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二百六十四話
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それまで、満足げな笑みを浮かべていたリュウマが急に静かになった。
退いたと思ったら前に出て、近づいたら遠ざかっていく。
さざ波のごとく剣客の感情は流れてゆく。
それは空に浮かぶ雲にも、天を羽ばたく鳥にもなれない漢の生き様だった。
自由気ままな風来坊ではなく、自分の身を斬ってでも護り通したいモノがある。
そのために、彼はここにいる。
かつて、同門だったヴォールゾックと袂を分かち、故郷に残る道を選んだ。
「どうかしたのか? 心此処にあらずだな」
死合いの最中、注意散漫になるリュウマにギデオンは顔をしかめていた。
決着はこれからだというのに、まるで自分たちを敵とはみなしていない。
剣豪としてあるまじき行為は最大の侮辱とも言えよう。
そこに身分や地位など関係ない。
剣士であろうが武人であろうが、農民であろうとも……一度でも剣をたずさえ命を賭したのだ。
その者をおざなりにするべきではない。
「フッ、もう少しお前たちと遊んでやろうかと思ったが……ことは、あまり芳しくないようだ」
「南の大軍か? 私が得た情報では五万以上の兵力で進軍してくると予想されているが……」
「五万か、ガリュウの奴め! 相も変わらず貧乏性だな。どこまで我々を侮るつもりか? その程度で蓬莱渠を陥落させられるわけがなかろうに……」
「それでも、気がかりなんだな。私にも分かる、貴様の考えが……」
ランドルフの言葉で周囲の空気が一変した。
これまでとは、段違いの殺意がリュウマの身体から闘気として立ち昇る。
「情けなど不要! 察した通り、今からワシは西軍本隊と合流しなければならん。一分だ! 一分でオマエたちを彼岸の園へと送ってやろう!」
リュウマが極天無抜刀・残花の構えに入る。
刀身が闘気に包まれた瞬間、無数の斬撃が辺り一面に走る。
斬鬼の抜刀術は人が繰り出す速度の限界を凌駕している。
誰にも追えない、何人も見えない太刀筋は、彼の振るう妖刀が止まるまで、その場に留まったままだ。
「不動斬撃」世間は彼のあずかり知らぬとことで、勝手に呼び名をつけていた。
「前にいくな、後退しろ」
前にいるランドルフの肩をギデオンが掴んで引いた。
空間から当然、現れた剣閃が首元を狙うように通過してゆく。
「まるで、蜘蛛の糸だ。リュウマの間合いに入るなよ、微塵切りなりたくなければな」
「ギデ、お前……あの太刀筋が見えているのか?」
「視界に頼るんじゃなく、気の流れを感じ取れ。そうでもしなければ、アレは回避できない」
「そういうことか。なら、外側から行くぞ! ピアッシング・ウェイブ」
「蒼炎魔晄剣!」
ギデオンとランドルフによる長距離波状攻撃が始まった。
相手の動きを事前に見切ってしまうリュウマに対しては通用しない。
下策と言わざるを得ない攻撃は、やるだけ無駄な体力を消耗する。
案の定、一撃もかすらない。
距離が遠ければ遠いほど、望み薄となってしまう。
そんな状況に追い込まれながらも、二人は剣を止めようとはしない。
「オマエたちを見ていると、思い出したくないことを思いだしイラついてくる。やかましいだけの剣はヴォールゾックを彷彿させる。そこに、繊細さはなく美麗ですらない。粗暴で醜悪な剣技をこれ以上は見たくもないわ」
「今だ! クリティカルパス」
残撃が消えるタイミングを見計らい瞬間跳躍したギデオンが、妖刀に闘気の刃を打ちつけた。
クリティカルパスの直撃を受ければ、瞬間的に刀を振るうことができなくなる。
それ狙っての一撃だった……のにも関わらず、口角を吊りあげたリュウマが妖刀をギデオンの身体に突き刺した。
「残念だったな。ギデオンよ、オマエがどう動くのかは見えていた。それでワシの刀を封じようとしたようだが、受け流しが得意なのはオマエだけではない」
「はっ、そうかい? じゃあ、コイツは見えていたか?」
屈みこむギデオンの真後ろから一閃が飛び、斬鬼の肩に突き刺さった。
気づいたところで刀は、敵を貫いたままだ。すぐには、どうすることもできない。
「肉を斬らせて骨を絶ったということか。ぬかったわ……ワシの弱点を見抜きおったな!」
二点、三点と刺突がリュウマの胸を突く。
何の奥義でもない……ただの突き。
しかし、硬壁の防御練功でさえも貫通してくる、その威力はレイピアとは思えないほどに強烈なモノである。
「何を仕込んだ? ランドルフよ!!」
「ああ、これか。酒だが……事前にレイピアの刀身に振りかけておいた」
気の流れを頼りに相手の動きを探る。
その癖に依存しすぎたリュウマは、練功を解除しギデオンの背後に隠れていたランドルフの接近を許してしまった。
一撃目を受けた瞬間、彼の気は正常には機能しなくなっていた。
防御の動きが鈍り、壁を作る前に突破されてしまった。
神々の恩恵は、扱い方次第では猛毒にもなる。
人の域を超越したといわれる剣豪も、やはり人の子であった。
退いたと思ったら前に出て、近づいたら遠ざかっていく。
さざ波のごとく剣客の感情は流れてゆく。
それは空に浮かぶ雲にも、天を羽ばたく鳥にもなれない漢の生き様だった。
自由気ままな風来坊ではなく、自分の身を斬ってでも護り通したいモノがある。
そのために、彼はここにいる。
かつて、同門だったヴォールゾックと袂を分かち、故郷に残る道を選んだ。
「どうかしたのか? 心此処にあらずだな」
死合いの最中、注意散漫になるリュウマにギデオンは顔をしかめていた。
決着はこれからだというのに、まるで自分たちを敵とはみなしていない。
剣豪としてあるまじき行為は最大の侮辱とも言えよう。
そこに身分や地位など関係ない。
剣士であろうが武人であろうが、農民であろうとも……一度でも剣をたずさえ命を賭したのだ。
その者をおざなりにするべきではない。
「フッ、もう少しお前たちと遊んでやろうかと思ったが……ことは、あまり芳しくないようだ」
「南の大軍か? 私が得た情報では五万以上の兵力で進軍してくると予想されているが……」
「五万か、ガリュウの奴め! 相も変わらず貧乏性だな。どこまで我々を侮るつもりか? その程度で蓬莱渠を陥落させられるわけがなかろうに……」
「それでも、気がかりなんだな。私にも分かる、貴様の考えが……」
ランドルフの言葉で周囲の空気が一変した。
これまでとは、段違いの殺意がリュウマの身体から闘気として立ち昇る。
「情けなど不要! 察した通り、今からワシは西軍本隊と合流しなければならん。一分だ! 一分でオマエたちを彼岸の園へと送ってやろう!」
リュウマが極天無抜刀・残花の構えに入る。
刀身が闘気に包まれた瞬間、無数の斬撃が辺り一面に走る。
斬鬼の抜刀術は人が繰り出す速度の限界を凌駕している。
誰にも追えない、何人も見えない太刀筋は、彼の振るう妖刀が止まるまで、その場に留まったままだ。
「不動斬撃」世間は彼のあずかり知らぬとことで、勝手に呼び名をつけていた。
「前にいくな、後退しろ」
前にいるランドルフの肩をギデオンが掴んで引いた。
空間から当然、現れた剣閃が首元を狙うように通過してゆく。
「まるで、蜘蛛の糸だ。リュウマの間合いに入るなよ、微塵切りなりたくなければな」
「ギデ、お前……あの太刀筋が見えているのか?」
「視界に頼るんじゃなく、気の流れを感じ取れ。そうでもしなければ、アレは回避できない」
「そういうことか。なら、外側から行くぞ! ピアッシング・ウェイブ」
「蒼炎魔晄剣!」
ギデオンとランドルフによる長距離波状攻撃が始まった。
相手の動きを事前に見切ってしまうリュウマに対しては通用しない。
下策と言わざるを得ない攻撃は、やるだけ無駄な体力を消耗する。
案の定、一撃もかすらない。
距離が遠ければ遠いほど、望み薄となってしまう。
そんな状況に追い込まれながらも、二人は剣を止めようとはしない。
「オマエたちを見ていると、思い出したくないことを思いだしイラついてくる。やかましいだけの剣はヴォールゾックを彷彿させる。そこに、繊細さはなく美麗ですらない。粗暴で醜悪な剣技をこれ以上は見たくもないわ」
「今だ! クリティカルパス」
残撃が消えるタイミングを見計らい瞬間跳躍したギデオンが、妖刀に闘気の刃を打ちつけた。
クリティカルパスの直撃を受ければ、瞬間的に刀を振るうことができなくなる。
それ狙っての一撃だった……のにも関わらず、口角を吊りあげたリュウマが妖刀をギデオンの身体に突き刺した。
「残念だったな。ギデオンよ、オマエがどう動くのかは見えていた。それでワシの刀を封じようとしたようだが、受け流しが得意なのはオマエだけではない」
「はっ、そうかい? じゃあ、コイツは見えていたか?」
屈みこむギデオンの真後ろから一閃が飛び、斬鬼の肩に突き刺さった。
気づいたところで刀は、敵を貫いたままだ。すぐには、どうすることもできない。
「肉を斬らせて骨を絶ったということか。ぬかったわ……ワシの弱点を見抜きおったな!」
二点、三点と刺突がリュウマの胸を突く。
何の奥義でもない……ただの突き。
しかし、硬壁の防御練功でさえも貫通してくる、その威力はレイピアとは思えないほどに強烈なモノである。
「何を仕込んだ? ランドルフよ!!」
「ああ、これか。酒だが……事前にレイピアの刀身に振りかけておいた」
気の流れを頼りに相手の動きを探る。
その癖に依存しすぎたリュウマは、練功を解除しギデオンの背後に隠れていたランドルフの接近を許してしまった。
一撃目を受けた瞬間、彼の気は正常には機能しなくなっていた。
防御の動きが鈍り、壁を作る前に突破されてしまった。
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