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二百四十七話

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 兵たちに囲まれ逃げ場のないギデオン。
 しかし形勢は閑泉軍に傾くどころか、敗色が濃厚になっていた。
 ナンダが倒れたことで軍の士気が大幅に下がった。
 戦前に大将がリタイヤするとは誰も想定できない出来事だ。

「と、とにかくナンダ様を安全な場所に! 急げ!」

 兵士たちの注意はギデオンをどうこうするよりも、先に負傷した主の身を守ることにそそがれていた。
 さすがに多勢に無勢……ここで暴れても取り押さえられてしまう。
 聖歌隊で暗躍した彼だからこそ一瞬で状況判断できる。
 身体が鉛で固められたように重く、言うことを聞かない。
 敵軍に好き勝手されるのはしゃくであるが、意識を保つことで精一杯だった。

 まさに絶好のチャンスが巡ってきた……というのに、兵は誰一人といて捕らえた少年に危害を加えようとはしなかった。
 できなかった、できるわけもなかった。
 勝者に刃を向けるなど、武人としてあってはならないことだと彼らは自覚していた。
 その理念に反した行動を取ることは、すなわち主であるナンダの顔に泥を塗ることになる。

「何があっても、武人であることを忘れるな。誇りを捨てても名誉を潰しても、獣には成り下がるな」

 常日頃から臣下全員に、そう言い聞かせていたのは他ならぬナンダであった。

 世間は、北の守護代となった彼を悪臣、謀反人、恩知らずと非難し陰口を叩いている。
 しかし、事実は物語よりも残酷な側面をもっている。
 ナンダが何を思い、何を成そうとして主人であるモンドロトを裏切ったのか―――誰も知ろうとはしない。
 ただ、結果だけを追い、結果のみを信じて疑わない。
 真実を知るのは、ともに謀反を起こした臣下だけである。
 ナンダを陥れようとする風評に、どれだけ苦渋を飲ませれたことか……。
 全員、陽の光が届くその時まで、ずっと堪え続けてきた。

「ぐぁっ……がはっ…………」
 上半身を縄で縛られた男が兵たちに向けて飛んできた。
 何が起こったのか、分からないまま地面に横たわる男の顔を見て、一同はギョっとした顔を見せた。

「レプラゼーラ隊長!! おい……まだ息をしているぞ。隊長、しっかりして下さい!!」

「そこまでだ! 閑泉兵。もはや、お前達の勝敗は決した。この街は現在、我々、大元の軍によって完全包囲されている。すにやかに投降し街を明け渡せ……」

 砂利を踏み込みながらブーツを鳴らす男が、降服勧告にやってきた。
 武人とは思えぬ軽装に、誰もが大元の使いを名乗る彼に疑惑の目を向けた。

「それ以上、近寄るな! 若造にしては過ぎた冗談だな。肝心の大元の兵はどこに居る? 貴様以外、誰一人いないではないか!?」

「なら、私が投げたそこのゴミはどう説明する?」

「これはだな……にせもの。そう! レプラゼーラ様に似たそっくりさんだ」

 追い込まれ過ぎて頓珍漢な返答を返す兵士に、使者たる青年は項垂れるようにため息をついた。
 彼らの思考が状況の変化に追いついていないのを考慮しても、上官の顔すら覚えていないわけがない。
 白々しく、とぼけながら主を連れて逃亡を謀る気だ。

「貴様らの考え、よく分かった。認めないというのであれば、全員で私にかかってこい! たった一人の若造相手だ、造作もなかろう。それとも、ナンダの兵ともあろう者が臆病風に吹かれて逃げ出すつもりじゃないだろうな?」

「ぬかせ! 総員、この男を捕まえて吊るし上げろ!!」

 ナンダの名前を出した途端、兵士たちの表情が険しいものに変わった。
 青年の挑発に乗り、剣を引き抜き、槍を構え、銃の引き金に指をかける。
 その数、ざっと数えても三十は下らない。

 青年は腰に下げていた細剣を抜き取ると刃先を地面につけた。
 目の前の敵を討伐することに躍起となっている兵など、取るに足りない存在だ。
 ほんの僅かな、行動に違和感を抱くことなく踏み入れてくる。

水滸すいこ……スコールリフレイン」

 青年の言葉に合わせて、足元から突風が吹き荒れ兵士たちを一網打尽に消し飛ばしてゆく。
 軽快を怠っていた彼らは抵抗する間もなく、気の流れに沿って急降下する。
 栞の押し花のように地面に押しつけられる。
 致命傷にはいたらないモノの押さえつけられたまま、閑泉兵は身動きが取れず、広場は大元の使者によって制圧された。

 ギデオンのもとに青年が駆け寄る。

「待たせたな、相棒」

「ああ……お前の復活を待ちわびていたさ、ランドルフ」

 思いがけない場所での再会に二人は微笑した。
 積もる話はたくさんあるが、一先ずは、この戦いに終止符を打たねばならない。
 ランドルフによって、ナンダの身柄は確保された。
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