暴れしているのだが……」
「ギデ殿、その男は虚言癖があるので気をつけてください」
「貴様ぁ! 拙僧を嘘つき呼ばわりするとは何事ぞ!! トクシャカ様直属の将を務める、我こそ祈祷師、曹純。言霊の力で、マナシ様をお救いするために馳せ参じた」
パスバインの言い分を売り言葉と捉えたらしく、曹純はムキになってベラベラと喋り続けていた。
仮面の裏側から呆れたような、ため息しか聞こえないが自称、祈祷師である彼はまったく気にも留めていない。
具体性のない解決策の羅列は、想いばかりが先行し理論的には破綻している。
意味を成さない事への討論は苦痛でしかない。
「面倒だな……こうすれば目覚めるんじゃないのか?」
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ギデオンの放った銃弾がマナシの頭部を華麗に撃ち抜いていた。
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