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二百七十話
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「ん?」ふと、気づいたことにギデオンは顔をしかめる。
「カナッペとの会話の内容を何故、貴女が知っているのですか? 彼女から聞いたのですか?」
「そ、それは……じゃな」
「トク様は、耳がチョー良いんでっせ!」
「コレ! 余計なことを話すでない、アゲット。オホン! まぁ、聞こえてしまったことは仕方あるまい、許せ……して、実のところどうなのだ?」
それまでの神妙な空気を取り払うような、親し気な声でトクシャカ様が尋ねてきた。
急な移り変わりに、ついてゆけないギデオンは何を問われているのか? サッパリだった。
何となく、面白がっているのは分かるが、トクシャカ様が何を求めているのか彼は知らずにいた。
「ギデ様、主は恋バナを所望しております」
「はぁ? 恋バナ……!? 恋愛のことか」
「左様でございます。トクシャカ様は、長いこと、この扶桑院から出ておりません。ゆえに世俗のこと、特に男女の痴情話などに飢えておられるのです」
「子供に何を言わせているんだ……この方は」
「クッカッカ! ラブロマンスと言えば問題なかろうよ」
女神の無茶ぶりにギデオンは頭を抱えた。
ここまでの数ヶ月間、各地を転々としていた彼にとっては恋愛など無縁の話だ。
なにより、復讐心に支配されていた間の彼は心を蝕み続け人格が破綻しかかっていた。
考えると浮かぶのは、いつも憎むべき相手の顔……。
恋愛のことなど気にする余地もなかった。
もし、共和国での巡り合いがなければ、自分はどうなっていたのか?
間違いなく、悲惨な結末を辿っていた。
実際のところ、ギデオンに好意を寄せる少女たちは少なからずいた。
他のことは、器用にこなせても恋愛に関しては器用貧乏な彼だ。
カナッペや他の異性のことを友人以上の存在して意識することはなかった。
あらためて知る、己が未熟さ。
けれど、恋愛のみならず普通の生き方を選択できる権利は未だ、彼の中には存在しない。
自分が背負った咎の重さは自身が一番知っている。
「コレ、そのような顔をするでないぞ! 少しイジワルしただけぞ。いずれ、ソナタが抱えている悩みに直面する時がくる。答えはその時に出せば良い、今はただ前を向いて進むのだ」
「胸の中に刻んでおきます。それで、僕たちはどうやって西の民を助ければ良いのですか? トクシャカ様には、答えが見えているんですよね?」
「見えているとは違うな。感じるのだ、万物に起こる吉兆、凶兆を……。北軍のやることはシンプルだ。南軍より先に東門を突破せい。それと、これは二つ目の頼みになるが南軍に言伝を頼む。内容はこうだ―――――」
トクシャカ様の話に、ギデオンは耳を疑いたくなった。
南のガリュウ軍に、大将であるガリュウはいない。聞けば今回は出陣せず、満願の都市部に残っているのだという。
それが、南の運命を左右すると彼女は告げた。
問題は、その話を南軍の連中が信用するかだ。
「ギデよ。ソナタにとって妾の策は、抜け穴だらけと思うであろう。しかし、すべては布石なのだ。妾は軍人ではない、戦いのセオリーを知らなんだ。たんに、最良の結果につなげようとしているだけぞ」
「成功するかは、僕たちにかかっているということですね」
「うむ。顔も見せれず、すまなんだ。妾は神であるゆえ、仕来りとかで自由が利かん……最後にもう一つだけ頼みたいことがあるのだが、宜しいか?」
「まだ、打たなければならない布石があるのですか?」
「いや……そうではない……これは、妾の諸事情となるが―――ソナタの知り合いにイケている益荒男がおれば、是非に紹介してくれい!! おればの話だがな……」
最後の願いこそ、一番の難題だった……。
漢といえばブロッサムが真っ先に思い浮かんだが……この女神はイケてる男性が好みらしい。
そうなると、身近にいるには彼ということになるが……説得するのには骨が折れそうだ。
――イキっているやつならすぐに見つかるんだけどな。
内心、そう思いつつも女神の期待には応えないといけない。
妙な使命感により、ギデオンは快諾してしまっていた。
「適当な理由をつけて、ちょろまかすんで、その後はトクシャカ様にお願いします」
「おお! 期待していいのだな。待っておるぞぉ!!」
明らかに上機嫌となった女神に別れをつげギデオンは、本院から退出してゆく。
「フキよ、ギデを見送らずに良いのか?」
独りとなった神の間でトクシャカ様が呼び掛けると、しばらくしてフキ姫が部屋に入ってきた。
「構いません。今、彼に話かければ―――私の決意は鈍ってしまいます……」
「なら、何故? 辛そうなのだ。本当は言いたかったことがあるのだろう。無理強いはせぬ、だがの我慢と臆病は異なるものぞ。妾は、フキに後悔して欲しくないのだ……決して妾のようになってはダメぞ」
彼女の言葉に心揺れたフキ姫は、大急ぎで部屋を飛び出した。
いくら自分の気持ちを抑えようとしても、やはり嘘はつけない。
覚悟ができているだなんて、口先だけの誤魔化しだ。
「あわわわわっ、ふ、フキ様――――?」
「ごめん、カナデ!」
侍女とぶつかりそうになりながらも渡り廊下を走る。
不作法、はしたないなどと言っていられない。
今、この時だけは、一国の姫ではなくカナッペという普通の少女なのだから。
廊下を飛び越えて中庭へ向かうと、コハクとギデオンの姿が見えた。
「ギデくぅ―――ん! ……ハァ……ハァ」
「カナッペ?」
息を切らせ、両手を膝にのせたままカナッペは笑う。
普段、走ることのない彼女が、ここまで懸命になって駆けてきた。
自分でも不思議だと思う反面、そうだったのかと彼女なりの答えを見出しているようでもあった。
「私、君にありがとうが言いたくて……本当はずっと不安だった。もう、勇士学校の誰にも会えないんじゃないかと思うと怖くて怖くてたまらなかった。けれど、君は来てくれた。私なんかのためにここまで迎えにきてくれた。そんなことする必要はないのに……それが、たまらなく嬉しかったの」
「カナッペ、僕はまだ諦めていないぞ。君を必ず、ここから連れ出してみせる。また、皆で一緒に冒険しよう……約束だ!!」
「うん!」フキ姫の頬に一筋の涙が伝ってゆく。
そよぐ風に飛ばされる、その雫の宝石は儚くも美しく煌めいていた。
「カナッペとの会話の内容を何故、貴女が知っているのですか? 彼女から聞いたのですか?」
「そ、それは……じゃな」
「トク様は、耳がチョー良いんでっせ!」
「コレ! 余計なことを話すでない、アゲット。オホン! まぁ、聞こえてしまったことは仕方あるまい、許せ……して、実のところどうなのだ?」
それまでの神妙な空気を取り払うような、親し気な声でトクシャカ様が尋ねてきた。
急な移り変わりに、ついてゆけないギデオンは何を問われているのか? サッパリだった。
何となく、面白がっているのは分かるが、トクシャカ様が何を求めているのか彼は知らずにいた。
「ギデ様、主は恋バナを所望しております」
「はぁ? 恋バナ……!? 恋愛のことか」
「左様でございます。トクシャカ様は、長いこと、この扶桑院から出ておりません。ゆえに世俗のこと、特に男女の痴情話などに飢えておられるのです」
「子供に何を言わせているんだ……この方は」
「クッカッカ! ラブロマンスと言えば問題なかろうよ」
女神の無茶ぶりにギデオンは頭を抱えた。
ここまでの数ヶ月間、各地を転々としていた彼にとっては恋愛など無縁の話だ。
なにより、復讐心に支配されていた間の彼は心を蝕み続け人格が破綻しかかっていた。
考えると浮かぶのは、いつも憎むべき相手の顔……。
恋愛のことなど気にする余地もなかった。
もし、共和国での巡り合いがなければ、自分はどうなっていたのか?
間違いなく、悲惨な結末を辿っていた。
実際のところ、ギデオンに好意を寄せる少女たちは少なからずいた。
他のことは、器用にこなせても恋愛に関しては器用貧乏な彼だ。
カナッペや他の異性のことを友人以上の存在して意識することはなかった。
あらためて知る、己が未熟さ。
けれど、恋愛のみならず普通の生き方を選択できる権利は未だ、彼の中には存在しない。
自分が背負った咎の重さは自身が一番知っている。
「コレ、そのような顔をするでないぞ! 少しイジワルしただけぞ。いずれ、ソナタが抱えている悩みに直面する時がくる。答えはその時に出せば良い、今はただ前を向いて進むのだ」
「胸の中に刻んでおきます。それで、僕たちはどうやって西の民を助ければ良いのですか? トクシャカ様には、答えが見えているんですよね?」
「見えているとは違うな。感じるのだ、万物に起こる吉兆、凶兆を……。北軍のやることはシンプルだ。南軍より先に東門を突破せい。それと、これは二つ目の頼みになるが南軍に言伝を頼む。内容はこうだ―――――」
トクシャカ様の話に、ギデオンは耳を疑いたくなった。
南のガリュウ軍に、大将であるガリュウはいない。聞けば今回は出陣せず、満願の都市部に残っているのだという。
それが、南の運命を左右すると彼女は告げた。
問題は、その話を南軍の連中が信用するかだ。
「ギデよ。ソナタにとって妾の策は、抜け穴だらけと思うであろう。しかし、すべては布石なのだ。妾は軍人ではない、戦いのセオリーを知らなんだ。たんに、最良の結果につなげようとしているだけぞ」
「成功するかは、僕たちにかかっているということですね」
「うむ。顔も見せれず、すまなんだ。妾は神であるゆえ、仕来りとかで自由が利かん……最後にもう一つだけ頼みたいことがあるのだが、宜しいか?」
「まだ、打たなければならない布石があるのですか?」
「いや……そうではない……これは、妾の諸事情となるが―――ソナタの知り合いにイケている益荒男がおれば、是非に紹介してくれい!! おればの話だがな……」
最後の願いこそ、一番の難題だった……。
漢といえばブロッサムが真っ先に思い浮かんだが……この女神はイケてる男性が好みらしい。
そうなると、身近にいるには彼ということになるが……説得するのには骨が折れそうだ。
――イキっているやつならすぐに見つかるんだけどな。
内心、そう思いつつも女神の期待には応えないといけない。
妙な使命感により、ギデオンは快諾してしまっていた。
「適当な理由をつけて、ちょろまかすんで、その後はトクシャカ様にお願いします」
「おお! 期待していいのだな。待っておるぞぉ!!」
明らかに上機嫌となった女神に別れをつげギデオンは、本院から退出してゆく。
「フキよ、ギデを見送らずに良いのか?」
独りとなった神の間でトクシャカ様が呼び掛けると、しばらくしてフキ姫が部屋に入ってきた。
「構いません。今、彼に話かければ―――私の決意は鈍ってしまいます……」
「なら、何故? 辛そうなのだ。本当は言いたかったことがあるのだろう。無理強いはせぬ、だがの我慢と臆病は異なるものぞ。妾は、フキに後悔して欲しくないのだ……決して妾のようになってはダメぞ」
彼女の言葉に心揺れたフキ姫は、大急ぎで部屋を飛び出した。
いくら自分の気持ちを抑えようとしても、やはり嘘はつけない。
覚悟ができているだなんて、口先だけの誤魔化しだ。
「あわわわわっ、ふ、フキ様――――?」
「ごめん、カナデ!」
侍女とぶつかりそうになりながらも渡り廊下を走る。
不作法、はしたないなどと言っていられない。
今、この時だけは、一国の姫ではなくカナッペという普通の少女なのだから。
廊下を飛び越えて中庭へ向かうと、コハクとギデオンの姿が見えた。
「ギデくぅ―――ん! ……ハァ……ハァ」
「カナッペ?」
息を切らせ、両手を膝にのせたままカナッペは笑う。
普段、走ることのない彼女が、ここまで懸命になって駆けてきた。
自分でも不思議だと思う反面、そうだったのかと彼女なりの答えを見出しているようでもあった。
「私、君にありがとうが言いたくて……本当はずっと不安だった。もう、勇士学校の誰にも会えないんじゃないかと思うと怖くて怖くてたまらなかった。けれど、君は来てくれた。私なんかのためにここまで迎えにきてくれた。そんなことする必要はないのに……それが、たまらなく嬉しかったの」
「カナッペ、僕はまだ諦めていないぞ。君を必ず、ここから連れ出してみせる。また、皆で一緒に冒険しよう……約束だ!!」
「うん!」フキ姫の頬に一筋の涙が伝ってゆく。
そよぐ風に飛ばされる、その雫の宝石は儚くも美しく煌めいていた。
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