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二百六十九話
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民を愛し慈しむ、蓬莱渠の女神。
切実な想いをこめた懇願を誰が無碍にできようか……。
今すぐにでも、二つ返事で了承したいと思うも、ギデオンには確認しなければいけないことがある。
「トクシャカ様……戦火の中で、多くの民を避難させるのは容易ではありません。成功する可能性は五分五分。僕らが策を講じたとしても、相当数の犠牲は覚悟しなければなりません。それならば、蓬莱渠を南軍に明け渡し全員、散り散りになって逃げる方が皆の生存率は高くなると思われます」
「その点については手間はかけさせぬよ。これ、コハク! アゲット!」
トクシャカ様が二度、手を打ち鳴らす。
すると、ギデオンの両隣から色濃い紫の敷布が突如として飛び出してきた。
何の告知もなしに出現した布の中央部分からモソモソを何かが動き出している。
一度は床に敷かれた、それが一気に折り畳まれると、布の下に身を潜めていた男の子と女の子が姿を現わした。
「お呼びでございますか? トクシャカ様」
「うむ。二人ともギデに挨拶をせぃ~」
主から命を受け、子供たちはギデオンの前に立ち並んだ。
冒険者のローブを着る、見た目、十歳前後の彼らは瓜二つの顔立ちをしている。
泣きボクロが印象的で、男の子の方は左に、女の子の方は右下の目元にホクロがある。
二人は、なぜか? ギデオンの顔を見上げて、瞳をランランと輝かせていた。
あまりにもグイグイと詰め寄ってくるので、ギデオンも若干困り果ててしまった。
「お初にお目にかかります、ギデ様。僕は、コハク。こちらは妹のアゲットです」
「その妹でっせ。ギデの二ィやん、ウチがここに連れてきたんよ。覚えとる?」
見た目とは違い、コハクもアゲットも受け答えがしっかりとできていた。
物腰柔らかで爽やかな印象を受けるコハクと、マイペースでかつ底抜けに明るいアゲット。
彼らをトクシャカ様が従者として選んだのもうなづける。
幼いながらも、見識や教養がある。徹底した教育をうけさせなければ、こうはならない。
「お連れの方は、僕が北軍の本隊に送ったので安心してください」
「そ、そうか……助かるよ。二人とも……少し距離が近くないか? そんなに僕が珍しいのか?」
「フフッン、それはそうじゃろーて。ソナタは、あの斬鬼のリュウマを倒したのだ。このドルゲニアにおいて強者は誰もが憧れる存在なのだ。特に子供は素直だからなぁ~」
「それよりも、トクシャカ様。この二人が蓬莱渠脱出の鍵となるのですか?」
「左様! この者たちは、互いのいる場所へと転移できる」
手に持つ扇子をトクシャカ様がバッと広げる。
扇子を一扇ぎすると上座の周囲から、下座へと光の粒子が広がり床畳一面へと図面を描いてゆく。
「この辺り一帯の地図をリアルタイムで投影したものだ。現在、南東方向から攻めてきたガリュウ軍が東門からの進入を試みている。民たちを逃がすためには、奴らの手が伸びていない北西にある灯鱗の洞窟へと非難させる必要がある。コハクたちのどちらか、一人を洞窟へ先にゆかせ、もう一方をギデたちの下に同行させる。これなら、大人数でもいっぺんに移せるであろう」
「ん? 現状、二人はここにいるのだから、洞窟どころか都の外へ出るのも難しいのでは?」
「二ィやん、それはちゃうで! コハクの現在位置は都の外にあるのよ」
「そうです。アゲットの位置を利用して、僕はコチラに来ているんです。僕自身の本体位置は今、北軍本陣にあります」
二人の説明が難解すぎて、ギデオンも困惑する他はなかった。
どうやら、彼らの転移は瞬間移動ではなく、一時的に他所へと移動できるというモノらしい。
他の者はその場から移動できても、自身は元居た場所へと帰らないと転移した場所から身動きがとれないとのことだ。
「なんとも、ややこしい能力だな。そうなると、蓬莱渠への出入りは自由ということになるのか……」
「そうとは限らんよ」
「えっ? 何故です?」
「マナシが目を光らせておる。今回は、妾の幻術で何とか誤魔化したが……二度は通用せんだろう」
「そうなると、チャンスは今しか……」
「それもならぬ。ギデよ、フキがソナタに何と言ったのか、忘れたのか? あの娘は、王位継承戦に挑む決心をした。つまりは、ここが落ちない限り外へと連れ出すのは無意味だ」
無意味の一言が全てを物語っていた。
トクシャカ様が何を言わんとしているのか、理解はできても腑に落ちない。
フキ姫を無理に連れ出そうすれば、それは敵対行動だとみなされる。
そうなれば、西の民は誰一人として救えない。
王位継承戦という骨肉の争いが、公国全体に混沌の流れを生みだしていた。
切実な想いをこめた懇願を誰が無碍にできようか……。
今すぐにでも、二つ返事で了承したいと思うも、ギデオンには確認しなければいけないことがある。
「トクシャカ様……戦火の中で、多くの民を避難させるのは容易ではありません。成功する可能性は五分五分。僕らが策を講じたとしても、相当数の犠牲は覚悟しなければなりません。それならば、蓬莱渠を南軍に明け渡し全員、散り散りになって逃げる方が皆の生存率は高くなると思われます」
「その点については手間はかけさせぬよ。これ、コハク! アゲット!」
トクシャカ様が二度、手を打ち鳴らす。
すると、ギデオンの両隣から色濃い紫の敷布が突如として飛び出してきた。
何の告知もなしに出現した布の中央部分からモソモソを何かが動き出している。
一度は床に敷かれた、それが一気に折り畳まれると、布の下に身を潜めていた男の子と女の子が姿を現わした。
「お呼びでございますか? トクシャカ様」
「うむ。二人ともギデに挨拶をせぃ~」
主から命を受け、子供たちはギデオンの前に立ち並んだ。
冒険者のローブを着る、見た目、十歳前後の彼らは瓜二つの顔立ちをしている。
泣きボクロが印象的で、男の子の方は左に、女の子の方は右下の目元にホクロがある。
二人は、なぜか? ギデオンの顔を見上げて、瞳をランランと輝かせていた。
あまりにもグイグイと詰め寄ってくるので、ギデオンも若干困り果ててしまった。
「お初にお目にかかります、ギデ様。僕は、コハク。こちらは妹のアゲットです」
「その妹でっせ。ギデの二ィやん、ウチがここに連れてきたんよ。覚えとる?」
見た目とは違い、コハクもアゲットも受け答えがしっかりとできていた。
物腰柔らかで爽やかな印象を受けるコハクと、マイペースでかつ底抜けに明るいアゲット。
彼らをトクシャカ様が従者として選んだのもうなづける。
幼いながらも、見識や教養がある。徹底した教育をうけさせなければ、こうはならない。
「お連れの方は、僕が北軍の本隊に送ったので安心してください」
「そ、そうか……助かるよ。二人とも……少し距離が近くないか? そんなに僕が珍しいのか?」
「フフッン、それはそうじゃろーて。ソナタは、あの斬鬼のリュウマを倒したのだ。このドルゲニアにおいて強者は誰もが憧れる存在なのだ。特に子供は素直だからなぁ~」
「それよりも、トクシャカ様。この二人が蓬莱渠脱出の鍵となるのですか?」
「左様! この者たちは、互いのいる場所へと転移できる」
手に持つ扇子をトクシャカ様がバッと広げる。
扇子を一扇ぎすると上座の周囲から、下座へと光の粒子が広がり床畳一面へと図面を描いてゆく。
「この辺り一帯の地図をリアルタイムで投影したものだ。現在、南東方向から攻めてきたガリュウ軍が東門からの進入を試みている。民たちを逃がすためには、奴らの手が伸びていない北西にある灯鱗の洞窟へと非難させる必要がある。コハクたちのどちらか、一人を洞窟へ先にゆかせ、もう一方をギデたちの下に同行させる。これなら、大人数でもいっぺんに移せるであろう」
「ん? 現状、二人はここにいるのだから、洞窟どころか都の外へ出るのも難しいのでは?」
「二ィやん、それはちゃうで! コハクの現在位置は都の外にあるのよ」
「そうです。アゲットの位置を利用して、僕はコチラに来ているんです。僕自身の本体位置は今、北軍本陣にあります」
二人の説明が難解すぎて、ギデオンも困惑する他はなかった。
どうやら、彼らの転移は瞬間移動ではなく、一時的に他所へと移動できるというモノらしい。
他の者はその場から移動できても、自身は元居た場所へと帰らないと転移した場所から身動きがとれないとのことだ。
「なんとも、ややこしい能力だな。そうなると、蓬莱渠への出入りは自由ということになるのか……」
「そうとは限らんよ」
「えっ? 何故です?」
「マナシが目を光らせておる。今回は、妾の幻術で何とか誤魔化したが……二度は通用せんだろう」
「そうなると、チャンスは今しか……」
「それもならぬ。ギデよ、フキがソナタに何と言ったのか、忘れたのか? あの娘は、王位継承戦に挑む決心をした。つまりは、ここが落ちない限り外へと連れ出すのは無意味だ」
無意味の一言が全てを物語っていた。
トクシャカ様が何を言わんとしているのか、理解はできても腑に落ちない。
フキ姫を無理に連れ出そうすれば、それは敵対行動だとみなされる。
そうなれば、西の民は誰一人として救えない。
王位継承戦という骨肉の争いが、公国全体に混沌の流れを生みだしていた。
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