243 / 366
二百四十三話
しおりを挟む
チオンチの手爪がギデオンの肩に食い込んでいた。
すぐそばで発生している混乱に乗じ逃れようとしても、引き抜くことが出来ない。
まるで、接着でもされているかのように突き刺さった爪はビクとも動かない。
「これも練功の一種か……? 出血もなく痛みも感じない。気味が悪い感触だ」
「しかり、あまり暴れないほうが身の為だぞ? この爪を引き抜けば栓を抜いた樽酒のように血が噴き出すからな。しかし、貴様も憐れよのぅ~。 仲間は貴様をおいて、とんずらこいたぞ」
「ああ、それでいい。それがいいんだ!!」
「ほうぉ、気でも狂ったのか?」
狩人を生け捕りにした魔獣は、あふれんばかりの笑みを浮かべた。
その手の内にある揺るがない勝利は、いつでも心を満たしてくれる。
他者から奪うことの快感を知った者は、さらなる至福を求めて強奪し続ける。
ナンダもまた、その虜となっていた。
その様子を、狩人たる少年は無表情まま直視していた。
「なにか、もの言いたげだな? 一言ぐらいなら喋らせてやるぞ」
「今すぐ、くたばれ」
「んふふふっ……フハハハッ、ハハハアアアアッ――!!!」
未だ、戦意を失うことのないギデオンに、両肩を震わせながらナンダは爆笑していた。
それは侮辱ではなく、武人としての誇りを持つ勇敢な若者と出会えたことへの感謝と喜びのあらわれだった。
できるのなら自分の配下におきたい。
そう願ってしまうほど、ギデオンの強き一念に惹かれるものがあった。
ゆえに……口惜しい。
有望なる者を自らの手で始末しなけばならないことは、物事に価値を求めるナンダにとっては断腸の思いだ。
「アンタは哀れな男だな。ナンダ、どうしてそんなに迷っている? 何をそんなに恐れている?」
「なぬ? ワシが恐れているだと? 馬鹿なことを……恐怖はすでに過去が連れていったのだ! ただ、貴様の才覚をここで終わらせるのは勿体ないと思っただけだ」
「未来か……これから起きることを一々、推し量っていてもキリがないぞ」
「こ、このガキ――――。見透かしたようなことばかり、口に出しよって……キサマは何様つもりなのだぁ!?」
ギデオンの一言が、ナンダを豹変させた。
気に入らないことがあれば、立場の低い相手を力づくで従わせようとする。
権力者の悪い部分が顔を覗かせていた。
先の事で不安にかられる……ギデオンの指摘はあながち的外れではなかった。
真っ向から否定できないほど、ナンダは先のことで頭を悩ませていた。
なまじ先読みが鋭いため、ちょっとした弾みで、これから先に何が起こるのかシュミレートをしてしまう。
その度に、解決策を見つけださないと落ち着けない。
今も、ギデオンが自分の弱点に気づいた時のことを考えようとしている。
ナンダの思考は、すでに病染みていた。
「貴様なんぞに、ワシの苦痛が分かってたまるかぁ―――!! 消えろぉおおおお、ポーラハウル!」
ガバッと口を開いたチオンチの口内に気が溜まり出した。
息を吸う要領で、辺りの散らばる気を一点に集中させ圧縮する。
次第にそれはゴム鞠ようなカタチに変わり凄まじく回転し出した。
凶悪なエネルギー波動として成長した悪夢が、破壊の限りを尽くそうとする。
チオンチの咆哮に混じって聖白の外気功がギデオンを狙い撃つ。
「これ以上は、好き勝手できると思うなよ! マイクロブラックホール」
ポーラハウルが放たれたのと同時に、銃声があがった。
それまで捕らえていたはずのギデオンの姿が、その場から消えていた。
異変を感じながらも地に足をつけるまでは、何が起きたのかも分からなかったぐらいだ。
気づけば、わん型となった穴のど真ん中にナンダは落とされていた。
「ワシの足場もろとも、地面をごっそりとえぐり取っただとぉおおお! やりおるな小僧、こちらのバランスを崩すことで、自力では引き抜けなかった爪を引き離したか……」
「蒼炎蹴嶽」
上から飛び降りてきたギデオンの蹴りがチオンチの胴体に殺烈した。
「無駄だ、いくら極天であろうとも、この肉体には傷一つ憑かんぞ! くわえて、ワシに肉弾戦を仕掛ければどうなるのか? 忘れたわけでもなかろう」
ギデオンの足下に血溜まりができていた。
ナンダを蹴った瞬間に棘のように鋭い闘気が足を串刺しにしてきた。
幸い、硬壁による防御を敷いていたおかげで、軽傷ですんだ。
むしろ危ういのは、右肩の方だ。
ナンダが言っていた通り出血が酷い……急いで練功での止血を試みるも上手くいかない。
出血を抑えるのが限界だ。
「くっ……一応、応急処置はしたが……このままだと失血で倒れてしまう。そうなる前に、コイツを倒さなければ……本格的にこの街が戦場になってしまう」
一進一退の攻防戦、その中でギデオンは早急に決着をつけなければならなくなった。
まさに背水の陣である。
すぐそばで発生している混乱に乗じ逃れようとしても、引き抜くことが出来ない。
まるで、接着でもされているかのように突き刺さった爪はビクとも動かない。
「これも練功の一種か……? 出血もなく痛みも感じない。気味が悪い感触だ」
「しかり、あまり暴れないほうが身の為だぞ? この爪を引き抜けば栓を抜いた樽酒のように血が噴き出すからな。しかし、貴様も憐れよのぅ~。 仲間は貴様をおいて、とんずらこいたぞ」
「ああ、それでいい。それがいいんだ!!」
「ほうぉ、気でも狂ったのか?」
狩人を生け捕りにした魔獣は、あふれんばかりの笑みを浮かべた。
その手の内にある揺るがない勝利は、いつでも心を満たしてくれる。
他者から奪うことの快感を知った者は、さらなる至福を求めて強奪し続ける。
ナンダもまた、その虜となっていた。
その様子を、狩人たる少年は無表情まま直視していた。
「なにか、もの言いたげだな? 一言ぐらいなら喋らせてやるぞ」
「今すぐ、くたばれ」
「んふふふっ……フハハハッ、ハハハアアアアッ――!!!」
未だ、戦意を失うことのないギデオンに、両肩を震わせながらナンダは爆笑していた。
それは侮辱ではなく、武人としての誇りを持つ勇敢な若者と出会えたことへの感謝と喜びのあらわれだった。
できるのなら自分の配下におきたい。
そう願ってしまうほど、ギデオンの強き一念に惹かれるものがあった。
ゆえに……口惜しい。
有望なる者を自らの手で始末しなけばならないことは、物事に価値を求めるナンダにとっては断腸の思いだ。
「アンタは哀れな男だな。ナンダ、どうしてそんなに迷っている? 何をそんなに恐れている?」
「なぬ? ワシが恐れているだと? 馬鹿なことを……恐怖はすでに過去が連れていったのだ! ただ、貴様の才覚をここで終わらせるのは勿体ないと思っただけだ」
「未来か……これから起きることを一々、推し量っていてもキリがないぞ」
「こ、このガキ――――。見透かしたようなことばかり、口に出しよって……キサマは何様つもりなのだぁ!?」
ギデオンの一言が、ナンダを豹変させた。
気に入らないことがあれば、立場の低い相手を力づくで従わせようとする。
権力者の悪い部分が顔を覗かせていた。
先の事で不安にかられる……ギデオンの指摘はあながち的外れではなかった。
真っ向から否定できないほど、ナンダは先のことで頭を悩ませていた。
なまじ先読みが鋭いため、ちょっとした弾みで、これから先に何が起こるのかシュミレートをしてしまう。
その度に、解決策を見つけださないと落ち着けない。
今も、ギデオンが自分の弱点に気づいた時のことを考えようとしている。
ナンダの思考は、すでに病染みていた。
「貴様なんぞに、ワシの苦痛が分かってたまるかぁ―――!! 消えろぉおおおお、ポーラハウル!」
ガバッと口を開いたチオンチの口内に気が溜まり出した。
息を吸う要領で、辺りの散らばる気を一点に集中させ圧縮する。
次第にそれはゴム鞠ようなカタチに変わり凄まじく回転し出した。
凶悪なエネルギー波動として成長した悪夢が、破壊の限りを尽くそうとする。
チオンチの咆哮に混じって聖白の外気功がギデオンを狙い撃つ。
「これ以上は、好き勝手できると思うなよ! マイクロブラックホール」
ポーラハウルが放たれたのと同時に、銃声があがった。
それまで捕らえていたはずのギデオンの姿が、その場から消えていた。
異変を感じながらも地に足をつけるまでは、何が起きたのかも分からなかったぐらいだ。
気づけば、わん型となった穴のど真ん中にナンダは落とされていた。
「ワシの足場もろとも、地面をごっそりとえぐり取っただとぉおおお! やりおるな小僧、こちらのバランスを崩すことで、自力では引き抜けなかった爪を引き離したか……」
「蒼炎蹴嶽」
上から飛び降りてきたギデオンの蹴りがチオンチの胴体に殺烈した。
「無駄だ、いくら極天であろうとも、この肉体には傷一つ憑かんぞ! くわえて、ワシに肉弾戦を仕掛ければどうなるのか? 忘れたわけでもなかろう」
ギデオンの足下に血溜まりができていた。
ナンダを蹴った瞬間に棘のように鋭い闘気が足を串刺しにしてきた。
幸い、硬壁による防御を敷いていたおかげで、軽傷ですんだ。
むしろ危ういのは、右肩の方だ。
ナンダが言っていた通り出血が酷い……急いで練功での止血を試みるも上手くいかない。
出血を抑えるのが限界だ。
「くっ……一応、応急処置はしたが……このままだと失血で倒れてしまう。そうなる前に、コイツを倒さなければ……本格的にこの街が戦場になってしまう」
一進一退の攻防戦、その中でギデオンは早急に決着をつけなければならなくなった。
まさに背水の陣である。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

アンジェリーヌは一人じゃない
れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。
メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。
そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。
まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。
実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。
それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。
新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。
アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。
果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。
*タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*)
(なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
素材採取家の異世界旅行記
木乃子増緒
ファンタジー
28歳会社員、ある日突然死にました。謎の青年にとある惑星へと転生させられ、溢れんばかりの能力を便利に使って地味に旅をするお話です。主人公最強だけど最強だと気づいていない。
可愛い女子がやたら出てくるお話ではありません。ハーレムしません。恋愛要素一切ありません。
個性的な仲間と共に素材採取をしながら旅を続ける青年の異世界暮らし。たまーに戦っています。
このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
裏話やネタバレはついったーにて。たまにぼやいております。
この度アルファポリスより書籍化致しました。
書籍化部分はレンタルしております。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる