256 / 362
二百五十六話
しおりを挟む
何を言おうが主であるモンドロトは、ナンダの進言を聞き入れようとはしない。
迫り来る脅威を対処することこそが最優先すべきモノなのだと、強く訴えても暖簾に腕押し「撤退はしない」の一点張りだ。
当時、駆け出しのヒヨッコだったナンダには当主の些細な変化を見抜くことなどできなかった。
他の家臣たちもまた、軍師である彼の若さを未熟と称し、真っ当に取り扱ってくれはしない。
すべてが、望まぬ方向へと向かおうとしていた。
自分一人だけが否定したところで、誰一人として、それが正しいのか? どうなのかもさえも検討してくれやしない。
ナンダは失意のどん底に突き落とされた気分だった。
あれだけ、信頼を寄せているぞと言ってくれた主が、軍師である自分の言葉を信じようともしない。
「所詮は……上辺、そういうことなのか……。これでは何のために家臣になったのか、分からないではないか!!」
ナンダは、言葉を吐き捨てながら人目につかない場所で項垂れていた。
もはや、個人では手に負えない案件に、踏み込んでゆくのは得策ではない。
それを知っている彼が、参謀として指揮を取る事もなかった。
思考は真っ白なまま、与えられた仕事を消化してゆく。
心はどこかに置き去りにしてしまった。
程なくして、一団の連携に綻びが生じ出した……それを見計らっていたかのように、魔物が隊列を組んで襲撃してくる。
いくら倒してもキリがないほど、次から次へと魔物の群れが押し寄せてくる。
気づいた時には、最前列にいた兵士が森の中まで踏み入れてしまっていた。
同時にこれまで、一切、姿を見せなかった魔物たちが一気に北の軍を取り囲んでゆく。
「モンド様ぁ!! これ以上は兵が持ちません。何卒、撤退を――」
「だぁまれぃいいい!! ナンダよ、この程度の有象無象にしてやられるようなワタシではない。この群れを一点突破し包囲を崩せれば…………勝機は充分に見える」
「貴方にもしもことがあれば、お嬢さんは独りになってしまいますよ! どうするのですか!?」
「アレも武家の娘だ。ワタシがいつどうなろうとも、しっかりと事実を受け止めるよう学ばせてきた!」
この後に及んで、自信の生命を投うって、領主としての誇りを突き通そうとしている。
モンドロトの美学は、ナンダにとって極めて理解しがたいモノだった。
いつから彼は、不浄な心に冒され自分を壊してしまったのか?
少なくとも出会った頃は、どんなにくだらない話でも真剣に聞いてくれた。
それがモンドロトだというのに……今や、見る影すらない。
強欲に憑りつかれた狂人だ。
「兵たちよ、これ以上は無駄死になる! 逃げ出せる者から離脱するのだ!! さもなくば、本当に戻れなくなるぞ
!!」
「ナンダ殿、我々はモンドロト様と共にある身。主を守りながら勝利へと導いてゆくのが、我らがここにいる理由ではありませんか? そこまで生にしがみつきたいのであれば、一人で逃げ出せばいい。我々は最期まで戦い抜く」
「本気……なのか。本心でそう信じているのか!? お前たちに勝利などはない!! このまま、暗君に付き従えば、すべてを失うのだぞ!」
たとえ、君主を蔑んだことで、兵士たちを敵に回しても、眼を覚ませる必要があった。
これ以上、無駄な血が流れるのは避けなければならない。
でなければ――――――ここにいる全員が終わってしまう。
「者ども! ワシは、ここで離脱させて貰うぞ! もし、まだ生きることを切望するのであれば、ワシの後について来い!! 道は切り拓こう」
戦闘中であるにも関わらず、ナンダは離反した。
一切の迷いもなく、騎乗していた陸龍ごと踵を返す。
その背中に怨嗟の怒号と……土壇場で後悔しながら、もがき苦しむ者たちの血しぶきが飛び散る。
「なっ、なななんだぁっぁああ――――――!! 貴様ぁ、ワタシを裏切るというのかああああぁぁぁぁ―――!」
モンドロトの恨み言が耳に貼りつくように轟いてきた。
状況は一転し、今度はナンダの方が主を見捨て一心不乱に退路を突き進んでゆく。
そこから三日間は、ほぼ不眠不休で閑泉への帰還ルートを探した。
ナンダともに命からがら逃げのびたのは、わずか十数名の兵士たちだけだった。
家臣である彼らが、ナンダを命がけで護ろうとしたのも、過去に彼によって救われた恩があるからだ。
帰還後、ナンダは逆臣として公国側から容疑をかけられた……ところが、彼は頑なに拒絶し反逆の経緯については、少しも口を割ろうとはしなかった。
「あの男に従っていたら、命がいくつあっても足りなかった……ただただ、それだけだ」
常に、たった一言で済ませていた。
翌年、大王アナバタッタはナンダを北の守護代に任命した。
風の噂では、モンドロトを始末したモノたちと結託して無罪放免を得たという……。
「方法なんぞ、どうでも良かった。ワシはただ、この生まれ育ちた場所を護りたかっただけだ」
雲一つない秋の空を見上げ、ナンダは呟いた。
その背後には、忍び寄る人影があった。
迫り来る脅威を対処することこそが最優先すべきモノなのだと、強く訴えても暖簾に腕押し「撤退はしない」の一点張りだ。
当時、駆け出しのヒヨッコだったナンダには当主の些細な変化を見抜くことなどできなかった。
他の家臣たちもまた、軍師である彼の若さを未熟と称し、真っ当に取り扱ってくれはしない。
すべてが、望まぬ方向へと向かおうとしていた。
自分一人だけが否定したところで、誰一人として、それが正しいのか? どうなのかもさえも検討してくれやしない。
ナンダは失意のどん底に突き落とされた気分だった。
あれだけ、信頼を寄せているぞと言ってくれた主が、軍師である自分の言葉を信じようともしない。
「所詮は……上辺、そういうことなのか……。これでは何のために家臣になったのか、分からないではないか!!」
ナンダは、言葉を吐き捨てながら人目につかない場所で項垂れていた。
もはや、個人では手に負えない案件に、踏み込んでゆくのは得策ではない。
それを知っている彼が、参謀として指揮を取る事もなかった。
思考は真っ白なまま、与えられた仕事を消化してゆく。
心はどこかに置き去りにしてしまった。
程なくして、一団の連携に綻びが生じ出した……それを見計らっていたかのように、魔物が隊列を組んで襲撃してくる。
いくら倒してもキリがないほど、次から次へと魔物の群れが押し寄せてくる。
気づいた時には、最前列にいた兵士が森の中まで踏み入れてしまっていた。
同時にこれまで、一切、姿を見せなかった魔物たちが一気に北の軍を取り囲んでゆく。
「モンド様ぁ!! これ以上は兵が持ちません。何卒、撤退を――」
「だぁまれぃいいい!! ナンダよ、この程度の有象無象にしてやられるようなワタシではない。この群れを一点突破し包囲を崩せれば…………勝機は充分に見える」
「貴方にもしもことがあれば、お嬢さんは独りになってしまいますよ! どうするのですか!?」
「アレも武家の娘だ。ワタシがいつどうなろうとも、しっかりと事実を受け止めるよう学ばせてきた!」
この後に及んで、自信の生命を投うって、領主としての誇りを突き通そうとしている。
モンドロトの美学は、ナンダにとって極めて理解しがたいモノだった。
いつから彼は、不浄な心に冒され自分を壊してしまったのか?
少なくとも出会った頃は、どんなにくだらない話でも真剣に聞いてくれた。
それがモンドロトだというのに……今や、見る影すらない。
強欲に憑りつかれた狂人だ。
「兵たちよ、これ以上は無駄死になる! 逃げ出せる者から離脱するのだ!! さもなくば、本当に戻れなくなるぞ
!!」
「ナンダ殿、我々はモンドロト様と共にある身。主を守りながら勝利へと導いてゆくのが、我らがここにいる理由ではありませんか? そこまで生にしがみつきたいのであれば、一人で逃げ出せばいい。我々は最期まで戦い抜く」
「本気……なのか。本心でそう信じているのか!? お前たちに勝利などはない!! このまま、暗君に付き従えば、すべてを失うのだぞ!」
たとえ、君主を蔑んだことで、兵士たちを敵に回しても、眼を覚ませる必要があった。
これ以上、無駄な血が流れるのは避けなければならない。
でなければ――――――ここにいる全員が終わってしまう。
「者ども! ワシは、ここで離脱させて貰うぞ! もし、まだ生きることを切望するのであれば、ワシの後について来い!! 道は切り拓こう」
戦闘中であるにも関わらず、ナンダは離反した。
一切の迷いもなく、騎乗していた陸龍ごと踵を返す。
その背中に怨嗟の怒号と……土壇場で後悔しながら、もがき苦しむ者たちの血しぶきが飛び散る。
「なっ、なななんだぁっぁああ――――――!! 貴様ぁ、ワタシを裏切るというのかああああぁぁぁぁ―――!」
モンドロトの恨み言が耳に貼りつくように轟いてきた。
状況は一転し、今度はナンダの方が主を見捨て一心不乱に退路を突き進んでゆく。
そこから三日間は、ほぼ不眠不休で閑泉への帰還ルートを探した。
ナンダともに命からがら逃げのびたのは、わずか十数名の兵士たちだけだった。
家臣である彼らが、ナンダを命がけで護ろうとしたのも、過去に彼によって救われた恩があるからだ。
帰還後、ナンダは逆臣として公国側から容疑をかけられた……ところが、彼は頑なに拒絶し反逆の経緯については、少しも口を割ろうとはしなかった。
「あの男に従っていたら、命がいくつあっても足りなかった……ただただ、それだけだ」
常に、たった一言で済ませていた。
翌年、大王アナバタッタはナンダを北の守護代に任命した。
風の噂では、モンドロトを始末したモノたちと結託して無罪放免を得たという……。
「方法なんぞ、どうでも良かった。ワシはただ、この生まれ育ちた場所を護りたかっただけだ」
雲一つない秋の空を見上げ、ナンダは呟いた。
その背後には、忍び寄る人影があった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…
三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった!
次の話(グレイ視点)にて完結になります。
お読みいただきありがとうございました。

契約結婚のはずが、気づけば王族すら跪いていました
言諮 アイ
ファンタジー
――名ばかりの妻のはずだった。
貧乏貴族の娘であるリリアは、家の借金を返すため、冷酷と名高い辺境伯アレクシスと契約結婚を結ぶことに。
「ただの形式だけの結婚だ。お互い干渉せず、適当にやってくれ」
それが彼の第一声だった。愛の欠片もない契約。そう、リリアはただの「飾り」のはずだった。
だが、彼女には誰もが知らぬ “ある力” があった。
それは、神代より伝わる失われた魔法【王威の審判】。
それは“本来、王にのみ宿る力”であり、王族すら彼女の前に跪く絶対的な力――。
気づけばリリアは貴族社会を塗り替え、辺境伯すら翻弄し、王すら頭を垂れる存在へ。
「これは……一体どういうことだ?」
「さあ? ただの契約結婚のはずでしたけど?」
いつしか契約は意味を失い、冷酷な辺境伯は彼女を「真の妻」として求め始める。
――これは、一人の少女が世界を変え、気づけばすべてを手に入れていた物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる