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二百八十三話

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 第二の四凶スーシオンは混沌をつかさどる者。
 混沌とは、天にも地にも属さず善悪の二極化とも交わらない。
 何者でもなく、またそれだけで成り立つ存在でもある。

 すべてが曖昧にあるからこそ、マナシは自ら進んで敵意を持とうとしない。
 彼にとって攻撃は与えるものではなく、受けるものだと認識している。
 従って、マナシから攻撃を仕掛けてくることはない。

 あまりにも反応に乏しく、これが西の大将なのかと誰もが疑いの目を向ける。
 それは、ギデオンたちを目の当たりにしても同じだった。
 ただ、管に吊るされ宙に浮いている。
 大層な言葉を口にしながら、やることは静観のみ――――

「コイツは拍子抜けだ」と、眉をひそめた銃皇が肉の床に竜爪昆を叩きつけていた。

「ぐうぅ! なん、なんだよ!? だりゃあぁぁぁ!!」

 ギデオンの側頭部を狙う衝撃波が発生した。
 マナシが攻撃した素振りはなかった……依然として身動き一つないまま、こちらの様子をうかがっている。
 武装練功のダガーナイフで咄嗟に攻撃を受け止めたギデオンであったが、妙な苛つきを覚えていた。
 今までとは違う受け身の攻撃にどうも馴染めないようだ。

「坊ちゃんよ。相手の情報が不足しているうちは、事を荒立てるなよ」

「けっ、生意気な奴だ。俺はしたい事をしたい時する漢だ。どんな拘束も誰からの束縛も受けねぇ!! それが、俺の生き様よ」

 自身の胸元に親指をあてがい豪語する銃皇。
 直後、彼の額に先程と似た衝撃波が放射された。

「く、くそがぁああ――――」

 肉壁に穴を開けるほどの一撃に、銃皇は腰を抜かしていた。
 驚きのあまり、体勢を崩したことで直撃は免れたが、まぐれは二度も通用しない。
 ここに来て、この空間の恐ろしさをようやく理解したようだ。

「心意六合掌」
 銃皇の目つきが変わり、体術の構えをとる。
 全身を包み込む闘気は、彼が本気になった証だ。

 攻撃とは呼べない衝撃波はなおも止まない。
 理屈抜きで発生する、この技の秘密を解明するためにも一度、マナシを同じ土俵へと立たせないといけない。

「銃皇、何とかしてマナシの本体に一撃食らわせろ」

「普通に命令すんな! オマエやフキとは違う、純血なる王族である俺にできない事など無い!!」

 協力を求める必要もなく、銃皇はマナシに向かって突撃をかけた。
 本来ならば兵を率いてやりたいところだが、リュウマによって阻害された上に、ここまで辿り着けるほどの逸材は、そうそう、出て来るわけもない。
 通常ならば、ここで撤退を余儀なくされるところだが、今回ばかりはそうも言っていられない。
 味方とは言い切れなくてもギデオンという存在が、彼の闘争本能に火をつけてしまっていたからだ。
 そこには王族としてのプライドもあるのだろう。
 もくしくは、単純に強敵であるということを認めているからかもしれない。

 いづれにしても、ギデオンには後れを取ることなどあってはならない。
 そんな気迫を銃皇から感じることができる。

 ギデオンたちが状況を打破しようとすればするほど、見えない攻撃の頻度は増してゆく。
 絶えず移動し続ければ、リスクは軽減できるものの決して安全策とは言いきれない。

「しゃらくせぇー、全部叩き落としてやる」

 闘気による打撃、練功の使い方としてはもっともポピュラーなものである。
 シンプルであるがゆえに、奥が深く。
 多数の流派がドルゲニアには存在する。

 銃皇の真意六合掌は、見えない攻撃に対するカウンター技として非常に有効だった。
 敵の攻撃をものともせずに自身の闘気自体を拳とする。
 これならば、相手の攻撃を受けるまえに打ち返すことも可能だ。

 マナシは、正面切って向かってくる若武者の方をジッと眺めていた。
 敵の動きばかりを追っていたせいで、超高速で迫り来るもう一つの影を見落としていた。
 全身が大きく揺らぐマナシ。そこから胴体を貫く練功の剣が飛び出してきた。
 血肉でできた胴体から体液が漏れる気配は微塵も見られない。

「ダミーか。なら、コイツはどうだ!?」

 この密閉空間と混沌の使者を繋ぐ、唯一のライン。
 天井から伸びている管をギデオンの剣が斬り裂いてゆく。
 次の瞬間、彼らを閉じ込めていた肉の部屋がカタチを保てず崩落ち、霧散してゆく。

「マナシを倒したのか?」

「まだだ! さっきのは単なる殻だ。ここからが本番だ」

 視界を白く染めるほどの光が二人の目に飛び込んできた。
 薄ら目でなんとか、辺りを見渡すと、そこには蓬莱渠の街並みが拡がっていた。

「今度こそ、着いたようだな……まぁ、この状態では無事だとは言えないけどな」

 蓬莱渠に中には入れたものの、そこはすでに東門正面で陣を構えていた弓兵隊が待ち伏せていた。 
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