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二百六十六話
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突風にさらわれた、イチョウ葉たちが、とめどなく降りしきる中……。
行くあてもなく宙を舞う橙色の葉の群れたちが、視界を埋め尽くす。
黄昏模様のヴェールとなったそれは、剣士たちの合間で揺らぐ。
それは、若者二人の勝利を祝福しているようでも――――
想い届かず、崩れゆく羅刹へに対する、天からの手向けのようでもあった。
「クッ、ハァ…………ったく、とんだ紙一重だ。薄氷を踏みつけて湖面を走り抜けてゆくようなもんだぞ」
「もう、当面の間は戦いたくない……相手だ。それでギデ、コイツはどうするんだ?」
死力をもってして斬鬼のリュウマを撃退したギデオンとランドルフ。
己が肉体に相当な負荷をかけたせいで、立っているのも困難な状態になっていた。
節々はギシギシと悲鳴を上げ、全身が重い。
まだ、西の都、蓬莱渠にも到着していないのに、この有り様だ。
これからが戦の大一番だというのに、二人ともども早々に疲れ果てていた。
使い始めたばかりの練功を、連発すれば引き戻しが起こるのも当然だ。
気の操作にも慣れていない二人だ。加減することが上手くできない。
ペース配分すら、ろくにつかめず必要以上に気力体力を消耗しきってしまったが……ここでリュウマを倒せたのは僥倖、幸先の良いスタートだ。
せっっかく西軍の力を弱体化させたのだ。
すぐにでも、兵を動かし蓬莱渠への突入を試みたいところだが、そう上手く事は運ばない。
今、大渓谷のど真ん中にはギデオンたちしかいない。
北軍の本隊と別れてから、時間もずいぶんと経つ。
しかも、乗り捨てた陸龍の姿がどこにも見当たらない……。
二人は、しばし無言のまま悩んだ。
リュウマを捕虜にして渓谷を出る体力など残ってはいない。
だからといって、ここで始末すれば西側への交渉材料を失う。
このまま放置するなど、もってのほかだ。
最悪、復活し、また襲い掛かってくる可能性も捨てきれない。
「ランドルフ、妙案を求む」
「私だけに頼らず、自分も考えたらどうなんだ!?」
「それがだな……身体がだいぶ――――おい! 後ろだ!!」
ギデオンが何かに気づき叫んだ。
背後を向こうとするランドルフが紫色の布におおわれた瞬間、影もカタチもなく、その場から消失してしまった。
「そこにいるのは誰だ!? どこにランドルフを隠した?」
それまで何もなかったところに、はためく大きな布風呂敷があった。
不自然極まりない、それに向かいギデオンは、咄嗟に拾い上げた石を投げつけた。
布は再度、ヒラリと舞い石を包み込んだ。
どこかに落ちたわけでも、何かにぶつかった気配すらない。
石は、ランドルフの時と同じく、得体の知れない布により忽然と姿を消した。
「二ィやん、許してぇ――な」
耳元で子供の声が聞こえた。
その後、視界が暗転し気づくと、ギデオンの身体は空中を落下している最中だった。
「なっ、んだっ! 僕はどうなったんだ?」
懸命に手足をバタつかせながら、視界に迫ってくる屋根瓦に激突した。
ガシャン! と瓦を砕きながら四肢を立て獣のごとく着地を決める。
「いっ、痛っぅぅぅ―――。ここは渓谷じゃない、よな……? 屋敷の屋根? さっきの奴の仕業か。 とにかく、ランドルフを見つけないと……近くにいれば良いんだが」
自分達を襲った怪現象に、状況が飲み込めず困惑する。
見知らぬ土地の景色は、小高い山の天辺から一望できる公国の大地を映し出す。
空気は澄み、天高く登る陽は朝焼けように白みがかった光を放つ。
その中で逆光を浴びる人影が伸びた。
屋根の上に佇む影が、舞うようにその身を揺らすと、とても切なく、甘美で深い音色が空へと響き渡る。
心休まる旋律に誘われるようにギデオンは自然と歩を進める。
目を細めながらも、日輪の中にいる者が誰なのか、気になって仕方がない。
紅い袴と白の装束の背が見えた。
腰まで伸びた栗色の長髪を、時折なびかせながら楽器を奏でる様子は神々しささえ感じずにはいられなかった。
ギデオンが近づくと不意に音が止んだ。
「どうやら、お客様のようですね……」
品のある、涼し気な声の彼女はポツリと言った。
「おかしなことを言う。普通、他の家の屋根を歩くのは泥棒ぐらいなもんだぞ……それを客人とは」
「フフッ、そうですね……そうなのでしょう?」
「いや、僕は……わけも分からないまま、ここへ飛ばされたんだ。君は、ここの神官か? 僕をここ呼んだのは、ひょっとして―――」
「いいえ、貴方をここに連れてきて欲しいと言ったのはトクシャカ様です。でも……まさか、貴方がここに来るとは私も予想していませんでした」
白の装束を着た彼女の口元がクスッと小さく微笑んだ。
振り向くその顔を見た瞬間、ギデオンは思わず目を丸くした。
「カナッペ……本当に君なのか?」
その名を呼ばずにはいられなかった。
追い続けてきた少女の影は、痕跡すら見つからず一時は、困窮の一途を辿っていた。
けれど、彼女はちゃんとここにいる。
思いがけないカタチでの再会だったが、ようやく巡り合えた。
「お久しぶりです、ギデ君」
行くあてもなく宙を舞う橙色の葉の群れたちが、視界を埋め尽くす。
黄昏模様のヴェールとなったそれは、剣士たちの合間で揺らぐ。
それは、若者二人の勝利を祝福しているようでも――――
想い届かず、崩れゆく羅刹へに対する、天からの手向けのようでもあった。
「クッ、ハァ…………ったく、とんだ紙一重だ。薄氷を踏みつけて湖面を走り抜けてゆくようなもんだぞ」
「もう、当面の間は戦いたくない……相手だ。それでギデ、コイツはどうするんだ?」
死力をもってして斬鬼のリュウマを撃退したギデオンとランドルフ。
己が肉体に相当な負荷をかけたせいで、立っているのも困難な状態になっていた。
節々はギシギシと悲鳴を上げ、全身が重い。
まだ、西の都、蓬莱渠にも到着していないのに、この有り様だ。
これからが戦の大一番だというのに、二人ともども早々に疲れ果てていた。
使い始めたばかりの練功を、連発すれば引き戻しが起こるのも当然だ。
気の操作にも慣れていない二人だ。加減することが上手くできない。
ペース配分すら、ろくにつかめず必要以上に気力体力を消耗しきってしまったが……ここでリュウマを倒せたのは僥倖、幸先の良いスタートだ。
せっっかく西軍の力を弱体化させたのだ。
すぐにでも、兵を動かし蓬莱渠への突入を試みたいところだが、そう上手く事は運ばない。
今、大渓谷のど真ん中にはギデオンたちしかいない。
北軍の本隊と別れてから、時間もずいぶんと経つ。
しかも、乗り捨てた陸龍の姿がどこにも見当たらない……。
二人は、しばし無言のまま悩んだ。
リュウマを捕虜にして渓谷を出る体力など残ってはいない。
だからといって、ここで始末すれば西側への交渉材料を失う。
このまま放置するなど、もってのほかだ。
最悪、復活し、また襲い掛かってくる可能性も捨てきれない。
「ランドルフ、妙案を求む」
「私だけに頼らず、自分も考えたらどうなんだ!?」
「それがだな……身体がだいぶ――――おい! 後ろだ!!」
ギデオンが何かに気づき叫んだ。
背後を向こうとするランドルフが紫色の布におおわれた瞬間、影もカタチもなく、その場から消失してしまった。
「そこにいるのは誰だ!? どこにランドルフを隠した?」
それまで何もなかったところに、はためく大きな布風呂敷があった。
不自然極まりない、それに向かいギデオンは、咄嗟に拾い上げた石を投げつけた。
布は再度、ヒラリと舞い石を包み込んだ。
どこかに落ちたわけでも、何かにぶつかった気配すらない。
石は、ランドルフの時と同じく、得体の知れない布により忽然と姿を消した。
「二ィやん、許してぇ――な」
耳元で子供の声が聞こえた。
その後、視界が暗転し気づくと、ギデオンの身体は空中を落下している最中だった。
「なっ、んだっ! 僕はどうなったんだ?」
懸命に手足をバタつかせながら、視界に迫ってくる屋根瓦に激突した。
ガシャン! と瓦を砕きながら四肢を立て獣のごとく着地を決める。
「いっ、痛っぅぅぅ―――。ここは渓谷じゃない、よな……? 屋敷の屋根? さっきの奴の仕業か。 とにかく、ランドルフを見つけないと……近くにいれば良いんだが」
自分達を襲った怪現象に、状況が飲み込めず困惑する。
見知らぬ土地の景色は、小高い山の天辺から一望できる公国の大地を映し出す。
空気は澄み、天高く登る陽は朝焼けように白みがかった光を放つ。
その中で逆光を浴びる人影が伸びた。
屋根の上に佇む影が、舞うようにその身を揺らすと、とても切なく、甘美で深い音色が空へと響き渡る。
心休まる旋律に誘われるようにギデオンは自然と歩を進める。
目を細めながらも、日輪の中にいる者が誰なのか、気になって仕方がない。
紅い袴と白の装束の背が見えた。
腰まで伸びた栗色の長髪を、時折なびかせながら楽器を奏でる様子は神々しささえ感じずにはいられなかった。
ギデオンが近づくと不意に音が止んだ。
「どうやら、お客様のようですね……」
品のある、涼し気な声の彼女はポツリと言った。
「おかしなことを言う。普通、他の家の屋根を歩くのは泥棒ぐらいなもんだぞ……それを客人とは」
「フフッ、そうですね……そうなのでしょう?」
「いや、僕は……わけも分からないまま、ここへ飛ばされたんだ。君は、ここの神官か? 僕をここ呼んだのは、ひょっとして―――」
「いいえ、貴方をここに連れてきて欲しいと言ったのはトクシャカ様です。でも……まさか、貴方がここに来るとは私も予想していませんでした」
白の装束を着た彼女の口元がクスッと小さく微笑んだ。
振り向くその顔を見た瞬間、ギデオンは思わず目を丸くした。
「カナッペ……本当に君なのか?」
その名を呼ばずにはいられなかった。
追い続けてきた少女の影は、痕跡すら見つからず一時は、困窮の一途を辿っていた。
けれど、彼女はちゃんとここにいる。
思いがけないカタチでの再会だったが、ようやく巡り合えた。
「お久しぶりです、ギデ君」
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