274 / 362
二百七十四話
しおりを挟む
騒ぎを聞きつけてやって来た銃皇たちに、ギデオンは手を振っていた。
敵陣のど真ん中にいながら、顔色一つかえずに接触してくる少年に、青草色の頭がプルプルと揺れる。
南勢一同にとっては、雪辱以外の何ものでもない。
まるで友人に会いにくるような感覚で入り込まれた挙句、南の将たち全員に包囲されても平然としている。
ギデという男の底が見えず、自分には会い慣れない。
絶対にそうだと確信を得るなり、銃皇の目つきが険しいものとなる。
警戒する視線が一斉に集まる。
ギデオンからすれば、南の人間の反応など一々、気にしていられない。
連中がどうのような想いを背負い、前線に立っているのかも知らないし、戦う理由まで知る必要もない。
一度、戦場に立てば、嫌でもぶつかり合う。
そんな相手だ、心まで許してはいけない。
「ウィ、若いの! ここをガリュウ軍本部としての狼藉か? 所属を名乗れぃ!!」
肉づきの良い中年の男が、二重顎を揺らしながら怒鳴ってきた。
集まった将たちの中で、ギデの素性を知らないのは彼一人だけだ。
軍内部から離反者がでたものだと、思い込んで恫喝してくるが、そもそも兵士でもにないギデオンには効果が薄い。
目の上のタンコブですらない。鬱陶しいだけの存在は、害悪そのものだった。
ギデオンの目の色が次第に濁ったものへと変わってゆく。
闘気が殺意に変貌しようとする寸前。
傍にいる少年の異常を察したジャスベンダーが慌てて、その場を取り繕うことになった。
「ムッシュ!! パンテノール。この少年は、南の兵士ではございません」
「ノン、では現地人だということか?」
「いいえ、そういう事でもありません。パスバイン、ムッシュに彼の紹介を」
「はい、かしこまりました。彼はギデ。本名はギデオン・グラッセと言い、聖王国出身でアラド・グラッセ子爵の嫡男にあたる人物です」
「ほぉぉ~、どうりで一兵士にしては、軟弱に見えるわけだ。それで、聖王国の人間がどうして公国に来ている?」
パスバインの説明にギデオンは自分の耳を疑った。
これまで自分の正体を明かしたのは、トクシャカ様以外、誰もいない。
もとから自分の素性知る者は、ともかく……南域の人間とは誰とも関わりがない。
なのに、パスバインは完璧なまでに、自分のことを調べ上げている。
確実に自分の知らないところで情報が流出している。
それは想像するだけで、気味が悪くなる……ギデオンは、嫌悪の目をパスバインに向けずにはいられなかった。
「勝手に僕のことを調べたのか?」
「ウップス! この私の質問を無視するつもりか?」
「ダルマは黙ってろ! 僕はその鉄仮面に訊いているんだ」
パァンと一発の銃声が空に鳴り響く。
今にも、言い争いになりかけていた、ギデオンたちを制したのは銃を片手にした銃皇だった。
言うまでもなく、今の彼はご立腹である。
「さっきから……何、俺を差し置いて駄弁ってやがる、テメーら……。パンテノール! 話しがややこしくなる、少し黙っていろ」
「ですが……若! この男にはまだ「黙っていろと言っただろうがぁぁあああ―――――!!」
銃皇の気迫に、触発され、周囲の空気がピリつく。
将たちのやり取りを無言で見守っていた兵士たちも闘気の波にあてられて、悪酔いする人間が続出している。
「チッ、腑抜けどもめ……。ギデオンだったな、一体何をしに此処にやってきた? それなりの理由があるんだろうな?」
「そうだ。このまま、南軍がここに留まり続けたら、南の首都は陥落する。それを伝えにきた」
「…………ハァ? ハァァァアア――――!」
突拍子もない通達に、南軍全体が大きく揺らいだ。
嘘か、真か見えない話を聞き入れることは簡単なことではない。
混乱には至らないが、多くの兵士の間で迷いが生じていた。
良からぬ方向に考えてしまうのは、その覚えがあるからだ。
南が、このタイミングで西に攻め入ってきたのも、それが密接に関係しているからだ。
「ありえねぇ与太話だ。なぜなら首都満願には――――」
「ガリュウがいる……そう言いたいんだろう? だが、残念だったな。お前たちの留守を狙って東が動き始めている。南だけじゃない北も同様、奴らが仕掛けてくる兆候がある。大元導士と霊幻導士がいてくれるおかげで、北は、どうにか持ちこたえられるが、南へやって来る敵数は、その比じゃない」
「嘘だとは……決めつけられん。しかし、満願が落とされることなど、あってはならねぇ……事態だ。そもそも、あの叔父貴が敗北するところなど想像も出来ん」
「若の仰るとおりです。ギデ少年の言っていることは信憑性にかけます……それに、ここまで出兵してきて手ぶらで帰るわけにはいかない」
「東から、そう命令されたからか?」
指摘を受けたジャスベンダーはギョッとした顔を覗かせた。
図星と言わんばかり表情は、冷静沈着な魔術師らしからぬモノだった。
実のところ南は北と同様に、東の勢力に脅迫されている。
そのことを、トクシャカ様の力は見抜いていた。
敵陣のど真ん中にいながら、顔色一つかえずに接触してくる少年に、青草色の頭がプルプルと揺れる。
南勢一同にとっては、雪辱以外の何ものでもない。
まるで友人に会いにくるような感覚で入り込まれた挙句、南の将たち全員に包囲されても平然としている。
ギデという男の底が見えず、自分には会い慣れない。
絶対にそうだと確信を得るなり、銃皇の目つきが険しいものとなる。
警戒する視線が一斉に集まる。
ギデオンからすれば、南の人間の反応など一々、気にしていられない。
連中がどうのような想いを背負い、前線に立っているのかも知らないし、戦う理由まで知る必要もない。
一度、戦場に立てば、嫌でもぶつかり合う。
そんな相手だ、心まで許してはいけない。
「ウィ、若いの! ここをガリュウ軍本部としての狼藉か? 所属を名乗れぃ!!」
肉づきの良い中年の男が、二重顎を揺らしながら怒鳴ってきた。
集まった将たちの中で、ギデの素性を知らないのは彼一人だけだ。
軍内部から離反者がでたものだと、思い込んで恫喝してくるが、そもそも兵士でもにないギデオンには効果が薄い。
目の上のタンコブですらない。鬱陶しいだけの存在は、害悪そのものだった。
ギデオンの目の色が次第に濁ったものへと変わってゆく。
闘気が殺意に変貌しようとする寸前。
傍にいる少年の異常を察したジャスベンダーが慌てて、その場を取り繕うことになった。
「ムッシュ!! パンテノール。この少年は、南の兵士ではございません」
「ノン、では現地人だということか?」
「いいえ、そういう事でもありません。パスバイン、ムッシュに彼の紹介を」
「はい、かしこまりました。彼はギデ。本名はギデオン・グラッセと言い、聖王国出身でアラド・グラッセ子爵の嫡男にあたる人物です」
「ほぉぉ~、どうりで一兵士にしては、軟弱に見えるわけだ。それで、聖王国の人間がどうして公国に来ている?」
パスバインの説明にギデオンは自分の耳を疑った。
これまで自分の正体を明かしたのは、トクシャカ様以外、誰もいない。
もとから自分の素性知る者は、ともかく……南域の人間とは誰とも関わりがない。
なのに、パスバインは完璧なまでに、自分のことを調べ上げている。
確実に自分の知らないところで情報が流出している。
それは想像するだけで、気味が悪くなる……ギデオンは、嫌悪の目をパスバインに向けずにはいられなかった。
「勝手に僕のことを調べたのか?」
「ウップス! この私の質問を無視するつもりか?」
「ダルマは黙ってろ! 僕はその鉄仮面に訊いているんだ」
パァンと一発の銃声が空に鳴り響く。
今にも、言い争いになりかけていた、ギデオンたちを制したのは銃を片手にした銃皇だった。
言うまでもなく、今の彼はご立腹である。
「さっきから……何、俺を差し置いて駄弁ってやがる、テメーら……。パンテノール! 話しがややこしくなる、少し黙っていろ」
「ですが……若! この男にはまだ「黙っていろと言っただろうがぁぁあああ―――――!!」
銃皇の気迫に、触発され、周囲の空気がピリつく。
将たちのやり取りを無言で見守っていた兵士たちも闘気の波にあてられて、悪酔いする人間が続出している。
「チッ、腑抜けどもめ……。ギデオンだったな、一体何をしに此処にやってきた? それなりの理由があるんだろうな?」
「そうだ。このまま、南軍がここに留まり続けたら、南の首都は陥落する。それを伝えにきた」
「…………ハァ? ハァァァアア――――!」
突拍子もない通達に、南軍全体が大きく揺らいだ。
嘘か、真か見えない話を聞き入れることは簡単なことではない。
混乱には至らないが、多くの兵士の間で迷いが生じていた。
良からぬ方向に考えてしまうのは、その覚えがあるからだ。
南が、このタイミングで西に攻め入ってきたのも、それが密接に関係しているからだ。
「ありえねぇ与太話だ。なぜなら首都満願には――――」
「ガリュウがいる……そう言いたいんだろう? だが、残念だったな。お前たちの留守を狙って東が動き始めている。南だけじゃない北も同様、奴らが仕掛けてくる兆候がある。大元導士と霊幻導士がいてくれるおかげで、北は、どうにか持ちこたえられるが、南へやって来る敵数は、その比じゃない」
「嘘だとは……決めつけられん。しかし、満願が落とされることなど、あってはならねぇ……事態だ。そもそも、あの叔父貴が敗北するところなど想像も出来ん」
「若の仰るとおりです。ギデ少年の言っていることは信憑性にかけます……それに、ここまで出兵してきて手ぶらで帰るわけにはいかない」
「東から、そう命令されたからか?」
指摘を受けたジャスベンダーはギョッとした顔を覗かせた。
図星と言わんばかり表情は、冷静沈着な魔術師らしからぬモノだった。
実のところ南は北と同様に、東の勢力に脅迫されている。
そのことを、トクシャカ様の力は見抜いていた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…
三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった!
次の話(グレイ視点)にて完結になります。
お読みいただきありがとうございました。

契約結婚のはずが、気づけば王族すら跪いていました
言諮 アイ
ファンタジー
――名ばかりの妻のはずだった。
貧乏貴族の娘であるリリアは、家の借金を返すため、冷酷と名高い辺境伯アレクシスと契約結婚を結ぶことに。
「ただの形式だけの結婚だ。お互い干渉せず、適当にやってくれ」
それが彼の第一声だった。愛の欠片もない契約。そう、リリアはただの「飾り」のはずだった。
だが、彼女には誰もが知らぬ “ある力” があった。
それは、神代より伝わる失われた魔法【王威の審判】。
それは“本来、王にのみ宿る力”であり、王族すら彼女の前に跪く絶対的な力――。
気づけばリリアは貴族社会を塗り替え、辺境伯すら翻弄し、王すら頭を垂れる存在へ。
「これは……一体どういうことだ?」
「さあ? ただの契約結婚のはずでしたけど?」
いつしか契約は意味を失い、冷酷な辺境伯は彼女を「真の妻」として求め始める。
――これは、一人の少女が世界を変え、気づけばすべてを手に入れていた物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる