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二百八十六話

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 青年は瞳を閉じ静かに答える。

「そう、おっかない顔をしないでくれ。我々だって好き好んで、この大戦に参加したわけではない。僕も含め、ここにいる大半の者は、つい最近まで農民として生活していたんだ。いくら数が多くとも、場数をこなした熟練者ばかりの南の兵と、まともにやり合っては勝ち目がない」

「理由はいい……要点だけを話せ。それとも、何か時間を稼いでいるのか? 戦闘中、敵軍を前にして話し合いを持ち掛けてくるアンタはどうかしているぞ。そうするべき理由があるのだろう?」

 ギデオンの受け答えに、青年は顔をほころばせていた。
 敵軍から、思いっきり警戒されているのに、彼自身は喜んでいるようにも見える。
 思っていた以上に、厄介な相手だ。
 そこに勘づいた南の兵士たちは、武器を構えヒイキを追い払おうとした。

「ガリュウ軍の皆さん、ヤメテ置いた方がいいと思うよ。僕はね、弱い者イジメは好きじゃないんだ。ギデ殿だっけ? 君のことはトクシャカ様から聞いているよ。確かにこれは戦争だ……けれど、犠牲を最小に抑えたいという気持ちはお互い同じだ。そこで僕からの提案だ。この戦、君と僕との一騎打ちで勝敗を決めないか?」

 ヒイキの申し出に、南北の兵士たちが迷いの声を上げた。
 周囲にどうするべきか、答えを求めて解を導く。
 大将同士の一騎打ちなど、絶対に止めるべきだが……一刻も早く、この戦いに幕を引きたい。
 そう願う者たちが、賛同の声を上げるのに時間は、さほどかからなかった。

「あの……大将、言いにくいんだが……敵将の言うとお――――」
「ざけんな―――!! 敵を目前にして尻尾を振るつもりか!?」

 その一方で、戦わなければ、遠征にきた意味はないと主張する者たちもいる。
 穏便に済ませたいのは北軍の兵。武力衝突で問題を解消しようと望むのは南の猛者たち。
 双方の言い分が、対立し重苦しい雰囲気に包まれてゆく。

「分かった、その話に乗ろう」

 味方同士の溝を埋めるべく、真っ先に応じたのはギデオンだった。
 そうせざるを得ない空気を生みだしたのは、やはりヒイキである。
 言葉巧みに言い寄り、人の心をかき乱す。
 マナシ以上に、この男には混沌の化身という号が相応しい。

「案外、素直に応じてくれるんだね。もう少し、こじらせてくると思って他の方法も用意していたんだけど……話を聞き入れてくれて何よりだ。この十束とつかの坂では一騎打ちに適していないな。向こうに水路が見えるだろう、あそこ傍に剣璽橋けんじきょうと呼ばれる水門橋がある。決着はそこでつけよう」

『進言します、ギデ。罠の確率が80パーセントを越えました』

 不敵な笑みを浮かべるヒイキにエイルが警戒レベルを上げた。
 オートマタである彼女が、どういう基準で判断しているのか? ギデオンには分からないが、彼女がそう示すのだから疑う余地はないだろう。

「心配ない。奴が何を目論んでいようが、それを阻止するだけだ」

『いいえ、私たちも同行します。宜しいでしょうか? 敵将ヒイキ』

「オーディエンスが多ければ盛り上がるのだろうけど……僕らの方が不利では?」

『ならば、双方で護衛を数名つけるのはどうでしょう?』

 エイルの発案に、右の人差し指でコメカミをトントンと叩きながらヒイキは考え込んでいた。
 彼としては、邪魔が入らないようにしたいようだが、エイルがそれを許さない。
 西軍から短期決戦を持ち掛けた手前、苦肉の策であることには変わりない。
 彼女の言い分を却下するのは無理があった。

「君がその物騒な鋼鉄の塊を持ってこなければね。もちろん、その銃もだ」

 快諾とはいかないものの、条件をつけることでヒイキは納得した。
 クロオリ有無など、エイルとっては最初から関係ない。
 主であるギデオンの身を守れれば、それでいいと頷き話しはまとまった。

 この先には、必ず罠が仕掛けてある。
 ヒイキの後に続き、水門へと近づくにつれて、ギデオン自身の胸騒ぎも強くなってくる。
 現状は相手が不穏な動きをしないよう、目を配ることしかできない。

「この橋の中央が丁度、幅広くなっている。勝負はそこで執り行う、それでいいかい?」

 剣璽橋―――そこは御美束の山から流れる河川にある貯水池のすぐ傍にあった。
 河川下流の水路を結ぶ橋であり、水の流れを調整する水門の真上にあたる。
 この都が蓬莱の渠と呼ばれる由縁は、この都に流れる水の路を示していた。

「それでいいか? と訊くのなら、それはコチラの台詞だ。ヒイキ! 小細工などせずに、真剣勝負でのぞまないと後悔するぞ」
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