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二百五十六話

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 何を言おうが主であるモンドロトは、ナンダの進言を聞き入れようとはしない。
 迫り来る脅威を対処することこそが最優先すべきモノなのだと、強く訴えても暖簾のれんに腕押し「撤退はしない」の一点張りだ。

 当時、駆け出しのヒヨッコだったナンダには当主の些細な変化を見抜くことなどできなかった。
 他の家臣たちもまた、軍師である彼の若さを未熟と称し、真っ当に取り扱ってくれはしない。
 すべてが、望まぬ方向へと向かおうとしていた。
 自分一人だけが否定したところで、誰一人として、それが正しいのか? どうなのかもさえも検討してくれやしない。

 ナンダは失意のどん底に突き落とされた気分だった。
 あれだけ、信頼を寄せているぞと言ってくれた主が、軍師である自分の言葉を信じようともしない。

「所詮は……上辺、そういうことなのか……。これでは何のために家臣になったのか、分からないではないか!!」

 ナンダは、言葉を吐き捨てながら人目につかない場所で項垂れていた。
 もはや、個人では手に負えない案件に、踏み込んでゆくのは得策ではない。
 それを知っている彼が、参謀として指揮を取る事もなかった。
 思考は真っ白なまま、与えられた仕事を消化してゆく。
 心はどこかに置き去りにしてしまった。

 程なくして、一団の連携にほころびが生じ出した……それを見計らっていたかのように、魔物が隊列を組んで襲撃してくる。
 いくら倒してもキリがないほど、次から次へと魔物の群れが押し寄せてくる。
 気づいた時には、最前列にいた兵士が森の中まで踏み入れてしまっていた。
 同時にこれまで、一切、姿を見せなかった魔物たちが一気に北の軍を取り囲んでゆく。

「モンド様ぁ!! これ以上は兵が持ちません。何卒、撤退を――」

「だぁまれぃいいい!! ナンダよ、この程度の有象無象にしてやられるようなワタシではない。この群れを一点突破し包囲を崩せれば…………勝機は充分に見える」

「貴方にもしもことがあれば、お嬢さんは独りになってしまいますよ! どうするのですか!?」

「アレも武家の娘だ。ワタシがいつどうなろうとも、しっかりと事実を受け止めるよう学ばせてきた!」

 この後に及んで、自信の生命を投うって、領主としての誇りを突き通そうとしている。
 モンドロトの美学は、ナンダにとって極めて理解しがたいモノだった。
 いつから彼は、不浄な心に冒され自分を壊してしまったのか?
 少なくとも出会った頃は、どんなにくだらない話でも真剣に聞いてくれた。
 それがモンドロトだというのに……今や、見る影すらない。
 強欲に憑りつかれた狂人だ。

「兵たちよ、これ以上は無駄死になる! 逃げ出せる者から離脱するのだ!! さもなくば、本当に戻れなくなるぞ
 !!」

「ナンダ殿、我々はモンドロト様と共にある身。主を守りながら勝利へと導いてゆくのが、我らがここにいる理由ではありませんか? そこまで生にしがみつきたいのであれば、一人で逃げ出せばいい。我々は最期まで戦い抜く」

「本気……なのか。本心でそう信じているのか!? お前たちに勝利などはない!! このまま、暗君に付き従えば、すべてを失うのだぞ!」

 たとえ、君主を蔑んだことで、兵士たちを敵に回しても、眼を覚ませる必要があった。
 これ以上、無駄な血が流れるのは避けなければならない。
 でなければ――――――ここにいる全員が終わってしまう。

「者ども! ワシは、ここで離脱させて貰うぞ! もし、まだ生きることを切望するのであれば、ワシの後について来い!! 道は切り拓こう」

 戦闘中であるにも関わらず、ナンダは離反した。
 一切の迷いもなく、騎乗していた陸龍ごときびすを返す。
 その背中に怨嗟の怒号と……土壇場で後悔しながら、もがき苦しむ者たちの血しぶきが飛び散る。

「なっ、なななんだぁっぁああ――――――!! 貴様ぁ、ワタシを裏切るというのかああああぁぁぁぁ―――!」

 モンドロトの恨み言が耳に貼りつくように轟いてきた。
 状況は一転し、今度はナンダの方が主を見捨て一心不乱に退路を突き進んでゆく。

 そこから三日間は、ほぼ不眠不休で閑泉への帰還ルートを探した。
 ナンダともに命からがら逃げのびたのは、わずか十数名の兵士たちだけだった。
 家臣である彼らが、ナンダを命がけで護ろうとしたのも、過去に彼によって救われた恩があるからだ。
 帰還後、ナンダは逆臣として公国側から容疑をかけられた……ところが、彼は頑なに拒絶し反逆の経緯については、少しも口を割ろうとはしなかった。

「あの男に従っていたら、命がいくつあっても足りなかった……ただただ、それだけだ」
常に、たった一言で済ませていた。


 翌年、大王アナバタッタはナンダを北の守護代に任命した。
 風の噂では、モンドロトを始末したモノたちと結託して無罪放免を得たという……。

「方法なんぞ、どうでも良かった。ワシはただ、この生まれ育ちた場所を護りたかっただけだ」

 雲一つない秋の空を見上げ、ナンダは呟いた。
 その背後には、忍び寄る人影があった。
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