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二百四十三話
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チオンチの手爪がギデオンの肩に食い込んでいた。
すぐそばで発生している混乱に乗じ逃れようとしても、引き抜くことが出来ない。
まるで、接着でもされているかのように突き刺さった爪はビクとも動かない。
「これも練功の一種か……? 出血もなく痛みも感じない。気味が悪い感触だ」
「しかり、あまり暴れないほうが身の為だぞ? この爪を引き抜けば栓を抜いた樽酒のように血が噴き出すからな。しかし、貴様も憐れよのぅ~。 仲間は貴様をおいて、とんずらこいたぞ」
「ああ、それでいい。それがいいんだ!!」
「ほうぉ、気でも狂ったのか?」
狩人を生け捕りにした魔獣は、あふれんばかりの笑みを浮かべた。
その手の内にある揺るがない勝利は、いつでも心を満たしてくれる。
他者から奪うことの快感を知った者は、さらなる至福を求めて強奪し続ける。
ナンダもまた、その虜となっていた。
その様子を、狩人たる少年は無表情まま直視していた。
「なにか、もの言いたげだな? 一言ぐらいなら喋らせてやるぞ」
「今すぐ、くたばれ」
「んふふふっ……フハハハッ、ハハハアアアアッ――!!!」
未だ、戦意を失うことのないギデオンに、両肩を震わせながらナンダは爆笑していた。
それは侮辱ではなく、武人としての誇りを持つ勇敢な若者と出会えたことへの感謝と喜びのあらわれだった。
できるのなら自分の配下におきたい。
そう願ってしまうほど、ギデオンの強き一念に惹かれるものがあった。
ゆえに……口惜しい。
有望なる者を自らの手で始末しなけばならないことは、物事に価値を求めるナンダにとっては断腸の思いだ。
「アンタは哀れな男だな。ナンダ、どうしてそんなに迷っている? 何をそんなに恐れている?」
「なぬ? ワシが恐れているだと? 馬鹿なことを……恐怖はすでに過去が連れていったのだ! ただ、貴様の才覚をここで終わらせるのは勿体ないと思っただけだ」
「未来か……これから起きることを一々、推し量っていてもキリがないぞ」
「こ、このガキ――――。見透かしたようなことばかり、口に出しよって……キサマは何様つもりなのだぁ!?」
ギデオンの一言が、ナンダを豹変させた。
気に入らないことがあれば、立場の低い相手を力づくで従わせようとする。
権力者の悪い部分が顔を覗かせていた。
先の事で不安にかられる……ギデオンの指摘はあながち的外れではなかった。
真っ向から否定できないほど、ナンダは先のことで頭を悩ませていた。
なまじ先読みが鋭いため、ちょっとした弾みで、これから先に何が起こるのかシュミレートをしてしまう。
その度に、解決策を見つけださないと落ち着けない。
今も、ギデオンが自分の弱点に気づいた時のことを考えようとしている。
ナンダの思考は、すでに病染みていた。
「貴様なんぞに、ワシの苦痛が分かってたまるかぁ―――!! 消えろぉおおおお、ポーラハウル!」
ガバッと口を開いたチオンチの口内に気が溜まり出した。
息を吸う要領で、辺りの散らばる気を一点に集中させ圧縮する。
次第にそれはゴム鞠ようなカタチに変わり凄まじく回転し出した。
凶悪なエネルギー波動として成長した悪夢が、破壊の限りを尽くそうとする。
チオンチの咆哮に混じって聖白の外気功がギデオンを狙い撃つ。
「これ以上は、好き勝手できると思うなよ! マイクロブラックホール」
ポーラハウルが放たれたのと同時に、銃声があがった。
それまで捕らえていたはずのギデオンの姿が、その場から消えていた。
異変を感じながらも地に足をつけるまでは、何が起きたのかも分からなかったぐらいだ。
気づけば、わん型となった穴のど真ん中にナンダは落とされていた。
「ワシの足場もろとも、地面をごっそりとえぐり取っただとぉおおお! やりおるな小僧、こちらのバランスを崩すことで、自力では引き抜けなかった爪を引き離したか……」
「蒼炎蹴嶽」
上から飛び降りてきたギデオンの蹴りがチオンチの胴体に殺烈した。
「無駄だ、いくら極天であろうとも、この肉体には傷一つ憑かんぞ! くわえて、ワシに肉弾戦を仕掛ければどうなるのか? 忘れたわけでもなかろう」
ギデオンの足下に血溜まりができていた。
ナンダを蹴った瞬間に棘のように鋭い闘気が足を串刺しにしてきた。
幸い、硬壁による防御を敷いていたおかげで、軽傷ですんだ。
むしろ危ういのは、右肩の方だ。
ナンダが言っていた通り出血が酷い……急いで練功での止血を試みるも上手くいかない。
出血を抑えるのが限界だ。
「くっ……一応、応急処置はしたが……このままだと失血で倒れてしまう。そうなる前に、コイツを倒さなければ……本格的にこの街が戦場になってしまう」
一進一退の攻防戦、その中でギデオンは早急に決着をつけなければならなくなった。
まさに背水の陣である。
すぐそばで発生している混乱に乗じ逃れようとしても、引き抜くことが出来ない。
まるで、接着でもされているかのように突き刺さった爪はビクとも動かない。
「これも練功の一種か……? 出血もなく痛みも感じない。気味が悪い感触だ」
「しかり、あまり暴れないほうが身の為だぞ? この爪を引き抜けば栓を抜いた樽酒のように血が噴き出すからな。しかし、貴様も憐れよのぅ~。 仲間は貴様をおいて、とんずらこいたぞ」
「ああ、それでいい。それがいいんだ!!」
「ほうぉ、気でも狂ったのか?」
狩人を生け捕りにした魔獣は、あふれんばかりの笑みを浮かべた。
その手の内にある揺るがない勝利は、いつでも心を満たしてくれる。
他者から奪うことの快感を知った者は、さらなる至福を求めて強奪し続ける。
ナンダもまた、その虜となっていた。
その様子を、狩人たる少年は無表情まま直視していた。
「なにか、もの言いたげだな? 一言ぐらいなら喋らせてやるぞ」
「今すぐ、くたばれ」
「んふふふっ……フハハハッ、ハハハアアアアッ――!!!」
未だ、戦意を失うことのないギデオンに、両肩を震わせながらナンダは爆笑していた。
それは侮辱ではなく、武人としての誇りを持つ勇敢な若者と出会えたことへの感謝と喜びのあらわれだった。
できるのなら自分の配下におきたい。
そう願ってしまうほど、ギデオンの強き一念に惹かれるものがあった。
ゆえに……口惜しい。
有望なる者を自らの手で始末しなけばならないことは、物事に価値を求めるナンダにとっては断腸の思いだ。
「アンタは哀れな男だな。ナンダ、どうしてそんなに迷っている? 何をそんなに恐れている?」
「なぬ? ワシが恐れているだと? 馬鹿なことを……恐怖はすでに過去が連れていったのだ! ただ、貴様の才覚をここで終わらせるのは勿体ないと思っただけだ」
「未来か……これから起きることを一々、推し量っていてもキリがないぞ」
「こ、このガキ――――。見透かしたようなことばかり、口に出しよって……キサマは何様つもりなのだぁ!?」
ギデオンの一言が、ナンダを豹変させた。
気に入らないことがあれば、立場の低い相手を力づくで従わせようとする。
権力者の悪い部分が顔を覗かせていた。
先の事で不安にかられる……ギデオンの指摘はあながち的外れではなかった。
真っ向から否定できないほど、ナンダは先のことで頭を悩ませていた。
なまじ先読みが鋭いため、ちょっとした弾みで、これから先に何が起こるのかシュミレートをしてしまう。
その度に、解決策を見つけださないと落ち着けない。
今も、ギデオンが自分の弱点に気づいた時のことを考えようとしている。
ナンダの思考は、すでに病染みていた。
「貴様なんぞに、ワシの苦痛が分かってたまるかぁ―――!! 消えろぉおおおお、ポーラハウル!」
ガバッと口を開いたチオンチの口内に気が溜まり出した。
息を吸う要領で、辺りの散らばる気を一点に集中させ圧縮する。
次第にそれはゴム鞠ようなカタチに変わり凄まじく回転し出した。
凶悪なエネルギー波動として成長した悪夢が、破壊の限りを尽くそうとする。
チオンチの咆哮に混じって聖白の外気功がギデオンを狙い撃つ。
「これ以上は、好き勝手できると思うなよ! マイクロブラックホール」
ポーラハウルが放たれたのと同時に、銃声があがった。
それまで捕らえていたはずのギデオンの姿が、その場から消えていた。
異変を感じながらも地に足をつけるまでは、何が起きたのかも分からなかったぐらいだ。
気づけば、わん型となった穴のど真ん中にナンダは落とされていた。
「ワシの足場もろとも、地面をごっそりとえぐり取っただとぉおおお! やりおるな小僧、こちらのバランスを崩すことで、自力では引き抜けなかった爪を引き離したか……」
「蒼炎蹴嶽」
上から飛び降りてきたギデオンの蹴りがチオンチの胴体に殺烈した。
「無駄だ、いくら極天であろうとも、この肉体には傷一つ憑かんぞ! くわえて、ワシに肉弾戦を仕掛ければどうなるのか? 忘れたわけでもなかろう」
ギデオンの足下に血溜まりができていた。
ナンダを蹴った瞬間に棘のように鋭い闘気が足を串刺しにしてきた。
幸い、硬壁による防御を敷いていたおかげで、軽傷ですんだ。
むしろ危ういのは、右肩の方だ。
ナンダが言っていた通り出血が酷い……急いで練功での止血を試みるも上手くいかない。
出血を抑えるのが限界だ。
「くっ……一応、応急処置はしたが……このままだと失血で倒れてしまう。そうなる前に、コイツを倒さなければ……本格的にこの街が戦場になってしまう」
一進一退の攻防戦、その中でギデオンは早急に決着をつけなければならなくなった。
まさに背水の陣である。
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