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二百五十三話
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人はかくも変わるものなのか……?
地位や権力、今まで築き上げたもの全てを失った今のナンダは、心なしか? 以前よりも老けて見えた。
人を謀り、手に入れた富だ……いずれは、奪い返されることも容易に想像できただろう。
ただ、人の欲というモノは一度、手元に置いたモノは手放し難くなる。
それこそ、価値あるものを失おうならば、未練や固執という想いの残滓が胸の奥にこびりついて離れない。
ナンダも、また己の欲望を律することはできない人間だった。
「釣りが好きなのか……?」
ギデオンは何の気なしに、ナンダに言葉を投げた。
別に会話がしたかったわけでも、彼の変貌した様子を気にしたわけでもない。
一言で言えば、やるせなかった……互いに事情があったとはいえ、一度は譲れないモノのために命を削り合った相手だ。
相対した、その時に感じた感情の昂りは、今も身体が記憶している。
ナンダが秘めていた力強い輝き……それが何なのか?
知る由もないが、間違いなくソレに触発されたギデオンにとっては、相手が敵対者であろうとも軽んじることはできないでいた。
拳を交えて一つだけ確実に言えるのは、ナンダという男は最初から最後まで武人であったということだ。
アビィたちが言うような、卑劣で利己主義な人を欺くことを好む人物には、到底思えない……。
その証拠に、彼の部下たちは身を呈してナンダを守ろうとした。
牢獄からの解放されたのも、彼らが中心となって市民へ訴えかけてくれたからである。
相当、慕われてなければ、こうも動いてはくれない。
ナンダが人徳を持っているからこそ救いの手が差し伸べられたとも言える。
「釣りか、弟が好きでな……よく、休みの日には兄弟揃って沢にでかけたものよ」
「ここが、アンタの故郷なのか?」
「いかにも……以前は家族と一緒に暮らしていたのだがな……」
言葉の終点に待ち受ける想いに、ギデオンは口元を閉ざす。
ナンダは淡々と話を続けた。
「ワシに気を遣わなくても良い。弟と妹がいたが、二人とも戦火に巻き込まれて死んだよ……」
「それは……残念だったな。それでアンタは、北の守護となって治安を維持しようとしたというのか?」
「さぁな? ここから先は単なる独語りだ。適当に聞き流してくれ。ただし、小僧……貴様は知っておいた方がいい……これは勝者たる者の特権だ。貴様にとって窮地を脱する為の教示になるやもしれんからな」
「小僧じゃない、ギデという名がある」
ギデオンから忠告され、ようやくナンダが口元を緩めた。
語られるのは、今から十年以上前の話……。
すべては、北の守護代としてモンドロトが、この地にやってきた所から始まった。
役人になる以前のナンダは、どこにでもいるような平民出の青年だった。
母に弟と妹の四人家庭で慎ましくも、平穏な日々をすごしてきた。
ナンダの家は農家とまではいかないものの……それなりの畑を持っていた。
最初は興味本位で始めた土弄りだったが、次第に本格的な農業を行うようになっていった。
その過程は……決して順調とはいかず困難を極めた。
この痩せ細った北の農地では、環境に恵まれず農作物が育ちにくい。
それこそ、大規模な農地改革でも行わない限り、食料を備蓄することすら叶わない状況だった。
いずれにせよ、このままでは閑泉一帯は飢餓に見舞われる。
早急に手を打つ必要があるとナンダは、朧気ながらに感じ取っていた。
そんな折、彼は新たな守護代のモンドロトと遭遇する。
二人の出会いは、彼が壁に突き当たったところで巡り回ってきた千載一隅のチャンスといえた。
釣りと同様、ナンダには他者には劣らない特技があった。
盤面に二十五枚の様々な駒を配置し、相手の思考を読みながら旗を取り合う軍棋。
そのゲームにおいて、彼は百戦百勝という記録を持っていた。
軍棋において、求められるのは知略と戦略……後に智将と呼ばれる才は、すでにこの時から片鱗を見せていた。
街中で開催された軍棋大会、兼ねてからナンダの噂を耳にしていたモンドロトは、その卓越した戦略の高さを目の当たりにして即座に、彼を自軍の将として勧誘した。
思わぬ出世に仰天こそしたが拒む理由もないと快く承諾した。
以降、ナンダはモンドロトの忠臣として北方の防衛を担う。
幾度なく、国境の方から出現する魔物の群れ……調査の結果、それは共和国側から運び出された産廃だった。
公国側の代表としてモンドロトが警告を発しても、共和国側の対応は曖昧なモノばかりだった。
自身が統治する北地区から共和国の魔物が湧き出てくる……モンドロトの怒りは日を追うごとに苛烈さを増してゆく。
モンドロトの配下となり七年目に入った……。
その日、公国中を震撼させるの大事件が勃発した。
地位や権力、今まで築き上げたもの全てを失った今のナンダは、心なしか? 以前よりも老けて見えた。
人を謀り、手に入れた富だ……いずれは、奪い返されることも容易に想像できただろう。
ただ、人の欲というモノは一度、手元に置いたモノは手放し難くなる。
それこそ、価値あるものを失おうならば、未練や固執という想いの残滓が胸の奥にこびりついて離れない。
ナンダも、また己の欲望を律することはできない人間だった。
「釣りが好きなのか……?」
ギデオンは何の気なしに、ナンダに言葉を投げた。
別に会話がしたかったわけでも、彼の変貌した様子を気にしたわけでもない。
一言で言えば、やるせなかった……互いに事情があったとはいえ、一度は譲れないモノのために命を削り合った相手だ。
相対した、その時に感じた感情の昂りは、今も身体が記憶している。
ナンダが秘めていた力強い輝き……それが何なのか?
知る由もないが、間違いなくソレに触発されたギデオンにとっては、相手が敵対者であろうとも軽んじることはできないでいた。
拳を交えて一つだけ確実に言えるのは、ナンダという男は最初から最後まで武人であったということだ。
アビィたちが言うような、卑劣で利己主義な人を欺くことを好む人物には、到底思えない……。
その証拠に、彼の部下たちは身を呈してナンダを守ろうとした。
牢獄からの解放されたのも、彼らが中心となって市民へ訴えかけてくれたからである。
相当、慕われてなければ、こうも動いてはくれない。
ナンダが人徳を持っているからこそ救いの手が差し伸べられたとも言える。
「釣りか、弟が好きでな……よく、休みの日には兄弟揃って沢にでかけたものよ」
「ここが、アンタの故郷なのか?」
「いかにも……以前は家族と一緒に暮らしていたのだがな……」
言葉の終点に待ち受ける想いに、ギデオンは口元を閉ざす。
ナンダは淡々と話を続けた。
「ワシに気を遣わなくても良い。弟と妹がいたが、二人とも戦火に巻き込まれて死んだよ……」
「それは……残念だったな。それでアンタは、北の守護となって治安を維持しようとしたというのか?」
「さぁな? ここから先は単なる独語りだ。適当に聞き流してくれ。ただし、小僧……貴様は知っておいた方がいい……これは勝者たる者の特権だ。貴様にとって窮地を脱する為の教示になるやもしれんからな」
「小僧じゃない、ギデという名がある」
ギデオンから忠告され、ようやくナンダが口元を緩めた。
語られるのは、今から十年以上前の話……。
すべては、北の守護代としてモンドロトが、この地にやってきた所から始まった。
役人になる以前のナンダは、どこにでもいるような平民出の青年だった。
母に弟と妹の四人家庭で慎ましくも、平穏な日々をすごしてきた。
ナンダの家は農家とまではいかないものの……それなりの畑を持っていた。
最初は興味本位で始めた土弄りだったが、次第に本格的な農業を行うようになっていった。
その過程は……決して順調とはいかず困難を極めた。
この痩せ細った北の農地では、環境に恵まれず農作物が育ちにくい。
それこそ、大規模な農地改革でも行わない限り、食料を備蓄することすら叶わない状況だった。
いずれにせよ、このままでは閑泉一帯は飢餓に見舞われる。
早急に手を打つ必要があるとナンダは、朧気ながらに感じ取っていた。
そんな折、彼は新たな守護代のモンドロトと遭遇する。
二人の出会いは、彼が壁に突き当たったところで巡り回ってきた千載一隅のチャンスといえた。
釣りと同様、ナンダには他者には劣らない特技があった。
盤面に二十五枚の様々な駒を配置し、相手の思考を読みながら旗を取り合う軍棋。
そのゲームにおいて、彼は百戦百勝という記録を持っていた。
軍棋において、求められるのは知略と戦略……後に智将と呼ばれる才は、すでにこの時から片鱗を見せていた。
街中で開催された軍棋大会、兼ねてからナンダの噂を耳にしていたモンドロトは、その卓越した戦略の高さを目の当たりにして即座に、彼を自軍の将として勧誘した。
思わぬ出世に仰天こそしたが拒む理由もないと快く承諾した。
以降、ナンダはモンドロトの忠臣として北方の防衛を担う。
幾度なく、国境の方から出現する魔物の群れ……調査の結果、それは共和国側から運び出された産廃だった。
公国側の代表としてモンドロトが警告を発しても、共和国側の対応は曖昧なモノばかりだった。
自身が統治する北地区から共和国の魔物が湧き出てくる……モンドロトの怒りは日を追うごとに苛烈さを増してゆく。
モンドロトの配下となり七年目に入った……。
その日、公国中を震撼させるの大事件が勃発した。
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