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二百五十二話

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 北の都邑とゆう、閑泉が大元軍の手に渡り、はや一週間近く経とうとしていた。
 依然として東の王国軍が動く気配ななく、次の戦支度は順調に進んでゆく。
 北に王族の血筋を持つ者は誰もいなかった……よって、王位継承戦に参戦する資格がない。

 仮に、大王アナバタッタが北の統治者として大元に勅令を下せば、争う理由はなくなる。
 悲しきかな……いくら理屈を並べても、そのような和平は万に一つもあり得ない。
 閑泉の医療技術は公国随一とまで評されている。
 その上、再び優秀な人材である大元を筆頭としたが都に帰還してきたのだ。
 他の勢力からすれば厄介である以上に、喉から手が出るほど欲したくなる。
 まさに……魅惑の都である。

 これから長期に渡る防衛戦が幾度となく繰り返されるだろう。
 正直、東の勢力を敵に回してしまうのは、どう考えても積みになる。
 反乱軍の代表として大元がどうしても為さなければならないのは、国王との講和だ。
 なんとしても東に対して善戦し、話合いの席を引き出さないとならない。

 片づけなければならない仕事の多さと、先の見通しが立たない不安が大元にプレッシャーを与える。
 無精ひげを手入れする暇も惜しみ、公務席にかじりついたまま書類の整理を淡々とこなす。
 相当な疲労が溜まっているようだ……目元の下にクマまで作っていた。

 多忙な折りの中、政務室の扉が凄まじい勢いで開かれた。
 部屋に入るなり、有無もいわずに大元のところへ直行していったのは、霊幻のアビィ、その人だ。
 躊躇することもなく大元の深衣しんいをワシ掴みにしながら、彼女は鬼神のごとき形相で激昂した。

「聞いたぞ! セイサイ、お前ぇ! ナンダを解放したんだってな。いったい何を考えている!?」

「仕方ないだろ? 今もなおナンダを慕う声は多い。このまま、牢に繋ぎとめておいても、内からの対立が勃発するだけだ。ならば、監視役をつけてでも、ある程度は自由にさせたほうがいい。それに……今のナンダは四凶化することはないから安全だ」

「そういう事を言っているんじゃないんだよ!! こんなことなら、あの時にワタシの手で仕留めておくべきだったあぁあ!! ああ―――クソッ」

「アビィ、苦しいからそろそろ、手を放してくれないか?」

「そうして欲しいのなら、答えろ! 今、アイツはどこにいる!?」

 激しい剣幕でまくし立てるアビィに、説得など通用しない。
「冷静になれ」と言ったところで火に油を注ぐだけだ。
 長年の付き合いだからこそ、大元はアビィの扱い方を心得ていた。

「こういう時は……素直に従ったほうがいいんだよな。アビィ、ナンダは今――――――」


 大元と同様……ここ数日の間、ギデオンも忙しさに追われ続けていた。
 太古オートマタ、エイルを介して次々と明らかになる新事実。
 それは、ナンダの所持していた石から始まり、周辺の地質調査にまで至る。
 トドメにキンバリーの手記の暗号から紐解かれたオーソライズキャリバーの仕組み。
 すべてが想像していたよりも遥かに複雑で、立証や検証を同時進行で行う必要があった。

 たんに答えを得るだけなら、解析だけで済むが……パワースポットに関しては、エイルが本来所持している機能を完全回復させる重要なカギとなる。
 コアと名付けた石の中に宿るエネルギーの結晶物質は、不純物を除去することで正常化に成功した。

 あと六つほど、探し当てればいいのかと思っていた矢先、問題はそこから派生した……。
 穢れを取り除いた、エネルギー結晶は元々、大地に埋まっていたモノである。
 それを掘り出し、魔道具として加工した経緯を踏まえると、元の位置へと戻さなければパワースポットとして使用できない可能性が大いにあった。

「お待たせしました。ギデ様、こちらがクエストの報酬とアングラーのプレートになります。アングラーになると上級職へのクラスチェンジが可能になりますよ!」

「クラスチェンジか……マタギでも可能なのか……それ?」

 やれと言われたことを、いつまでもバカ正直にやり続けるギデオンではなかった。
 適度にサンプルとなる土を回収したら、閑泉のギルドに立ち寄って、残っていた用をさっさと片した。
 クラスチェンジという、嬉しい? 知らせに眉間にシワを作る。
 マタギの上級職がまったくもって想像できない……。
 クラス替えは、ギルドではなく教会や寺院で行われるのが通例だ。
 考え込んでいる内に足は自然と寺院の方へと向いていた。

「ん? あれは……」

 寺院に行く途中で釣り堀があった。
 このまま素通りしても良かったのだが、ギデオンは咄嗟に足を止めた。
 そこそこ、ある客入りの中に覚えのある男の横顔が見える。

 それは、つい先日まで投獄されていた元北の守護代ナンダだ。
 無言のまま釣竿を垂らす男の背は、どこか哀愁が漂っていた。
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