異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

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二百五十七話

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「はぁん? 何、ナンダの旦那の知り合いだとぉ?」

「さっきから、そう言っている。信仰心だけではなく、耳まで腐ってんのか? 坊さん」

 僧侶が自分の耳元に手を沿えて小芝居をうつ。
 聞こえているはずなのに、聞こえないフリをしている。
 露骨なまでの意地の悪さに、早くもギデオンの怒りは頂点に到達しようとしていた。
 本当に、コイツが坊さんなのか疑わしいとさえ思っていた。

「向こうにいるだろう! クラスチェンジをするならアンタに頼むしかないんだろう?」

「おい……兄ちゃん? 旦那の様子がおかしくねぇか? ヤバイ! 不味いぞ、このままだと堀に落ちちまう!」

 先程までとは一変して、坊さんの顔から笑みが消えた。
 またしても、ふざけているのかと訝しむが、彼の言うとおりナンダの全身が覚束なく揺らいでいた。

「何やってだよ、パーミッショントランス!!」

 掘りの反対側から一気に跳躍して、ギデオンは崩れ落ちそうになったナンダの身体を抱え込んだ。
 体温が冷たい……呼吸が浅く微弱になっている。

「オッサン? しっかりしろ、ナンダ!! 何が起きた!?」

 ギデオンの声に反応してナンダの口元が微かに動く。
 何かを伝えようとしてはいるが、言葉になっていない。

 特に外傷は見当たらないが、明らかに意識が混濁している。
 視覚では察知できないのならば、プラーナの流れで探る。
 意識を集中すると、ナンダの身に何が起きているのか? その異常を鮮明に捉えることができた。

「体内の気がほとんど残っていない……いや、吸い取られた言うべきなのか? 辺りにナンダの気が放出している……この流れ――――追えるか?」

「こ、これは! ギデ君、一体何が起きたの?」

 近くから、覚えのある声が聞こえてきた。
 振り向くとアビィが棒立ちになりながら、ナンダの方へと目を向けていた。
 絶望……ある種、そのような響きが似合うほどに、彼女は目を見開いていた。

「訊きたいのは僕の方だ……これから犯人を追う。ナンダのことを頼んだぞ」

「ちょっ……と、ギデ君!!」

 アビィに無理やり押しつけるようなカタチで、ギデオンは脇目も振らずに飛び出していった。
 手掛かりとなるのは、路上に残る犯人の痕跡。
 ナンダを襲った犯人は、吸いつくせなかった彼の気を吐き出しながら移動している。

「おかしいぞ? 確か、ナンダには監視役がついていたはず……それがいないということは、何者かが意図してこの状況を作り上げたのか?」

 ギデオンは尚も追跡を続けた。
 走る速度なら、瞬間跳躍できるコチラの方が速い。
 痕跡が途絶えない限り、犯人のもとへと追いつくのは時間の問題だ。

 南北を分ける大通りを越え、北西の商人町に入った。
 この辺りは、複雑な小路が多い。
 左右にうねる道を何度となく曲がり、人の入りが全くない場所に出ると、ついに犯人の背に追いついた。
 前を走る犯人は、フードつきの外套がいとうで素顔を隠しているが、体格はさほど大きくはない。
 むしろ、小柄な部類に入る。

「捕まえたぞ! お前だな、ナンダを襲ったのは!」

 外套の袖をつかんだギデオンは、犯人の正体を暴こうと自身のほうへと引き寄せた。
 ふわりと外套が宙を舞うと、そこから見えたのは袋小路の壁だけだった。

「き、消えただと……そんな、気の痕跡もここで途絶えている! 僕が追っていたのは幽霊だとでもいうのか?」

 握りしめていた外套すら、跡形もなく忽然と消えてしまった。
 犯人を取り逃がしてしまったことへの苛立ちが、拳を壁に叩きつけさせる。

「これ以上は、ここにいても仕方ない……」

 再度、釣り堀に向かうと大勢の人だかりが出来ていた。
 直接、確認しなくとも何をしているのかは、分かってしまう。
 その中心には、ナンダの部下であろう者たちが、むせび泣いていた。
 ギデオンが駆け寄ってくると皆、無言のまま道を開ける。
 横たわるナンダの隣には項垂れるアビィと、彼の最期を看取った坊さんが座り込んでいた。

「すまない……犯人を取り逃した」

 重苦しい空気の中、ギデオンは彼らに告げた。
 当然ながら、誰一人として彼を避難する者はいない。
 皆、自分が主を守らなかったからだと後悔の念に苛まれていた。

「アビィ、大丈夫か?」

「……ナンダの奴、最期にワタシに言ったんだ。って……一体、何を言いたかったのかね? ホント……最後の最期までムカつくわ。伝えたいことがあるなら……どうして、もっと早く言ってくれなかったんだよ!!」

 天を仰ぐ、アビィの目元は前髪で隠れて見えなかった。
 悲しむ以前に、行き場を無くした怒りが、今度は彼女自身を傷つけようとしている。
 こればかりは、他者ではどうにできない。アビィが自分の気持ちに折り合いをつけられるかどうかだ……。

 沈黙の中、ギデオンの通信機が突如、鳴り響きだした。
 通信機本体から通知されたのはシルクエッタの名前。
 親しい者からの連絡に、疑うことなく回線を開いた。
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